第11話 サイパン国際空港




 日本のとある町に存在する、市立間藤中学校。

 その二年二組に在籍する異質な存在。

 一見してただの中学生だが、その実態は魔法少女達。

 そして、魔法少年達。



 彼女ら彼らの活躍によって、大事故は回避された。

 飛行機は無事に飛行場に不時着、降り立った。

 緊急脱出用のスライダーをつかって、乗客である他クラス生徒や教師も降りてきたが、皆無事であり、ケガ人は春風が見る限りいないようである。



 身体は無事でも心境、気持ちはまた話が別だ。

 妙な高揚はしていた。

 一般生徒たちは思う―――この場合の一般生徒は二年二組以外の生徒であるが、よくわからないけれど自分たちは助かったようだ。

 命の危険にさらされたのは間違いないけれど生きている、と。

 人生は素晴らしいとまでは思ったかどうかわからないが、とにかく笑顔が垣間見えたのは春風若葉にとって気分の良いことだった。



 そして問題はまだ終わっていない。

 魔法少女である彼女は焦る。

 どうやってこの場から逃げ去るかを思案していた。

 赤、青、緑、黄色―――派手な色遣いの魔法装衣マジカルドレスに身を包んだ他の少女も焦っていた。


 機長は空港の関係者からの事情聴取、何があったかの追及を背にする。

 それよりも大事だと言わんばかりに、最も近くにいた魔法少女に握手を求めた。

 煌びやかな装衣ドレスに身を纏った彼ら彼女らは集団だった。

 それは奇しくも、襲撃に際して先陣を切って飛び出していった、春風若葉だ。


「私は感謝しているよ。キミがいなかったら、キミたちがいなかったらどうなっていたか。ありがとう、それ以外に、なんと言えばいいかわからない―――」


「いっ、いえいえ!当然のことをしたまでですよ!私はただの通りすがりです!平凡で無難なッ!何の変哲もないヒトなんです!路傍ろぼうに転がっているアスファルトの花!いや、ただの草のような!魔法少女でして―――!」


 テンパる春風若葉。

 彼女は他人に感謝されることにはあまり慣れていない。

 何をどう話せばいいかわからないので、とりあえずひたすらに謙遜、下手したてに出ている。


 目の前で大人に頭を下げられる経験など、そうそうあるものではない。

 綺麗なお辞儀を目の前にすると不快感はないが、なんだかとんでもない状況に思えてしまう。

 慌てるしかない。

 その機長は魔法少女というワードに反応したようで、予想外に喜んでいる。


「魔法少女―――、素晴らしい。奇跡的に助かったよ。操縦桿が利かなくなった時、私はもう駄目かと思ったーーー過去に起こった様々な墜落事故が、脳裏にぎったが―――どうやらケガ人もゼロだ」


「ケガ人が―――あ、あの女の人―――キャビンアテンダントさんもですか?」


「記憶が曖昧らしいが、無事だよ」


「よかったあ………」


「何より衣装が素敵だね―――とてもキュートだよ」


「あはは、ありがとうございます」


「おおっと口が滑った。こんなことを言うと家内かないが不機嫌になるかもしれないな」


「えへへへへ!そうです!駄目ですよお―――オジサマぁ、困りますぅー!御上手なんだからぁああ―――ッ!」


 思わず黄色い声を上げてしまう若葉。

 おだてられることにも慣れていないのでテンションが上がり過ぎておかしい。

 身をよじりまくっている。



 機長の喜び、感謝に嘘はないようでもう少し会話を続けて食い下がりたいというような様子はありありと感じられた。

 だがここで中断、周囲の大人に呼ばれた。

 機長は、常務員や空港の人たちに引っ張られていった。

 色々と込み入った話があるようだけど、私たちが聞いても意味はないだろう、それよりも―――。



 さて逃げなければ。

 少なくとも、隠れなければ。

 早く隠れて早く変身を解除したい。

 そう、魔法少女である自分は、正体秘匿の命令が下っている。

 必要以上に一般人と接触するのは禁じられているのだ。


 ただでさえ、クラスのみんなの前で変身してしまったというのに。

 そのことについて、これから考え事をしながらではあったが、付近の森に入った。

 ここで変身を解除する。

 そういった手筈を整えたい。

 慣れていること、惰性でもあった。


 魔法少女として戦って、そのあと現場から逃げるようにして立ち去る。

 私にとって、それは一つの流れで。

 今日もいつものように考えて行動する。

 いや、もはや習慣、癖となりつつあった。


「ああ―――けどもう、バレているんだった」


 クラスに。

 当然、泉ちゃんにも何も言わず立ち去った。

 こうやって逃げるように現場から立ち去り、隠れてしまうのはなんだろう。

 何故だろう―――もうバレてしまったのに。

 これが正体を隠さないといけない魔法少女であるからの癖。

 ああ、職業病っていうものなのかな。



 見上げた大木。

 日本の植物とはやはり違うそれに、背中をつけて寄りかかる。

 息を整える。

 色々と後悔しそうになるけれど、魔怪人は追い払えた―――追い払えたようなものだ。

 そうして、ラクールを呼ぶ。

 変身を解くためにだ。


「ラクール、出てきていいよ。ここで変身を解こう」


 マジカルマスコットの返事を期待しつつ、これからどうするか考える。

 正体をばらしたことによって、なにかの罰が下るかもしれない。

 罰が下るといえば、もう一つヘマをした。

 ヘマというか、失敗、失態。


 あの魔怪人バルルーンには逃げられてしまった。

 結局空の上で交戦しなかった。

 旅客機を襲撃する悪に対し、魔法のグローブの一撃も、入れることがなかった。



 バルルーン。

 実はあの魔怪人との遭遇は初めてではない。

 私は以前、一度戦ったことがある。

 魔法少女になりたての頃、一度ある。

 バルルーンと、彼の呼び出した下級魔怪人たちと町中で戦った。

 特に固有魔法を待たない黒タイツのような下級魔怪人を数十体吹っ飛ばして討伐数は増えたものの、隊長と思われるあの飛行魔怪人は倒しきれず、逃してしまったのだ。

 ラクールは、町のみんなを守ることは出来たと、言ってくれたけれど。

 ―――って、あれ?


「ラクール。変身を解くよ?」


 彼からの返事がない。

 彼というか、あのオスともメスとも取れぬ、よくわからない魔法界の小動物の声がしない。

 耳を澄ましても木々のざわめきと、あとは飛行場の方角から人の声がする。

 それだけだ。



「ラクール―――ねえ、はやく―――どこに?」


 その時、物音がした。

 がさり、と草むらから。

 すぐにマジカルマスコットを連想したが、蔓草の巻いてる木の影から歩いてきたのは、水色の装飾の服に身を包んだ少女だった。

 空のように、あるいは水のように青い魔法装衣マジカルドレス

 学生服ではないから、相手が誰だかわかるのに数秒を要した。

 つい先ほどまで、存在を知らなかった自分以外の魔法少女。


「若葉ちゃん………!」


 出席番号二十八番、クラスメイトの渡良瀬泉だった。

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