第3話 襲われた機内の混乱


楽しい修学旅行に向かうはずだった私たちの飛行機。

間藤まどう中学校二学年が搭乗する私たちの飛行機。

その飛行機の左側座席を中心に、がやがやと人だかりが出来ていた。



テーマパークの長蛇の列みたいなそれになかなか近づけなかったけれど、人だかりの隙間から一瞬だけ見えた。

窓の外の魔怪人。

悪の怪人が二人―――飛行機の翼の先端に直立姿勢で立って、こちらを睨んでいる。

物理法則に敢然と立ちはだかっているあたりが、いかにも魔怪人、奴らの仕業である。

人知を超えた存在。

魔力を悪用する者たちだ。


くそう、悪の組織め!

よりにもよって、今日、この時に。

まさか修学旅行中に襲ってくるだなんて。

なんて卑劣な連中だ。



でも、向こうがお望みなら出ていくしかない。

いや、出ていくのもよい。

魔法少女を倒しに来た?

上等である―――。

私が戦うなら、いい―――そうして、みんなを傷つけずに避難させることが出来るなら。

なにかの罠である可能性?

そんなもの知るか、だ。


「みなさん落ち着いて、みんな席につきなさい!席について―――」


「そうよ、パニックにならないで」


クラスのみんながざわついて騒いでいる。

好き勝手に立ち上がり席を外していて、先生も困り果てているようだ。

皆、窓にべったりと貼りついているようなものだ。

逃げ惑うパニックとは違うけれど、これは良い状況じゃあないだろう。


私はその人だかりの反対側で、ラクールと意思の疎通をする。

唇を動かさずに、考えるようにテレパシーが可能だ。


(いい?ラクール、早くやるわよ素早くやるわよ―――変身しなきゃいけない。そう―――私がトイレに行くっていうから、それでみんなから隠れて、廊下とかで変身するの、いいわね?)


(オーケー、了解だラ)


私は頭の中で、やるべきこと、とりあえずの作戦を計画した。

さすがに上空で戦うという経験はない。

今年の四月、魔法少女になってからは存在しない。

一度もなかったけれど、『魔法装衣マジカルドレス』を纏えば、空での戦いも不可能ではない。

強敵の魔怪人を退けたこともあるし、

下級魔怪人なら何十と相手にしてひとまとめにふっ飛ばしたこともある。


「あのう、スチュワーデスさん―――私ちょっとトイレに行きたいのですが、いいですか」


私ははやる気持ちもあり、早口でそう言った。

スチュワーデスさんは反応や感情を見せなかった。

ああ、そういえばキャビンアテンダントと、いうのだった。

テレビで映ったときなんかにお母さんは、スチュワーデスさんと言っていたので、ついそう覚えてしまったのだけれど。

呼び方、統一した方がいいかな。


―――とにかく。

とにかく、そのキャビンアテンダントさんは操られているのだ。

私が、声を掛ければもしかすれば返事をするかも、と淡い希望はあった。

だってそうじゃあない?

人間の声を聞けば、温かい感情に触れれば反応が返ってきて正気に戻る。

そういう可能性が少しでもあればいいのに。


(あの女の人にかかった洗脳は―――簡単に解けはしないよ、若葉)


ラクールは冷静に言う。

もっと温かいセリフは無いのかなあ。

あなたの見た目通り、楽しい展開を希望しているのだけれど。

こっちは中学生だよ。


機体に、ガリガリと刻むような衝撃が走った。

さっきと同じように、また攻撃を受けた?

揺れたことで、一瞬クラス全員が静まり返る。

機内が揺れる異変は続いている。

でもそのあとに奇妙な現象は起きず、私は今やることを再確認する。。


この事態でクラスのみんながどういったパニックを起こすか………。

少しでも考えると、怖い。

一人や二人が騒ぐ程度の問題ではない。

時間と猶予は残されていない。


「先生、あの私っ」


「先生―、私もちょっとトイレ行きまっす!いいですか」


ほら、やっぱりクラスのみんなの顔が引きつっている。

危機的状況に触発されたのか、体が動いている子が何人かいた。


クラスの女子、雲雀ひばりさんが手を挙げたのだ。

黒ぶち眼鏡に黒髪が長い子。

いつもクラスでそうするように、よく通る声をあげている。

彼女の宣言の一瞬あとに、それはダメだよと叫ぶ。

私も必死だ。


「ダメだよ今、今はあぶないよ―――だって」


飛行機は攻撃を受けている。

ここで騒いではいけない、先生も厳しい視線を飛ばした。

厳しい視線と、何をやっているんだという、そう困惑のような。

私もそれに倣った。

真似をしたかは、わからないが、一般人を巻き込まないように止めるという点で、先生と気持ちは近いはず。


「私、緊張しちゃってさあ」


雲雀さんは聴き入れてくれる様子はない。

まずい、今行かれると彼女に変身を見られてしまう。

参ったな。

空港で乗り込むときは巨大に感じた飛行機だけれど、それでもやっぱり地上よりは随分狭い。

飛行機にもっと多数の部屋があれば、物陰があればなんてことを、つい考えてしまう。

望んでいるし、すぐ欲しい。

視線で探しまわる。


焦っている―――私は焦っている。

そうだ、パニックになって怖いのはこのクラスのみんなじゃあない、

結局他人じゃなくて私。

私の心なんだ。



まだクラスのみんなには―――ナイショにしていなければならないのに。

そう、私が魔法少女であることをナイショにしなければならない。

一般人を巻き込むわけにはいかないというラクールとの取り決め。

守るべきルール。

これからも私が日本の平和を守っていくという目的のためにも、まだ正体を明かせない。


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