第8話 変身する魔法少女と他人の話を聞かない魔怪人


「春風さんが―――魔法少女ォおおおお?」


クラス全体がどよめく。

勇気を振り絞って叫んだ真実。

私の発言に対して、近くで頭を抱えていた用賀崎先生は、その体勢のまま硬直する。

疑問符が大量に浮かんだようだ。

もはや事態の収拾方法がわからなくなっているのか、顔色に疲弊が見える。



意識が朦朧としている様子さえ、見て取れる。

先生ごめんなさい。

ただ、私が事件を解決するから、少し待っていてください。


クラスの全員はといえば、静まり返り、数人はわずかにざわついている。

そして、渡良瀬わたらせちゃんが座席の上に身を乗り出して声を上げた。


「嘘………若葉ちゃんが―――?」


友達の動揺は、私も心苦しかった。

それを第一声として、二年二組のクラス内にかつてない動揺が広まる。


「え―――ええ?え!?でも―――」

はるちゃんが『魔法少女』ォ!?そ、そんなはずはないわ!だって私―――」

「ありえないよ!」

「なんでウソつくの」

「え、魔法少女がいるのか?」

「本気で言ってるの?」

「はぁあああァ!?あれ、じゃあアタシって―――あれえ?」


その動揺は、なにか、私の思っていたのとは違うような。

ややみんなの表情が違うというか、不穏だ―――発言になんか違和感があるようにも思えたけれど、気のせいだろう。


みんな、どんな顔をすればいいかわからないだけだろう。

だって、そうじゃない。

普通の学校の、自分と同じクラスにいた女子の一人が実は魔法少女がいたなんて。

普通、あり得ないから。





「―――ついに話してしまったのか、若葉」


ラクール。

マジカルマスコットはふわふわと背後に浮きつつ、その声色に複雑な心境が含まれている。

私はどんな罰を、受けるだろうか。

受けることは避けられなかったのだろうか。

いや―――罰を受けるだとか受けないとか、そういう問題じゃあないんだ。

私はいい、私はいいんだ。


たとえ、そうだとしても。

私は戦う。

何故なら私は魔法少女だから。



「ラクール―――私、変身するから魔怪人と同じ、機外そとで戦うよ。」


「ああ、行っておいで。正体を隠すようにとボクは確かに言ったけれど、それはキミのクラスメイトを危険に近づけないためだ。今は逃げ場がないラ。こうなったら、もうやることは一つ―――みんなのために戦うしかないラ」


「そう―――」


どうやら予想よりもお咎めが小さそうだ。

魔怪人討伐が最優先なので戦う危険はあるけれど。

安心して―――戦える。


「『魔法装衣マジカルドレス』―――起動!」


現われた光の奔流に包まれる春風若葉。

白く、わずかに春の若草を思わせる色の魔法光の奔流がまぶしい。

クラスメイトはみな、一様に怯む。

光が炸裂し、彼女の姿は消えた。

変身して外に出たのだろう―――戦うために。



「若葉ちゃん、一人で戦わなくてもいいんだよ!モクール、変身するよ!」


次に進み出て、自身のマジカルマスコットの名を呼び、変身をしたのは渡良瀬泉。

まだ動揺はあったが、もともと非常事態、心の準備はしていたのだ―――。

友人を守る使命に燃えていた。

青く、落ち着きを帯びた光が機内通路に反射し、輝きを増す。

クラスメイト達は手のひらを顔の前にかざし、瞼を細めた。

そしてそれに感化され、触発された。


「私だって!戦うからっ」


次々と変身をする女子たち。

春風若葉が魔法少女だったことに衝撃を受けた面々。

その真実に驚き衝撃はあるが―――彼女たちは彼女たちで、今の今まで心の準備をしていた。

自分が戦わなければいけなくなるだろう―――と。

クラスメイトが新しい(?)魔法少女だからといって、自分は戦わなくていい、とはならない。


「………あ、じゃあ俺も」


「俺も俺も」

「あ、行くのか」

「え、あ、じゃあ皆行くんならボクも………」

「エクール、私も行くから」


まわりにならえである。

最終的には周囲に合わせる協調性が全員を動かした。

協調というか、慣性というか、同調というか。


彼女ら彼らが初めて経験する状況ではあるが、行動原理は通常の人間だった。

光は三つ、四つ、十、二十と瞬く。

周囲との協調を重んじる日本人らしい性質の、何か見えないチカラによって、周囲に合わせてなし崩し的に変身していった。

あいつもやってるし自分もやるか。

男子は魔法装甲マジカルメイル、女子は魔法装衣マジカルドレス

こうしてこのクラスにいるすべての魔法少女魔法少年全員が、それぞれ異なる色の魔法光に包まれていく―――。



―――――――――





一方、バルルーンは手のひらに生み出したエネルギー弾を指先で回転させていた。

大鷲のような容姿なので、指先というより鋭い爪の先ではあるが。

それを飛行機に再び投げつけるという襲撃は、しない。

一時中断である。

人間がサッカーボールを指の上で回転させるように、もてあそんでいる。

持て余しているのは暇である。


そうして―――攻撃ではなく連絡をしていた。

魔怪人専用の音声伝播。

魔怪人のねぐら、城とでもいうべき場所に。

悪の巣窟であり、基地。

魔怪人組織スゴ・クメーワクの本拠地は、特殊な魔情報加工により、秘匿されている。


この世界のどこにあるか、何度も行き来しているバルルーンですら知らない。

果たして、連絡が帰ってきた。

赤みを帯びた猛虎を思わせる魔怪人、ブレイズンであった。


「バルルーンよ。任務の首尾はどうだ。そろそろ人間どもは恐れおののき慌てふためいている頃か」


「あぁ―――そのことなのだが問題がある、魔法少女が現れないんだ」


「なに?」


「確かにこの中から魔力の残滓は感じるのだが―――このままでは魔法少女と戦えない。どうする、飛行機の中に入るなど、手はあるが―――?」


「ふうむ―――待て、少し待て―――幹部からの伝令が入った、緊急だ、いま確認する」


言って、音声を一時遮断するブレイズン。

その間に飛行機の主翼に、あぐらをかいて座り込むバルルーン。

沈黙はあまり長くなかった。

バルルーンの予想とは大きくかけ離れた回答だった。


「―――バルルーンよ。この任務はお前には無理だ。中止しろ」


「ああァ?正気かお前は。俺も戦闘部隊長だぜ―――たかが魔法少女の一匹や二匹くらいでやられると、思ってんのかよ?」


「お前の武運を祈っているから言うが―――いや、武運ではない、その前に戦略を考えろ、まず撤退だ」


バルルーンは、ややイラついた。

自分が作戦を開始しているのに、水を差されるのは気分が悪い。


「ここまで出向いておいて―――奴らを日本国外まで追いかけておいて今更撤退だと?アタマが沸いてるのかブレイズンよォ」


「―――ああ、そうだ、いいか?まず」


「重要任務だもんなあ、俺が手柄を上げるのがそんなに気にくわないのか?え、コラ―――初の遠征任務でこの俺様が」


「そういう事では―――」


それ以外考えられない。

バルルーンは命令に納得がいかなかった。

当初の任務指令とは話が違う、急に変えられた。

理由も明確でない。

何より、俺に都合が悪いのが気に入らなかった。


「俺がララアイニといい感じになってるのがそんなに気にくわないのか」


「はぁ?」


唐突にバルルーンが出したのは組織に属する仲間、女性魔怪人の名だった。

戦闘能力の高い魔怪人ではあるが、それゆえの妖艶な魅力を持っている。


「なんだよ、俺らが楽しいのが、楽しくなっちゃってるのがムカつくのか?見苦しいぞ」


「―――なあ話を聞くんだよ、たのむから。確かにな、確かにこれは上からの情報なんだ、言うとおりにしろ」


「えっおまえ、もしかして好きだった?好きだったんだろーララアイニのこと好きだったんだろ?」


「めっ―――面倒臭いな、なんというか、お前は………」


ブレイズンは意図せず口元を緩ませてしまう。

鋭い牙を並べているが、顎がヒクヒクと動く。


「俺はこれから戦うんだよ、飛行機の攻撃はもうしているしな―――今更やめられるかよ。あと―――ああ、これも言うかぁ、そろそろお前にも言おうと思ってたけれど言うかなあ、ふはははッ俺はあの子と」


バルルーンは、朗らかに笑った。







「俺―――この戦いが終わったら、結婚するんだ」


「……………………………………………………………………………………………………………………………」


戦いの前に一番言ってはいけないタイプの台詞を言いやがった。


「なんつーかよォ、前からそういう話で進んでいたんだ。前からなんだけど、言い出すタイミングっつーかさぁ」


「ふ、ふうむ、そう……か。それはまた」


それはまためでたい、とまでは言えなかった。

ブレイズンは頭痛のようなものを感じ、虎の喉で低く唸った。


不穏だ。

その台詞はちょっと駄目だろうと思った。

駄目だな、ちょっとじゃあないな、やめてくれ。

そう言おうとした。

不吉にもほどがあるというか、ストレートに差し込んできやがった。

おいバルルーン、なぜ今そんなことを口走るんだと言おうとした時だった。

その瞬間、機内から二十八の魔法光が瞬き、血気盛んな鳥型魔怪人の目の前に躍り出た。


「おっと―――来た来た、魔法少女が来た。望むところだぜ、戦いは。 遅かったじゃあないか。じゃあ俺は切るからなブレイズン―――うん? アレ、なんか多い――――――?」



ぶつ。

と、通信はそこで途切れた。

椅子に腰かけて通信機を握ったままのブレイズン。

いつの間にか、額には温い汗が湧いていた。

しばらくは無表情のまま、そこを動けなかった。

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