2‐3.先輩たちの娘さん

 先輩たちとの感動の再会を終え、二人の案内のもと、研究所の中を練り歩いた。


「二人はどうしてここにいるんですか?」


「私たちもこまっちゃんと同じ。前の会社から異動になったの」


「先輩たち、あんなにすごいことしたのに、どうして異動なんかに」


「これは俺の考えだが、一応は他人から認められた能力を、さらに難しいことに使ってくれ、っていうことなんじゃないか」


「なるほど……」


 久しぶりに話した先輩たちは、偉大な功績を残したことを感じさせない、前と全く変わらない雰囲気だった。

 小松は二人がいなかった大学生活をどのように過ごしたのか、一ノ瀬と双葉は前の会社でどんな苦労があったのか、思い思いに話しながら研究室の廊下を進んだ。


 施設内を一周し、小松の部屋に戻ってからも話は続いた。たった一年でも積もる話があるものだ。


 ふと一ノ瀬が、そういえば、と何か思い出したように話題を変えた。


「俺たちが今何をしてるのか、小松は知ってるのか?」


「まだ何も言われてないです」


 もっと言えば、まだ所長にすら会っていない。


「昼までもう少し時間があるし、ちょうどいい。梨乃のところまで行くぞ」


「梨乃……って、水槽……に入ってた子、ですか?」


 人間を水槽に入れるのは、倫理的にまずいのではないのか。あまり触れてはいけないのかと思いながら、探るように聞く。

 しかし一ノ瀬は悪びれることなく、誇らしげに小松の方に振り返った。


「すごかったろ」


 すごいなんてもんじゃない。初めて見たときも思ったが、あれは映画の中でしか見たことがない光景だ。ましてや現実で、しかも自分の目の前にあるとは、小松にとっては想定外だ。


「自慢の娘ですもんねー」


「その言い方はやめろって言っただろ」


 双葉が一ノ瀬の腕にしがみつく。

 それだけ見れば、小松も当然勘違いをしてしまう。


「梨乃って、お二人の、娘さんなんですか……?」


 自分たちの子どもを実験台にしているとなれば、ますます問題だ。

 小松の顔の色は徐々に薄くなっていった。


「ほら見ろ。小松が誤解してるぞ。お前のせいだ」


 一ノ瀬は手で顔を覆うと、双葉に向けて豪快にため息を吐き出した。


「私たちが生んだことに変わりはないじゃないですか!」


「これ以上話をややこしくするな。あと数日で調整が終わるから、そのときまでは見るだけで我慢してくれ」


 そう言い終わったあと、一ノ瀬はとある一室の扉を開けた。

 昨日最後に案内された部屋だ。

 研究所の入り口と同じ構造の扉で、社員証をかざすと真ん中から広がるように開く。

 そして部屋の中は昨日と変わらず、緑色の透明な液体で満たされた水槽に、裸の少女が膝を抱えて入っていた。


 一ノ瀬は水槽の脇の画面を覗き込み、何やら作業をしながら言った。


「俺たちの娘、って言うと正確には違うが、双葉の言う通りたしかに俺たちが生み出したことに変わりはない」


 技術が進歩した今でも、人間を実験台にするのは犯罪を超えるが、作りだしたとなればまた別の問題が出てくる。


 例えばクローンの場合、無性生殖を行った結果として遺伝子構造が同じ個体が生まれるため、体は完全に親のコピーになる。

 しかし梨乃と一ノ瀬、双葉の二人は、顔も姿も似ていない、まったくの別人だ。

 そうなれば、


「新しい人間を作った……っていうことですか……?」


 という話になる。


 クローンにせよ、新しい人間を作ったにせよ、人権などいろいろと面倒な問題が付きまとい、倫理的にどうなのかという議論も始まってしまう。

 しかし真実は小松の予想を大きく外れた。


「梨乃は人間みたいななりをしてるが人間じゃない。こいつはアンドロイドだ」


「アンドロイド……」


 一ノ瀬と双葉が開発したワーカロイドホームには、改良されたAIが搭載されている。学習できる量が増え、それを基にした状況判断、場合分けのパターンも従来の人工知能よりも増えた。


「梨乃は改良型AIを俺たちでさらに改良した、改二型AIを搭載してる。今までは見たもの聞いたものを状況判断の材料にしてたが、改二型は人間がどう思ったかも判断材料にできる。つまり感情だな」


 小松は前に一度、心を持ったロボットが登場する作品を見たことがある。当時は実現不可能だろうと思っていたことを、一ノ瀬と双葉はいつの間にか成し遂げていたのだ。


「梨乃ちゃんは初号機だけどね。初の試みだよ」


 水槽を撫でながら、いつもの双葉とは別人のように静かにそうつぶやいた。

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