7‐4.お久しぶりです
出発の準備や残った仕事の片付けで一日を費やした翌早朝。
予定通り梨乃がまだ目を覚ましていない時間に、一ノ瀬と双葉は地上へと顔を出した。もうすぐ夏が始まるが、太陽が頭を見せ始めたこの時間ではまだ肌寒い。
「粗相のないように、と言うところだが、まぁ、お前らなら心配ないな。手柄だけ取ってこい」
「分かりました」
「こっちは任せてください、先輩」
「ああ、頼んだぞ」
藤原と生田と小松に見送られ、上着を羽織り直した一ノ瀬と双葉は研究所に背を向け歩き出す。
そして朝のコントラストの薄い緑のトンネルを抜け、門番ロボの前と門を通り、坂を下ってバス停のベンチに荷物を下ろした。
双葉は食堂から持ってきた朝ごはんのおにぎりを頬張り、飲み込んだあと同じ口で聞いた。
「そういえばこの時間って、バス通ってませんよね? どうやって行くんですか?」
一ノ瀬は一言も返さず、時計と坂の下の方を交互に見ている。
双葉が首を傾げていると、下から車のものらしき光が坂を上ってくるのが見えた。
「さすが、時間通りだな」
「え?」
やってきた黒いセダンタイプの乗用車は、二人の前を通り過ぎた少し先で下り方向に向きを変えると、戻ってきてバス停で停まった。
「お久しぶりです」
「ぴったりじゃないか。相変わらずだな」
「お兄さんもお変わりないようで何よりです」
窓を開けて顔を見せたのは、双葉の知らない女性。会話から推測するに、この人は一ノ瀬とは昔からの知り合い、かつ一ノ瀬より年下。だけどいまだに状況が呑み込めず、一人取り残されている感覚。
それを察した一ノ瀬が交互に紹介を始めた。
「こいつが大学の後輩の双葉。で、こっちが子どものころからの幼馴染の武井だ」
はじめまして、と礼儀正しく挨拶する彼女につられて双葉も言葉を交わす。でもやっぱり状況が呑み込めない。堪えきれなくなって思わず一ノ瀬にまくしたてるように聞いてしまった。
「誰なんですかこの人。なんで車なんですか。先輩とどういう関係なんですか」
取り乱す双葉とは対照的に、一ノ瀬は至って冷静に一つずつ答えていく。
「一言でいえば協力者だな。今回の依頼での俺たちの計画をサポートしてくれる。車で迎えに来てもらうよう、昨日俺が頼んだんだよ。こいつとは子どものころからの顔なじみだけど、そういえば俺が大学入ってからは話すタイミングなかったな」
「ほんとにお久しぶりです、お兄さん」
武井は車から降りてトランクを開く。荷物をそこに乗せてから、二人は後部座席に乗り込んだ。
双葉にとっては突如現れた恋敵のような人物。若干の警戒をしつつも、車はお構いなしに坂を下り始めた。
しかし研究所を出発してからテクノまでの数時間、警戒心剥き出しな二人のせいで車内の空気が重い、ということはなく、途中でサービスエリアなどに寄りながら一ノ瀬談議に花が咲いていた。
「先輩ったら、ちょっとからかうとうるさいって言うんだよ。これはもう照れてるよね」
「子どものころも同じようなことがありましたよ。家族ぐるみで遊園地に行ったときなんて、隣に座るのすら顔真っ赤にしてましたから」
「最近は家事ができるようになってきたの。前までは皿洗いもまともにできなかったのに」
昔から今に至るまでの一ノ瀬の恥ずかしいエピソードを、喜々として話し続ける二人は、さっきまで一触即発だったのが嘘のように仲良くなっていた。
メンバーの仲の悪さは依頼と計画の実行に支障が出るが、こうなってしまえばその問題はないだろう。
とりあえず早急に解決すべき問題は二人の口を塞ぐことだが、横から入っても茶化されるだけでどうにも止まる気配がなかった。
そして諦めた結果、挙句の果てには一ノ瀬は会話に参加せず、依頼や計画の資料を見返して時間を潰していた。
* * *
「懐かしいな」
「ですね」
窓から外を眺めると、一面ガラス張りの巨大な建物たちが姿を現し始めた。さすが都市部というべきか、世界に名を轟かせる超大手企業の名前やロゴが目に留まる。
これら全て、一ノ瀬と双葉が以前働いていたときに毎日見ていたビル群。どこも変わることなく形を残していた。
地上十階建てがざらにあるこの高層ビル群の中で、三階建てという目立ちすぎるほどに低く白い建物が、今回の依頼主で二人の元勤務先である株式会社テクノである。
現在はワーカロイドホームの初期型から改良を重ね二型を販売。依然売り上げを維持し続けていて、テクノの稼ぎ頭の一つになっている。
車は社員用の地下駐車場へと入っていき、その奥にある社員用エントランスの前に停止する。
「最初の研修でここ使いましたね」
「まさかお前の教育係になるとは思わなかったけどな」
会社から車で十分ほどのところにある営業所に最初の挨拶をしに行くのに、この社員用エントランスから出ていった。そんな思い出ももう五年以上前になる。
「お二人とも、荷物を降ろしてここで待っててください。車停めてくるので」
「ああ、悪いな」
指示通りに動き、やがて車を停めた武井が駆けてくる。
「さ、ひとまず感動の再会に行きますよ」
そう言うが早いか、彼女は社員証を警備員のロボットにかざし、エレベーターの上行きのボタンを押す。
案内が必要なほど記憶が薄れているわけではないが、改めて前の職場を見るのもなかなかに感慨深い。一周回って新鮮だ。
チン、という時代に合わない古い音が聞こえエレベーターのドアが開くと、目の前にはこれまた時代に合わない黒皮のソファと、それとは不釣り合いな古びた書斎机があった。
そしてそこに座っていたのは——。
「お久しぶりです、社長」
「ああ、久しぶり。一ノ瀬くん、双葉さん」
この株式会社テクノの代表取締役社長、山岸だった。
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