第22話 謎の大魔法陣



 春風若葉が激闘を繰り広げている熱帯のジャングル。

 美しい夕焼け空に照らされた場所を、遠くから眺める者がいた。

 悪の組織、スゴ・クメーワクの魔怪人バルルーン。



 彼は南国の曲がりくねった木の枝に登り、隠れ潜みつつも遠くを眺めていた。

 木の枝に留まる辺りなど、大鷲の姿である彼としてはサマになっていたが、誰かに見られていたら困るのも事実だ。

 潜伏中である。


「戦っているのか………?」


 音が聞こえる。

 ジャングルのはるか向こうで、衝撃音が聞こえる。

 事が起こっている場所は自分のいる場所よりも海側、標高が低いため見下ろすことが出来た。

 木々が濃くて地上で起こっていることが、具体的には見えないが。

 地震と見紛うその振動の中心から、鳥がバサバサと飛び立って逃げていた。

 逃げているんだ、戦闘から。


「やはり戦っている?」


 戦っている。

 人間が、ではない。

 普通の人間の使う近代の兵器ではない。

 魔法による攻撃だ―――魔力を使って戦っている。

 距離が遠く、ほとんど視認できはしないが魔怪人である自分ならばそれだけは確信できる。


  では、その原因はなんなのだ。

  誰がおこなっているのか、という話になれば、間違いなくあの魔法少女達だろう。

  着陸するところをちゃんと目撃してはいないが、この島にたどり着いたはずだ。

  この近辺に着陸したことは疑いようもない。


 島にたどり着いて、誰とだ?

 誰と戦ってそうやって、衝撃でジャングルを揺らしている。

 そこまで激闘を繰り広げる意味は一体。

 魔怪人に決まっているだろう。

 そうだろうしかし―――?


 魔怪人オレだったらここにいるんだが、奴らは何故戦いが始まっている?

 島の一部でドンパチやっている?

 何に恨みを感じて、どんな理由で始まっているんだ?


 自分が任務の内容を失念していたという可能性も考えたが、やはりこの状況になる理由がわからない。

 戦いによる興奮や緊迫ではなく、疑問、困惑が胸中を支配した。

 参ったな、ただでさえ多すぎる魔法戦力に頭を迷わせているのに、これ以上謎な現象がおこっても困るんだが。



 だが可能性はいくつかないでもない。

 まず一つ。

 助けが来た可能性だ。

 そうだ―――そうか、援軍が来たのか。

 まず俺だけであの数の魔法少女の数は、いくら何でも無理だ。

 スゴ・クメーワクの援軍がついに到着したのか。

 俺の出撃を命じたあの軍団長が、また次の作戦を考えるなどしているのだろう―――。



 木々の上から眺めてもロクに見えないことはわかったので、バルルーンは地面に飛び降りる。

 なあに、また軍団長から通信くらいよこすであろう。

 作戦再開はそれからでもよい。

 そう思って歩き始める。


「―――キミは魔法少女じゃあないね」


 振り返ったバルルーン。

 見れば木々に囲まれて薄暗いジャングルに、一人の少女が立っていた。


「誰だ!」


「そして魔法少年でもない………別に私は何もしませんよ、身構えないでください」


「………」


 バルルーンはその少女を見分する。

 魔法装衣マジカルドレスではない、それはつまり魔法少女ではないということだ。

 魔法少年でもない―――男女の違いはこの最重要でもないが。

 魔法に関わっている存在かどうか。

 それが問題だ。


 服装は、人間の少女に近い。

 普通のワンピースといったふうな姿だが、このジャングルの奥地に一人でいるのは、異様だ。

 単なる迷子という可能性は感じなかった。

 自分に話しかけた。

 魔怪人に話しかけた。

 明らかな異形の来訪者に出会えば、気絶してもおかしくないであろう、か弱い人間のはずなのに―――これはあり得ない。



「しかし誰だあって―――君の方が誰だ、ですよ。いきなりやって来た、招かれざる者くん」


「………この島の住人か?」


「住人?住人ではありません。そしてキミは?キミも違うようですね」


 俺は身構える。

 翼に魔力をいつでも込めることが出来るように。


「キミたちが島に入って来たんです、キミたちが先に仕掛けただけのこと」


 彼女にとって自分という侵入者はあまり良いものではないらしい。

 それは上等だ。

 俺は悪の魔怪人、良いものであっては商売あがったりである。

 だが彼女は俺のように肩をいからせてはいなかった。

 口調は平坦で、直ちに戦闘が始まる様子ではない。


「俺が侵入者だという訳か、いや言いたいわけか。。お前は、ならば敵か?」


「敵?ううん、そんなことはないですよ―――しかし友好的ではないです、なれそうもない」


 何しろ、とその少女は歩み寄ってくる。

 感情の起伏が少ない声色だった―――憐れんでいるような力なさがある。


「キミたちが入ってきたわけだよ、人の家に許可なく。ね」


 じっと観察するようなその視線。

 様子を伺っているのだろう。

 珍しい動物を見ている時のような気なのか、この少女は―――自身の倍ほどはあろうかという異形の魔怪人に対して。

 なにかおかしい。

 この距離の詰め方―――距離感というか。


「魔法協会の連中か?お前は女だが、魔法少女ではないようだな」


 若葉色の魔法少女をはじめとして、魔法少女は見たことがある。

 基地では、映像でも何度も見ている。

 奴らは多種多様ではあるが、全員が妙にゴテゴテとした装飾の衣装に身を包んでいる。

 忌々しいことこの上ない。

 どうも人間は―――一般人は、あれの活躍を楽しみにしているようだが、同じ心境にはなれない。


 その武器であるステッキにも宝石のようなものが先端にはめ込まれ、色はバラバラなれど、目を引く。

 この少女にはそれがなかった。

 ただの村人といってもいい。


「魔法少女じゃあないですよ―――ああ、これ以上は言わないでおきましょう、でも―――」


「でも、何だって言うんだ?これ以上厄介を増やされてもなあ、俺はこう見えて忙しいんだ。やろうとしていることもある。任務もな」


 バルルーンは自身の武器である翼に魔力を込めようとはしたが。それを中断した。

 あくまで話し合いを続ける流れ、体勢だと思っている。

 少女の様子というか、振る舞い佇まいから感じ取ったことだ。


「でも―――警戒はしているので」


 少女が空を指差した。

 ただそっと人差し指を立てた。


「………?」


 森の木々の向こうには夕暮れの赤があった。

 それが何だというのだ。

 俺は少女を見る―――少女は何を言いたいのだ。

 空を見たら何が見える。

 雲か?


 俺はほぼ真上を見上げても、空のそれが、何なのかわからなかった。

 部分的に木々に隠れていたこともあったからな。

 そうだ、俺は夕焼け空が長引いていると思ったんだ。

 今この時までは。


 かろうじて記憶に残っているもので一番近いものは虹だった。

 真紅の虹だったし、そんな虹があるはずもないとも思った。


 空にかかった虹に、文字が彫ってあるのかと思った。

 だがそれはいくらかの訛りが入った魔法界の文字であった。


「これは………?」


 俺は愕然とする。

 上空に文字が刻んである―――だがそれは細部での話。

 そしてラインが、図形が描かれている。

 五芒星だ。

 だが先程俺が引っかかったトラップの数十倍、数千倍―――どれほどの面積の魔法陣だ?


「入ってきたのはキミたちなので、ここのルールに従ってもらいますよ」


 少女の姿が薄くなった。

 少女の輪郭が薄くなった。

 そして消えた。


「―――えっ」


 いなくなった。

 なんだこの消え方は。


 空に広がる、大魔法陣。

 島全体を覆っているとするならば、大雑把に言って十キロ四方ほどはあるのだろうか?

 広範囲型。

 この規模の魔法陣が発動するなんて、ただ事じゃあないぞ―――一体なにが起こっている?




「おい、これはどういうことだ―――デカすぎる!」


 海岸沿いの道路を歩く狙木は、空に広がる魔法陣を見て驚愕する。

 夕焼け空が長く続いていると思ったが、日は沈んでいたのだ。

 それでも空が紅かった、赤くなり続けていたのは太陽以外の光源があったためだ。


「ああ―――マズいな」


 傭宇も対策を考えられずに行った。


「狙木………お前に、何もわかってないって言ったのは覚えているか?」


「え?ああ」


 あの戦いのとき、そんなことを言っていた。

 疑問はそもそもあった。

 あったし消えていない。

 なんでこの男子と魔法装甲を着た状態で戦わないといけないのか。

 男子中学生のじゃれ合いふざけ合いとしては、いささか激し過ぎた。

 森林伐採とは違うけれど、ジャングルの破壊をできてしまう兵器同士のぶつかり合いといってもいい。



「状況が悪すぎる。その不安、恐怖を魔法陣にからめとられたんだろう、だから俺はあのとき、あんなことをしてしまって―――」


 最後まで言い切りはしなかったが、魔法陣についての知識を。

 思い出す。

 狙木は思い出す―――マジカルマスコットからされた話を。

 魔法は人の心に強く作用されるらしい。


 単なる気合がどうのこうの―――精神論ではあるが、人間界ならともかく、魔法の世界ではその精神論がかなり重要であったりする。


 魔法と、そして魔法陣もだ。

 魔法陣によっての洗脳は、簡単ではない。

 洗脳について、まず人の心の弱いところに取りつくのだ、だから強い心が必要なんだと言っていた。

 逆に言えば、心の弱いところがない人間は魔法陣の影響を受けにくいギ―――と、いつだったかギクールは言っていた。

 怯えている人間や不安を抱えやすい人間の方が、負のエネルギーを受けやすい。

 傭宇はそうだったのか。


「お前、心配性か?ほどほどにしておけよ、俺の漢気とハートの強さを見習え」


「………アクールも出てこない。この状況で焦らなくて、不安にならなくて何だって言うんだよ」


 アクールというのは―――マジカルマスコットだろう、傭宇栄道のパートナーだろう。

 彼も魔法界の住人と接点がなくなったらしい。


「この島はマズい―――このままだと―――」


「このままだと?」


「このままだと俺たちは、日本に帰れない」


 クラスのみんな、全員がだ。

 奴は言った。



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