第24話 脱出計画と救出計画


 出席番号二十三番、春風若葉はるかぜわかばと出席番号二十六番、茂ヶ崎実里もがさきみのりの戦いは、幕を下ろした。

 沈静化、完結した。

 部外者である魔法少年、狙木豊大がやってきて、ほぼほぼ奇襲のような形で狙撃。

 木々を操る魔法少女を撃って、止めた。

 攻撃した。

 そうでなければ疲弊した春風若葉が、今も自分の足で立っていられたか、疑問である。


 茂ヶ崎実里は学生服姿で木の根を枕がわりにして、寝かせてある。

 気を失っているが息はしている。

 その事実が、その場のみんなを落ち着かせた。

 魔法装衣マジカルドレスが耐久限界を超えても、消耗した魔力はいずれ回復するだろう。

 通常の人間の体力がそうであるように。


 春風若葉は、いろんな想いが浮かんでは消えて、を繰り返しつつ、声をかけた。

 恐る恐る、狙木にたずねた。


「アンタ………泉ちゃんに呼ばれて、それで来たの?」


「………まさか」


「まさかって何よ、とにかく止めてくれて、そのう―――あ、ありが………」


「バードウォッチングだよ」


 狙木は春風若葉はるかぜわかばに言った。

 なんだよいきなり。


「俺はこのスコープで鳥を眺めていたんだ。そこに春風、お前が映り込んだんだよ」


 そうしてライフル上部の望遠鏡部分をつんつん、と指す狙木。


「サイパンの美しい大自然を眺めていたんだが、鳥に見惚れていたんだが、お前が映り込んだんだ。単なる木に対して防戦一方でものすごぅく手こずっているのが、ものすごぅく目障りだったから、仕方なく加勢してやったまでだ。チラチラ映るんだよスコープに。助けてくれたとかそう言うことを考えるんじゃあないぞ、俺は極楽鳥ごくらくちょうを見たかっただけなんだから、そのついでだ」


 そんなことをくどくどと言う、狙木。

 何か口調がおかしい―――こんな喋り方をする男子だっただろうか。


 まあ元々こういう人間性だったような気もするけどね。

 ひどい人間性だった気はするけれど。


 ライフルを肩に引っ掛け、息を荒げている。

 一緒に来た泉ちゃんによると、走って来たらしい。

 本当は操っている魔怪人を探して倒すのが理想だったけれど、結果は良かった。

 何とかこの事態を乗り切った。


「………助けてくれたの?」


「だから言っているだろ、このスコープでバードウォッチングをしていたらお前が戦っているのが見えたんだよ。お前が無駄に苦戦しているのとか、お前の負け犬じみた顔が目障りだから一時的に加勢してやっただけに過ぎないんだよ、感謝しろ。偶然バードウォッチングをしていた俺をな―――俺を感謝して、あがめろ」


「茂ヶ崎さんも気を失っているだけみたいだし、ありがと」


「………言っただろ、偶然だ。偶然だからそんな気にすんな。バードウォッチングをしていて偶然見つけたんだ。鳥を鑑賞していたんだよ、鳥籠に入ってる、飼われているヤツじゃあなくてジャングルにいる自然体の鳥をな。お前は頭が悪いから知らないかもしれないが、俺の趣味はバードウォッチングなんだよ」


「そうなの………?」


「そうなんだ」


「初耳だよ、あんたのそんな趣味」


「初耳だって?そんなの、そんなこと―――ああ、言ってなかったからな。乙女の秘密ならぬ乙少年の……」


「………」


 こほん、と咳払いする不愛想な男子。

 セリフをとちっただけのようだ。

 無理にうまいこと言おうとしたのだろうがお前のことは大体予想がついてしまう私だった。

 語彙力はたいして高くない。

 とっくに知られている。


「勘違いするな、お前を助けたくてやったんじゃあない」


「………それはもうわかったよ」


「お前を倒すのはこの俺だ。お前に勝つその日まで、他の魔法少女に負けるのは許さない」


「いやいやいやいやいや―――、何故急に、何度も戦ったライバルみたいな台詞を………?」



 私とアンタに、かつて何があったんだよ。

 私とアンタのあいだに。

 私とこの魔法少年の間に―――。

 ………何もねえよ!

 探しちゃったじゃない、記憶を!


 今日初めて知ったよ魔法少年だってことを!

 わたしも教えてなかったけれど!

 敵だったけれど紆余曲折あって途中から味方になったし共闘しますみたいな台詞言われても困るって!

 混乱が増すばかりだよ!

 関係があるわけない。そんな込み入った事情はねえよ。

 私のこと知らないでしょ。

 魔法少女だって知ったばかりでしょ!?

 知ったばかりだし、あと一度も戦ってもいないしさあ。


「ていうか普通フツ―撃つ!?私、あの時本当にびっくりしたんだから!なんてことしてくれてんのよって、もう心臓止まるかと思ったじゃない!クラスメイトよ!?」


「仕方ないだろ、そういう魔法戦杖マジカルステッキなんだからよ―――あのな、大丈夫だって、撃っても命は助かるから、それは確認済み」


 その後、狙木は状況を話し始めた。

 話し始めたっていうか、信じがたい内容が多くて。

 傭宇くんが操られて、戦ったとか。

 魔法装甲マジカルメイルごと撃ったこととか、今は道路に置いてきているから合流しようという、そんな話をするもんだから。

 何よそれ、サラっと言いやがって、大変じゃないのとんでもない話じゃないの―――と。

 激昂するしかない春風若葉なのであった。





―――



 渡良瀬泉は困惑していた。

 でも安心していた。

 あの時、私は魔怪人を探していた。


 助けてくれ、若葉ちゃんが大変だって言ったら、めんどくせー、と悪態をつきながらもすぐに駆けつけてくれた狙木くん。

 彼はもう、若葉との他愛ない口喧嘩に移行している。



「ていうか、狙木、アレがなんなのか知らない?空に広がっている何かのマーク」


「ああ―――いや、俺も全部知ってるわけじゃあないが」


 夕暮れが長かったような気がするが、実際は既に陽が落ちている。

 そして夜の闇を覆うように赤い魔法陣が広がっている。

 あまりにも範囲が広いので雨雲か何かのようだ、気象現象の仲間なのではないか?

 見えにくいが、あの陣の向こうに月もあるはずだ。


 若葉は空に広がっている何かのマーク、と言ったが、陣が星型であることを知らないのかもしれない。

 それもそうだ、ここはジャングルであり、木々で隠れていることもあり、すべてを把握するのは難しい。


「これからどうするか考えなくちゃあならない―――この島を出る、日本に帰る。色々言いたいことはあるけれどそれができないのは気分が悪いな。そのために、俺たち魔法少年で何かここですべきらしい」


「………私もいるよ?」


「魔法少女も、だな」


「とりあえずみんなを集めて、その茂ヶ崎さんを操っただろう魔法陣に気をつけよう。注意を促そう―――でも、皆どこだろう?」


 狙木はぶつぶつと呟いていた。

 魔法陣が一つじゃあなかったという可能性、考えないのはマズかった。

 さしあたって、この島から出るには停止した飛行機を何とかせねばなるまい。

 他にもわからないことが山積みであり、事態は困難だ。

 島よりもやや大きいのではないかと思われるレベルの空中魔法陣だって、消し方がわからない。

 いや、消せばいいのか?

 消せば解決という、そういうものなのか?


 ともかく一日目の宿泊予定のホテルに向かえば、みんながいるだろうという話になった。





―――




 闇。

 スゴ・クメーワクの軍団長会議。

 長テーブルには幹部クラスの魔怪人たちがシルエットのみで浮かんでいる。

 組織の中核を担う参謀クラスである彼らの姿は、薄暗くて見えない。


 そこでブレイズンはスポットライトのような魔光を浴びて、待機していた。

 ブレイズン隊長は虎型魔怪人。

 二度の出撃を経て魔法少女と直に交戦した経験もある。

 個性無しの下級魔怪人達は数十体やられてしまったが、ブレイズンは生き残っている。


 悪運の強い魔怪人であることは確かである。

 そして、彼はバルルーンの同期であるという一面もある。

 今回この場に呼ばれているのは、それが関係しているのではないかとの創造、予想が胸中にあった。


「バルルーンが戻らない」


 軍団長の一人が言う。

 陰鬱な声色だ、それは悪の特質、生来せいらいのものか、あるいは作戦の失敗を嘆くためか。


「日本から渡航したと思われる二十八の魔法戦力と交戦状態に入ったバルルーンが―――戻らない。この状況になにか思うところはあるか―――ブレイズンよ」


 ブレイズンがわずかに虎の唸りを牙の隙間から漏らしつつ、思案する。


「………バルルーンがやられてしまった、その可能性が高い。現時点ではそれだけしか推測は出来ません」


 沈痛な面持ちでブレイズンは答えた。

 あの、馬鹿。

 馬鹿野郎!

 ………奴との最後の通信の言葉を思い出す。


 ―――俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。

 あれが確か最後の言葉だったと思う。

 そして情報解析部の報告で敵の戦力が予想を超える人数であることがわかったときには奴は、というか馬鹿は通信を切って敵と交戦状態に入った。

 戦いのすべてを確認できたわけではないが、なんということだ。

 目も当てられない。



 複雑な心境である。

 わからないとは言ったが、この先はある程度予想がついた。

 バルルーンがやられたのならば次は俺だ。

 だがせめて奴の二の舞にならないように、一対一の戦いに出陣できるか。

 この話し合いはそのためにある。


 だが軍団長がの持つ情報を開示されると、意外だった。


「バルルーンは生きている。今はサイパン島に潜伏し、交戦は行っていない模様だ」


「ええ………ッ!?生きているのですか!」


 思わず頓狂な声を上げて驚いてしまった。

 生きている。

 生きているのだアイツが


「なんだブレイズン、お主はヤツに、死んでほしかったのか」


「い、いいえ!ただ意外というかなんと言いますか」


「一時撤退しただけだ」


「よ、よくぞ、生きていたなああ~あんな台詞せりふを吐いておいて、という、それだけのことであります!」


「言わんとするところは理解できる………まあ、バルルーンはあからさまな死亡フラグを立てておったからな」


「ぐほッ………、何故それを!と、盗聴していたのでありますか!?」


「盗聴とはずいぶんな言い方よのう、秘密結社われらの業務用の通信回路で会話をしておったのは貴様らであろうに………バルルーンの居場所、安否確認につながる情報がないか、集められるところで集めなければなるまい」


「は、はあ………」


「それはともかくとして、他人の話を聞かない者と会話をすると厄介よのう、ブレイズンよ」


「………それは本当にそう思います」


 死亡フラグ野郎の高笑いを思い出し、しばしうんざりする。

 コメントする気力すら失せそうだ。

 そうこうしているうちに、下級魔怪人が記録を持ってきた。

 この会議に使うものだ。


「直前の魔力反応データを、ここへ」


 結界内に侵入している。

 最後に確認した魔力追跡機では、バルルーンを現す光点が、一カ所に二十八個集まった光点から離れ、急速にスピードを上げて逃走する様子が書かれている。

 魚群探知のソナーのように、ある程度大雑把なものだが。

 その様子だけ見ると


「逃げていますね」


「ああ、逃げている………そしてここだ―――」


 ある時間になると、光点が見えなくなってしまった。

 バルルーンも、固まっている魔法少女達も。


「魔力が見えなくなった………!?」


「今回はいくらか特殊な任務になる。まず、島の周辺に巨大な結界が出現していて、内部の様子はわからない、見えなくなったのはそういうことだ」


「なんと………」


 魔法陣や結界は世界中に存在する、魔法の故郷イギリスをはじめとして世界中にあるのだ。

 高名な魔術師、呪術師、結界師―――それらが罪なき人々を悪魔から守るためと施した聖なる魔法。


 それは我々悪の組織にとっては忌むべき存在だ。

 だが、認知している存在でもある。

 どういう性質を持っているものかも。

 対策がないわけではない。


「『広範囲秘匿型』の結界………敵である魔法少女もそうだが、島自体にも注意を払うべきだ」


「バルルーンが時空ゲートで帰ってきていないのは、そのためですか?」


「ゲートが使える条件にも、制約があるからな」


 自然、口が重くなってしまう。

 そもそも経験があるとはいえ、日本のみでの活動をしてきたブレイズンは、この任務の予想がつかない。


「島に潜入してバルルーンを回収し、島の結界の外まで我々の用意した船で脱出する。そして転送ゲートで帰還せよ」


「作戦は理解しました」


「バルルーンには、機を改めていずれは出撃してもらう。せめて戦いになる戦力差の時にな」


 島の様子は確認できん―――だがバルルーンは生きていると仮定し、救出に向かうことにした。


「ハッ………!」


 ブレイズンが姿勢を正し、返事をする。

 これからどう救出をするか思いを巡らせる。



 三つのスポットが当たった。


「ブレイズン隊長、今回は戦闘ではない。回収チームは既に結成している」


 三人の魔怪人---ジョウゾ、ガーナフ、ゼレファンダー。

 異形かつ目つきが悪いのがまさしく魔怪人という出で立ちであった。


「敵の数が数だ、こちらも多方向から向かえ。もちろんバルルーンの回収が済んだら引き上げる事。交戦は最小限にとどめろ。地図は持ったか?」

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