第28話 燃えあがれ! 魔法少女暖簾紅葉!
「はるばるサイパンまでやってきて、アンタたちもよくやるわねぇ―――」
出席番号二十二番、
切り揃えたストレートの黒髪が意志の堅固さを示す女子生徒―――二年二組のクラスでは、ただそれだけの一般生徒だった。
特徴はあれど、人間としての個性はあれど、けっして異質ではない生徒。
だがそんな彼女も今は、ただの人間でない。
炎のように赤い
魔法戦杖を持っていない方の手でジョウゾを指差し、言う。
宣言する。
「魔怪人!今日も悪さをするって言うんなら、燃やしてあげるわよ!」
無論、魔怪人は彼女の本名など知るよしもないのだが。
かねてからマジカルマスコットをはじめとした魔法協会が正体秘匿の魔法をかけている結果である。
ハイエナ型の魔怪人、ジョウゾは身構える。
敵と遭遇してしまった。
「………ッ!魔法少女!お前らは憎いが今は相手をしてる暇はねえ」
今日は探し物をしにきただけで戦う意思はない。
探し者、だがな。
相手をするのはまた今度だ―――と訴えた。
「はあ!? そんな言い訳が、通用するとでも思ってんの?この島で何をやってるの!あの魔法陣はなんなのよッ!」
言って、赤い魔法少女は指を立てる。
天に向かって、指を差す。
空―――その先には同じく赤い魔法陣が自分たちを見下ろしていた。
灰色の雨雲などよりも、余程うんざりさせられる。
この島を覆うように展開している秘匿型の結界。
魔怪人である俺も気にならなかったわけじゃあない。
自分たちの組織以外が作ったものだ―――つまり俺を魔力的に援護しているものでないことは明らかなのだ。
正直………気分のいいものではない。
それについて問いたいらしい。
あれについては―――!
「魔法陣だと? あれは………あんなモノは知らねえよ」
俺は返答する。
素直過ぎる返答になってしまったが、重要な情報を渡したわけでもない。
本当にどういうものか知らない。
もともとこの島にあったものだとするのが妥当だが、俺の任務とは関係ない。
魔法陣についてはスゴ・クメーワクも頭を抱えている。
予想外の出来事だ。
組織の解析班が、今必死こいて作業に当たっているはずだ。
奴は―――その返答に満足したようには見えなかった。
俺の苦々しい表情を睨んでいる。
この表情は魔法陣に対する忌々しさを表しているんだが、奴から俺はどう見えたのだろう。
勘違いをするなよ。
ざあ---ッ、と風が通り過ぎて、芝が揺れる。
俺ははっきり宣言した。
「目的のめんどくせー奴を拾ったら、連れて基地に帰る!………次は倒す」
下級魔怪人たちが身構える。
もしも攻撃する用ならば全力で倒すぞ、と。
完全に自衛であった。
魔法少女が戦う理由はなくなったはずだ。。
魔怪人は、例えばサイパンの住民に危害をくわえろという命令は下されていない。
戦闘の理由は無くなる。
だが理由はなくとも一触即発。
戦闘の理由はほとんど考える必要はない、言ってしまえば理由すらいらない。
もともと敵同士だ。
だから当たり前だ。
魔法少女と魔怪人が同じ島にいる。
それだけで戦闘は避けられないだろう。
………納得はいかないがな!
今日に関してはただ鬱陶しいだけだ―――ジョウゾはその牙で歯ぎしりしたい心境だった。
一方の魔法少女も、魔怪人のいう事を簡単には信じない。
黒い瞳できっと睨み、見るからに戦闘意欲が高そうだ。
「知らない?知らないですって………?魔法陣も、飛行機が落ちそうになったことも?」
幹部からの情報や基地内での噂話しかないが、バルルーンは飛行機を襲撃したらしい。
そういう任務だったらしい。
だが俺がそこにいたはずがねえ。
そして魔法陣は、さっきも答えたが知らない。
だから俺は任務を遂行するのみだ。
「………目的の。めんどくせー奴を拾ったら。連れて基地に帰る………もし」
もし。
「俺を邪魔をするようなら―――テメエを倒すしかない」
奴は、ゆっくりステッキを上げた。
赤い宝石の埋め込まれたステッキを両手で構えた。
この構え………。
畜生、戦闘は避けられないか。
『赤色』の魔法少女め。
テメエは―――、
「後悔するぜ、テメエはよォ………!」
俺は両手の爪をぐぐっと蠢かせる。
切りやすいように、切り刻みやすいように。
俺が自分の主な武器である牙と爪に、魔力を集中させた。
噛み合わせた牙から、紫の魔光が揺らめいて漂った。
………今、魔法少女を倒せば、組織が俺を見る目も変わる可能性は大いにある。
倒せれば。
「
叫んだ奴のステッキから光の奔流が発生した。
体積が爆発的に増大し―――、
「お前ら―――突撃だ!」
指をさすと、魔怪人達が一斉に光に飛び込んでいく。
このクソ生意気な魔法少女をぶっ殺せ。
そして空気読めていないんだよ、お前は。
バルルーン回収に来ただけだッつってるだろうが。
光の奔流から炎が巻き上がり、暴れる。
「「「イイイイイイィ―――ッ!?」」」
三体ほど、炎圧で吹き飛んだ。
炎の、ムチのような動きだが異様な分厚さだ。
奴から発せられる熱気によって前に進むのを踏みとどまる―――。
近付くこともためらわれる熱気。
やはりこの魔法少女―――情報通り、『炎』か!
光が晴れた時―――炎使いの魔法少女は、燃えていた。
自分自身が、燃えていた。
全身が炎に包まれている。
より正確にいうならば、
灼熱のフレアスカート。
と、いうにはいささか布面積がデカすぎる。巨大すぎる。
燃え盛るスカートが地面に擦って。
触れた植物を焦がしつつも、一歩一歩、前に歩み寄ってくる。
そのたびにゆらめく炎。
奴は炎を着ている!
「燃やしてあげるわ! マジカルにねェ―――ッ!!」
俺に向かって駆けだす。
間合いを詰める気だ。
最初に放ったそれは、飛び膝蹴りだった。
だが問題は燃えているという事だ。
炎を纏っているそれは、炎の弾丸!
とっさに両腕で防御する。
なんとかして爪で受けようとしたが、防御にならない。
「
直撃を避けても、駄目だ。
炎に触れるだけでもまずい!
「この島で何している!」
「誰が、くっそォ!テメエの話なんか!」
格闘戦だ。
俺様も身体能力には野生的な自信があるが、この魔法少女ときたら、攻撃が厄介だ。
繰り出してくる足技。
前蹴り、回し蹴り、膝蹴り。
そのすべてが―――突進し走ってくる動作すらも!
炎を纏って、炎属性だ。
躱しても激痛が奔る。
熱いはずなんだが、痛い!
「こ・の・オオオ―――ッ!」
反撃だ、とにかく反撃だ―――爪をナイフのように伸ばして、振り回す。
赤色の魔法少女はそれを躱す。
躱し続ける―――
俺の長爪からは逃げるしかない。
落ち着け、こっちも攻撃をやめなければ、近づけない。
奴は遠距離に弱い。
炎を発射したり飛ばしたりする攻撃は、していない。
―――出来ないのか?
俺は爪を振り回しつづける。
そうして奴の炎上する蹴り脚と衝突した。
極太の布のような感触はあった。
衝撃―――お互いに吹っ飛ぶ。
奴は後方に飛んで、着地。
炎のスカートが撫でた芝が、急激な熱で反りかえった。
「華麗にッ情熱的に殺してあげるわ!そこを動かないでよ―――イヌ野郎!」
「………ッ」
まだだ。
距離を取ればやりようがある戦いようがある。
俺がそう判断していたその時だった。
奴は右腕でスカートの
いや、炎の
―――炎を、摘まんで持ち上げている、この魔法少女。
闘牛士の持つ赤い布のように揺らめく、炎。
炎を腕で振り回すと、ぐんと伸びて迫ってきた---!
「馬鹿な………ッ!?ふ、服がなんで伸びる!」
「そんなの―――炎だからに決まってんでしょオオオ!」
叩きつけられた炎。
間一髪で躱す。
この炎―――動く!
動くなんてレベルじゃねえ、伸縮が自在か!?
ばさり―――と腕を振り切ると炎も薙ぎ払ってくる。
「調子に乗るなァアア!」
俺は跳躍。
さらに距離を取って―――大口を開ける。
咢をひらく。
牙が魔力によって大きさを増して二倍、いや五倍に伸びる。
赤色の魔法少女が足を止め、目を見張るのを視界の端に捉えつつ、さらに魔力を凝縮。
「ぐッ………………オオオオオオア!!」
止まってる奴めがけて、口を開き、顎が外れるくらいまで解放。
発射態勢に移った。
―――喰らいやがれ!
牙を連続で射出する。
紫の光を宙に描き、撃ちまくる。
発射すると大口を開けなければならない都合上、奴を魔直ぐ見れないのが玉に
地面にも深々と刺さった。
撃ち切って炎にぶつかる音がジャングルに響いた。
例によって、布に刺さるような音だ。
打ち込んでやったぜ、奴は避けていない!
上の牙を全弾撃ち切って、そして体勢を警戒に戻した俺が、見たものは炎の球だった。
球形の炎、
その繭のようなものだけが、そこに動きを止めている。
あれが―――あれが奴か。
効いているのか、ダメージは!?
―――
舐めやがって。
アタシの
このイヌ頭がッ!
牙が銃弾みたいに飛んでくる攻撃に対して、アタシは炎を盾として使った。
前面に炎を展開した。
部屋の窓のカーテンを閉じるぐらいの動作でマシンガンだって防げるのが魔法少女という存在だ。
私のスカートは体積を倍以上に増やしてガードできる。
炎が燃え上がるように、簡単に増やせるんだよ。
全身を覆うのはワケもないことだ。
もちろん振り回せば炎の鞭。
いや、炎の布。
攻撃だけじゃなくて防御も華麗に情熱的にこなしてしまえるアタシのステッキは、最強だと自負している。
最強の服よ。
最強の装甲でも鎧でもないところがポイントよね―――
アタシがものすごく強くて可愛い魔法少女じゃないといけないの。
その証拠になるんだから。
魔怪人を倒して燃やして焼き尽くして、討伐数は八十一。
そしてそれは、今日増える。
これから、増える。
「ハッハ―――!どうしたの!?こっちから
炎のスカートの右裾を掴み、振りかぶって投げる。
あのイヌ野郎の魔怪人に向かって炎を投げ飛ばす。
炎の鞭、いや炎の布はマジカルに加速しながらブッ飛んでゆく。
命中を狙っていたけれど側方にとびすさった。
炎が伸び切ったので、引っ張って戻す。
「ちィッ! すばしっこいわね! 早く死ねよイヌが!」
間合いを詰めていくが、奴はジャングルを走ってゆく。
振り向いて爪を飛ばしてきた。
アタシは炎のスカートで顔の前を右、左からカバーする。
爪を防ぎ切った。
炎を解いた時、奴が攻撃してくることはなかった。
ただし、他の奴が。
周りの奴が襲い掛かってきた。
「あァァあ!?」
周囲から、三人、四人と黒タイツみたいなよくいる魔怪人が両手を伸ばして飛びかかってくる。
「テメエら焼死体だ!」
舐めやがって。
私は回転する。
その場で華麗なターンを決める。
一回転すればスカートは円状に炎上し、三百六十度どっからでも炎の圧で攻撃。
直撃を喰らって燃えながら吹き飛ぶ四匹の
ゴミを燃えるゴミに変えたあと木に叩きつけた。
アタシはそれから、自分の置かれている状況に気付いた。
襲い掛かってくる次の敵が―――いない。
来ない。
「………イヌ!あの魔怪人は………?」
ジャングルから音が消えた。
完全に奴を見失ったことに気付き、アタシはぎりぎりと歯を食いしばり、その場で立ち尽くした。
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