第2章 出会い、別れ、そしてまた出会い

2‐1.助けた二人は神様に

 一ノ瀬と双葉は一歳差で、小松はさらに三歳下だ。


 小松が大学生のころ、研究室のOBOGである一ノ瀬と双葉は社会人だった。大学で会うことはなかったが、二人の功績は研究室では誉めたたえられるほどで、教授もそれはもう満足げに話していた。



 二人はSEの会社に勤め、そこでロボット開発を行う部署に配属になった。

 しかし二人が入社した直後、その会社の経営は急激に悪化。


 当時はロボット開発が盛んに行われていて、それを取り巻くIT業界には会社が無数に存在し競争が激化していた。そのため、東証一部上場の企業でも大赤字、経営難に陥ることはあった。

 一ノ瀬と双葉もリストラ間際になり、勤めていた会社とは別にアルバイトもし始めるほどに追い込まれたのだった。


 そんなとき生活を支えたのは、研究室の後輩である小松だ。

 そのとき初めて会ったにもかかわらず、当時から小松は先輩に対して物怖じしないタイプだった。


「先輩方、大丈夫ですか?」


「いや、結構厳しいかも……」


「悪いな……。ご馳走になっちゃって……」


 小松は学生時代アルバイトを三つほど掛け持ちしていて、親からの仕送りもあったためお金に関しては困っていなかった。

 その一方で一ノ瀬と双葉は、学生に奢られる社会人として申し訳なく、自分たちでも悔しくて仕方なかった。


「お礼にと言っちゃあれだが、分からないことがあったら聞いてくれよ」


 現役のプログラマーが直接、しかも二人で指導してくれる。小松にとってはまたとないチャンスだ。

 大学で出された課題から、卒業研究のための研究、ついには小松の趣味にまで指導の手が伸びた。


 そこから一年ほど、食べさせて教わってをひたすら繰り返し、小松も卒業研究の最終段階に入った。


 同じころ一ノ瀬と双葉の会社も徐々に立て直していて、小松が奢るようなことも少なくなる。それでも二人は嫌味も言わず、小松に教えることはそのまま続けた。

 おかげで小松の卒業研究も研究室トップの出来を修め、学会でも数多くの賞を受賞。

 無事に卒業できるということで、お世話になった二人の先輩に久しぶりに奢ってあげることにした。


「先輩たち、何が食べたいんだろ。奮発して少し高めのところでも予約するか?」


 ネットで良さそうな店を眺める。

 そんなときつけっぱなしにしていたテレビから、自分の口と耳に馴染んだ名前が聞こえてきた。


『一ノ瀬さんと双葉さんが初の全家庭用家事代行ロボットを開発! 改良されたAIを搭載し、自分で学習しながら全ての家事をこなしてくれます!』


 つい最近まで自分の隣で話したり食べたりしていた人たち。見返りなんてないのに、プログラミングについて親身になって教えてくれた人たち。

 その人たちが今、テレビの向こうで、スーツ姿で、たくさんのカメラのフラッシュの中にいた。

 全身に鳥肌が立ち、胸が、頭が、目頭が熱くなった。


「せん……ぱい……?」


 感動と同時に、普段はクールな小松の中には焦りが生まれていた。

 革新的な開発をしたことでおそらく二人は、企業はもちろんテレビに雑誌、様々なところに引っ張りだこだ。忙しくなるに違いない。


 小松は知らないうちに、二人が近くにいるのが当たり前だと思っていたことに気づいた。

 この先もずっと教えてくれる。そんなことはありえないのだ。

 二人がとてもすごい人たちで、なのに自分に構ってくれて。自分は幸せ者かもしれない。

 そしてその感謝はまた焦りに変わる。今度のは別の焦り、早くお礼を言わないと、という気持ち。


 小松は二人に暇な日時を聞き出し、今まで貯めていた貯金のほとんどを使って夕食とプレゼントで恩返しをした。

 食べ始めは他愛無い話で盛り上がったが、途中で小松は自分で自分の地雷を踏んでしまった。


「それにしてもすごいですよね。ワーカロイド」


 目から溢れ出そうになるのを、二人に気づかれないように堪えて話す。


「いや、そんなことないよ。もともと原型は会社が作ってたし、AIも進化してたし」


「こまっちゃんに教えてたら色々ヒントもらえたしね!」


「お前がいなかったら開発できなかったし、今の俺たちもないんだよなぁ」


 やめてください。そんな感謝されること、俺は何もしてないです。優しい言葉をかけないでください。堪えてるんですから。

 そう思っても口には出せない。


「ありがとな」「ありがとね」


 小松の中で何かが壊れた。押さえていたものが喉に、頭に昇ってきて、あとは涙腺という最後の砦だけを残した。

 


 別れるとき、小松は人生で初めて人前で声を出して泣いた。

 一ノ瀬と双葉も少しだけ目に涙を浮かべ、小松が泣き止むまで抱きしめ続けた。

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