第17話 忍び寄る異変 2
空港に帰還した
行き先を迷っていた。
初めてやってきた島ではあるが、修学旅行前に予定地を調べたし、地図がポケットに入っているので空港には戻れたのだが。
「はあ、はあ―――」
だから迷っているのは、行っていいのか悪いのか、と言う問題である。
空港に帰ってきたはいいが、これで元の場所に―――二年二組に合流してよいものだろうか。
傭宇は今のところ目覚めて暴れ出すなんてことは無い、俺の背中でぐったりしたままだ。
このままでは俺が傭宇に何かしたのか、という誤解をされる恐れがある。
だから彼は気を失ってしまったのかと。
実際、傭宇は魔法による攻撃を受けて、気を失ってしまった。
そして攻撃をしたのは俺だ。
俺がこの手で引き金を引き、魔導弾を撃ち込んだ。
この男子を攻撃したのだ。
はあ―――説明が面倒だな。
正当防衛、正当防衛と言い張るつもりだが。
普段からクラスメイトにそれほど好かれているわけではない俺。
言い訳を考えてから、行った方がよさそうだ―――。
魔法陣に攻撃したら何故か攻撃衝動のようなものが沸いて、切りかかって来たんだ、と正直に言うしかない。
信じてもらえるという確実性に欠けるが、これが真実なのだからもうーーー仕方あるまい。
別に凝った芝居や嘘を使う必要はない。
人間が魔怪人どもに操られたように、運悪くこの魔法少年もかかってしまったのだと。
言えばいいだろう。
なんなら傭宇は被害者だから、といえばそれで伝わるんじゃあないか?
ひたすらにアスファルトといった具合の滑走路の脇を通り、ようやく人の多い場所にたどり着く。
現地の人たちだろう、集まって性急に、何かを話しこんでいた。
そんな彼らは、俺を見ていくらか驚いたようだ。
いくらかどころじゃあないな、かなりだな。
がやがやと数人が集まり、中には明らかな外国語の早口も混じってはいた。
流石海外だぜ。
恐れよりも、何かすげえ、と思ってしまう。
そして彼らは恐るるに足らなかった。
怖い人たちではなかった。
気を失った中学生がいるという状況を見て、彼らも協力してくれた。
「背中のよう………この男は気を失っています、俺は病院のある方へ行きたいんスけれど」
「ああ、僕らもそうしてあげたいんだがねえ、今は駄目だよ」
「今は駄目………?」
今とは、時期が悪い?
一瞬、意味がわからず、では別の竜があるかと思った。
俺がこの島の人間と違うから―――つまりは部外者だから断られたのかと思った。
だがそうじゃあないようで。
そんな心情的なものではなく、現実的問題だった。
「車が出ない。バスが走らないんだ」
「走らないって―――なんでそんな」
なんでそんな嘘をつくのかと思った。
初めてであった彼らは、何かを言おうとして説明しようとして、言葉が出ないようだった。
困っているようだ。
別に日本語が通用しないという事は無く、ジェスチャーで方向くらいならわかる。
ただわかりづらいのは、言葉が出たとしても主に五人くらいで一気に捲し立てられるのが原因だった。
落ち着いてくれ。
実際
バスが本当に動かないのだと、言っていた。
空港前のバス乗り場、タクシーの周りで人々が話し込んでいる。
言い争っている人も多く、主に狼狽えているのは運転手だ。
一人はボンネットを開いて、覗き込んでいた。
「エンジンがかからないんだよ―――さっきからずっとだ」
どうやら車やバスが駄目なのは本当らしい。
参ったな、こんなときに。
このとき俺は、これが海外旅行でありがちなトラブルの一種なのか、程度にしか認識していなかった。
何かしらのトラブルはあるだろう、慌てないで連絡を取り合うように、と日本で先生が言っていた。
「傭宇………参ったなあオイ、病院いけねえってよ」
慌てず落ち着いて―――当たり前のことだが、感情が焦燥が湧き上がってくる。
この男子、息はあるみたいだし、我慢してくれ。
しかしこれはどう判断すればいいんだ。
流石におかしいぞ、これ以上問題が増えてもどうすればいいかわからない。
「行かなくていい、病院は」
突然、首の後ろでささやかれて俺はビビった。
その、まだ元気がない声は俺の首の後ろから―――つまり傭宇が言ったのだった。
ぼそりと言ったのだった。
気が付いたのか―――いやいや、もっと普通に起きたなら起きたって言えよ。
「もう、大丈夫なのか」
「ああ―――操られてしまったのはわかるよ、悪かった」
目の中は、赤い瞳ではなくなっていた。
しっかりとした黒目が、申し訳なさを主張してた。
自覚はあるのか。
その程度あるのかわからないが、身体をコントロールできなかったのは事実だろう。
「ああ、いいよもうそんなこと。忘れろ忘れろ。―――魔法陣のせいだしな」
あの魔法陣に関して、結局わからなかったが、この程度で済んで良かった。
あとでギクールに聞けばいい。
あらわれないアイツに聞ける日がいつになるか、どれくらい後になるかわからないが―――。
あとは皆と合流することだ。
だが無情にも停止。
すべての車が、停止している。
ぎらつく太陽のもと、この仕打ち。
―――と言うほどではなく、やや哀愁を帯びた赤み、夕焼けになりつつある空だったが。
それでも気温は、日本に比べると暑い。
冬が存在しない国なのだ。
事前学習で教室の全員が耳にしているはずの事実である。
俺は時計を持っていない。
あとで携帯を見よう。
だが。
流石におかしいぞギクール、とついあのマジカルマスコットに同意を求めてしまうが、いない。
アイツどこ行ったんだよ、調子狂うなあ。
それと同時に話し相手だったものだ。
唯一の話し相手だったあのふわふわ動く生き物がいないと、調子が狂う。
エンジンがかからない状況だって?
そんなことは今迄にあっただろうか―――、あった。
それは、あった。
以前にも経験した。
サイパンに来る前、いやサイパンに降りてくるその時に飛行機の両エンジンは停止した―――!
「みんなを探そう」
学生服姿の傭宇は地を足に付けた。
この問題を考えなければならないと、決意を新たにした。
自分の足で、歩き始めた。
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