2‐4.小難しいAIの話
「さて、じゃあ研修やるか」
「研修、ですか?」
「藤原さんから、お前の研修をしてくれて言われててな」
小松は双葉から何枚かの書類を受け取り、目を通す。書かれていたのは、この研究所の施設の使い方や器具の説明書だ。
これに関しては、施設内を回りながら順に説明して問題なく終わった。もともと優秀な小松は飲み込みも早かった。
終わって再び水槽のある部屋に戻ると、小松が二人に投げかけた。
「ところで、改二型AIと梨乃って、どういう仕組みなんですか?」
それを聞いて双葉が待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「よく聞いてくれた! 説明しよう!」
どこかで聞いたことある文言を言ったと思えば、今度はどこからか持ってきたプロジェクターに何やら映し出し、突然真面目な授業が始まった。
「こまっちゃんは、人工知能が大きく二つに分けられるのは知ってるよね?」
「特化型人工知能と汎用型人工知能ですよね」
プロジェクターには、それぞれの文字が映し出される。
「正解! 梨乃ちゃんみたいなアンドロイドは汎用型の代表例だね」
特化型は名前の通り決められたことに特化し、その作業を人間よりも効率的に行うための人工知能だ。
今までの人工知能のほとんどがこのタイプで、形の有無に関係なくすでに企業や日常生活の中で多く使われている。例えば商品のサイズ検査や、掃除だけに特化したお掃除ロボットなどがそうだ。
それに対し汎用型は作業を限定せず、人間と同じような動きをするものだ。プログラミングされたものだけでなく、自身の能力を応用して対応できるとされている。
「汎用型人工知能、英語で『Artificial General Intelligence』、略してAGI。アンドロイドはもちろん、AGIの完全な実現には問題がまだたくさん残ってるんだよね。その一つが、神経系の接続数の問題」
人間の脳の神経は、ニューロンというものが無数につながっていてできていて、それらがお互いに情報の伝達することで思考が生まれる。
それを模式的に作り出したものが形式ニューロンで、これを基に作り出されたのがパーセプトロンと呼ばれるものだ。
「平均的な成人の接続数は、だいたい一五〇兆くらいっていわれてる。でもその数の接続を作り出すのはそう簡単じゃない。だったら、人工知能に作ってもらえばいいって考えたわけ」
プロジェクターにはいくつかの円が三列に並んだ絵が映され、それぞれの円から隣の列の円へと矢印が伸びている。全体を見れば円と矢印でできた三層の階層構造だ。
双葉はその絵を指さし、説明を続けた。
「これがパーセプトロンの基本的な構造で、これを発展させたのが、人工知能の本質的な仕組みって言われてるニューラルネットワークね」
そしてニューラルネットワークの階層数を増やしたものが深層学習、ディープラーニングと呼ばれるものだ。
AIは入力されたデータの特徴をパターン分けして見つけ出すが、階層が増えればそれだけパターンも増えて見つけられる特徴も増える。
「今までは人間の手で増やしてたけど、それだと大変だからAIに自分で増やしてもらえばいいよね、っていうのが改二型のAI。要は、機械的な学習じゃなくてもっと人間的な学習をするAIってこと。それを搭載してるのが梨乃ちゃんだよ! OK?」
「なるほど……?」
人工知能の知識は人並みにあった小松だが、脳科学の話までを持ち出されると途端に顔が曇り始めてしまった。
簡単に例えるなら、サッカーはボールを蹴ってゴールに入れるスポーツだと分かっているが、ファウルの基準などの細かいルールが分からない、そのレベルだ。
そこに追い打ちをかけるがごとく、双葉が説明を再開した。
「ちなみに梨乃ちゃんの体そのものは生物ね!」
「双葉、お前まだ喋るのか……」
後ろで静かに聞いていた一ノ瀬もさすがに耐えられなくなったのか、ため息を吐いた。
「いいじゃないですか! 今後のプレゼンのためですよ!」
「いつの話だよ……。はぁ……。小松が壊れないくらいにしてやれ」
「了解です!」
そのあとは本当に小松が壊れないくらい、数分だけ梨乃の体のことについての説明があった。
大本の細胞を培養して色々な細胞に成長させる技術があったが、それを応用させて体の部位を作っている。
つまり梨乃は、体は人間だが脳や心はコンピュータという、厳密にはサイボーグにもなりえる不安定な存在でもあるのだ。
パンクしかけている小松を見かねた一ノ瀬がフォローを入れた。
「まぁ、別にこれを完璧に覚えろってわけじゃない。そういう理論で梨乃も動いてるんだってことを知ってくれればいい」
「はあ……」
メモを取る気にもなれずそこら辺の椅子に座り込んだ。
「とりあえず研修は終わりだ。双葉の余計な話が入ったが」
「全然余計じゃないですぅ! ちゃんと意味ありますぅ!」
「ほら、もう部屋に戻りな。お疲れ」
一ノ瀬は双葉が突っかかってくるのを適当にあしらいながら、小松に帰るよう促す。
「お疲れさまです……」
苦笑しながら部屋を出る。
帰る道中、小松はまた、先輩たちへの尊敬度が増したように感じた。
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