第5話

店主が戻って来た、おでん屋であたいは店主に卵を頼んだ。「卵一丁!」

すると店主は困惑した表情を浮かべ言った。「それはだめだぜ。お穣さん。なぜならばこれは俺が作ったおでんではないからだ。そう泥棒が置いて行ったおでんの具材だぜ。どこの素材を使っているか分かりはしないし、どうした処理をしたかも、味付けをしたかも分からない。毒だって入っている可能性も否定は出来ない。だからこれは全て廃棄さ」店主の瞳には哀しみが浮かんでいた。「可哀そう」あたいは呟いた。すると店主が、「河合壮か……」昔住んでいたことあったな。違うわあなたが思っている河合壮をあたいが口にしたんじゃないわ。たぶん店主は頭が錯乱して、聞き間違いと自分の記憶が混在してそう言ってしまったんだろう。「じゃあ、分かったわ。あたいにはどうすることも出来ないから……」あたいは踵を返しおでん屋を去ろうとしたその時……。「ちょっと待ちなよ。お穣さん」店主が慌てた様子であたいを引き留めた。「どうしたの?」あたいは眉根を寄せて店主に聞き返した。正直もうこれ以上店主に傷痕を残したくなかったので、去る鳥跡を濁さず的な感じで消え去ろうとしていたのだが、店主に瞳はどこか申し訳なさそうな瞳をしていた。何?何なのよ。「ごめんねお嬢さん。全て嘘なのさ。はいっ!」そう言って両手をミュージカル風に広げた瞬間、先ほど逃げたと思われた泥棒がいつの間にか戻ってきて、店主と握手を交わした。その瞬間狭い店内にミュージックが流れ二人は踊り出した。「騙してごめんね♪騙してごめんね♪」二人は手を取り、ぐるぐると円を描くように回りながら歌い、あたいにそう言った。「どういうこと?」「ここは、卵と~大根専門のおでん屋なんだ~。騙してごめんね~。そして~これは年に一回やるイベントなんだ~」「ふざけないで!」あたいは憤怒した。

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