3‐2.生みの親
腹の虫を鳴かせながらも「お腹が空いてない」と豪語する梨乃を部屋から引きずりだし、双葉の手料理を四人で囲む昼ご飯。
いつもは一ノ瀬と梨乃の二人で食べることが多いが、ときどきこうしてゲストが登場することもある。
大勢で食べると楽しいしおいしい、というのはよく聞く話だが、しかし今日は違った。
「……」
梨乃は終始黙り込み、それが三人にも伝染していた。食器同士がぶつかる音だけが聞こえ、それが無駄にうるさく聞こえる。
「梨乃ちゃん、味はどう……?」
場を和ませようとときどき双葉が話題を必死に探るが、この空気はそう簡単に変わらなかった。
「ごちそうさま」
「あ、お粗末様でした……」
結局梨乃は、始めと終わりの挨拶だけをしただけで、他の時間は声を発することなく部屋に戻っていった。
梨乃がいなくなって解放されたように、おもむろに三人が口を開く。
「俺、あの空気の中で生活するの無理ですよ。どうにかしましょう」
「ああ。これが続くと身がもたない」
あの状態で食べた料理は、正直味がまったく分からなかった。それは作った双葉が一番実感し、一番胸が痛むだろう。
常時テンションが高い彼女も、この日の午後は気分が下がっていた。
* * *
夕食後、双葉が風呂に入ってる間に招集がかけられる。
「おい、いったい何があった」
彼女の落差が激しすぎるおかげなのか、藤原と生田も事態が深刻であることを悟っていた。
「今日の昼、梨乃と四人で食べたんですけど、梨乃はずっと無言だったんです。料理を作った双葉は相当滅入ってるみたいで」
「思った以上に思春期の被害が大きいな……」
上司二人が腕を組んで考え込む。
「ひとまず、人間の思春期と同じように接してみてくれ。それでもダメなら、そのときにまた考えよう」
「分かりました」
藤原の提案で、人間の思春期の子どもを想定して接し方を探すことになった。
調べると、四つの大きなテーマを軸に同じような内容の記事がいくつか出てきた。
「子どもの力を信じること。子どもと向き合うこと。親は子どもの見本になること。笑っていること、か。なるほどな」
思春期は心と体が大人のものへと近づく時期だ。
他人の視線に敏感になり、身なりなど、特に体の成長具合などを、無意識のうちに自分と他人で比べてしまう。
当然個人差があるため違いが出るのは仕方ないが、他と違う自分が醜く感じることもあるらしい。
「アンドロイドである梨乃には体の成長はないが、人間の精神をインストールしている以上、心の変化は可能性としてあるだろう」
「もしかしたら、体の変化がないことを気にするかもな」
「それはありえますね」
「自分が何者か考え始めるか? 更新をしても記憶が残るなら、自分の身体の変化に気づかないほど馬鹿じゃないだろう」
「俺たちに聞いてくる可能性もありますよね。そうなったときに真実を話すかどうかは、一ノ瀬先輩と双葉先輩が決めるべきだと思うんですけど」
三人の視線が一ノ瀬に刺さる。
直接の業務以外の最終決定権が、梨乃の生みの親である一ノ瀬と双葉に委ねられているのは、すでに暗黙の了解だ。
「双葉が風呂から出てきたら、一緒に考えます」
「一週間だ。何もなければいいんだが、聞かれると考えるなら決断は早めに、遅くても明後日の朝までには頼む」
「分かりました」
一ノ瀬と双葉にあとを託し、ここで臨時会議は終了となった。
* * *
「話って何ですか」
「梨乃のことだ」
梨乃の今後について決めるため、一ノ瀬は風呂から出てきた双葉を呼び止めて部屋に連れ込んだ。
普段のテンションなら「先輩と二人きりー」とか言って上がりそうな気もするが、事情が事情なだけに、そんなことは一切なかった。いつものテンションにマイナスをかけたような、覇気が感じられない暗い声だ。
彼女を元気づけるため、一ノ瀬はどうにか話を繋げる。
「梨乃とはしっかり向き合わないとならない」
「梨乃ちゃんはうるさい私のことを嫌ってますよ、きっと。だから先輩にお任せします」
「お前らしくないな。そんなネガティブなことを言うなんて」
「一から作ってきた梨乃ちゃんが、私の話を聞いてくれなかったんですよ? そりゃこうなりますって」
「たった一日だろ。本当の子育てはこれが何年も続くんだぞ」
「そうですけど……」
「だからとりあえず、その涙を拭いて落ち着け。話はそれからだ」
言われて双葉ははっとする。服で涙を拭い、ごめんなさいと小さく謝った。
「さっき三人と話したんだが、梨乃とは一旦人間の思春期と同じ接し方をすることになった」
さっき調べたものを双葉にも見せながら説明したあと、話はやっと本題に移る。
「自分がいったい何者なのかって聞かれたとき、俺たちは真実を伝えるべきなのか否か。これを明後日の朝までに決めなくちゃならない」
「思春期というより、中二病ですね」
「いや、あいつにとってはかなり重要な問題だぞ。人間じゃないって知ってどう思うか」
「どう思うか、って言ってるあたり、もう人間と同じように考えてますけどね」
「揚げ足を取るな」
「いてっ。はーい」
一ノ瀬が双葉の頭を突くと、にへらと顔を崩して頭を掻く。
冗談を言うくらいには双葉の調子が戻ってきて、一ノ瀬も一安心だ。
そのあとは真面目な話し合いが続き、真実を伝えたことで起こりうる問題、伝えなかったことで生じる障害など、色々な面で意見を出し合った。
「じゃあ、これでいくぞ」
「分かりました。大切にしないとですよね。私たちの子どもですから」
「だからその言い方は」
「ごめんなさーい」
一ノ瀬から逃げるようにして部屋から出る双葉は反省の色を見せず、むしろとても嬉しそうだった。
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