第25話 西市街・一日目夜



 サイパンの中心部―――その、西地区。

 首都ススぺをはじめとした、住宅街、商業施設観光施設が集まっている地域である。

 主要な施設、買い物をする場所も集まっているように見えるけれど、今は予定通りに進もうとしている、春風若葉。


 当初の予定通り。

 それは修学旅行の計画通りであって、中学校で配られて皆でチェックした『修学旅行のしおり』の通りでもあった。


 島の様子は予定通りとはいかなかった。

 魔法陣の影響もあり、景色は赤いステンドグラスを通したように様変わりしていた。

 赤いし、暑い。

 ただ、陽が落ちても蒸し暑さを感じるのは魔法の影響ではなく、この島のもともとの気候によるものだろう。

 サイパンには冬がないらしい。

 南の島、赤道付近。



 いざ宿泊予定だったホテルに到着してみれば、すぐにクラスの子が何人もいることがわかった。

 日本からお越しの間藤中学校二年二組。

 二年二組―――、御一行様ごいっこうさま

 バスツアーは無い。

 停止している。


 彼ら彼女らは、ロビーで明らかに浮いているド派手な格好だ。

 すごくパステルカラーなオレンジ色の装甲メイルをした湯ノ峰くんが見える。

 それを眺めながら、入り口を何気なく歩いていくと、何人かが珍しいものを見る視線を向けてくる。

 戦っているときはべつに何も感じないけれど、やっぱり注目されてるんだなあ。


「もう着いたのか?」


「魔法少年状態で走ればそんなにかからないな、魔法装甲マジカルメイルを着て」


 魔力によって身体能力が強化されている中学生。

 頑張って走れば、島での活動はそう問題ではない。

 サイパンの面積は、東京都よりかなり小さい。


「東京の二十分の一くらいじゃあなかったか?」


 狙木はそんなことを言っていた。

 言っていただけであり、よくよく彼のぼそぼそ呟く独り言を聞く限り、


「でも俺、東京行ったことない。一回デ〇ズニーランドに行っただけだ」


 らしい。

 ………本当に当てになるだろうか、この男子がたいして気合を入れず喋る説明が、はたしてどのくらい当てになるかは謎だ。

 でも実際、移動して感じたことはある。



 魔法少女や魔法少年である私たちにとっては苦ではない。

 日本で戦っていた頃の方が移動は多かったくらいだ。

 移動というか、戦いの中での、回避行動とか。

 戦闘において、跳躍力が桁違いなことは身に染みているつもりだ。


 宿泊先のホテルでは、既に何人か魔法少女がいた。

 ピンク色ドレスの二瀬河にせがわちゃんがまず目に入った---。

 二瀬河月子ちゃん。

 リゾート地の宿泊施設ロビーで普通に座っている彼女は別世界の住人に見えてしまう。


 カラフルな魔法少女がホテルのロビーに何人かいると、人目を引かないか心配になる。

 ただ、従業員をはじめとした現地の人は、忙しく働いている様子だ。

 島の状況の変化に、ついていけていないのかも。


番場ばんばと、野薊のあざみと、暖簾のれんは会ってない―――あとは、もうわからん!」


 言って、あははは、と笑うのはオレンジ色の湯ノ峰ゆのみねくん。

 なんか知っていた彼と印象が違い過ぎて―――私まで笑ってしまいそうになる。

 教室でも、明るい体育会系男子で、まあ元々オレンジなイメージはあったけれど。

 たぶん夏生まれなんじゃあないかな。

 そういえばクラスのみんなの学生服姿以外を見るのは、新鮮だ。

 友達の私服は結構見ているけれど。

 私服―――じゃあないよね魔法装甲マジカルメイルは。

 私服より先に魔法少年姿を見るのは、予想外だ。



「来てない奴とか、途中ではぐれた奴とか、いるんだよ―――修学旅行のしおりに書いてあるだろう、予定通りの場所をまわれよ」


 そう言っているので一応は同意しておく。

 緊急事態だから、もはや集合場所にちゃんと来れる状況でもないのか。



 ―――




 そうこうしているうちに、担任の男性教諭、用賀崎ようがさき先生が現れた。

 何故かへらへらと笑っている彼。

 どことなく意識がおぼつかない様子の先生、なんだか甘いにおいがする。

 一瞬身構えてしまったのは、洗脳された茂ヶ崎さんと共通する部分があったためだ。

 でも、そうではなかったようでー――。


「どうしたんですか、酔っぱらってるじゃあないですか!」


 その男性教師はおぼつかない手つきで缶ビールを持ち歩いている。

 缶は日本とは違うロゴだ。


 先生は手だけでなく足どりもおぼつかない。


「いやどうも春風さん!キミも格好いいね!どうしてそんな服を着ているのかなあ制服の改造は、いけないぞう!」


 テンションが半端ないので言葉を失う―――完全なる酔っ払いだ。


「集合場所に着くまで、ずっとおんぶして走って来たんだが―――」


 先生は魔法少年の背に乗って、ここまで来たようだ。

 バスも止まっているからまだ向こうにいる子もいるらしい。

 そうやって移動するしかないような状況である。



 ロビーにはテーブルやソファーがいくつもあり、そのテーブルの上にいくつか、『修学旅行のしおり』が置いてあった。

 それは持ってくる物のほかに、色んな予定が詳細に書き込まれてある、計画帳だった。

 しかし、この状況では………。

 タイムテーブルの十八時〇〇分に宿泊先に到着という予定は、既に守られなくなったようだ。



 そこに、出席番号二十五番、三重未来みえみらいが現れる。

 彼女だけ夜に近かった。

 バイオレット、紫で体型が目立たない長いスカートな彼女の魔法装衣マジカルメイル

 何かに似ていると思ったら、テレビで昔見た占い師みたいに見える。

 ドレスというか、ローブというか、落ち着いていて丁寧な物腰をさらに神秘的に彩っていた。

 魔法装衣マジカルメイルは色以外の形状にも、明らかな違いがある。


 三重さんは、酔った用賀崎先生について言及するところがあるようだ。


「先生はそう―――、ちょっとショックが大きかったみたいね」


「壊れたんだよ」二浅河月子にせがわつきこさんがぴょこん、と割り込んで付け足す。

 壊れたというのは?

 どういうことだろう。

 しかし彼女らもつい五分前についたようで、状況について知ることはほとんどないようだった。


 クラスの何人かがのべつ幕無しに捲し立てる話を総合するに。

 心労らしい。


 先生はあの時―――あの時というのは飛行機での事件の時だ。

 クラスの生徒が次々と魔法少女や魔法少年に変身して機外へ飛び出していったときから、ずっとべそをかいていたらしい。

 まさかクラスにそんな子がいたなんて。

 二十八人全員がでたらめな恰好をして暴れる不良生徒だったなんて、親御さんになんて言えばいいのか、申し開きが立たない。

 彼ら彼女らの服装は不良生徒の域をさらに超えている。


 そして自分を恥じた。

 毎日顔を合わせておきながら、そんな生徒たちの悩みに気付いてあげられなかった自分。

 自分は一体何をやっていたのだ教卓で。

 これからどうすればいいのだろう。


 ―――と、そんなことを考えていたらしい。


 このホテルに到着するまでも、心境はフクザツ。

 宿泊先に着くまでも、身体強化された魔法少年の背におんぶされて移動してきたらしい。

 すべてが成り立っていない、破綻してしまった修学旅行ではあるが、引率の教師として時間をきっちり守り、集合時間の三十分前にはチェックインしていたようだが、先のことを考えると頭が痛かったようだ。

 避けられない職員会議ーーー校長先生になんて説明するか。


 そして、三重さんとか、何人かがホテルに着いた時には出来上がっていた。

 いつの間にかこの地域でしか売ってないビールの缶を開けていたらしい。

 何かもう、どうでもよくなったとかなんとか。


「とにかく、そんなこんなで、今だけはそっとしておいてあげましょう?」


 うふふ、といつものように怪しく微笑む三重さん。

 大して気にしていない様子だ。

 私はと言えば。


「何をバカなこと言ってるんですかって感じですよ」


 不良生徒?

 生徒たちの悩み?

 そりゃー女子だし悩みの一つ二つくらい、いや三つか四つくらい抱えて生きていますが、なんて言い方ですか。


 魔法少女で、正義の味方だ。

 今日は旅客機の墜落を食い止めた。

 私は自分を不良だとは思っていない。

 先生どうしたの、とんだ誤解ですよ。

 私は大事件でショックを受けたらしい先生に話しかける。

 話さなければならない。


「先生、私たちは正義の味方です。不良じゃありませんよ」


 ものすごいいい子だよ!と二浅河ちゃんが小さい子供みたいな声で怒るので可愛い。


「うんうん、わかった、わかったよ、正義のコスプレの不良ね?先生わかりました。最近の若い子の流行りに頑張ってついて行こうとしているんだよ先生は」


「先生、大丈夫ですか?そんなにややこしいことになってはいません!私たち、日本の平和を守るために戦っているんです!戦っていました!」


 言いながら私もちょっと悪いことをしたかなという気になってきた。

 飛行機で変身した時から、機長さんとは話したけれど、この普段から心優しい先生には、何にも説明をしていない。

 まあ、どう説明すればいいかわからないというのもあるけれど。


「」


 言葉を失っている先生に、歩み寄るクラスメイト。


「―――そうですよ、わかってください」


 出席番号二十一番、空桐唯からぎりゆいさんが歩いてきた。

 クラスにおいて、彼女は委員長じゃあないけれどなぜか頼られる系の、女子だ。

 身長は女子の中では高い方だけれど、性格もそれに対応していて、さらに大人びて見える。

 白い魔法装衣マジカルドレスは、ところどころのパーツがクリスタルみたいに透明。

 先生が少し、彼女を眺めた。


空桐からぎりさん………君のことはね、本当に安心して見ていたんだよ。授業態度が真面目なのはもちろんのこと、頭髪検査に引っかかったりしない、スカートの丈もいじらない。授業中、あんな受け答え、授業中………私はね、ああ、本当に信じていたんだよ………ああ、嗚呼」


 目を伏せて額に指を当てる先生。

 そんな彼のうろたえ方に、私も励ましたくなってきた。

 私たちの姿にビックリしたのはわかるけれど気をしっかり持ってもらいたい。


「先生、しっかり!―――信じてください。大丈夫ですこれからも信じてください。私は中学校の敷地内では学生服でいるんですから」


「そんな君も、なんだいそのコスプレは、言っておくけれどね、私はよくわからん」


「先生、これは魔法少女です」


 コスプレじゃあなく実戦向けの服。


「フフ………フゥーフフフ!」


 用賀崎先生は変な笑い声をあげた。

 呆れているのだろうか。

 私たちに呆れて諦めてしまったのだろうか。

 笑いながら表情は疲れるというような、ものすごい不安定な笑いだった。


 そうやってビールをぐいっと煽り、ふらふらと歩いて行った。


「親父が言ってたよ。別にお酒って、美味いんじゃないって。ただ思い通りにいかないから。イヤなことがあるからオトナは酒を飲むんだって」


 湯ノ峰くんがストレッチ染みた背伸びをして、ポツリ言った。


「―――なんなんだよ用賀崎ヨガ先生、いいじゃんか。命が助かったんだからよ、あの言い方は無くなあい?」


「まあ、まあ………」


 そんな声が聞こえる。




 ―――



 そうこうしているうちに狙木から皆に話があるっていう事で、クラスのみんなが一つの空間に集まった。

 ホテルのロビー、待合室。

 待合室と書いてあるのかは、見回してみてもわからないが、そんな空間だ。

 ソファーに座り、囲めばクラスの半分ほどの人数だった。


 皆、この島で今起こっていることが何なのか知りたい。

 そういう作戦会議だ。

 情報がラクールたちから出ていないので、自分で見たものと、噂だけを頼りに行動している。


「傭宇と、あと茂ヶ崎さんが変身解除していることには皆気づいていると思う。そのことでちょっと話がある」


 茂ヶ崎さんはソファーで横になっている。

 ちなみに私が背負ってここまで来た。


「赤い魔法陣?ああ―――空にあるヤツか?」


「それとはちょっと違うんだ、俺が見たのは―――ああ、見たんだ、この目で。ジャングルの中にあった。だいたい人間の背たけくらいの赤い魔法陣だ」


 少しざわつく。

 それを知っている、見ている生徒は少ないようだ。

 初めて聞く情報に、疑いの目を向けるかもしれない。


「空の魔法陣はひとまず放っておいてくれ、害はないようだから―――だがその小さい魔法陣に触れたら、操られる。飛行機の時にも洗脳はあったけれど、こいつが操られちまった」


 と、いって傭宇くんを指差す。

 学生服の傭宇くん。

 無表情でうなだれる。

 皆がざわつくし、私も心がざわつく―――。

 私は茂ヶ崎さんのことでいっぱいいっぱいで、目撃しなかったけれど、どうやら話を聞くに、戦ったらしい。

 魔法少年対魔法少年で、魔法戦杖ぶきも持ち出して交戦したらしい。

 クラスで起こっていることをすべては把握できないけれど、今は先を聞くしかない。


「止めるのに苦労した。だから魔法陣を見つけてもうかつに触れないでくれ」


「攻撃もしないでくれよ」


 これは傭宇くんが付け足した。

 攻撃衝動が加速するのは、


「今、いない奴にもあったらそう言ってくれ、話しかけてくれ。警戒してくれ」


「それも注意だけれど、島全体に影響がある―――島中の車が止まっているわ」


 空桐唯さんが言った。


「正確には、電子機器全部なのだけれど………島中のそれらが止まっているのは、島を覆っているあの空の魔法陣が原因と考えて、間違いなんじゃあないかしら?」


「………」


 狙木は黙って、そして否定はしなかった。


「別の意見があるなら、言ってもいいのだけれど、聞くわよ」


「いや、それでいい、その可能性もある、空桐さん―――ただ、アレに関しては上空だから、何をどうすればいいかわからない。とりあえず触れようにも触れられないしな」


「確かにそうね」


「まずは―――赤い」


 どうやら修学旅行はもう、予定通りには進んでいないようだった。

 間藤中学校の学校行事としての、本来の普通の旅行は。


 来る前に決めたグループでは行動していない。

 今は話し合いになっているけれど、てんでバラバラ。

 空の魔法陣が現れたタイミングから、各々が好きかって、バラバラに動いていったのだ。

 女子たちの話を聞く限り、大抵の生徒は、何とかしなければと意気込み、原因を探しに行ったらしい。


 私は、こんな時だけれど、なんだかおかしくて笑ってしまった。

 皆の、こんな一面、初めて知ったからもっとびっくりして当然なんだけれど、でも確かにある感情。

 安心。

 皆、正義のために動いているのだ―――そう思うと、私は少しだけ安心するのだった。


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