4‐4.しかしそれは良い意味で
「っていうことがあったんだよ」
「私も聞こえました。すごかったです」
朝の食堂で、一ノ瀬と梨乃以外の四人が集まって朝食を取っていた。
部屋の外で聞いていた藤原と、一ノ瀬の隣の部屋の双葉は、あの夜中の二人の話を聞いていたのだ。
淡々と、それでいて力強い一ノ瀬の声と、そのあとに聞こえた梨乃の泣き声。本当の親子のような、だけどどこか繋がっていないような、そんな二人だった。
「やっとここまで来たか」
「どういうことですか」
小さい生田のつぶやきを、小松は聞き逃さなかった。
「いや、他意はないさ。この思春期の件ももうすぐ解決するのかと思ってな」
その言葉に裏はない。純粋に、終わりが見え始めて肩の荷が下りることを嬉しく思っているだけだ。
「そう、ですね……」
「なんだ、小松。一ノ瀬たちに構ってもらえなくて寂しいのか」
「別にそんなんじゃないですよ。先輩たち、終わったら話すって言ってたから、やっとそのときなんだなって思っただけです」
思春期の問題が起こってから、小松は完全にはぶられ者だ。
生みの親である一ノ瀬と双葉が梨乃に付きっ切りになるのは、当たり前のことだし分かってはいる。
ただ、同じ研究所の仲間であり、それ以前に同じ大学の先輩と後輩であり、もっと言えば助け合った間柄だ。せめて自分にだけは、二人の考えや感情を共有してほしかった。
焦らされて焦らされて、強く当たってしまったこともあったが、でもやっぱり二人は神様で尊敬している。
だから、完全に解決するまで我慢する。それが小松にできることだった。
* * *
四人が食べ終わり食器を片付けているころ、ようやく一ノ瀬が起きてきた。
髪の毛はいつも以上にボサボサで、目もまだ半開きだ。服も寝間着のまま、足取りもおぼつかない。
「せ、先輩っ!? どうしたんですか!?」
「……え……?」
真っ先に水を持って駆けつけた双葉に気づき、徐々に意識を取り戻していく。一ノ瀬は渡された水を口に含み、席に座る。
一ノ瀬は寝坊するようなやつじゃない。半分寝ているような状態で起きているやつでもない。不可思議に思った四人は顔を見合わせ、一ノ瀬を囲んで再び座った。
「先輩、何かあったんですか?」
「ああ、まあな」
一ノ瀬の意識はすでにはっきりしていて、聞き出すのも問題はない。
一ノ瀬は四人を見回してから言った。
「全員集まってるならちょうどいいですね。報告します。梨乃に、彼女のすべてを伝えました。誕生から今までのすべて」
ついさっき同じ報告が藤原と双葉からあったが、改めて当事者の口から報告されると、ああ、ついにか、という生田の気持ちにも共感できる。
そして知りたいのは、そのあとの梨乃の反応だ。
「梨乃は何て?」
「梨乃は薄々気づいていたそうです。自分が人間じゃないって。それを言ったあと泣きだして、最後には泣き疲れて寝てしまいました」
ははっ、と小さく笑い、そして躊躇う様子もなく笑顔で一ノ瀬は続けた。
「明け方、梨乃を抱いて梨乃の部屋に向かいました。ベッドに寝かせると梨乃が言ったんです。自分で考えて答えを見つけるから、待ってて、って」
難しい問題を解決するために処理時間が少しかかるから待ってて、なんてそんな味気ないものなんかじゃない。
梨乃の言葉は、葛藤する人間の思考とほぼ同然だ。
「だから、梨乃から何かあるまで、俺たちは待つことにします。アクションも最低限のことだけ、料理を作るだけに絞ります」
「監視は」
「録画だけしましょう。監視はなしで。みなさん、いいですか?」
一ノ瀬は四人の顔をうかがう。納得いかないような表情はなく、ただ一ノ瀬をじっと見ていた。
「分かった。親が言うならそうしようじゃないか」
「そもそも今回の件はお前らに任せてあるしな。策を否定するつもりは毛頭ない」
「私も異論はありません。先輩の決めたことなら大賛成です」
藤原と生田、双葉の三人は快く承諾したが、小松一人だけ、納得はしているが物足りなさそうな顔をしていた。
それを見た双葉が一ノ瀬に近づき、耳元でささやく。
「先輩、こまっちゃんのこと、やりましょ」
「ああ。最初からそのつもりだ」
二人のやり取りから察した藤原と生田は立ち上がった。
「俺たちはお邪魔だな」
「さっさと終わらせろよ。梨乃の件、まだ完全には終わってないんだから」
残った三人はその二つの背中を見送ってから、向かい合った。
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