2‐2.異動した先で待っていたのは

 一ノ瀬と双葉と別れてから約半年後。

 就職が決まっていたSEの会社で仕事をしていた小松は、部長を通り越して社長に呼び出しを食らう。


 新入社員が大失敗をしたと社内全体で噂になったが、当の本人はまったく心当たりはなく、恐る恐る社長室の扉を開いた。


「失礼します……」


「よく来てくれた、小松くん。何、別に説教しようというわけじゃない。むしろ君は優秀だと、君の部署の部長から聞いているよ」


 年齢は四〇代で、ベンチャーから大手に上り詰めた若手の敏腕社長だ。


 怒られないことを聞き、肩の力が抜けた。緊張による腹痛も、気づかないうちに治まっている。


「とりあえず座ってくれ」


 言われるがまま黒革のソファに腰かける。社長が向かい側に座り、秘書が二人分のお茶を用意してから話は始まった。


「さっきも言ったが、君は優秀だと聞いている。なんでも、あの一ノ瀬さんと双葉さんの後輩らしいじゃないか。あのお二人に色々と教えてもらったことだろう」


「そうですね。先輩たちには感謝しています。おかげでこの会社に勤めることも出来ましたし」


 二人の話で崩れることはもうない。別れるときに泣ききった。


 飲んでくれ、うまいぞ、と勧められ、一口だけ口に含む。たしかにおいしい。


 社長がお茶を啜りながら合図を出すと、秘書が一枚の書類を持ってきた。


「君にこの会社を辞めたうえでの異動の話が来ている。個人的にも、もちろん会社としても、君を失うのはすごく惜しいんだが……」


 紙を見てみると、そこには聞いたことのない社名、というより、研究所の名前が書かれていた。


「リノベート、研究所……?」


「すまないが正直に言わせてもらう。俺はその研究所を知らない。調べてみてもほとんど出てこなかった。ロボットの開発と研究をしている、ということくらいか」


 どこかの天才が起業をしたとかならまだ分かるが、ここに書いてあるのは研究所だ。怪しい臭いしかしない。


「極めつけは右下のそれだ。確認したらどうやら本物らしい」


 目で追うと、そこには内閣総理大臣、石田の直筆の著名がされ、一緒に印が押されていた。


「これはまた大掛かりな……」


「小松くん、急になってしまってすまないが、明日からリノベート研究所での勤務をお願いしたい」


「……分かりました……」


 この会社は気に入っていたし、先輩社員も優しい人たちばかりだったから、異動はあまり気が進まない。

 仕方なく、その日の最後に部長と部署の人たちに挨拶し、荷物をまとめて退社した。



   *   *   *



「リノベート研究所……、リノベート……。ここか」


 電車とバスを何回も乗り継ぎ、最後のバス停から田舎の山奥を歩くこと数十分。太陽は西の端で消えかかっているころ。

 その門は突然姿を現した。


「物騒だな……」


 本当にここで合っているのか疑いながら、事前にもらった社員証を門番のロボットに見せ、木々が生い茂る敷地内に入っていく。

 進めば進むほど、田舎の山奥を通り越して密林だ。地面は舗装されていないし、小さい虫が寄ってくるし、合っているのかの疑念は増していく。


 しかしその疑念はその後すぐに晴れた。


 密林の奥に現れた地下へと通じる階段を下ると、「リノベート研究所」と書かれた鉄の扉があった。

 見つけたはいいが、取っ手が見つからない。

 どうしたものかと戸惑っていると、向こう側でピッと音がして鉄の扉は真ん中から口を開いた。


「あ、もしかして新人の小松か? よく来たな。遠かっただろ」


 出てきたのは長身の女性。ややつり目で、口調から考えてもなんとなく喧嘩っ早そうだ。


「はい、小松です。これからよろしくお願いします」


「副所長の生田だ。さて、硬いのはおしまいにして、とりあえず早く入りな」


 肩を掴まれて強引に引っ張られ、


「ここからは企業秘密だ。口外禁止だぞ?」


 といたずらっぽく念押しされた。


「ようこそ、リノベート研究所へ」


 連れていかれた部屋で目の前に飛び込んできたのは、まるでSF映画のような、裸の少女が一人入った水槽。中の液体も少し緑がかっていて、ただの水ではなさそうだ。


「これは……?」


「今あたしたちが取り組んでるプロジェクトの研究対象だ。名前は梨乃」


 長い黒髪を漂わせ膝を抱えて眠る梨乃は、人間にしては美しすぎた。



   *   *   *



 一通り研究所の中を案内したもらったあと、併設された社員寮の自分の部屋で倒れ込む。


「すげぇな……、ここ。最新の設備が揃ってる……」


 近年のロボット開発に必要な機材はすべて配備され、設計から制作までほぼ全てを行っているらしい。

 初日は心を揺さぶられ続けただけで終わり、そのまま意識を失った。


 その翌日の朝食で小松に思わぬ出会いが訪れ、再び心を揺さぶられることになる。


「せん、ぱい……?」


「まさかここでも一緒になるなんてな」


「久しぶりだね、こまっちゃん! また会えるなんて、これはもう運命だね!」



 所属二日目、研究所の初めての食事は、涙でびしょ濡れになった白米だった。

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