7‐2.子の心、親知らず
今回の依頼が長期間となれば当分一ノ瀬たちとは会えないし、いつ帰ってくるのかも分からない。そこから湧いてくる感情といえば、大切な人をたとえ一時的にでも失う喪失感、寂しさだ。
「データがなかったのか……」
梨乃にインストールされている精神データが圧倒的に足りなかった。だから今の感情が表現できなかった。
だが寂しさだけではモヤモヤは説明できない。ここで出てくるのが、一ノ瀬と双葉の梨乃に対する行動。モヤモヤの原因は間違いなくそれだ。
生田は答えを告げようと、しゃがんで目線を合わせた。
「梨乃、お前は一ノ瀬と双葉がいなくなると聞いて寂しいんだろ」
「寂しい……。そうかもしれないけど、そんな簡単に言葉にできるようなのじゃない気がするの」
「普通の寂しさじゃないのは当然だ。お前が生まれたときからあの二人はずっと一緒だったからな。その分、いなくなったときの喪失感がでかくなる」
梨乃は下を向いたまま生田の言葉を聞き続ける。
「梨乃は寂しいと感じている。だがあの二人は依頼の話しかしない。もしかしたら二人は寂しいと感じていないんじゃないか。それで拗ねてここに相談しにきた。こんなところか」
梨乃は、何でそんなに分かるの? と言いたげに目を丸くし、そしてうん、うん、と頷きながら生田の言葉をゆっくり噛み締めていく。
最後に大きく首を振ると、予想外の解答を口にした。
「私もついていっていい?」
「へっ?」
生田の声も思わず裏返る。
今の感情が寂しさであり、自分は二人の行動に対して拗ねていたのだと知った梨乃は、それを頷いて受け入れたかと思いきや対抗するように強気で申し出てきた。
「ついていっていい? ……って」
生田としても行かせてやりたいのはやまやまだが、ついさっき外出禁止令を出したばっかりだ。問題を起こさないように出したのにそれを一日も経たずに解除するのは、立場的によろしくない。
だから心を鬼にして断るしかなかった。
「外出禁止令を出したんだ。諦めるしかない」
「そんな……」
「お前のためだ。もう誘拐はされたくないだろ」
「はい……」
脅すと梨乃の声は小さくなったが、できることならそんな顔は見たくない。
だが生田も一人間であると同時にこの研究所をまとめる幹部であり、こればっかりは仕方なかった。
「ほら、日付も変わってるし、疲れてるんだから寝な」
梨乃の体を反転させて監視室から追いやって話は終わった。
「さて、そこで盗み聞きをしていたお二人さん」
監視室のすぐ近くの柱から一ノ瀬と双葉がおずおずと出てきた。
「ばれてました?」
「気配でバレバレだ」
「そんな特殊能力みたいな……」
怒られると察した二人が、逃れるためにわざとらしく軽口を叩く。
しかし生田はそれをスルーして監視室へと招き入れ、梨乃が使ったコップを片付けながら言った。
「聞いてたんだろ、さっきの話。だったらあいつを悲しませるな。心の設計はまだ思春期なんだ。親としてちゃんと接してやれ」
冗談に一切乗ってこず真面目な生田の雰囲気に押され、二人は一言返事することしかできずにそれぞれの部屋に戻っていった。
* * *
翌朝の朝食の時間。一ノ瀬と双葉の二人は示し合わせたわけでもなく、起きてすぐに梨乃の家に向かい、キッチンで鉢合わせた。
「先輩。おはようございます」
「お前もか」
「考えることは同じですね」
梨乃を悲しませないためにするべきは、ここを離れるそのときまで少しでも長くそばにいてやること。ただし、直接的な慰めは避けること。これが話し合って出した二人の結論だ。
「あ、梨乃ちゃん、おはよう!」
「おはよう……」
今日の朝ご飯はししゃも。子沢山なやつに頭からかぶりつくと、小さい体に凝縮されたうま味が口に広がる。
技術が進歩した今では珍しい、グリルで焼く調理法だ。
まだ寝起きの調子の悪さが残る梨乃は、目をこすりながら二人の料理を眺めた。
「りーのちゃん!」
双葉が料理を投げ出して駆け寄るも、梨乃は身を翻してするりと躱し、一ノ瀬のところへとやってきた。
「どうした?」
「依頼の話は聞きに行かなくていいの?」
一ノ瀬の手が一瞬震え、皿に盛りつけようと箸で掴んでいたししゃもが、グリルの網の隙間を通って下の水へと落ちる。
梨乃は二人が昨日の話を聞いていたことを知らないはず。だったらこの動揺は隠さなくてはならない。
「朝ごはん食べ終わったら行くよ。作り終わるまで座って待ってな」
「ん」
一ノ瀬としては上手く誤魔化せるように笑って返したつもりだった。
だが頷いた梨乃の顔が寂しさをそのまま表現していたのを見て焦りが出てしまったように思えた。
それを隠すのにさらにぎこちない作り笑いになってしまったのは、一ノ瀬自身が一番痛感しているだろう。
梨乃に笑って送り出してもらおう。そのためには、まずは俺たちから笑顔でいないといけない。
「さ、食べるか。いただきます」
「いただきます!」「いただきます……」
その思いを胸にしまい込んで、手のひらを合わせた。
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