第19話 悪の組織の魔怪人 バルルーン 2


 軍団長会議の出席を終えたバルルーン。

 滅多にある機会ではない、すぐさま出撃準備をしなければ―――。


 自然、その肩をいからせて歩いてしまう―――肩というより彼にとって、翼つけ根の部分であるが。

 黒い銀、殺風景な通路で彼のもとに駆け寄る者がいた。


「おお、来たのか!任務は決まったぞ、出撃準備だ」


「やったわねバルルーン!」


 アタシも鼻が高いわ、と甲高い声で喜ぶのはララアイニ。

 翼が大きく見えるのは、足が棒のようであるから。

 彼女はフラミンゴ型の女性魔怪人である。

 何にせよ、彼女に良い報告をできたのはいい気分だった。


 前例がない海の上の任務とはいえ、不安は少ない。

 人間たちから恐怖のエネルギーを搾取できるまたとない機会である。

 今回は魔法少女と戦わない可能性もある、楽な道のり。

 そして空の上という、敵に不利で自分に有利なフィールド、その任務を奪取できたのは、大きい。

 軍団長にこの任務を任された、抜擢されたのは、このうえない僥倖であった。



「ハーハッハッハ!俺は英雄になるんだ!この闇組織スゴ・クメーワクの英雄にな!」


 ハイテンションでハイタッチ。

 今回の任務は苦労する類のものではないだろうと、喜び勇んでいた。

 バルルーンとララアイニは始まってもいないのに、早くも祝杯を上げそうな勢いであった。

 楽しそうに並んで歩いていく、脳内お花畑の二人。

 通路の離れた場所に居合わせた魔怪人たちは、それを面白くなさそうに見ていた。

 もともとの性格が魔怪人、マイナスな感情レベルなのも相まって、舌打ちを隠さない。


 バルルーンは有頂天であった。

 状況は好転させてみせる。

 長らく我が組織スゴ・クメーワクは、魔法少女、魔法少年という戦力に後れを取り、旗色が悪かった

 日本各地に出撃した同胞の魔怪人たちは、多種多様、カラフルな対魔法衝撃服に身を包んだ敵組織に次々と撃破されていった。

 一人や二人ならばまだしも、多種多様な魔法少女が現れるとあって苦戦をしている。

 人間の恐怖心を集めることが出来ず、魔怪人にとって都合が悪い。

 だがこの不利は、裏を返せばチャンスでもあった。


「人間どもを恐怖のどん底に落とすのよ!アタシ応援する!お弁当作っちゃう!」


「えへへへェ!マジか、気合が入るぜ!張り切って人間どもを恐怖のどん底に落としてやるぜ!それでこそ悪!」


 ここで任務が成功すれば、反撃の狼煙のろしとなるに違いない。

 組織全体の活性化、鼓舞。

 士気上昇につながる。

 総統もお喜びになるに違いない。

 俺様の評価も当然、うなぎのぼりである。


 魔法少女との戦闘になったとしても。

 空の上での戦闘ならば、いくら奴らとて防戦に回るしかないだろう。

 翼を持つ俺にとっては有利過ぎる。

 やや卑怯なくらいである。

 卑怯な行いは、悪の組織の専売特許でもある。


 バルルーンは有頂天であった。

 頂点で、極めていて、それ以上は上がりようもなく、時間がたてばテンションがどうなるかをその時の彼は知る由もない。


 ひとしきり騒いだあと、自分の居住区に帰ろうとしたその時。

 魔怪人が三人あらわれた。

 ハイエナ型のジョウゾ、イグアナ型のガーナフ、象型のゼレファンダー。

 三人が取り囲んでくる。

 彼らはへらへらと笑いながら近づく。


「よおよお、楽しそうだなバルルーン」


 そう言われても楽しそうだと返すほかあるまい。

 今のところこの任務に、悪い条件などないのだから。


「お前たち………ああ、今回は幸先さいさきがよい。だから落ち込むことは無いぞ、我が組織は魔法少女どもを出し抜くことができる!」


「楽な、任務か?ズイブンと舐めた態度で任務しているんだなぁ?」


「楽………?楽とは………」


 そんなことを口に出して言っていないのだがまあ、事が上手く運んでいることは間違いない。


「トリ野郎………てめえ、俺らにビビってんのかァ?あァァァァァァあん!?」


 奇声に似た怒声。

 難癖をつけ威圧する。

 睨みつける三体の魔怪人の視線に、バルルーンは疑問を覚える。

 険悪な空気は、別段この世界、業界では珍しくもない。

 なにせ悪を生業なりわいとする魔怪人なのだから、人間の感覚では異常でも、これは自然体でもある。


 組織全員で感覚が麻痺しているとも言える。

 だが俺たちで争って一体何になるというのだろう、と、組織内で争って何になるのだろう、と疑問だった。

 ある種の余裕はあるバルルーン。

 組織内で争うよりは敵に戦いを雄々しく挑むのも良かろう。

 そう考えて。


「どうだ、お前らも作戦に参加しないか?」


「は、はあ?」


「一緒に戦いに行くんだよ」


「なんだそれ!?一緒にって―――なんだよキモチわりぃ!」


 ひたすらに緊張感の欠けた笑顔のバルルーン。

 フレンドリーに接してくる彼に拒否反応を起こす。

 このところ、ずっとへらへら、笑顔が崩れないバルルーンが気持ち悪いと感じてしまう。


 その組織でバルルーンと彼らは、かつて、険悪な仲ではなかった。

 決して険悪ではなかった。

 男のみでむさくるしくつるんでいたが、バルルーンが軍団長に作戦を進言するなど、色んな活動をしていた結果、会話が少なくなっていったのだ。

 戦いに赴くこととなったバルルーン。

 そんな彼が孤独を感じていないか、三人は心配する気持ちすらあった。

 上手に心配できるかどうか。良い言葉を掛けられるかどうかは、別であるが。


「まあ俺を見ていろ。今回は空の上での任務だ。空中戦なら俺の得意とするところ」


 片翼を上げて示す。

 笑顔すら、生まれる。


「だ、だがよぉ、相手は魔法少女だぜェ?」


「強敵だ、奴ら人間の肩を持ちやがる」


 三人はバルルーンに忠告するつもりでそう言ったのだった。

 だがそれは証明でもあった。

 本当に恐れている、ビビッているのは助言しているはずの彼であり、バルルーンではないということでもある。

 それも一つの事実。


 歯を食いしばるような彼らの表情、にらみつけ方、バルルーンはどうしたものかと悩んだ。

 戦いの準備も、しなければならない。

 なんとか彼らを治める、興奮を冷ます言葉は出てこないだろうか。


 なにかなごやかな話題はないものか。

 最近あった良いことなどを口に出してみるも良かろう。

 最近あった、いいことを………。


「―――ああ!」


 諸手を叩くバルルーンは何か思い出したようで、三人は後ずさる。


「な、なんだよ………?」


 ふと、最近決まった良い報告に思い至る。

 彼らの怒り猛った心境をやさしく沈める、平和な話題―――。


「まあまあ落ち着こうぜ、任務の話以外にもいいことがあってよぉ、これ、言おうかどうか迷ってたんだが―――」


 ウエヘヘヘへェ、と込み上げてきた笑いを落ち着かせ、バルルーンは言う―――、







「俺、その任務が終わったら、結婚するんだ―――!」


「「「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」」


 三人の魔怪人は、表情が固まる。

 ジョウゾは頬を引きらせた。

 ガーナフは、さっと口元を押さえてヤベエ、と早口で呟く。

 ゼレファンダーの象型の長い鼻の先が、鼻水で濡れる。


 鳥型魔怪人の発言。

 その場に生まれた妙な空気と悪寒に耐えられなくなった彼らは、そそそっ、と音を立てないようにバルルーンから離れる。

 意外と繊細なハートを持つ三魔怪人は、背を向ける。

 そそくさと退散した。

 彼らはそれ以降、バルルーンの話になると口が重くなり、話をつつしむようになった。


 バルルーンは足早に去るその魔怪人たちの背を眺める。

 その思考にクエスチョンマークが浮かんだ。

 よくわからないが、まあいい―――この任務は降って舞い降りた大チャンスだぜ。

 あくまで前向きな彼。

 その気質は、ちょっとこの組織に馴染まない―――。

 悪らしからぬ部分があった。


「見ていろよ―――俺がこの組織の誇りを復活させてみせるからよ!」




 ―――



 そして作戦当日。

 軍団長から入電があった。


「バルルーンよ―――襲撃予定の飛行機だが、魔力の残滓ざんしが確認された。魔法少女が乗っている可能性もある。それを考慮したうえで任務に当たるように」


 ララアイニが心配そうな顔をした。

 話が違うのではないか、とそれは不安がるというよりも、怒り。

 ああ、ヒステリーを起こす一歩手前の状態だ。


「いずれ戦うんだ。それが今日になったってだけのことよ―――魔法少女ごと飛行機を攻撃すれば問題はない」


 本当は問題がないわけではない。

 だが逃げ続けることもしゃくである。

 敵がいること、大いに結構。

 やはり自分も隊長だ、日本征服の過程で、イージーな任務が続くはずもない。

 大して気にも留めなかった。




 それを考慮し、ブレイズンが見送りに来るという。

 まあ急にあの虎型魔怪人を同行させて何かが変わるとも、思えないが―――。


 通常よりも高出力に設定した時空転送により、日本ではなく海外に転送。

 転送ゲートは上空に出現。

 飛行機は予定通りのルートでやってきて、彼とブレイズンは主翼に降り立った。


 しかし今回の、この空の旅。

 飛行機に、魔力の痕跡があった。

 まさか、これは予定外だ。

 飛行機を襲撃してから奴らがあらわれるならまだしも、最初から魔力の残り香のようなものが強いのが気になった。

 計画よりも厄介なことになるのではないか?

 一考に値する。


 任務が多少イレギュラーに絡まれたとしても続行。

 簡単に引き返すわけにもいくまい。

 大鷲型魔怪人の自分が空での戦いで逃げてしまっては、この先どうするというのだろう。


「バルルーン―――予定とは状況が変わったようだが?」


「………魔法少女がいるかどうかの確認だけはするさ―――聞いてみればいい、洗脳でこの飛行機の中の様子をだ」


「魔法少女にメッセージを送るのか」


「おびき寄せるまでよ。いや、出て来いと言えばいい。そうだな―――お客様の中に魔法少女はいるのか、と」


 任務続行。

 バルルーンは、魔力を爪の先に発生させ、エネルギー弾を形成した。

 爪の先で安定した波動がギュルギュルと唸る。

 飛行機の襲撃を開始する―――!


 そうしてバルルーンは今回の襲撃を開始したのであった。

 だが、はたして誰が予想できるであろう。

 魔怪人の組織のうち、誰か一人でも思い至ったであろうか。


 とある晴れ渡った秋の一日。

 その日が魔法少女少年たちの修学旅行初日であったなどと―――。


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