第12話 変身を解きたい



春風若葉と渡良瀬泉は、森の中を歩いていた。

森の中、というよりもジャングルと表現した方がいい熱帯雨林のど真ん中である。

通り過ぎる木々一つをとっても、地元とは雰囲気がまるで違うことを、植物の知識があまりない彼女らも感じとっていた。

飛行機を支えながら島に降りてくるときに目にしてはいたが、自然溢れる、緑の島だ。


そして南国である。

小笠原諸島のさらに南方、当然初めて訪れた者にはすべてが真新しく見える。

道端の木々に時折ときおり、色合いが強烈な花も混じる。

今通り過ぎたそこに、咲いていた赤い花はハイビスカスだろうか。

ゆっくり観察したり散策したい心境には、ならなかった。


泉が、前を行く若葉に声をかける。

声色が弱々しいのは普段から、彼女の性質である。


「若葉ちゃん、これからどうするの?」


「それは―――私にも、わからないよ」


二人とも魔法装衣マジカルドレスを解除できていない。

これで修学旅行を始めるような雰囲気ではない。

いつもサポートしてくれるラクールの姿が見えないことも気になる。

魔法装衣マジカルドレスが解除できない―――ラクールの意志でそうなっているのだとするなら、何を考えているのだろう、あのマジカルマスコット。


私を普通の中学生に戻したくないというのか。

そんなことってないよね、迷惑過ぎる。

純粋に迷惑過ぎる。


このタイミングで。

日常生活でならまだ良かったかもだけれど、修学旅行に来ておいてそりゃあないわよ。

何か意図があるの?

まだ戦いは終わっていないという意思---?

そうだとするなら―――思い当たる節はある。


魔怪人は確かにまだ、討伐していない。

逃走しただけ。

飛行機が空中で止まったときから姿を見せない。

戦いは終わっていないし、魔法装衣マジカルドレスが必要な状況はまだ―――続いている。


「みんな―――どうしているかなあ」


「ねえ若葉ちゃん、私が魔法少女だったら、ヘンかな?」


「!………そんなことないよ」


「でもビックリしたでしょ」


「全然そんなことな―――くは、ないよね。ビックリしました………はい」


「若葉ちゃんが、一番最初に魔怪人を追い払おうとしていたよね、私だって真っ先に―――行くべきだったのに」


「そうかな―――どうすればいいのかわからなかったれど」


わからないのは今もだ。

渡良瀬泉が魔法少女だった―――同じクラスどころか小学生のころからの付き合いだった。

いつから、そうなのだろう?

そういえば最近、二年生に上がったときからあまり遊んでいないような気もする。

一緒にいる時間が少なくなったような、そうでないような。

もっとも主な原因は泉ではなく、自分だ。

魔怪人を討伐するのに忙しくなったためだ。

魔怪人討伐でラクールと一緒に遠くの町まで移動しているからなのだが。

イレギュラーなのは自分の方だと思っていた。


「ねえ泉ちゃん、クラスのみんなも―――さあ」


「うん―――そうだね」


「まだ私、パニック状態なんだけど。―――え、だってどんな顔して話せばいいのかまるでわかんないもん」


二人は苦笑いのような表情のまま、顔を見合わせて立ち止まった。

瞼の裏に焼き付いているのは、自分も含めカラフルな衣装に身を包んだクラスメイト達。

七色ならぬ、二十八色。




―――




男子の一人、出席番号四番の狙木豊大そのぎほうだいは島の坂道を上っていた。

春風若葉たちとは違う方向に向かっていた。


「ここまで来れば―――大丈夫だ」


彼もまた、いつもの癖で変身解除しようと人里から離れたところだった。

そして飛行機の着陸が成功してからも、内心、パニックとも言える動揺の中。

全く予想していなかった一日の始まりだ。

クラスメイトが。

言えよ―――ていうか、言えよ。

自分は魔法少年だよって。


まあ、女子もいたけど。

魔法少女もいたけど―――キャビンアテンダントの

使命通りに。


しかし黙っていただなんて水臭いじゃあないか

そんな溜息と口がこぼれる。

本音が出た。

思っていたことが溢れた。

一人くらいなんか、無いのかよ事前告知は。

そんな思いがぬぐえない。

ぬぐえないままに歩いていく。


それを言うならば、彼自身も今までずっとクラスメイトに黙っていたのだが。

だから何も言うまい―――何も言えずに頭を抱えながら歩くしかない。

それよりなんだ、あの魔怪人だ。



「結局、傷一つ負ってはいないはずだ―――ありゃあ、また来るなあ」


あの鳥型の魔怪人。

春風がバルルーンと呼んでいた。

遭遇の経験があるのか。


あの時、飛行機の保護を優先した俺たちだが―――。

敵がまたやってくる可能性もある。

そして今はこの島のどこかに潜んでいると、いう可能性がある。

可能性が捨てきれない―――何しろ周りには海しかない。


狙木は、背負っていたライフルをゆっくりと構え、スコープを覗き込んだ。

全長が彼の身長近くはあるかと思われるそれは、もちろん本物のライフルではない。

通常のライフルではない。

そのライフルの引き金を引き、発射されるのは7.62㎜魔導弾。

金属、実弾は発射できない。

弾丸のエネルギー源は彼自身の魔力―――マジカルパワーだ。

これが彼の魔法戦杖マジカルステッキの発動形態である。


そのマジカル狙撃銃のスコープを覗いたまま周囲の木立こだちを見回す。

それに写り込むのは敵の姿ではなく、敵の魔力―――そうして、今回も視認できるはずだった。

そういう魔法戦杖マジカルステッキである。


だが見つからない。

魔怪人は近くにいないようだった。

ただ、何も見つからないわけではなかった。

森の奥に魔力の反応が見える。

彼は目に見える距離にまで、ゆっくりと近づいていく―――。


「こ、これは---?」


木々に囲まれてぽっかりとひらけた空間の、地面に描かれていたのは星型の光る紋章。

それは、魔法陣だった。

魔力によって形成されている、一般人には見えないそれは、魔法界のもの。

自分の管轄であった。


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