第23話 春風若葉と茂ヶ崎実里 2

「あははははははッ!」


傭宇の発言に、狙木豊大は大笑いした。

何を馬鹿な、と心の底から思って爆笑した。

実際に口にも出す。


「帰れないって?なーにを馬鹿なことを言い出すかと思えば、操られてんのかァ?まだ操られてる影響が残ってんだろお前は。俺たちは魔法少年だぜ?今起こっているトラブルだって、解決できるだろ」


確かに予定外のことが起こり過ぎた日ではある。

だが、まだあきらめるのは早い、早過ぎる。

傭宇を洗脳から救った例もあるし、強気になっている。

たしかに修学旅行は行き帰りにおける行きの時点で破綻した―――初日から大変なことになってしまったが、人知を超えた力をギクールから授けられていることは違いない。

対して傭宇は、冷めた目である。


「飛行機のエンジンが止まってるじゃあないか、そしてそれはおそらく魔法の何かが関係してる」


上空に出現した巨大な魔法陣が関係している。

どういう効力があるのかがわからないしギクールたちから説明も受けていないが、無関係とは思えない。

それを心配しているらしい。


魔法の何かって、なんだよ。

アバウトだな。


「わからないことも含めて、ヤバいんだ―――まあ、あの魔法陣の所為せいだと思うがな」


傭宇は淡々と、あきらめたようにつぶやく。

どうもネガティブになっているようだな。

はやくもホームシックになってしまったのか日本が。

俺は考えつつ答える。


「空の魔法陣か―――確かにあれは何とかしなきゃだが………」

島全体を覆う規模の魔法陣が、空にかかっている。

今いる道路上からは、とてつもなく上空ではない―――島にかかった屋根のようにもみえる。

日本に帰れないとまでいうのは、あきらめが早過ぎるだろう。

その時、ず、ずん―――と大きな音がして、どこからか響き渡って、二人は周りを見回したが、それが何の音なのかわからなかった。

とりあえず魔怪人は見えない。

ひたすらに郊外、ハイウェイと、そして右側の、広大に広がるジャングルだ。


「とにかく、いいか狙木、まずこれから何度呼んでもお前の相棒は現れない」


彼は状況を説明し続ける。


「俺は『日本の平和を』守ってくれという契約で戦っていた。その時受けられたサポートがこっちでは受けられない」


厄介な魔法陣に一度はかかってしまった傭宇。

もしかすれば、彼の相棒がすぐに解除してくれるだろうという甘い目論見もあったのかもしれない。

だからあの時、いささか安直に、攻撃してしまったのだろうか、と今更ながら思った。


道路を歩き続けている。

道路脇の道路標識があった。

日が暮れてはいるが、上空の謎の大魔法陣が赤く照らしている。

数字がボードに表記されている。

50、と。

だがそれが50キロなのか、あるいは他の単位なのかはわからないが。

まてよ、では―――どうなんだ?

バス運転手でもないので今までずっと気にしなかったのだが。


「ここはサイパンだ。サイパンに入っちまった。なんのことはない―――アクールたちは俺たちとの約束を破ったんじゃあない。しっかり守っているんだよ」


約束通りのマジカルマスコット。

契約を順守しているマジカルマスコット。

破ったのは魔法少年。

勝手に日本という活動範囲の外に出て活動しているのは―――俺たち。

約束を破った罪人である。

―――という、ことか?


「飛行機をはじめとした交通手段が停止した。ていうか、機械全般がダメだ。そしてアクールは、この状況でどうすればいいか教えてくれない」


「………マジで言ってんのか、それ?」


喉から声が出しにくいと感じてしまうのは、緊張してしまっているからか。

絶句しそうになりながらも、なんとか声を上げる。

日本じゃなくてサイパンだから。

そんなことで―――あいつは出てこないのか?

俺の、魔法少年同士の無益な争いを見ていても?

なんて言えばいいか―――意外だ、意外過ぎる。


いや―――見ていないのか?

そうか今どこにいるのかと予想したが、まさか全然違う場所、日本にいるのか、帰っているのか?

あのマジカルマスコットは本来の守備範囲に。

本来のテリトリーである日本。

あいつは---ではつまり、日本専用、のようなものだったと。

魔法の専門家ではあるが、日本担当であるだけだったと。


俺たちは普段、日本語を話している。

だがそれは国外ではほぼ通用しないだろう。

それと同じように、アイツは今、俺たちの力になれないだと?


「サイパンはこの際、重要じゃあない。韓国でもアメリカでも中国でも、要するに海外だといけないんだ」


「まさか、そんなことでこんな………」


「まさかそんなことで、と思ったんだがアクールがんまりなんだよ」


「………!」


こんなことなら、サイパンに来る前にあいつと話しておくべきだった。

あの見た目小動物にしか見えない、何考えてるかわからん生物と、もっと話しておくべきだった。

後悔して、頭が重く感じる。

―――って、今更遅いのか。

だが何も言っていなかったぞ。

俺の記憶を辿る限り、ギクールは修学旅行が海外だと聞いても、猛反対なんてしなかったぞ。

魔法界でも考えがある、準備をする、のようなことは言っていた気がするが。


ず、ずん―――と再び、ジャングルの方で大きな音がした。

やはりこの島で何かが起こっていることは間違いない。

俺は傭宇と顔を見合わせる。

何が起こっているのか、自分の目で確かめるしかない。


その時、誰かがいるのが見えた。

青っぽい派手な服装の女子がジャングル内から、駆けてくる。

スカートが、あれはフリルというのか、場違いにフワフワしている。



「ああ!人がいた!ちょっと、そこの二人お願い待って!止まって、狙木くんと傭宇くん!助けてほしいことがあって来たの!」



出席番号二十八番、渡良瀬泉が魔法装衣マジカルドレス姿でやって来たのだった。

クラスメイトである彼女がここまで大声を出すのは初めて見たので、二人ともあっけに取られていた。





―――





「春風さん。気に入らないのよ、あなたが」


ジャングル内での交戦は続いていた。

『挙止進退』シャイニンググローブの連撃が、木々を弾き飛ばし斜面を滑らせる。

その衝撃が、ず、ずん―――と大地を揺らす。

魔法少女対魔法少女の戦い。


「どうして日本の平和を守る魔法少女のくせに、ここでこんなことをやっているのかしらァ?」


「助けるためだよ!」


迷いなく拳をふるう。

今は茂ヶ崎さんを助けるため、さっきは飛行機を襲われて―――怖がっている皆を助けるため。


深緑ビリジアンの魔法少女、茂ヶ崎実里もがさきみのりは、自然を操って攻撃している。

攻撃範囲が広い、周辺地形を丸ごと操れる魔法戦杖マジカルステッキ

この森の木々。

彼女の能力でこれらを操れるのだとすれば、私もすべてをよけ続けるなんてできない。

よけ続けることは出来ないはずだが、避けている。


「………!」


戦いの中で募る思い。

耐えられる。

私がそれをここまで耐えていられるという事は―――、彼女が全力で私を倒そうとはしていないということ。

つまりそう言うことだ。

そのステッキの使用者、茂ヶ崎実里は―――全力を出してはいない。

手加減している。

攻撃を緩めている。

そして最後のギア一段はとっておき、これから本気を出すという可能性。

これもないと思った、思いたかった。


本当は攻撃したくないんだ、と春風若葉は思った。

やっぱり、茂ヶ崎さん本当は戦いたくないんだ。

操られても意志は残っているんだ。

それは操られての攻撃衝動を、何割ほど緩めているのかはわからないけれど。

まだ魔法少女としての正義感が残っている。

その正義感が、私への全力攻撃を行わないという意思になって現れ出てきている。

そうだよね、クラスメイトなんだから。

それ以外に理由がないよ。


「茂ヶ崎さんが落ち着くまで、私は相手に―――練習のスパーリング相手になるよ」


サンドバッグにはならないけどね!

べ、と私は舌を出す。

状況はきついけれど、今すぐ負けるわけじゃあないんだから。

我慢比べは結構得意だよ、いままで何十匹魔怪人をアッパーで吹っ飛ばしたか教えてあげましょーか。

地上からビルの四階まで吹っ飛ばして窓に衝突させたこともあるんだよ。


「あなたがここで意地を張っても意味ないの。あなた、パートナーは?」


「え?」


「あのマジカルマスコットよ―――他にも、魔法界の人も。その誰とも連絡を取れないでしょう?」


「………そうなると、何かいけないことでもあるの?」


何で今その話をする―――?

それが何か、茂ヶ崎さんにとっていい話が?

いいや、動揺を誘っているの?

反応しちゃあいけない。


「ラクールが現れないわ。けれど私は戦える」


「見捨てられたと言っているのよ―――春風さんも私も。日本の平和を守ってくださいって言っていた、その魔法少女がどうしてここで戦っているの?」


「あなたはラクールと日本の平和を守る約束を交わしたはずよ。私もそうだった。だけれどここではもう―――駄目なの」


日本の―――国外。

なんでもありと思われがちな魔法界でも、国によって明確な差別があるのか。

ラクールはすべてを説明してはくれなかったけれど、あの子の住むマジカルな世界にも、掟や法律が存在していて、おかしくはない。


おろそかだった。

けれど―――。

契約の外だからって、そんなことで決めやしない。

これは私の意志だ。

疑わないこと。


「場所は関係ないわ、少なくとも正義の味方に、ここだから助けるとか助けないなんて言うことはない、いつだってどこだって困っている人がいるなら助ける!」


「何を甘いことを………私は耐えられない!今、強がっているあなたの、意味がわからない!見ていられない!」


ざらざらと地面を削り這う、木の根。

返答が攻撃の意志。

ただ、強者じゃあない。

茂ヶ崎さんは私を襲う悪者じゃあない―――怯えていただけなんだ。



元々は本当に修学旅行に行く、クラスのみんなと一緒に過ごすっていう―――それだけの気持ちだったけれど、どうやらそれは壊された。

悪の魔怪人がきっかけ。

でも、魔法少女になった自分は、それと戦うしかない。

今回は契約の範囲外に出てしまった。


不安をかかえていたの?

そうだとしても―――人々を守りたいという気持ちがあるから魔法少女になったんだ私は。

茂ヶ崎さんだってきっと、その気持ちがあった。

それとも、ちがうの?


「魔怪人よりも歯ごたえはあるわ、あなた―――だからこそ、追いつめてみたくなったわ」


「くっ!」


木が多すぎて、使用者である茂ヶ崎さんが見えないほどの猛攻だ。

しかもその一撃一撃は決して軽くない―――電柱が大量に飛んでくるような凄まじさ。

拳での対応が間に合わなくなりつつある。


「私の『森羅万象』ホーミングツリーは自然を味方につけるわ!春風さん、なにか感想はあるかしら?」


「すごいエコな能力だね………!私を追いつめるとか、そんな暇があったら正義のためにすることがあるんじゃあないかなあ! 地球に緑を復活させるとか―――、さあ!」


木片が弾けて宙に舞う。

さあ!の部分で同時に木の幹を打ち返す―――だが弱い。

余裕がなくなりつつあるようだ。


光のグローブから発する魔力光が点滅し始める。

時間切れではない、純粋にパワー負けしている。

本気で戦わないと―――本気でクラスメイトを倒さないとまずいのか?

軽口を返し続ければいつか応えてくれると思ったけれど、甘かったかな―――厳しいペースになってきた。

考える余裕もない。


「ラクール………!ねえ、これは」


どうするの、と言いかけて、やめる。

私は無意識に助けを求めた。

解答を求めた。

あの子は、出てこない。

今の、言いかけた言葉が喪失した瞬間のこの気持ち―――これが、茂ヶ崎さんの伝えたいこと。


「あなたは契約を破った―――これは、んじゃない?」


「………ッ!」


木々が右からも左から、何本も迫る。

巨大な獣に噛みつかれるかのようなその光景に、身がすくむ。

逃げ場がない、本気で倒す気にならないと。

私にできるのか?

歯を食いしばる―――だけれど、何故だろう、拳が上がらない―――!


木の牙が弾けた。

私は最初それを、木々の攻撃パターンの何かだと、思った。

けれど木々が次々と弾けて、いや、細い光によって貫かれていく。

細い光が連続で飛んでくる。

そして銃声が聞こえる。

銃声?


「なに!?」


と、声を上げて周りを見回している茂ヶ崎さん。

私に一切攻撃が当たらない。

様子がおかしい。

何があった?


木々が地面に、倒れるように落ちていくなかで、細い光が茂ヶ崎さんの魔法装衣マジカルドレスに、突き刺さるのが見えた。


「ううッ………!」


茂ヶ崎さんは胸を押さえ、地面に倒れ込む。

木々は動かなくなり、土埃だけがあたりに残った。

しばし、静寂が訪れる。



木々が、がさりと音を立てる。

そうしてその男子は―――狙木豊大は現れた。

ややジャングルに似た色なのが迷彩服っぽい魔法装甲マジカルメイル

そして茂ヶ崎さんが動かないのを注視しながら言う。


「他は………?他にはいるのか?」


ライフルを下ろさなかった。

狙木は、構えたライフルのような武器の銃口から、硝煙のような魔力をわずかに漂わせていた。

私は、そして茂ヶ崎さんが誰に撃たれたのかを、ここで理解する。


「ちょっとやめてよ!銃を向けないで!」


狙木は口をだらしなく開けた表情で私に向き直る。

なんとも締まりのない困惑顔だ。


「………お前、何言ってんの?いまお前、だって攻撃をされてただろ!」


「それでも!私が!いま止めようとしていたのに!」


渡良瀬泉が、少し遅れて追いつくと二人の口喧嘩が開始していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る