第21話 春風若葉と茂ヶ崎実里
春風若葉の
ステッキを発動すると、ステッキの棒型形状は消失する。
戦いに使用するのは両腕。
両腕に魔力を集中した
己の拳のみでボクサーのように魔怪人を打って打って打ちまくって、ダウンさせる。
そうやって魔怪人を討伐したその数、八十九体。
この戦いでもそれは変わらない。
彼女は光のグローブを自身の顎の前に待機させていた。
そして攻撃を待つ。
肩から力を抜き、しかし意識は張り詰めてそれを待ち続ける。
彼女に迫る、木の幹を。
宙を滑り、飛び交う木々。
蛇ほどは曲がらないが、それでも曲がる。
曲がり、追跡してくる。
木の幹が目の前で追尾し突っ込んでくるのは目を見張る光景である。
春風若葉に突進してきたそれの、横っ腹に鋭い左フックを入れる。
「―――しッ!」
右ストレートでそれを弾き飛ばすと、鱗のような木の皮が弾け飛ぶ。
そうして次の木の槍も、殴り飛ばして対処する。
フットワークも軽い―――
だから躱す、躱せる。
そうやって敵の攻撃をかわしつつ、敵に攻撃するはずだった。
この戦いでも、そうやって戦わなければならないはずだった。
だが若葉はそれができない。
何故か。
「なんで!?なんでなの―――、
木々を自由自在に操り、若葉を攻撃する魔法少女。
小さなステッキだった。
そして細い。
指揮棒をふるう指揮者のような動きで、木々は一斉にその頭を振り上げる。
大地を削り進む大蛇のように。
クラスメイトにして魔法少女である、春風若葉を睨む。
ジャングルの奥から伸びる木々が大量にうねりつづける、強風で揺れるカーテンを連想した。
どうやらこの木々が彼女の能力で動いているらしいと、理解できた。
けれどそれ以前に理由がわからない。
彼女が攻撃する理由と、そして彼女の瞳が異様に赤いことと。
「どうして!こんなことをするの!なにしているの茂ヶ崎さん!」
太古の森の苔を思わせるビリジアン。
深緑の
いまやジャングルは彼女の意のままだ。
若葉は避けるが、ジャングルの中だ、当然のように植物が多い。
制限する。
マズい―――場所が悪すぎる。
どうやら植物を自在に操るのが茂ヶ崎実里さんの能力だと、そういうことらしい。
というより、そういう
説明も受けずに戦う羽目になったのだけれど。
そのようだけれど―――初めて入ったジャングルで、こんなことやってたら身が持たない。
今は運よく躱しきれているだけに過ぎない。
薄暗いジャングルで赤い目だけを異様に光らせた彼女は、
「すごいパンチ力ね」
木々がしなる。
なんだか、釣り竿のように見えてきた。
「そういう戦いをしていたのね!今まで―――春風さんは」
言いながら攻撃をやめる気配はない。
私はそれを迎撃しながらの話、会話になる―――ッく!
木々による左右からの連撃、こんなものは初めてだ。
「このおッ!そうッ思う?茂ヶ崎さんだって!こんなチカラが---!?」
「格好いい
「そう思うでしょ茂ヶ崎さんも!私は強くて可愛い魔法少女なの。だから攻撃するのは良くない!わ!」
わ!の部分で強烈なアッパー。
木の幹は使い手の真横をかすり、飛んでいった。
「それは駄目ね―――もっと見たいもの」
ひときわ大きな木の槍が、パキパキと枝音をたてて迫って来る。
「―――ッし!」
光のストレート・パンチで木々を弾き飛ばす。
正面衝突。
トラック同士の正面衝突のように激しい衝撃波が発生。
空気が揺れ、あたりの木々から一斉に葉が落ちる。
流石は私といったところだろうか。
マズいなあ、今はまだ
向こうが本気を出してきたら厳しい。
深緑の魔法少女は赤く目が光っている。
彼女のこの姿は見慣れていないけれど、それでも食い違うというか、違和感がある。
ひどく不自然だ。
墜落前の機内を思い出した若葉は、眼を見開く。
アレだ―――アレがマズい、あの赤い目がマズいんだ。
詳しくは知らないけれど操られている。
機内でのキャビンアテンダントさんみたいに!
あれで本当はしたくないことでも、身体が動いてやってしまうんだ。
「茂ヶ崎さんはこんなことしない!」
「―――そう?今まで人知れず戦ってたのよ、いつもこんなことしていたの夜の町で」
「違う!あなたは操られている!操られているのよ!」
操られている人を見たらどうすべきか。
私はラクールとの会話を思い出す。
―――
あれは、あの日はとある初夏だった。
その日も魔怪人を討伐し、日が暮れた町の片隅で、ラクールと話していたのだった。
「魔怪人は、人の心を操るの?」
「操ることもあるラ。奴らの目的は人間の心の、マイナスエネルギーを吸収することだラ。そもそもの魔力自体、人の精神に強く関係するものだかラね。」
私たち人間の敵であるスゴ・クメーワクの魔怪人は、人を洗脳で操ることがある。操られた人は攻撃できないし、すごく
「よく使用されるのがメッセンジャー型だラ。意志を、代わりに発言させるのさ」
「あとは集団で夢遊病患者みたいに操れる」
「でも奴らも、その位のことしかできない。ものすごく複雑な作業などは出来ないし、刺せようとすれば魔怪人は相当に疲弊する、魔法少女と戦えるような魔力は残らないラ」
「そうなんだ」
「若葉、キミが意識を支配されることもあるよ、そういう時はどうするんだラ?」
「ええっ―――それは、ヤバいじゃん!」
「そうだよ大問題だラ。でもボクがいるから安心するラ。そういった面倒な術式は直ぐ解除してあげるし、そういうサポートのために僕がいるラ」
「なーんだ、それならよろしく、任せるね」
「………軽い。軽いラ若葉は、もうちょっとこう、深刻な反応とかしてもいいんだラ」
――――
「話が違うじゃないのッ!」
こんなに簡単に操られてしまう存在なわけがない。
これじゃあとてもじゃないけど平和は守れないよ。
マジカルマスコットは魔法界の色んなことを教えてくれた。
信用しているから、あんな返事をしたんだけどなぁ。
あれは、あのラクールとの会話は嘘だったの、冗談だったの?
私たち魔法少女が戦って、何か不都合が起こったときに魔法界の死者、彼らは何もしてくれないの?
それとも、何か色々なことが重なって、上手くいかなくなった。
そうだ。
思いついたことがある。
詳しくは知らないけれど?
違う、知っている。
私は知っている―――やった犯人も。
洗脳を解く方法はあるはずだ。
「若葉ちゃん!」
後ろで泉ちゃんが立っている。
立っているだけ―――どうすればいいかわからず自身のステッキを握りしめている。
私もそんな気持ちだ。
心境に大差はないだろう。
私は彼女を守る形になっているけれど、手が動いているだけといった風だ。
頭の中は混乱に近い形で、ただ攻撃を避けたり防御したりしていた。
―――
私はどうすればいい。
ただの中学生じゃあない私に、何かできる事は。
戦う若葉を援護してあげたい、しかしそれと同時に、クラスメイトの茂ヶ崎実里を攻撃することは避けたかった。
何故クラスメイト同士で争わなければならないのか、争っているのか。
何故魔法少女同士で―――、何か理由があるはず。
茂ヶ崎さんの赤いあの目、あれは何かおかしい。
「泉ちゃん!行って!」
若葉が背を向けたまま叫んだ。
「―――でも!」
渡良瀬泉は、足を止めたままだ。
友達を一人置いて、どうして走れるというのか。
逃げるのは嫌だ。
「操られているだけ!魔怪人を探して!」
泉に声をかけた。
やはり操られているか、攻撃衝動だけ付け足されたか―――良くない魔力を受けている。
若葉の考えはこうだった。
操られているということは、操っている魔怪人が近くにいるという事だ。
「あのバルルーンっていう鳥みたいなヒト!はやく!」
「………うん!」
その敵さえ倒せば、洗脳は解ける。
キャビンアテンダントさんだって、ケガもなく解放されたことは事実だった。
ジャングルを駆け巡る木々をよけながら、泉にやるべきことを伝える。
渡良瀬泉は意を決し、友達に背を向け走る。
あの木々の射程範囲外へ、抜け出すことが出来た。
出席番号二十八番、渡良瀬泉。
学校では大人しく、目立たない生徒だ。
人見知りで警戒心が強い性格な反面、春風若葉には気を許している。
その魔怪人討伐数―――59。
確かに戦闘経験は豊富なものの、他の魔法少女に比べると見劣りする数字である。
だがそれは彼女の戦闘力の低さを示しはしない。
魔法少女になった時期が遅かったことと、何よりその優し過ぎる性格によるものだ。
相手が悪とわかっていても、全力で攻撃は出来ないでいた。
マジカルマスコット、ウクールに指示され鼓舞され、ようやく倒したのが初陣のマリンゲーダン戦。
だが今は意を決して駆ける。
敵を倒しはしない。
魔法少女も倒しはしない。
友達を助ける、若葉を助ける。
その目的のために、初めて通るジャングルを走ってゆく―――!
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