第7話 埒が明かないので



女子陣がそうであるように男子は男子で、この状況に危機感を覚えていた。

この、膠着状態といってもいい、変身できない状況に不安を抱えていた。


この状況を何とかして乗り越えられないものだろうか。

打開策をひねり出すべく、唸っていた。



いや打開策はある―――変身をする。

変身すればいい。

変身をして悪の怪人組織からやって来た、おそらくは強敵と戦う。

そうすれば機内に乗っている中学生を守ることは可能だろう―――盾となれる。

勝敗はまた別の話になるが。


だが機内のど真ん中、クラスのど真ん中で即決即断に魔法少年になる勇気を持ったものは、今のところいなかった。

勇気か、正体を明かしても良いという思い切りの良さか。


まだ機体が無事に、空の上を飛んでいるという安心もあったためだ。

だが時間が無限にあるわけではない。

悪の魔怪人がその気になれば飛行機もいずれは故障するだろう。

そうなれば墜落は必死。

男子陣もやるべき使命を果たさねばならない。



その後も会話は続いた。

これを会話と呼べるかどうかは、その場にいた者の判断に任せることになるが。




「トイレだ」

「俺はマズいんだよ、俺はもうホラ―――出そうだから」

「ちょっとだけだから。三分で何とかするから行かせてくれ」

「漏れる」

「出る」

「お前が?それじゃあ俺も出るわ」

「それじゃあってなんだよ!」

「俺も俺も」

「待ってよ俺だって」

「やばい、耐えられない、肛門がまずい」

「待ってくれ、みんなまってくれ、ボクは下痢げりだよ?」

「………聞いてねえよ!」

「あ、それなら俺もそれで」

「ズルい!俺も俺も」

「ねえみんな、この話やめにしないかい?さすがにもうちょっといい話題が、さあ、あるでしょうよ」

「そうだぞ崖枝がけえぇ~。汚い話題をださないでくださぁーい」

「そーだそーだ」

つづみィイッ、てめ―ッ」

「うひぃっ!やめろ暴れるな!」

「見苦しいわっお前ら!」

「全くその通りだよ、見苦しいし聞き苦しいね、あ、僕もトイレだ」

「まて、こうしよう、自分が一番ヤバいって自信を持ってる奴から」

「ふむ………こうするのはどうだろう、どれだけ漏れそうなのかを数値化して、何パーセントかで宣言をするんだ、そうすれば……」

「イヤ意味がわからんし」

「あの、もう」

「じゃんけんで」

「肛門が」

「ごめん、もう行くわ」

「あっオイ!」



議論は決壊しつつあった。

元々が中学生男子である。

この世で最も騒がしく面倒な存在でもある。

一人で真っ先に悪を倒しに行こうとした男子の、服をぎゅっとつかんで引き留める。

山城やましろがバランスを崩して、通路に倒れる。



中学生が全員大騒ぎすれば、それを止めるのは困難だ。

既にただの騒音、音の洪水であるこの状況、混乱に拍車がかかる。

春風若葉は困惑していた。



―――


どうしたんだろう、男子は。

男子もどうしたんだろう。

私はただうなだれるしかない。

ていうか何でみんな急に同じことを………?

私の邪魔をしようとする気?

本当にどうしよう、状況が悪過ぎるし、謎過ぎる。

皆の考えが読めない―――まあ、いつも読めていたわけじゃあ、無いけれど。


「―――まさか!このみんなの言動も、悪の組織の」


ラクールと顔を向き合わせる―――クラス全員が催眠にかかっていたら、この状況、避難も難しい。

と、そこに頭を掻きながら、狙木がふらふらと歩いてきた。


「うーん、通路がふさがれちまってるよ」


狙木そのぎ、アンタも悩み?ていうか、アンタ正気?」


「春風、お前もか。しつこいぞ、俺が何でトイレに行きたいか教えてやろうか。ウ〇コだ。俺はとてもウン〇がしたいんだ。トイレに〇ンコしに行くんだよ、行かなければならないんだ。お前は頭が悪いから知らないかもしれないけれど、トイレはウ〇コするためにあるんだよ。授業で習っただろう、習わなかったか?」


「………………」


この男子。

私が見る限り、いつもの狙木そのぎだ。

この男子の目には迷いがない。


「外にいる魔怪人よりもアンタの息の根を止めたほうがいいんじゃあないのかって、最近思うんだ。学校で習うってなんだよ、どんな授業だよそれ………!」


ここまで激しく罵倒されたのは初めてだよ………いや、罵倒なのだろうか。

とにかくひどい言葉です。

でもこういった点は、悪の魔怪人に操られている者の言動ではなく、男子中学生の面影があるといえば、ある。


私を馬鹿にすることに手加減がない男子だ。

ここまでコケにされた魔法少女が、はたして歴史上に存在しただろうか。


「しつこいなお前も、他に何が知りたい?たとえばそう、ウ〇コのカラーか?俺にだってわからないことくらいあるんだぜ………」


駄目だ。

これじゃあらちが明かない。

私は困り果てて生気を失いつつある男性教師の隣を通り過ぎる。


「春風さん、どうしたんだろうねえ、みんなは。私もネ、教員生活の中でこんなことは初めてだよ」


「私もそう思います」


そう思うし、もういい。

もう焦るのも恐怖を感じるのもイヤだ―――と、私はいまだ騒ぎっぱなしのクラスのみんなの中心に、立つ。

何人かの子が私を見た。

なんとなく、好感を持てないというか、きっ、と睨みつけるような表情だ。

口を開けば言い争いは避けられない、そんな雰囲気。



でも私は恐怖を感じてはいけない。

そう、私たちが恐怖を感じてしまっては、それこそ魔怪人たちが喜ぶだけ………。

立って、大きく息を吸う。

吸って―――


「みんな、聞いて!」


右側の座席群で男子の取っ組み合いが止まり、左側の席の女子陣も声が小さくなる。

みんな私を見る。

何事かと、注目する。


「私はッ!」





「私は―――私がッ、『魔法少女』です!」


その機の通路中に響き渡る声で、私は宣言した。

部屋の隅々まで、皆に聞こえるように、大声で叫ぶ。

叫べ、私―――!


「だから飛行機のハネに今乗っている魔怪人と、戦ってきます!」


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