第14話

それから一週間後の朝。

 波止工業の社員たちは、勢揃いして社屋を見上げていた。

 この日は、古びた『波止工業』の看板が、『NAMIDOME』とローマ字で書かれたロゴの新看板に掛け替えられる、ちょっとした記念日。一同は、その作業を見守っているのだった。

 天気は、七日ぶりの快晴。

 ここ一週間、荒天が続いていたため、海は荒れ、島に渡ること自体、難しい状況だったのだが、幸いにも巨獣が姿を見せることはなく、島は静けさに包まれていた。

 その間、アル美は毎日、操縦訓練に勤しんでいた。サイズ違いで作り直しとなった武藤のパイロットスーツは、いまだに届いていないため、ブルバスターはアル美の貸し切り状態。武藤は、それを横目にかなりフラストレーションをためていたが、筋トレ時間を増やすことで、何とか自分の気持ちに折り合いを付けていたようだ。

 いっぽう、アル美はというと、操作に精通した沖野の目から見ても、上達スピードは、目を見張るものがあった。

 装輪走行モード時の操作は、マニュアル車の運転難易度とさして変わらないのだが、歩行モードに切り替えた際の機体の取り回しは、感覚を掴まないとなかなか難しい。

 その点、アル美の飲み込みは早く、自分の手足を動かすかのように……とまではいかないが、それなりに自由に動き回れるくらいまで、操縦に慣れ始めていた。

 今後は、武器の使用方法などを習得してもらうことになるが、このままの早さでいくと、早晩、自分の操縦テクニックを超えてくるかも知れない。沖野がそんな危機感を抱くほど、アル美はメキメキと成長しているのだった。

 ともあれ、この日の波止はお祭りムード。一同は、宮出しされる神輿を見るようなワクワク感とともに、作業の様子を眺めていた。

「外資みたいでカッコ良くないですか」

 みゆきが、目を輝かせながら同意を求める。

 武藤は、「いや、建物が看板に負けてるだろ」と否定してみせたが、表情を見ると満更でもないことがうかがえた。

 田島も、武藤の真意を察しているようで、遠回しに肯定する。

「思ったより様になっているんじゃないかな。ね、片岡さん?」

 話を振られた片岡は、眼鏡を人差し指でスッと上げながら答えた。

「私は、よく分からんよ。でも、まぁ、派手な色だから遠くからよく見えるし、宅配業者なんかには、ありがたがられるんじゃないかね」

 看板は海側を向いているので、宅配業者には正直関係ないのだが、その口ぶりから、片岡も少なからず高揚しているのが分かった。

 素直じゃない片岡に、やれやれと肩をすくめる田島。ただ、改めて看板を見上げた田島の表情は、いつになく晴れやかだった。もちろん、看板の掛け替えくらいで、万事がうまくいくと思っているわけではない。ただ、社員が活気づいていることに少なからず手応えを感じているのは、生き生きとした表情から見て取れた。

 そんな一同のリアクションを横目に見ながら、沖野は一人、ほくそ笑んでいた。

 何だかんだ言いながら、みんなモチベーションが高まっているじゃないか。やっぱり、入社早々、波止ブランド化計画をぶち上げて良かった! ナイス、オレ。

 社員のモチベーション上昇は、社長の田島がもっとも感じているようで、その功労者である沖野と目が合うと、良くやったとばかりに頷き、ニッと微笑んだ。

 言葉こそなかったものの、社長直々にお褒めの笑顔をたまわり、ますますテンションを上げる沖野。そこでふと気になって、斜め後方にいるアル美の顔をチラリとのぞき見た。

 社屋の天井に掲げられた、新しい波止のシンボルを見詰めているアル美。その凜とした横顔。ただ、いつもの冷淡な様子とは違い、どこか柔らかさを感じさせる表情だった。

 少なくとも沖野はそう感じたのだが、実際のところは本人に聞いてみないと分からない。いや、本人に聞いても分からないくらい、微妙なところなのかも知れない。

 掛け替え作業を終えた看板業者が、屋根から降り始めたのを見計らったかのように、今度は倉庫の中から塗装業者の声が聞こえてきた。

「出来ましたよ~」

 看板を見上げていた一同は、その声が聞こえると、おっ! という表情で倉庫に目を向け、揃って中に入っていった。


 倉庫内では、作業服姿の塗装業者が、ブルバスターの横で脚立を畳んでいた。

 一同が入ってきたのが目に入った業者の男は、仕事道具を抱え、出口に向かいながら会釈をよこす。田島が代表して「ご苦労様です」と労い、男を送り出した。

 申し合わせたかのように、一直線に並んだ波止社員、六人の前にそびえ立つブルバスター。

 その肩口のシールドには、『NAMIDOME』と書かれたロゴが輝いている。赤色の文字が映え、機体そのものがシャープになったようにさえ見える。

 その勇姿を、誇らしげに見上げる六人。

 開け放たれた扉から、心地良い海風がフワリと吹き込み、ブルバスターを含めた一同を、温かく包み込んだ。言いようのない一体感が生まれる。

 しかし、その空気を塗りつぶすような、騒々しい人物が近づいてきていた。

 低いエンジンノイズが、いったん倉庫の前を通り過ぎ、キュルキュルとタイヤを軋ませながら、再度近づいてくる音が聞こえる。

 このエンジン音、この運転方法は、あの人物に違いない。

 つんのめるように停車したピンクのベンツから慌ただしく降り立ち、倉庫に入ってきたのは、その場にいた誰もが予想した通り、蟹江のぶ代だった。

 が、倉庫に入って五歩も進まないうちに、「ああ」と何かを思い出し、車に戻っていく。一同が何事かと注目していると、蟹江が後部座席から大きな段ボールを引っ張り出しているのが見えた。蟹江は、それを両手で抱え持つと、ハイヒールのかかとをドスドス言わせながら一同の前に歩み寄ってきた。

「おはようさん!」

 蟹江の大声に、一同も「おはようございます!」と応じる。

 風下にいるため、香水の匂いが鼻についたが、それは我慢するしかない。

 蟹江は、そんなスメハラになどまったく気が回っていない様子で、軽口を叩いた。

「あらあら、皆さんお揃いで、私のお出迎え?」

 田島は、その冗談に付き合いつつ、本来の理由を口にする。

「ええ、それもあるんですが、今日は会社の新しいロゴのお披露目日でもありまして」

 蟹江は、「あらそう」という顔付きで、一同に背後に立つブルバスターに目を向けた。自然、一際目立つ肩口のロゴに視線がいく。それを読んで。

「ナ・ミ・ド・メ。へ~、ローマ字で。シャレてんのね」

 沖野は、まるで自分が褒められたかのように、もみ上げを掻きながら照れた。

「へへっ、どうも」

 蟹江は、シラっとした目で沖野を一瞥すると、ズバリと指摘した。

「アンタがデザインしたわけじゃないでしょ?」

 痛いところを突かれ、ウッと言葉に詰まる沖野。

 蟹江は、沖野のリアクションなど眼中にないように、話題を変えた。

「それはそうと、持ってきたわよ」

 蟹江は、出っ張った下っ腹に乗せるように抱えていた段ボールを床に置き、中からひと繋がりの何かをズルリと引っ張り出した。

「武藤ちゃん、ホントにごめんね~。ウチの連中がサイズ間違えちゃったみたいで」

 蟹江が手にしているのは、真新しいパイロットスーツだった。

 武藤にとって、待ちに待ったユニホームである。

「おおっ! 待ってました!」

 蟹江からモノを受け取ると、さっそく体に当ててみる武藤。

 その胸元に赤いロゴが付けられているのを見付けたみゆきが、歓声を上げる。

「あっ、ちゃんと新しいロゴが入ってる!」

 それを聞いた蟹江は、眼鏡のサイドフレームを指でつまみながら、マジマジと真新しいパイロットスーツを見て、素っ頓狂な声を上げた。

「えっ? ホントに?」

 沖野が、呆れたように訊ねる。

「社長……、知らなかったんですか?」

 それでも蟹江は、悪びれた様子もなく、シレっと答えた。

「技術部に持ってけって頼まれただけだからね。ああ、あと、アンタたちの分の予備も一着ずつ入ってるってさ」

 新品の支給に、「おしっ!」とうれしげな表情を浮かべる沖野。アル美は相変わらずの無反応に見えたが、ほんのわずか、誰一人として気付いていなかったものの、目元は0・数ミリだけ緩んでいた。

 そこで蟹江が、開いた左手に右手の拳をポンと打ちつけ、何かを思い出したように言った。

「ああ、それでか」

 沖野が、「どうしました?」と尋ねると、蟹江はロゴに目をやりながら、納得顔で頷く。

「古いヤツ、回収してきてくれって言われたから、この前持って帰ったけど、そういうことだったのね。わざわざ新しいロゴを入れてあげたわけだ。さすがに、ウチの技術部は芸が細かい!」

 そんなお祝いムードのかたわら、片岡だけが渋い表情を浮かべて、段ボールから取り出した納品書に目を通していた。

 その苦み走った表情に気付いた田島が、今度は何事かと尋ねる。

「片岡さん、どうしました?」

 片岡は、納品書に目を向けたまま、独り言のようにボソボソとつぶやいた。

「パイロット三人で、予備も含めると計六着。一着四十二万円掛ける六で、合計二百五十二万円か。モニターのサンプル扱いってことで、かなり勉強してくれたのはありがたいんだけど、それにしても高いねぇ……」

 自社製品の価格についてディスられた蟹江が、真っ先に反応する。

「あらやだ、またクレーム?」

 納品書と蟹江の顔に視線を行き来させながら、片岡がネチネチと愚痴る。

「そういうんじゃないんだけど、値段が値段だからね。まあ、買い取りってんだから、仕方ないところはあるんだけど」

 蟹江は、両手に腰を当てた姿勢で、口をへの字に曲げている。そんなこと言われても、発注元はオタクだし、というアピールだろう。

 値段のことをとやかく言われるのは、開発者である沖野もいい気がしない。改めて、価格の妥当性を説明する。

「オーダーメイドの特注品ですし、他では作れない技術が詰まってますから、替えが利かないんです。その代わり、サイズ間違いは蟹江技研のミスだったから、武藤さんの分の一着は、サービスになっているはずです」

 再び納品書の明細欄に目を落とす片岡。しかし、不満は収っていないようで、今度は、納品とは関係のない別の件をつつきだした。

「まあ、サービスはサービスでいいとして、盲点だったよ。まさか、クリーニング代が、こんなに掛かるなんて。一着につき二万円でしょ」

 次はそっち? 沖野はいい加減うんざりし始めていたが、後々、片岡の無理解から経費を削られても困る。面倒な気持ちはあったものの、補足説明を入れないわけにはいかなかった。

「スーツには、抗菌防臭、吸汗速乾の機能を付けていますが、直に体に触れるものですから、洗濯は小まめにしないと」

 片岡は、それは分かるのだが、何しろ費用がね……と言いたげな顔をしていた。が、ここは自分が折れなければ話が進まないと察したのか、言葉の代わりに深いため息をはき出すことで、どうにか自分の中で折り合いはつけたようだ。

 ちなみに、クリーニング代がかさむのは、その都度、蟹江技研の技術部に持ち込み、特殊な洗浄を施さなければならないため。スーツには、ブルバスター本体と繋ぐ接続部や、コックピットとジョイントする金属部品も装備されている。町のクリーニング店でYシャツやコートと一緒にジャブジャブ……というわけにはいかないのだ。

 話はようやく着地し掛けたが、そこで沖野が言わなくてもいい一言を口にした。

「まっ、アムロはずっと同じパイロットスーツ着てたから、僕は特に気にならないんですけど」

 世代的にアムロを知っている田島だけは、アニメと一緒にするなよ! と心の中でツッコんでいたが、アル美やみゆきはピンと来ていない様子でポカンとしている。

 そんな中、もっとも大きな反応を示したのは、武藤だった。

「俺は嫌だぜ! こう見えて俺、潔癖症だからな!」

 それを聞いた沖野が、思わずププッと吹き出す。武藤さんが、潔癖症って! どのツラ提げて言ってんだか。

 その失礼極まりない胸中が伝わったのか、ジロリと沖野をにらむ武藤。大柄な先輩社員に見すくめられた沖野は、途端に笑いを引っ込めた。

 そんなやり取りに我関せずの片岡は、「まあ、仕方ないか」と言って、小さく畳んだ納品書を、胸ポケットに押し込んでいる。

 田島は、話が落ち着いたのを見計らって、改めて蟹江に礼を言った。

「社長直々に納品までしていただいて、ありがとうございます」

 頭を下げる田島に、蟹江は手を顔の前でヒラヒラと振って応じた。

「いや、実はついでなのよ。商工会の会合に顔を出すついで」

 実際、本当にそうなのだろうが、田島は感謝の気持ちを抱かずにはいられなかった。ブルバスターという新型機が導入できたのは、様々な面で蟹江が融通を利かせてくれたからに他ならない。いち取引先に過ぎない波止に、こうやって足繁く通ってくれるのも、この会社に目を掛けてくれている証拠だ。それでも、恩着せがましさなど微塵もないのは、蟹江の人徳だろう。

 田島は、もう一度、心の中で蟹江に深々と頭を下げた。

 と、一連の行事はひと段落し、蟹江が、じゃあ私はそろそろ……という空気を発する。それを察した武藤は、いきなり突飛な行動に出た。

 その場で突然、ブーツとサロペットを脱ぎ、Tシャツにパンツ一丁という、セクハラおじさんスタイルになったのだ。

「やだ、武藤さん、こんなところで」

 みゆきは、そう批難したが、武藤が単にストリップを始めたわけではないことが分かっているだけに、口調にトゲはなかった。

 武藤は、蟹江が出てしまう前に、この場で試着してしまおうというのである。

「またサイズが合わなかったら、シャレになんねぇからな!」

 そう言って、真新しいパイロットスーツを着込んでいく武藤。しかし、作業は思ったようにはかどらず、文句が口をつく。

「きちーな、コレ。本当にサイズ合ってんのか?」

 悪戦苦闘する武藤を、見るに見かねた沖野は、介添えしながら解説した。

「体にフィットするように作ってありますから、これでいいんです!」

 その後、どうにかスーツを着込んだ武藤は、それだけでかなり気力と体力を消耗したようで、フ~ッと大きなため息を漏らした。

 今回は、サイズ的にも問題ないようだ。武藤は、肩を回したり、グイっと胸を張ったりして、大真面目な顔でフィット感を確かめている。

 その姿を見たみゆきが、「やだ~」と嬌声を上げた。というか、完全に武藤を見て笑っている。

 どうやら、男臭く無骨なオジサンというイメージの武藤が、近未来的なハイテクスーツに身を包んでいるギャップが、おかしくて仕方ないらしい。ゴリゴリのレスラー体型にピチっと張り付いているスキニー感も、滑稽さを増幅させている。ゴリラに宇宙服を着せたような違和感……と言ったら、ゴリラの方に失礼だろうか。

 みゆきにつられるように、一同に笑いが起きた。

「ふざけるな! 笑うんじゃねぇ!」

 照れからか、不満からか、顔を赤らめて抗議する武藤。しかし、一同の笑いが一向に収らないのを見て不安になったのか、眉尻を下げて誰にともなく問い掛けた。

「……そんなに似合ってねぇか?」

 腹を抱えて笑っていた沖野だったが、さすがに悪いと思ったのか、こみ上げる笑いをかみ殺しながらフォローした。

「に、似合ってますって! 武藤さんの場合、……そう、アメコミタイプ? インクレディブルとか、ハルクとか。僕なんかよりも、よっぽどヒーローっぽいです!」

 武藤は、パイロットスーツ姿をアメコミヒーローに例えられて、一瞬、満更でもない表情を浮かべたが、すぐに気付いて沖野に詰め寄った。

「ちょっと待て! ハルクってほぼ裸じゃねぇか!」

 鋭いツッコミで、その場にさらなる笑いが巻き起こった。


 それから一時間後。午前十時。

 空には雲一つなく、海は穏やかに凪いでいる。

 付け替えられたばかりの看板が見下ろす社屋前。波止の社員たちが、横一線に並んでいる。

 一同の視線の先にブルバスター。朝日を浴びてきらめいている。

 パイロットスーツに着替えたアル美が、コックピットに乗り込む。日頃の訓練の成果だろう。搭乗の動作には無駄がなく、所作として美しい。

 スーツの胸元には新しいロゴ。田島をはじめ、社員たちの顔は、どこか誇らしげにも見える。

 立ち上げ作業を終えたブルバスターが、回れ右をして海に浮かんだ艀に向かう。それを見た武藤が、運搬船の方に小走りで向かった。

 約二十日ぶりのパトロール。久々となる龍眼島への上陸である。

 アル美にとっては初の実地訓練。しばらくは、武藤が操船、アル美がパイロット役を担うことになるだろう。

 今回は、操縦のコーチ役として沖野も同行する。ブルバスターを追うように、ゆっくりと足を踏みだした。

 その後ろ姿に、田島が声を掛ける。

「新生、波止工業のスタートだな」

 沖野は、クルリと振り返ると、「はいっ!」と元気良く言って、白い歯を見せた。

 はつらつとした若者に信頼の眼差しを向けて力強く頷く田島。いつも難しい顔をしている片岡も、このときばかりは穏やかな表情を浮かべているように見える。みゆきは、祈りを捧げるように胸の前で手を組み、微笑んでいる。

 桟橋では、ブルバスターの積み込み作業が終わろうとしている。沖野は、再びそちらに視線を向けると、置いていかれたら大変だとばかりに駆け出した。



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