第27話 上陸!悪の三人衆!


 赤い海。

 波音が絶え間なく鳴り響いていた。

 水が混ぜっかえされてぴちゃぴちゃと跳ねる音がする。

 その魔怪人は舟の櫂を動かして、目的である地に、いや島に寄せていった。

 慣れない操作であったはずだが海は平穏そのものである。


 黒い岩肌が迫る。

 崖のような場所で、その麓に水が衝突し、跳ねる。

 複雑な海岸線からひびく波音が多彩だった。


 もちろん家は無い―――人間の生活圏とはどうも異なるようだ。

 それは好都合だった。

 一般人に見られていないのは、仕事が楽で助かる。

 無論、人がいるならいるで、問題はない―――人々を恐怖に陥れることに余念がない。


 そうしてサイパンの北部海岸にたどり着いたのはイグアナ型魔怪人のガーナフ、ハイエナ型のジョウゾ、象型のゼレファンダー。

 魔怪人組織スゴ・クメーワクからの任務でこの島に上陸した三怪人である。


 組織の魔怪人でこの島を訪れたのはバルルーンに次いで二人目、三人目、四人目となる。

 というより日本国外は、という話だ。

 今回が特殊な任務であることは間違いない。

 任務失敗のバルルーンを回収、救出するという任務である。


「着いたな、ようやく暴れることが出来る」


「ガーナフ、今日は無しだぜ―――任務に戦闘行為は無しだ。含まれていない」


「ちっ………わかっているよ、そんなこと」


「バルルーンを助け………助ける、か」


 なんだか、ヘンな任務になっちまったなあ―――。

 ゼレファンダーは力なく言う。

 気持ちが落ちる。


 何が悲しくてあいつの手助けをしなければならないのだろうか。

 忌々しい、組織の中でもひと際浮ついたテンションで出撃したトリ野郎。

 明らかに調子に乗っていた。


 そうだ、奴のあの無防備さは良くない。

 人間を襲う魔怪人、自分たちはいわば恐怖の象徴でなければならない。

 舐められたら終わり、という言葉が人間の俗世間で存在するようだが賛同する。

 こればかりは人間に賛成だ。


 今回もなかば笑みを浮かべながら出撃した。

 そういう点がどうしようもなく不快な野郎である。

 そして、それでいてちょっと奴のことが心配になってしまうあたり。

 それが、無性にイラついてしまう。


「仕方がないだろう、軍団長の命令なんだからさー」


 ご、ごつ。

 船の底から硬質な音が聞こえたことで、話は中断だ。

 いよいよ島に乗り上げた、上陸完了である。

 小石をじゃり、と踏む三体の魔怪人。

 その三者三様の足、形状もサイズも異なる身体を波がそそいでいく。


 そして空を見上げる。

 岩肌の向こうに赤い空。

 天空を覆う魔法陣。

 その影響で、赤い海を渡ってきた。

 本来ならば青い海、いやみどりですらあるこの島が、今緊急時であることがうかがえる。

 観光地としての特色が奪われると大打撃であることは、魔怪人にも想像できる。


「この結界がある限り、時空移動のゲートは無理、開けないらしい」


「ということはやはり、徒歩だな。歩いて探さないといけないってことだ」


「見つかるのか」


「見つかるかどうかじゃあない、見つけるんだよ―――探す方法については打ち合わせしただろう、上手くいかなかったら、まあ」


 その時考えるさ、と三体の魔怪人は崖の上めがけて跳んだ。

 人間よりもはるかに高い身体能力を活かし、岩肌を蹴って上に走っていく。

 重量級のゼレファンダーも、強靭な鼻をも使ってぐん、ぐんと登っていく。

 ジャングルの入り口が見える位置まで登るのに、時間はかからなかった。


 そのまま、欝蒼と茂る木々の中に、入って行く。

 視界は良くないが、日は昇っているのでこれが明るい状態だ。


 ギャア、ギャア―――、と動物のような、鳥のような声が時折り彼方から響いてくる以外、音は無かった。

 動植物が豊かな島国なのだろう、バルルーンとは関係なさそうだ。

 奴の鳴き声はともかく、何かアクションがあるか、連絡があると仕事は早くなるはずだった。


「まず、一日だ―――一日探して明日の日の出に、戻ろう。あの崖の上だ」


「了解だ」


「それまでは三方向に分かれて。俺は山の方に行く」


 三体の今回の任務はバルルーンの捜索。

 題してバルルーン回収計画。

 敵である魔法少女がたどり着いていると思われる地から味方を回収し、その後の戦闘に備えるための任務である。



 そうして、ガーナフ、ジョウゾ、ゼレファンダー。

 三体の魔怪人は散開、それぞれ別の方向に消えた。

 ジャングルの影に、やがてお互いが見えなくなっていった。





 ―――――



 獣道を四足で走る。

 ハイエナの姿をしたその魔怪人、ジョウゾは山間部を選んだ。


 正直、今回のようにただ味方の回収をするだけの任務は予想外だ。

 そして気が進まない。

 参加は俺の意志ではない―――軍団長の人選、いや魔怪人選である。


 しかし、この任務も悪い点ばかりではない。

 むしろ有利だ。

 絶大な魔力でもって戦闘に特化している魔法少女、魔法少年と戦闘になるより楽な任務であることは間違いなかった。

 今回、まるでただのだ。

 楽な任務―――。

 そう考えているのか。

 自分は今そう思っているのか。


「これじゃあ、バルルーンと同じじゃあねえか」


 組織内の通路での自分の発言に苛つく。

 自分が少しでも奴と似ていると、気が落ち着かないのは何故だ。


 恐れを抱く人間もいない、一般人もいない、大自然の中とあっては無駄な思考が溢れる。

 いや、良くない―――気を引き締めねば。


 そもそも視界が悪いし、景色に慣れてくるとリゾートとは言えなくなってきた。

 大樹海だ。

 蔓草のカーテン、倒れた大木の壁。

 そして今坂を駆け上がっている―――つまり平坦ではない。

 地形が複雑だ。

 実際にこのジャングルに入って見て、わかることもある。

 この中で人探しなんて、ストレスでしかない。


 目的地は決まっている。

 常夏の島サイパン。

 その最高峰、タポーチョさん

 島全体を一望できる山、展望台と言ったところだ。


 なにか探し物をするときは、高いところから見まわすに限る。

 三百六十度、辺りを展望するに限る。

 初めて訪れる島ならばなおさらだ。

 そして探す相手があのバルルーンであることも一因だ。

 あのトリ野郎、高いところを飛んでいる可能性がある。

 翼を持つならばそうする、というのは安易かもしれないが、可能性はある。






 時折、木の上を見上げつつも、走っていく。

 鳥ならば適当な止まり木にいてくれ、わかりやすいところに。

 森と、岩肌が見えてきた。

 それが俺の作戦、今回の対策。

 しかし他の二人は四苦八苦しているに決まっているぜ。


 そもそも作戦の内容がいけない。

 三人で島を捜索。

 決めた幹部たちも幹部だ。

 日本侵略を目的としてきた俺たちが、初めてくる島にやってきて、このジャングルの中からたった一人を見つけて来いだなんて。

 そして邪魔者もいる、敵がいないわけじゃあない。


 話によれば、奴は魔法少女魔法少年と交戦しかけたって話じゃあないか。

 その数、二十八。

 さしものバルルーン隊長サマも撤退を余儀なくされたってえわけだ。


 山道は坂になってきている。

 島の中心付近に位置する山頂にたどり着くのが、目的だ。

 獣型魔怪人である俺様のスピードならば可能。

 山道も、人間とは比にならない速度で移動できる。




 高い場所に登る、探し物を見つけるためのアプローチとしては悪くねえ。

 坂を上がっていくと木々が、途端に途切れた。

 視界が開けて高台が現れる。

 自然はあるが、だらしなく伸び放題の芝生、と言った風で周りを見渡せる。


 丘の上ではあるが、向こうにもいくつか山が見える。

 そして、そのうちの一つがタポーチョ山だ。

 今いる場所は山、というより丘程度であるらしい、最高峰ではない。


 風が通り抜ける。

 この辺りで一度、捜索を開始しようと思う。


「―――お前たち、付近を探せ!」


 俺が指を鳴らす。

 すると背後に魔怪人が出現した。

 この戦闘員たちは結界内でも出せると確認できて、任務の不安が一つ消えた。


 戦闘能力は決して高くないが、この任務に関しては重要だ。

 探し物をする際、人手ひとでは、魔怪人手は―――あった方がいい。

 四体、六体―――十六体。

 仮面をつけ、黒く塗りつぶした人間のようなビジュアルである。

 そうして、ひとまずこの丘の周辺を捜索した。


「いいか、お前ら―――あのトリ野郎―――バルルーンを見つけたら俺を呼ぶんだ!バルルーンじゃなくても、その―――つまり痕跡、証拠を見つけるんだ」


「イイィ――ッ!」


 隊列を組んだ魔怪人達が返事をする。

 個性無しのこいつらは、このように単純な発音しかできない。

 だがそれでも、三人での上陸から、これだけの数での活動になるのだ。


 俺の単純な命令を聞き、行動する。

 そうして付近に解散ばらけて、俺も探索した。

 潮風を感じながら付近を捜索した。

 俺は獣型の魔怪人であり、鼻もく。

 もっとも、そういった五感は本物の自然動物にはかなわないのだが。


 そしてこの島、初めてきた島は初めて嗅ぐ臭いであり、それが非常に多い。

 とてもじゃないが鼻で判断が利かない。



 全体として海の香り―――潮風もある。

 やはり純粋に下級魔怪人の人手、人海戦術に頼るしかないか。


 そう思った俺は下級魔怪人達の姿をぼんやり眺める。

 チチチ、と穏やかな小鳥の声が遠くから聞こえる。

 平和な野山だ。


 平和過ぎるくらいだ。

 がさり、と地図を広げて確認する。

 自分の現在地を大まかに確認した後、やはりもっと南下すべきだと考える。

 北から南へ、順に進んでいって捜索という流れが無難か。

 あまり南に行きすぎれば空港になる。

 そこには魔法少女と魔法少年が着陸をした可能性が高い、と上からの情報にあった。


 魔怪人達と共にジャングルを下って行けば、多人数での捜索だ、見つけやすいだろう―――網だ。

 捜索網ごと、移動する。


「おいお前ら――次だ。移動するぞ、こっちについてこい」


「イイ―――ッ………」


「イイッ………!?」


 一体が動きを止めた。

 脚が地面を擦り、がさりと落ち葉が擦れる。

 見ればなにかが木陰から伸びて、下級魔怪人の喉を掴んでいた。

 赤く、すらりとした何かが伸びている。


「な、に………?」


「イ………エギュ………!?ゴ………!………オッブブ」


 たった一つの発音能力しかない下級魔怪人の喉から、聞いたことのない声が漏れた。

 魔怪人の腕が、助けを求めるようにこちらに伸びてくる。

 喉からぶくぶくと、水が詰まる音が聞こえる。

 溺れるように。


「ブブ………ブ………………………ブブッブプ………ゴ………オッ………ゴオ………!ゴ………!………オッブブブブブグブ………ケッオ、オ、」


 排水溝に吸い込まれる水のような音が溢れて、苦しむ下級魔怪人。

 自身の首を掴んでいる赤い腕を、両手でつかみ外そうとする。


 そう、腕。

 首をぎりぎりと締めあげているのは人間の腕だった。

 締め付けられ、苦しむ口から白いものが口の端から漏れている。

 唾液の泡だ。


「ギ………!」


 締め付ける赤い腕。

 そして、木の影から、姿が今見えた。

 赤いのは腕だけでなかった。

 全身が、装衣ドレスが、真紅に染まっている―――。


「魔怪人がいる―――いるじゃない!こんな南国の島にも来ているのね」


 その魔法少女は腕を離す。

 下級魔怪人が倒れて茂みに頭を突っ込み、動かなくなった。

 歩み寄ってくる魔法戦力に、急激に緊張が増す。

 なんてことだ。

 出会ってしまった。


「お前は―――魔法少女!『赤色』………!」


 ジョウゾは組織内にあった情報と照らし合わせる。

 過去の戦闘情報はあった―――組織の基地で断片的に見たことがある。


「お前を『焼き尽くして』あげるわ………アタシの魔法戦杖マジカルステッキでね!」


 その魔法少女は真っすぐ迷いない瞳でジョウゾを睨みつけ、一歩踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る