第4話 襲われた機内の混乱 2
「俺も、トイレに行きたいんだが―――」
座席に両腕を乗せて、横から現れたのは男子のひとり、
授業が終わったときに席に立つような何気なさでもって―――席の合間、通路に出ていく。
近くの座席に触れて、揺れる機内で倒れないように気を付けつつ、歩いていく。
教室でも、マイペースな性質の男子だ―――活発といえば、聞こえはいいけれど、何をするのかわからないところがある。
不安な男子だ。
「だから、行ってくるわ」
「ちょ―――、ちょっと待って、狙木!」
私は叫ぶ。
いまだ衝撃の余韻で揺れが感じられる、機内で。
「なんだよ
「………殺すぞおまえ!」
いま、狙木をトイレに向かわせるわけにはいかない。
クラス全員の命がかかっている。
だから言う。
「ねえ、今この飛行機は危険だから、座っていてよ!」
「いや、それはお前、危険ッて言ったってよぉ」
座ってどうするんだよ、それでこの先何かいいことが起きるのか。
これからも揺れるぞ、とその男子は言う。
淡々と話すその姿、無性にいらだってしまう。
そこで周りの生徒が口々に言う。
「おい!おい
「静かにしてよ、今キャビンアテンダントさんの案内に従って動くべき―――だよ、それと先生」
クラスのみんなが呆れた様子で注意する―――それを、あからさまに馬鹿にするような視線になる狙木。
狙木はなおも不機嫌そうだ、私も席を立っている、強く言えないのが妬ましい。
「………従って、ねええ………?」
狙木は数秒間、にやけた目で固まってから、身体は客室の奥、廊下や、そこからのトイレの方向を見た。
この頃には皆、先生に言われて、大人しく座る子も増えてきた状況で、狙木だけが異質な目を向けられている。
それにも関わらず自分が間違っていないとでも言いたげだ。
苦労多そうな男性教師、
注意を、促す。
「なあ狙木くん、ここでパニックを起こして騒いだら、みんな助からないから、座りなさい」
「パニックを………?」
なにを言われているのかわからない、というような様子だけど、いいから座っていてほしい。
あんたがここで大人しく座っていれば、私がなんとかする、できる可能性は生まれるんだけど―――そんな心境を、堪える。
その台詞を口走るわけにはいかない。
「いいから座りなさい―――あなたがふらふらと歩いてどこかに行ったら、みんな困るのよ」
「いいから行かせろ、俺はただトイレに行くんで―――いや、わーかった。わかったよ」
狙木はそう言って動きを中断した。
中断したというか、させられた。
身動きができないようだ。
というのも彼の周囲にはクラスメイトの男子たちがいて、彼の学生服、白いカッターシャツに指を食い込ませている。
捕まえられていた。
取り押さえられて観念したようだった。
周りの生徒が彼の制服を掴み―――しぶしぶ席に着く。
席に座る狙木。
舌打ちこそしなかったが、くちもとをゆがめ、ため息をつき、大きく不機嫌アピール。
なんなの、小学生なの―――つくづく、どうしようもないやつ。
私が何とかするから、魔法少女なら何とかできるから、男子は観戦していなさいよ黙って。
けど、とにかく席についている状態になったみんな。
私は座ったまま見回す―――周りの座席にみんなの後頭部だけが見えるのみだ。
状況は私にとって好転した。
まだ、私が変身するチャンスはある。どこかにある。
ただ、先生とスチュワーデスさんは監視が厳しくなっている。
まだどこかでやれる―――
狙木以外の子たちはそれでも全員座っている
全員が押し黙っていた―――無理もない。
こんなイレギュラーな状況では。
視線はひとそれぞれ、バラバラのようだけれど、先程のこともあり、
また機が揺れた。
ずうん―――と、振動すると一瞬、靴が浮く。
腰が引き、シートの座り心地を今一度確かめる時間があらわれる。
やっぱり旅客機の椅子ってなんか違うなあ、普段と―――特殊な造りなのかなあ。
なんて、考えてしまうけれどそんな場合じゃあなかった。
全くもう、こんな状況になるなんて。
それでもまだ飛行機が墜落しないところを見ると、敵もまだうまく正確に攻撃できていないのかな。
まだ飛行中だからありえる。
私は、ここで渡良瀬ちゃんを見る。
席は通路を挟んで向こう側の子だ。
いつも一緒にいて、よく話をする子。
彼女と、目が合った。
私の大切な友達だ。
守らないと―――。
――――――――
間藤中学校二年二組の女子生徒、
―――若葉ちゃんと目が合ってしまった。
どうしよう。
彼女も困っている。
どうしよう―――春風若葉ちゃんと一緒にここでこのまま何もできずに怯えていることしかできないのかな。
若葉ちゃん、きっと怯えている。
飛行機が揺れている。
でも私は、私ならこの状況で何とかすることが出来るかもしれない―――そうだよね、モクール?
私は隣にいるモクールを見る。
この子は鹿を丸っこくしたような姿をした、マスコットだ。
どことなく雲のようにもくもくと宙を動く。
宙に浮かんでいる妖精で、私にしか見えないらしい。
この子は私という魔法少女のサポートをしてくれる。
魔法もステッキも彼女からもらっている。
いや、借りている。
「いずみちゃん、キミの力でみんなを守るんだ!」
モクールはマジカルマスコット特有の可愛らしくファンシーな声で、そう言った。
そうだ。
戦うのは私………!
やはり私のステッキでなんとか戦うしかない。
「うん―――、やるしか!ない!」
聞き取りにくかったけれど、若葉ちゃんが呟いている。
静かに拳を握っている若葉ちゃんは、何のことを言っているのだろう、私にはよくわからない。
さあて、どうしよう。
今の状況で狙木くんのこともあって、席を立ちにくい。
ずうん。
いや、撤回だ。
皆の安全の方が優先される。
いざとなったら私が戦うしか―――そうするしかない。
でも、なんでこんなことになるのぉ?
そんな思いがぬぐい切れず、涙目になってしまう。
せめて地上だったら色々とやりようもあるのにぃ隠しようもあるのにぃ。
若葉に見られたら。
自分の友達に見られたらと思うと、複雑な気持ちだ。
複雑というか、厳しいな。
魔法少女になった私を見たら―――その格好の私を見たらどうのだろう、若葉ちゃんは。
―――
出席番号二十八番の女子生徒。
一見して大人しく真面目な性格の生徒に見える。
慣れない修学旅行の場にいる、内気な女子中学生に見える。
その印象は内面とも一致している―――だが彼女は、魔怪人討伐数59の魔法少女でもある。
真実を知るものは今、クラスメイトにいない―――。
仲の良い春風若葉には、ナイショだ。
友人にも、この事実はナイショにしている。
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