7‐3.二人の思惑

 朝食の間、寂しさからなのか梨乃はずっと縮こまって食べていた。双葉が話しかけても小さく一言しか返さない。

 やっぱりまだ気持ちの整理がついていないのだろう。ずっと一緒にいたって、依頼についていけない事実は結局変わらないのだ。


 梨乃を小松に任せ、一ノ瀬と双葉は監視室へと向かった。梨乃のことも考えなきゃいけないが、依頼だってこなさないといけない。


「お、二人とも来たか。さっそく本題だ」


 いつも使っている監視室に違和感があった。その理由は、机の上にあった茶色い封筒。

 口はしっかりのり付けされ閉じていて、一緒に渡されたレターカッターでゆっくり開けていく。


 どれだけの機密情報なのだろうと思うと、体がやけに重くなった気がした。


 カッターが封を開け切り、チッという音を立ててから空を切った。得体のしれない依頼がついに顔を出し、二人の体にもさらに力が入る。


「これは……」


「そんな……」


 それは別に機密情報でもなんでもなかった。書類の頭に書かれていた依頼主が予想外だったのだ。


「明日から二人には、テクノにしばらく戻ってもらう。詳細はすべてその紙に書いてあるからよく読んでおいてくれ。出発は梨乃がまだ起きない早朝にする。以上」


 質問は一切受け付けない。そんな雰囲気を出す藤原と生田には、当然何も言い出せなかった。



   *   *   *



 一ノ瀬の部屋に戻った二人は、さっきの書類に書かれた詳細を見た。


「新しいロボットの開発?」


「そうみたいですね。こっちには企画書が入ってました」


 どうやらそれぞれ違う書類が入っていたらしい。一ノ瀬の方には概要と契約書が、双葉の方には新しく開発するロボットの企画書が入っていた。


「名前は……、『Workeroidワーカロイド Officeオフィス』……。ワーカロイドの新型ですかね」


「だから俺たちに依頼が来たのか」


 二人が前の会社であるテクノにいたとき、ほぼすべての家事を代行してくれるロボット、ワーカロイドホームを開発したのは、業界で働く人であれば誰もが知っている。


 それと同じシリーズで新型を作るとなれば、たとえ会社を辞めたとしても呼び戻したくなるのは分かる。

 そもそも辞職ではなく異動という形でこの研究所に来ている。声をかければ戻すことも容易いだろう。


「先輩、これ」


 双葉が見せたのは封筒の裏側。そこには石田首相の捺印があった。


 これには一ノ瀬にも見覚えがある。テクノから異動してくるときの書類にも同じものがあったのだ。


「テクノも国家プロジェクトの一部だったってことか……」


 それほど大きくはないが、たしかにそこには衝撃があった。


 真面目で健全で働きやすいと思って勤務していた会社が、実は国の一番上で研究所と繋がっていたのだ。自然と嫌な憶測まで飛び出してしまう。


「今までの異動も全部、国が動かしてたんですかね……?」


「いや、それは分からない。テクノが国と手を組んだ時期にもよるしな。ワーカロイドの開発も計画のうちなのか、開発した結果それが国家プロジェクトになったのか……」


「そうですよね……」


 しかし、ただの研究員である一ノ瀬たちがいくら考えたところで、首相の手がどこまで及んでいるのかなんて分かりやしない。


 計画の真の目的を探る意味でも、今回の依頼には素直に従っておいたほうがよさそうだ。


「依頼は受ける。ただ……」


 一ノ瀬は手招きし、そこからの会話の内容が漏れないように声を殺して続けた。


「依頼の内容からすると、俺たちは同じチームに配属されることになる。もともと同じチームで働いてたなら、また組ませた方が効率もいいしな。向こうもそれくらいは考えるはずだ」


「たしかにそうですね」


「気をつけなきゃいけないのは、新型開発中のテクノの中での動き方とテクノ社員との会話だ。ここでうまく立ち回れることができれば、得られる情報はかなり多くなる」


 それに加えて、敵を欺くにはまず味方から。他に情報を隠し持っているかもしれない藤原と生田には、この計画を気づかれないようにする必要がある。


 そのあとも細かい行動方針を決めて、隠密な作戦会議は終了した。


「早朝に出発だろ。すぐ出れるように戻って準備しとけ」


「了解です」


 一ノ瀬の部屋の扉を開けて周りを見るが、幸い誰の姿もない。肩の力を抜いた双葉は隣の自分の部屋へと向かった。


「さてと……」


 双葉が帰ったあと、一ノ瀬は自分のパソコンを起動し、作戦概要の書類を作り始めた。

 それをものの十数分で作り終えると、今度はチャットを開始する。相手は一言で言えば旧友。その女に作戦概要を送り、協力を仰いだ。


『了解です。明日からよろしくお願いします』


「『こちらこそ、よろしく』っと」


 そう送ってから、一ノ瀬は準備を始めた。

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