第2話 悪の組織スゴ・クメーワクの刺客!

「今、我々は一度攻撃を中止する―――その間に、姿を現せ!外に出て戦う意思を見せてもらおう」


スチュワーデスさんがそう宣言すると、場を揺らす衝撃はぱたりとやんだ。

焦るような、切羽詰まったような声色。

そもそも女性口調ではない。

もちろん通常時の彼女のことを、熟知はしていないけれど、とにかくちぐはぐな様子だ。

どこか、怪我をしているのかな。

身体の調子が悪いのだろうか、と私は首を傾げた。



機体の外部から伝わる衝撃は無くなった。

けれど一時的な平穏だ。

猶予は与えられたけれど、私の心は焦る。

時間はあまりない―――また向こうの都合で、悪の都合で、人々を恐怖に陥れる襲撃が始まるだろう。



私は席に腰を下ろしたまま、まだ考える。

いまの状況で、魔法少女である私ができる事、するべきこと―――。

敵の意志も。

我々、というのは飛行機を衝撃で揺らした敵組織の意志だろう。

スチュワーデスさんが完全にメッセンジャーとなっている。

それは―――何故だろう?

わからないことが、まだ多い。



けれど、緊急事態。

魔法少女にしか解決できない問題だ。

再びみんなに危害が及ぶ前に、私が出ていって戦うしかない。



そう、私は。

春風若葉は魔法少女だ。

今年の春から、魔法小動物ラクールに力を授かって、魔法少女として活動している。

悪の魔怪人の襲撃、彼らの企てた様々な悪行を退けてきた。

度重なる奴らの悪事は、多すぎてもはや慣れてしまったくらいである。




わたしはラクールと会話を始めた。

彼は―――ええと、彼というのが適切かどうかわからないけれど、マスコットだ。

マジカルマスコット。

私の魔法少女としての活動のパートナー。

そもそもオスなのかメスかわかんない。

ういう生き物なんです。


見た目はカワイイ。

魔法少女のサポートをするマスコット・キャラクターをやっている子なの。

私に魔法の力とステッキを与えてくれたのもこの子。

私もその子のことを完全にわかってるわけじゃあないけれど、『日本の平和を守るために』魔法界から来たんだって。


小動物みたいな見た目。

身長は学生カバンくらいの大きさで、体重はあまり感じない。

そもそも重さがあるのかどうか。

ふわふわと宙に浮くことが出来る。

そして、ステッキはこの子がくれた。

私が変身心する時に使う、不思議な能力チカラを持つステッキ。



言いながら、飛行機の窓を見た。

青い空と、普段とは比べ物にならないほど近い雲があるだけ。

そのはずだった。

魔怪人が二人―――飛行機に並んで飛んでいる。

黒を基調とした見た目の、悪の組織だ。

物理法則とか完全に無視しているような奇妙な光景だ。


(ラクール。こういうことがあるって言うんなら教えてよ―――飛行機を襲われるなんて)


(………)


(どうしたの?)


(いや、確かに悪かったラ―――こんなことは今までに前例がないラ)


(いつも襲われるの、町の中だったもんね)


(それもそうラ、ただ―――それと、悪の組織は日本のどこかを狙っていたはずラ。若葉―――キミはいつだって日本の魔怪人を倒してきたはずだラ)


(それは、確かにそうだけれど)


(若葉ッ―――見て、あのスチュワーデスさんの目を!)


(え―――?)


言われて、その客室乗務員さんを見る。

ラクールが何か異常なものを見つけたらしい。

見つめる―――姿勢がぴんとしていてスタイルもいい人だなあーなんていう平和な感想を抱く。




しかしそんな場合ではなかった―――。

こんな人が、どうして悪の組織に肩入れするようなことを―――と考えようとしたけれど、違和感に気付く。



目が。

瞳の色がおかしい。

ラクールに言われた彼女の目が、黒く、いや紫に………濁っている。

黒い沼のように。

どんよりと、闇に浸かっている。


(あのヒト、普通じゃあないッ!?)


(彼女は心を魔法で操られている―――おそらく、悪の組織の仕業だラ)


洗脳―――。

洗脳に近い、何かを受けているようだ。

言われて見れば、先程から姿勢が動いていなかったり、やっと動いた時には少しぎくしゃくとした様子がある。

彼女は自分の身体をきちんと制御できていない。

こころも、今は制御できていない。

自分の意志が消失しているから。



という事は発言内容も―――魔法少女がいるか、というのは彼女のした質問ではなく、機外にいる悪の組織の誰かが言っている、メッセージ!

魔法少女を、外に出そうとしている。

おびき寄せようとしている。



がたり、と席を立った女子がいた。

あの子は―――女子のたつみさんだ。


「ちょ、ちょっとどういう事よアレ………なんで、なんで飛行機の外にいるのよ!」


数人が騒ぎ立てた。

クラスのみんなももう気づいて、騒いでいる

怪人が衝撃波を出して、飛行機にぶつかる。

旅客機の飛ぶ空の道―――その軌道がいま、乱される。




―――




「どうした、出て来い魔法少女よ」


普通の鳥類としては大きすぎる嘴を開き、彼は呟く。

飛行機つまり―――ジャンボ・ジェット。

あれが人間の作った飛行機というものか。


悪の組織スゴ・クメーワクの団員、バルバーンは思った。

飛行機の横を並走、いや並んで飛んでいる。

大鷲おおわしと人を合わせたような容姿をした彼は、太平洋上を飛ぶ飛行機に接近することも可能だ。



彼は今、その翼から力を抜く。

羽ばたくスピードを弱め、飛ぶのを中断する。

飛行するジャンボ・ジェット旅客機―――その左翼に、足をつけ降り立った。



白い機体に直線的なスカイブルーのラインが入ったデザイン、その鉄の翼に軽く触れる。

鳥の鉤づめのような足が、主翼にぎし、と食い込む。

翼を目で辿って行けば、途中エンジンが、ゴンゴンと音を立てて唸っていた。


「フム―――寒いな」


「上空だからねェ。今が、高度一万メートルくらいだからね」


ブレイズンが俺の背後でのそり、と身震いをした。

奴も同じ組織のメンバー、ともに悪を生業とする仲間だ―――同胞。

彼はやや虎に似た容姿をした二足歩行の魔怪人である。

今回は補佐役出来ている。

俺の目付け役だ。


「バルルーンよ。本当なのか、この飛行機に―――『魔法少女が乗っている』というのは」


「ああ」


バルルーンには、魔法少女との交戦経験がある。

だがその歴戦の勘に頼るまでもなく、機内からにじみ出るかのような魔力の残滓は確認できた。

それとともに、上から報告はあった―――魔力レーダーに反応があったとのことだ。

驚きはあるが驚愕ではない。

これまでも我々と敵対関係にあった魔法少女が、人間を助けに来る可能性は大いにあった。


「つい先ほどではあるが、上からお達しがあった。命令は確実だよ―――この飛行機に、人間だけでなく、『魔法少女が乗っている』だからこそお前にも御鉢オハチが回ってきたんじゃあないか」



まあ―――実力を振るえるに足る相手、それ相応の相手がいるというのは、悪い気はしない。

俺の魔力をふるうに足る相手。


「問題はバルルーンよ……お前が『魔法少女』を倒すことが出来るかどうかだ」


「フン―――ちょっとたたけば出てくるだろォさ」


ブレイズンは手のひらの肉球の上に、蝋燭の火を出現させる。

それはバスケットボールほどの大きさになり、光はさらに膨らんでいく。

機体を揺らすためにはそれなりに巨大な魔力エネルギーをぶつけなければならない。



「今回はこのオレ様に任せてもらおう、たかが魔法少女のひとりやふたりくらい、倒す。倒して見せるさ」


「―――そうかい。ククク―――期待しているよ」



バルルーンは、自分の身体の武者震いに似たものを感じていた。

まだ魔法少女は姿を現してなどいない。

しかしそれでも今回の相手がただ者ではないという事は理解できた。

魔法少女は強力な存在だ。。

伝わる魔力が予想よりもいささか、大きい。



彼は悪だが、完全なる無法者ではない―――心に秘めたいくつかのルールがあった。

悪事に関するルール。

強い魔法少女を倒す、倒したい。

そのために己は存在する。

今のオレが存在する。

弱い魔法少女では、駄目なのだ。



「バルルーン、ここで見送りはこれで結構かな?」


「………ああ、構わない。こんなもの、オレ様一人で十分だぜ」


「グフフフフ………、幸運を祈っているよ」


バルルーンに比べるとブレイズンは空中での適性が薄かった。

それほど得意ではない。

今回は組織に戻ることにする。


彼は空間に紫色の隙間を発生させ、そこに潜り込み、空間を捻じ曲げる際の奇妙な音を奏で、基地に帰っていく………。

そのことにほとんど興味を向けず、飛行機に視線を向け続ける大鷲型魔怪人。


「いるぞ、いる………!わかるのだ、予想よりも魔力を感じる」


バルルーンはこれから始まる戦闘を想像し、血が躍る気分だ。

ひとり、静かに狂喜した。


悪の組織スゴ・クメーワク。

それは日本の平和を乱し人々を恐怖に凍り付かせることを目的とした、魔怪人達の巨大組織である。

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