第20話 悪の組織の魔怪人 バルルーン 3


「はあっ、はあっ………!」


バルルーンは走っていた。

サイパンのジャングルを、ひたすら我武者羅に、走っていた。

あの飛行機の上から離脱した。

絶大な戦闘力を誇る魔法少女達から逃げおおせた彼だが、いま一度体勢を立て直すべく、疾駆していた。



隠れる。

まずは隠れることにする。

隠れるといっても、何も考えず済むほど大雑把な話ではない。

普段狙っていた日本以外は、初めて訪れる。

東京から二千キロ以上南に下ったこの島では勝手が違う。

その点においては、春風若葉たちと共通はしている。



慣れない山道が続き、平坦ではなく斜面で、足を取られそうになる。

無論、大鷲型魔怪人である彼なら本来は飛べる。

バルルーンの翼ならば飛ぶことは可能だ。

走るよりも速い―――遠くに行けるだろうが、これはできる事なら避けたかった。



森の上を飛べば、遠くからでもその姿が見えてしまう。

見られてしまう。

今もおそらく飛行機の周辺にいると思われる魔法少女達から、目視される。

それでは隠れるという目的を達成できない。

よって、翼を使用せずにひたすら走るほか、無くなるのだが―――。

島はほぼ赤道直下。

その暑さもあって、徐々に限界が訪れる。



木の幹の形状に見覚えがなかった。

地面の上に飛び出している。

だいたい腰くらいの位置で複数の根に分かれている。

植物一つ、木一つを見るだけでも、景色が今までと違うのはわかる。

どことなく曲線が多い、つるのような木々。

今までと言うより、あの国―――日本か。

だがあくまで目に新しいというだけの話のはずだった。


木々が生い茂っているため、日光がさえぎられている。

日陰が続くその道のり、足元は決して明るくない。

そのため彼は、それに引っかかってしまった。


「はあっ、はあっ――――、はッ?」


足が止まった。

いや、止められたのだ。

一本の綱。

魔力を帯びた光線が彼のすねの部分に圧をかける。


その青い魔力光線は瞬く間に分裂した。

一本から五本へ―――それを囲む円形。

光で図形を描く。

星型の魔法陣が出現し―――五芒星が、バルルーンの下半身に絡んだ。

絡んで、停止。

山中で獣がトラバサミにかかったように、動きを拘束される。


「うッ………ぐう!」


痛みが刺す。

光に触れた部位に激痛が走って暴れて、離れない。


「しゃらくせェ!」


バルルーンは翼に魔力を集中し、羽ばたく。

強靭な翼を剣のように扱い振り回す。

綱にぶつけると魔法陣は削れ細くなり、もう一度ぶつけて、千切れて四散した。

光の拘束を解いて、なおも走る。

まだ走ることは出来る。

だが片脚が軽い火傷を負ったように、じんじんと痛んだ。


「くそッ、また魔法陣トラップかよ!」


島に降りてから、軽傷を受けたのは二度目だった。

外敵用の魔法陣。

厄介な島に降りてしまった、とバルルーンは吐き捨てるように言う。

言って走る。

途中、低空を羽ばたきつつも。

走り続ける。


魔法少女と戦っていないのに魔法陣で消耗してはどうする、という苛立ちが大きくなる。

そうして走って走って、適当な木の陰を見繕い、そこで走るのをやめる。

振り返っても追手は来ない。

魔法少女達も、通常の人間の気配もない。


「はあ、はあ、はあ―――ッ!」


ここまで来れば、ひとまず安心だろう。

大樹の陰にどかりと座り込み、息を落ち着ける。

島のほぼ中心部の山中だった。

山というか、周り一面中が木々というか、そんな景色。

ここでいったん、休もう。

休んで体勢を立て直す。

ずいぶん走ってきたな。

魔法陣により受けた傷を少しでも癒やす。


「人間が住む土地に魔法陣が張ってあることは、別に珍しくもねえ―――!自己防衛のたぐいだ」


魔法陣をはじめとした退魔の術式。

人間を守るための様々な対抗呪文は、古来から世界各地で使われている。

魔法界に存在する常識。

魔力を扱うものに対しての防衛策。

魔法陣は、そのうち世界中に多く存在するものの一つだ。


魔法界でも、戦いは存在する。

争いは存在する。

魔法戦力に対抗する様々な手練手管があって当然である。

軍事魔法国家でなくとも、そう言った戦力は最低限持っているものである。


人間の国、通常の人間の国家でもそうだ。

警察や軍隊を一切持っていない国が、はたしてどれだけ存在するだろう?

存在出来はしない。

だが、自分がかかってしまってはいい気がしない。

魔法陣が多い---そう感じた。

降りてくるときには、たいして巨大な島には見えなかったが―――。



バルルーンはある程度の知識を持っている。

少なくとも魔法少女よりは―――魔法少女となる前は一般市民に過ぎなかった春風若葉達よりは、魔法界の決まり事、法則に通じている。


ただ戦闘にだけ特化している少年少女よりは別格に心得がある。

と、いうよりも若葉たちの知識が浅すぎるだけなのだ。

通常の人間と大差はないレベル。

そういった魔法界の常識はマジカルマスコットの方が心得ていて、魔法少女たちは彼らにサポートされているだけ、素人しろうと同然の中学生であるなど、バルルーンは知る由もないが。


しかし状況は良くない―――良い悪いもそうだが、情報も足りない。

ジャングルの樹の幹に座り込み、木の葉を見上げる。

日光が届かないというよりも、ほぼ陽が落ちたのだと思い至る。

樹の根が複雑に入り組んだジャングル。

バナナの木が実をつけていた。



「聞いてない――」


聞いていない、あの状況は。

あの魔法少女は。


「聞いてねえ、何だよあの数は!?だって―――だって、おかしいだろォ!?」


あの光景が目に浮かぶ。

飛行機内から次々と現れた光が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。

一体何があって飛行機にあれだけの数の魔法戦力がいる状況が起こるのだろう。

だが、逃げおおせた。

―――違う、逃げたんじゃあない戦略的撤退だ。

そう自分に言い聞かせて平静を保つ。


まず、ここなら安心だ。

機会は必ず、また来るはずだ。

敵軍から離れたことを実感すると、汗で全身が覆われる想いだ。





「緑が多い、島だな………!」


景色が綺麗だ―――、と。

そんな言葉を口にしたことを、自分自身が一番驚いた。

何故悪の組織の側である俺が、そんな改心したようなことを口走る?

今さっき、何があった?


………圧倒的に戦力差がある戦いから帰還した。

不利な状況から生還した。

そんなことを今になって実感する。

死ぬ可能性があったこと。

それが彼の目から見える世界を美しく変化させた。

ただ木の根に腰かけ、熱帯のジャングルを眺める。

それができる、たったそれだけのことだが、生きて出来ているという奇跡。



らしくない考えはひとまず置いて、次だ。

次を考えよう。

それはそうと、任務だ。

任務だった―――まだ終わっていない、そのために体勢を立て直さねばならない。

飛行機の上で、スキを見て逃げることが出来たのは良かった。

あの場は戦略的撤退だ。

これで次のチャンスが生まれた。

だが次もこうとはいかない―――奴らとて、いつもあの人数で一緒にいるわけではない、固まっているわけではない。


走り続けて荒かった息も、落ち着いてきた。

頭が冷えてくる。

思考をめぐらし始めると、まず前提条件、戦う条件はシンプルなものだった。


一匹ずつ。

一体ずつと戦う―――その機をうかがう。

そのための撤退だ。

いずれチャンスはやってくる。

チャンスをモノにし、襲撃を仕掛けたい。

襲撃のチャンスはまだこれからもあるはずだ。

やりやすいかやりにくいかで言えば、やりにくい。

魔法陣のこともあったし、まだあるはずだ。


「結界があった」


魔力結界。

それはその地に住む人々を負の魔力から守る意味合いがある。

その副作用として文明の利器―――例えば飛行機などに悪影響を与えてしまったわけだが。

そうだ、機械類に影響を与えてしまうから―――あの機は止まったのだ。

飛行機は止まった。


「―――あれは、俺じゃあねえ」


飛行機を止めたのは―――エンジンを停止させたのは、自分ではない。

そして俺の敵である魔法少女達でもないと、すぐにわかった。

空中で、魔力の波を感じた際に、急に停止した。

結界に入った瞬間に。


そうだ、このサイパンには、島を囲むように守るように―――魔力の結界が張ってある。

おそらくその影響で機械が、魔力とは無関係な文明の利器が異常をきたしたのだ。

思えば飛行機が停止したのは、島が見えたあたりからだ。

見えたというよりも、一定の距離内に近付いてから。


「強力な結界が張ってある―――!」


退避、逃走した俺ではあるが。

魔法少女との交戦は、想定していた。

だが今回、敵に回したのはそれだけではないようだった。

襲撃のチャンス。

それがいつあるかはまだ未定だ。

陽が落ちてもいい頃だが、まだ空は夕焼け色で赤かった。


草木が風を受けて音を立てる。

不意に音が聞こえて、バルルーンは空港のある南側を振り返る。

なにやら胸騒ぎがするが、気のせいだろうか。

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