第9章 交錯する計画

9-1.計画の行方

 研究所でひと悶着あったころ、テクノにいるワーカロイドを開発中の一ノ瀬と双葉は、頭を抱えていた。

 もっとも、新型のワーカロイドの開発に手をこまねいているわけではなく、二人のもう一つの目的である、計画の真の目的を探る方で収穫が得られないことへの焦りを感じていた。


 寺本が休憩で外に出るたび、一ノ瀬と双葉の二人は部屋の中を捜索した。しかし部屋は完全にもぬけの殻だ。


「部屋の外に探しに行きますか」


「いや、それがどうも難しいらしい」


 武井の話だと、このテクノにいる間、一ノ瀬と双葉はこの開発室に閉じ込められているような扱いになっている。山岸社長は自由に出歩いていいと言ってはいたが、実際に行けるのはトイレと食堂くらいだった。


「警戒されているか……」


 テクノも易々と手の内を明かすほど馬鹿ではなかった。

 この先の動きは、この会社内を文字通り自由に動ける武井に任せるほかない。


「私の方でも色々と探りを入れてみます。あまり期待はできませんが……」


「ああ、頼む……」


 何もすることが出来ずに、ただワーカロイドオフィスを開発することしかできなくなった一ノ瀬たちは、そのままただテクノの言いなりになるしかなくなった。

 武井の方も、期待できないという言葉通り確かな成果は得られていない。直接聞くわけには当然いかず、回りくどく聞いても上手く躱されてはぐらかされる。そんなやり取りが、何人もの社員との間で繰り返されていた。


「クソッ……」


「先輩……どうしますか……」


 寺本が席を離れている間の作戦会議は、毎回重い雰囲気で行われ、進展どころかどうでもいい情報すら出てこない。テクノのブロックは完璧ということだ。


「他には頼ることが出来ないし、もう諦めるしかないのか……」


 一ノ瀬の折れかかった心に、双葉と寺井はフォローを入れることもできない。それだけ状況が圧倒的に不利なのだ。


 何度考えても良い作戦は思いつかず、結局三人はただひたすらワーカロイドオフィスを開発し続ける。寺本に気づかれることなく、表向きはあくまでワーカロイドの開発に専念している風を装う。


「ベースはホームと一緒なんだ。中身だけを変えればいいだろう」


「でもやることは全然違うんですよ。体もまるごと変えないとオフィスの業務には対応できません」


「さすがにホームのときみたいな掃除道具は付けねぇよ。そこは大前提として初めに確認しただろ」


 だが計画が思ったように進まない苛立ちは、表面にまで出てしまっていた。

 この変化に気づかないほど寺本が鈍感なはずもなく、


「なぁ武井ちゃん、今日の二人、何か機嫌悪くないか? 俺の気のせいじゃないよな?」


 少し離れたところで武井に聞いてしまうレベルで、一ノ瀬と双葉は露骨だった。

 こう聞かれてしまえば、武井でももはや誤魔化すことは難しい。


「そう、だね。あんたが分かるくらいだからそうだと思うよ」


「なんだそれ、俺が馬鹿みたいな言い方だな」


「だってホントのことでしょ」


「辛辣ぅ……」


 冗談交じりに返しつつも、内心では二人の機嫌が悪い理由を聞かれないかと冷や冷やしていた。

 ありがたいことに寺本がそこまで踏み込んでは来なかったが、それでも他の誰かにバレてしまわないような警戒を解くことはない。

 寺本は寺本で、一ノ瀬と双葉の機嫌をさらに悪くしないように細心の注意を払いながら会話をしているし、いよいよ開発チームの雰囲気が悪くなってきた。


 そうなると外部からの目は鋭くなるわけで、ついに山岸社長が直接部屋に入ってきてしまう始末である。


「ちょっと、どうしたの二人とも。昔は仲良すぎて周りが引くくらいだったのに。一体何があったのさ」


 寺本に聞かれず安堵したのも束の間。社長に迫られた二人は口を閉じ、どうにか言い逃れができないかと策を模索する。

 最善で最短の返事は、まさに開発のことで意見がぶつかってしまった、ということくらいだろう。

 二人は目で合図をし、社長にそのまま訳を話していく。


「すいません、お騒がせしました。ワーカロイドを開発するにあたって双葉と言い争いみたいになってしまって……。もう大丈夫です、社長に止めていただいて頭が冷えました」


 何の悪びれもなく、一ノ瀬は淡々と言葉を並べる。全体で見れば嘘とは言い切れないが、怒っていた理由の根っこの部分はまったくの大嘘だ。

 よくもまぁこんな簡単に嘘を吐けるものだと、聞いていた双葉と武井と、言った一ノ瀬本人も感心すらしてしまう。


 しかしこの言い争いと社長の尋問は、破綻しかけていた計画を好転させるきっかけとなった。

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