第10話 マジカルパワーで着陸せよ!
二年二組の生徒たちがいなくなった通路。
彼女は当機のキャビンアテンダントである。
今の今まで、通路の床に倒れていたらしい。
らしいというのは、あくまで状況からの推測である。
意識が曖昧な、状況からの推測。
直前の記憶が曖昧であることだけ、覚えている―――不安が
「あれ………?わたし、今まで一体………」
「よかった!目を覚ましたわぁ、御詫村さん」
わあ―――っと、付近で数人の同僚が喝采を上げる。
御詫村はどういうことなのか状況がわからないので、視線で訊ねた。
まだ眠い。
いや眠いということはない、ぼんやりだ。
意識ははっきりしているような気はするが、なにか食い違っている。
皆は、何故慌てた表情をしているのだろう、まるでわからない。
窓の外を見る。
空と雲が動いているのを見た。
いつも見る空の上の景色に間違いない。
何という事だ、まだ飛行機は飛んでいるというのに、何故私は通路に両膝をついている---。
「あなた、ずっと意識不明だったのよ」
そうなのか。
「あの子たちが言うには、何か気味の悪い連中に操られていたらしいわ、でも良かった!ケガもしていないんでしょう?」
「あの子たち―――?ええと、誰のことを言っているの」
外の、やや赤みがかった空や雲と混じり、黒い影が映った。
否―――思い出した。
私は窓の外に、異形なる存在を見たのだ。
あり得ないはずの、怪物のような何か。
それを見た時から、意識が曖昧だった。
あれをみて恐怖を、感じた時から―――。
「キミ、気がついたのかね」
通路の向こうからしずかに歩いてきた壮年の男性は、機長だった。
この時、彼女は完全に姿勢を正し、頭を下げる。
どういうことなのか、思案する。
自分が何か問題を起こしたのはわかるのだが、記憶を辿っても何もない。
直近の記憶は黒い影、それが白い雲や青い空に混じり存在しているのみだ。
機長と副機長が通路上で話している。
どうやら私が問題を起こしたわけでも、直ちに緊急事態が迫っているわけでもないようなので、同僚の雑談にも上手く混じれず、窓の外を見る。
空と雲が動き、その下には海が日光を受けている。
やや赤みがかって見えるのは、時間帯が夕暮れであるから?
この機の空路ならサイパンに到着する、そういう国際線なのだった。
そう、それは勤務前の記憶で、ちゃんと残っている。
「それで、大丈夫なのですか―――そのう、着陸は」
「ああ、機体は安定している、これをベストな状況だと
機長と副機長が通路で話しているのを、ぼうっと見ていた御詫村が、気づく。
それが異様な光景だという事に。
飛行機は飛んでいる。
今まさに飛んでいることは足元から伝わる気配、振動の具合からもわかる、ここを職場としている自分が間違えようもない。
そしてコックピットで操縦桿を握っているはずの機長と副機長が、通路で向き合い会話をしている。
冷や汗がどっと吹き出す。
「ええっ!?あれ、着陸―――は!?機長!何故、
顔に汗をにじませつつ話すのは恥ずかしかったが、緊急事態だろう。
「ああ、
コックピットに急いで向かうと、機体の状況をある程度視認できた。
機体は確かに飛行中、飛んでいた。
否、飛ばされていた。
―――
「ふんばれぇえ―ッ!」
「やってるよ!」
巨大な飛行機が空を滑空する。
主翼のエンジンは停止している、重い鉄の舟。
本来はそのまま海に墜落してもおかしくない、緊急事態。
それを両手で抱えるのは総勢二十八名の魔法少年少女だった。
空中を飛行する彼らは重い荷物を抱えるように、あるいは
「島は見えてる!見えてるぞ!」
「上げろ上げろ!」
やがてサイパンの陸地に上陸、というか上空し、眼下に森林や山が見えるようになった。
どうにか肉眼で目的地である空港を確認できるようになった。
あとはそこに上手く着陸できるかが勝負である。
全員の力を合わせ、マジカルパワーで対処する、このジャンボジェット神輿はその解答であった。
高度は徐々下がってはいるものの、着陸の姿勢は整っていた。
「ねえ、重いんだけど!エンジンは直らなかったの?」
「エンジンも操縦桿も全部
「マジかよ、じゃあ全部俺たちでやるの―――?」
「もっと右!右を持て右を」
「くっそう、魔怪人め―――!」
「
「おい、力抜いてるだろう」
「抜いてねえよ!バカじゃねーの」
「狙木!もっとだよ」
「はあああ?やってるだろ!慣れてないんだよぉー飛行機持ち上げるの」
「え、慣れてないの?慣れてないんですかァ、飛行機を抱えて飛んだこともないの?狙木ぃ~」
「はあああ!?あ、あるわいジャンボジェット持って飛んだことくらい!」
「俺もあるし!五回くらいはあるし!」
「何故そこで張り合うの………?」
「アタシは初めてだな………」
「ないよね―――逆に引くわ。あったら引くよね」
そんな会話をしながら、中学生らしい賑やかさで、任務を遂行していく。
コックピット側面の窓にへばりついていた御詫村は、無言で彼らの奮闘を見ていた。
見るしかなかった。
見ているだけだが思考が困惑に支配され、絶句するのみ。
機長はそんな彼女の背に声をかける。
信じがたい光景ではあるが、状況でもあるが、彼らに任せるしかない―――と。
どうやら。
「どうやら、いま私が操縦しては逆効果だ。私はただ座っているだけにするよ―――キミは乗客のシートベルトだけ、きちんと締めているか―――確認しに戻ってくれるかい?」
そうして、その後。
サイパン国際空港にその飛行機は到着した。
着陸時、機体底面の塗装がいくらか剥げる程度の損傷のみであった。
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