3-3.それぞれの葛藤

「おはようございます! 双葉、一ノ瀬先輩の愛で復活しました!」


 食堂に、テンションを戻した双葉の開口一番の挨拶が響く。


「うるさいですよ双葉先輩。もう少しボリューム下げてください」


 味噌汁を啜る小松の横に双葉が座る。


「あ、酷い。私がせっかく元気になったのに」


「昨日は平和だったな」


「え、生田さんまで。そんな私うるさいですか」


 藤原、生田、小松が首を縦に振る中、遅れてちょうど入ってきた一ノ瀬だけは一二〇度くらいの、微妙に反対の反応を示した。


「うるさくないと調子が狂うけどな。ほら行くぞ」


「先輩……!」


 目をキラキラさせ、小松に向けてべー、と舌を出し、そして一ノ瀬のもとへと駆けていくと、楽しそうに乳繰り合い始めた。

 昨日の今日で何があったのかと、三人は怪訝な顔で二人のやり取りを見ていた。

 その雰囲気のまま入り口で数分話した二人は、梨乃の家に行ってきます、と一言だけ告げて食堂から出ていってしまった。


「何があったんだ……?」


「梨乃のこと、ちゃんと考えてるんですかね」


「どう、だろうな……」


 ちゃらける二人に半信半疑になりながら、残された三人も朝食を流し込んで仕事に戻った。



   *   *   *



 梨乃の家のキッチンで、一ノ瀬と双葉は三人分の朝食を作り始める。

 その音で目を覚ましたのか、梨乃が目をこすりながら一階へと降りてきた。


「おはよう、梨乃」


「梨乃ちゃんおはよー」


 まずは子どもと向き合うことが大事。そして忘れてはいけない笑顔。あくまで今まで通りに、今まで接してきたのと同じような朝の挨拶だ。


「あ、うん……」


 かろうじて返事はしたもののそれは挨拶ではなく、頷いただけでソファに飛び込んだ。


「もうすぐできるから、座ってな」


 返事はない。しかし無視はせず、無言で椅子に腰を下ろした。

 フライパンの目玉焼きを皿に移し、ご飯と味噌汁をよそってから二人も席に着く。

 質素だが、逆にこれが美味しかったりする。


「……いただきます……」


 一瞬、しん、としてから、最初に口を開けたのは梨乃だった。

 二人は顔を見合わせ驚くが、


「いただきます」「いただきまーす」


 と、何もなかったように梨乃に続けて手を合わせた。

 だが、そのあとはもうだんまりだ。

 途中何回も一ノ瀬と双葉を見るが、二人が見返すとすぐに視線を茶碗の中に戻してしまう。何か言いたげなのは分かるが、一向に言ってくれない。


 結局、最後にごちそうさまと一言だけ言い、部屋に入ってしまった。


「梨乃ちゃん、何考えてたんでしょう」


「分からん。でもこっちからいったらダメだ。向こうから言ってくるまで待たないと」


 朝食の後片付けをしながら、さっきの梨乃を改めて思い出す。

 口の中のものを飲み込んだあと、次の一口を入れるのとは別に、小さく口を開くことがあった。

 あれは明らかに、何かを言おうとしていた。



 その夜、梨乃の部屋の監視カメラは、不可解なものを捉えた。というより、正確には梨乃を捉えていなかった。

 トイレに行くにしては時間が長すぎる。かれこれもう三十分だ。

 しかし梨乃の居場所を知らせるポインタは、トイレから動かない。


 監視の夜勤をしていた生田は、急いで梨乃の家に向かった。


「梨乃? いるのか?」


 トイレのドアをノックし梨乃を呼ぶと、反応はすぐに返ってきた。


「生田?」


「どうした? 大丈夫か?」


「あ、うん。平気。何でもない」


「そうか……。何もないならいいんだが」


 ドア越しに聞く限り、衰弱している様子もない。

 生田は少し嫌な予感を感じながら、監視室に戻った。



   *   *   *



 次の日の朝、たまには一緒にどうだ、とお呼ばれした小松は、一ノ瀬と双葉、梨乃の三人と朝食を囲んでいた。


 小松は梨乃と一緒に食べることを頑なに断っていた。


「今梨乃と一番向き合うべきなのは先輩たちです。俺はただの脇役、梨乃からすればただの親の知り合いですよ」


「何言ってんだよ。この研究所にいる以上家族みたいなものだろうが」


「俺が行ってもややこしくなるだけでしょ」


 一ノ瀬と双葉が説得しても、こう言って嫌がった。

 最終的に生田に行けと言われ、渋々ながら今の状況になっている。


 小松は二人から梨乃が何か言いたそうにしていることは聞いていたが、たしかに梨乃の口がときどき、無駄にパクパクしているのがはっきり分かる。

 分かるが、小松はどうしても、他人が干渉してはいけない気しかせず、終始食べ物を噛んでは飲み込むことに徹した。

 そしてまた、梨乃は挨拶だけして部屋に戻る。


 重々しい雰囲気のリビングで、残った三人は一言も発することなく食べ続けた。

 片づけて監視室に戻ってから、小松は二人に詰め寄った。


「二人はあの状況で平気なんですか」


 二人はその質問に肩を震わせ、視線を下に落とす。


「平気なわけないじゃん。私だってあんな朝ごはん嫌だよ」


 とぼけるような答えを予想した小松にとっては、逆に拍子抜けだ。


「じゃあどうして何もしないんですか」


「俺たちだって色々と考えてるんだ。決定権を委ねられたからには、しっかりけじめをつけたい」


 小松は二人の考えがいまいち掴めず、次の言葉が出てこなかった。



 それを部屋の外で聞いて中に入れずにいた藤原は、今回の件を上に報告するために研究所をあとにした。


「二人だけに任せるのは、少し荷が重すぎたか……? 全責任は俺、になるのかね……」


 プロジェクト本部に向かう道中、車の中で一人ぼやいた。

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