第8話
ブルバスターのコックピット。
沖野が、不安げな表情で操縦している。
差し迫ったような武藤の声で「敵が出た」と聞いてから、通信は途絶えてしまった。
「武藤さん! 聞こえますか? 応答願います!」
ヘッドセットを通じて何度も呼び掛けているが、まったく反応がない。
通信が途切れる寸前、車がスピンするようなけたたましい音と、巨大な物体が地面に落ちたようなズンという音が聞こえた。ということは、二人はすでに戦闘状態にあるということだろうか?
とにかく今は、指定された場所に、一刻も早く駆けつけなければならない。
通信を受けたとき、沖野は間もなく集合場所の公園に到達する位置まできていた。地図で現在地を確認すると、公園と小学校の距離は、さほど離れていない。
舗装路を通るならば、最初の分岐点に戻る必要があるが、そんな悠長なことをしている場合じゃないことだけは確かだ。
目の前の森を突っ切れば、小学校は目と鼻の先である。
沖野は、ブルバスターを装輪走行モードから歩行モードに切り替えると、意を決して、機体を茂みの中に進ませた。
生い茂る木々をかき分けるように前進する沖野。道なき道を行けるのは、二足歩行ロボットの強みだろう。キャタピラ駆動のマシンでは、こうはいかない。
森を進むこと数十メートル。沖野は、前方の茂みが、わずかに揺れるのを感じた。
「何だ、あれ!?」
一瞬、何らかの生き物が茂みを横切った。
あまりにも瞬間的な出来事だったので、はっきりとは確認できなかったが、顔に傷があるように見えた。あれが問題の害獣だろうか? にしては、小さかったような。それが、民家を壊して回っているデストロイヤーとは思えない。沖野が首をひねっていると、遠くから異様な物音が聞こえてきた。
ギギュロロロロゥゥ~~!!
文字で表現できないような、機械音にも獣の雄叫びのようにも聞こえる音。
ただ、ビリビリと伝わってくる空気の振動から、その発生源が恐ろしく大きなものであることだけは分かる。
沖野は、操縦桿を握る手に、ジワッと汗がにじむのを感じた。
横転は免れたものの、ぬかるみにはまり、完全にスタックしている軽トラ。
車内では、しこたま頭を揺さぶられたアル美と武藤が、意識を朦朧とさせている。しかし、悠長に体力の回復を待っている暇はない。
ほぼ同時にバックミラーに目をやる二人。敵は、すぐ後ろまで迫ってきていた。
「車、捨てるぞ!」
武藤はそう声を掛けると、車外に転がり出た。アル美もそれにならう。
二人が軽トラを脱出した瞬間、猛然と向かってきていた敵が、そのままの勢いで体当たりをかましてきた。
一トン近い車が、いとも簡単に吹き飛ばされていく。高速道路で大型ダンプにカマを掘られたような衝撃だ。もし乗ったままでいたら、二人は揃ってフロントガラスを突き破り、車外に放り出されていただろう。〝島随一の石頭〟を自負する武藤でも、無傷では済まなかったに違いない。
引田天功ばりの脱出劇を披露したものの、脅威が去ったわけではなかった。
脱兎のごとく、校庭を疾走する二人。
視線の先には、ブロック造りの道具倉庫が見える。示し合わせたわけではないが、二人の考えは一致していた。今はそこに逃げ込むしかない。
背後からは、手加減なしのスピードで巨大生物が迫ってきている。
もうちょっと軽トラで遊んでいてくれよ! 武藤は、心の中で懇願したが、「はい、そうします」と応じてくれるような相手ではなかった。
巨大生物は、走りながら腕らしき部分を振り上げると、そのまま斜め前方にスイングさせた。アル美の背中を、巨大なツメが襲う。
それを紙一重でかわすアル美。巨大生物は、空振ったことでわずかに体勢を崩し、手が届きそうなくらい詰まっていた距離が、ほんの少しだけ開いた。
武藤は、その機会に乗じ、最後の力を振り絞って、アル美より少し前に出た。
木の板で×印にふさがれた道具倉庫のドアに体ごとぶつかり、ぶち破って中に転がり込もうというのだ。
巨大生物との距離は五メートル。一撃で扉をこじ開け、中に駆け込まないと間に合わない。
武藤は、全体重を肩に乗せ、鉄扉にショルダータックルを食らわせた。
扉を固定していた木の板がはじけ飛び、ドアが内側に開く。
そのまま、もんどりうつように中に転がり込んでいく武藤。すぐ後に続いていたアル美は、スライディングのような体勢で倉庫に滑り込んだ。
武藤は、勢い余って倉庫の奥に置いてあった、高飛び用のマットに突っ込んでしまったが、アル美はすぐに体勢を立て直すと、すかさずドアを閉めた。
次の瞬間、黒板に爪を立てたような、ギギギッという嫌な音が外から聞こえた。巨大生物が鉄のドアを引っ掻いたのだ。
間一髪、緊急避難場所に逃げ込むことに成功したアル美と武藤。
しかし、当然ながら危機が去ったわけではない。
ズウゥン!
衝撃音と共に倉庫全体が揺れる。建物そのものを破壊してしまおうと、敵が体当たりしているようだ。
地震や台風に備えて、頑丈な造りになってはいるようだが、このまま体当たりを続けられては、数分と持たない。現に、天井からはパラパラと建材のかけらが落ち、ブロックの壁も一部破損してきている。
進退窮まった。アル美と武藤に命のタイムリミットが迫っていた。
茂みをかき分けて進むブルバスター。
先程から、巨大な何かが固いものにぶつかっているような衝撃音が、沖野の耳にも届いていた。しかし、何が起きているのか、まったく想像できずにいた。
やがて、森が途切れ、一気に視界が広がった。
最初に目に入ったのは、六メートルはあろうかという巨大なかたまりだった。沖野は最初、それを大型のエアー遊具(子どもが中に入って遊ぶアレ)か何かかと思った。学校だけに。しかし、それ自体が動いていることに気づき、問題のかたまりが、そんな愉快なものではないことを察した。
「ゲッ! 何だよアレ!? クマか?」
見れば、巨大な生物が、道具倉庫らしき建物に、狂ったように体当たりしている。
現実とは思えない光景に、茫然自失の沖野。
恐怖ですくみ上がり、頭が回らない。
気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。怖い。気持ち悪い。怖い。
ふたつの負の感情が無限ループする。完全に思考停止状態だ。
そんな沖野を現実に引き戻したのは、強面マッチョの怒声だった
「おいっ、新型! 俺たちはここだ! 助けろ!!」
外部マイクが声を拾い、ARディスプレーに音源の位置を示す。目を向けると、巨大生物の死角になっている倉庫の小窓から、武藤が顔をのぞかせていた。
我に返った沖野は、自分のするべきことを思い出す。
害獣の駆除。それが僕の新しい仕事だ。
とはいえ、敵がここまで巨大で、ここまで気持ち悪く、ここまで凶暴だとは思っていなかった。手が震えて、操縦がおぼつかない。
コレは思ってたのと違う! 全然違う! アムロもシンジもレントンも、こんなヤバい状況で戦ってたのかよ! アイツら、マジ半端ねぇ!
……などと、かつてのヒーローたちに思いを馳せている場合ではない。沖野は、ARディスプレーに表示されたブルバスターのメインウエポン〝機関砲〟をタップし、攻撃態勢を整える。
この瞬間を心待ちにしていたはずなのに、出陣前までの高揚感は霧散し、今は〝自分がやらなければ〟という義務感だけが背中を押していた。
敵に照準を合わせると、操縦桿から小さく突き出た赤い突起、機関砲の発射ボタンをグッと押し込んだ。
が、弾が出ない!
何度もボタンを押してみるが、カチッ、カチッと小さな手応えがあるだけで、一向に攻撃が始まる気配がなかった。
まさかの事態に、蒼白になる沖野。
「マジか? どうした弾! なぜ出ない?」
弾丸を込め忘れた? いや、それはない。会社を出るときに何度も確認した。電気系統のトラブル? いやいや、それもない。機体に何らかの異常があれば、ARディスプレーに警告が表示されているはずだ。だとしたら……?
「あ……、あ~! 分かったぁ!」
そこでようやく思い当たった。安全装置を解除していない!
それは、誤射を防ぐため、自ら採用したシステムだった。開発者として、ありえない凡ミスだ。
改めて、自分が通常の心理状態にないことを自覚した沖野は、いったん目をつぶって深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
それでも手の震えは止まらない。しかし、夢の中をフワフワと漂っているような先ほどまでの感覚よりは、少し落ち着けたような気がする。
沖野は、ARディスプレーをタップして安全装置を解除すると、照準を合わせ直し、再び手元の発射ボタンを押し込んだ。
キュイィィン。シュパパパパッ!
ブルバスターの右肩に装備された機関砲から、勢いよく弾が吐き出されていく。
そのすべてが、巨大な生き物の背中に着弾した。
いける! という手応えを感じた沖野だったが、すぐにそれが希望的観測であることを知る。問題の生物は、何事もなかったかのようにクルリと振り返り、ブルバスターの方に向き直った。
「ダメージ無しかよ!」
その振り返りには、背中をトントンと叩かれ、「何か用?」と首を傾げたくらいの何気なさがあった。
まったく効いてないのだろうか? まさか、そんなはずはない。敵がどんな生き物かは分からないが、生きている以上、体に弾を撃ち込まれてノーダメージなどありえないはずだ。
沖野は気を取り直すと、再び機関砲を発射する。
今度は生物の正面、腹部と思われる部分に着弾した。
効いているのかいないのか。命中箇所をズームで確認すると、傷口から体液らしきものがにじみ出ているのが見て取れた。
どうやら、まったく効いていないわけではないようだ。
わずかとはいえ手応えを感じた沖野は、続けざまに機関砲を撃ち込む。
その波状攻撃にひるんだのか、敵は一瞬後ずさりするような素振りを見せた。
「よし!」
少なくとも、こちらが押しているのは間違いない。このままやれる!
そう確信した沖野は、戦いに決着をつけるべく、〝秘密兵器〟の準備に入る。
スタンショット。ミサイル型の電気ショック弾である。
ARディスプレーのスタンショットアイコンをタップする沖野。すると、画面に棒グラフが現れた。それは、装填までにかかる時間を示したもの。スタンショットは武器の特性上、弾にマシン本体から電気を注ぎ込む起動時間が必要なのだ。
その時間、およそ五秒。
わずかな時間ではあるが、戦闘のただ中では、命取りになりかねないタイムラグだ。攻撃を受けて猛り狂った敵が、その隙を見逃してくれるはずはなかった。
機関砲の掃射にひるんだ様子を見せたのもつかの間、巨大生物は体勢を立て直し、猛烈な勢いで突進してきた。
それを察知した沖野が、身をかわそうとマシンを操作したが、横に一歩踏み出したときには、敵が目前に迫っていた。
ズガッッ~ン!
金属同士がぶつかり合うような、激しい衝撃音と共に、ブルバスターが後方に吹き飛ばされる。
「うわ~っ!」
コックピット内で悲鳴をあげる沖野。
百トンはくだらないマシンが、一瞬浮き上がり、背中から地面に叩きつけられた。背当てで後頭部を強打した沖野。目の前で火花が散る。
それでも、パイロットスーツを着用していることで、肉体へのダメージは少なからず軽減されていた。ブルバスター専用として沖野も開発にかかわったこのスーツは、機体が衝撃を受けた際、身体を守る役割も担ってくれる。
いっぽう、巨大生物がブルバスターとの一騎打ちに入ったことを、小窓から確認したアル美と武藤は、扉から半身を乗り出して、戦況を見詰めていた。
「ほら見ろ! 二足歩行じゃ、ダメじゃねぇか!」
武藤の口から、新型への不信感が吐き出される。そこには、ブルローバーに並々ならない愛着を持つ、武藤自身のやっかみが多分に含まれていた。
そんな武藤を尻目に、アル美は倉庫を飛び出すと、エンジンが停止したままのブルローバーに向かって駆け出した。
「アル美! 無茶するな!」
武藤は、大声でそれを制止したが、いったんスイッチの入ったアル美が、それを聞き入れるはずがないことも知っていた。これまでも何度か、アル美が無鉄砲な行動に出たことがあった。結果、それが功を奏してきたことも少なくないのだが、今回もうまくいくとは限らない。目の前にいるのは、過去最大、最狂クラス。生半可な敵ではないのだ。
追い掛けてでも止めるべきか。と、考えた武藤だったが、巨大な敵を前に、一箇所に固まるのは不利と判断。その場に留まり、場合によっては自分の方に引きつける覚悟を決めた。背中に背負った、道具倉庫という甲羅が、いつまで持ってくれるかは心許ないが……。
ブルローバーにたどり着いたアル美は、運転席にヒラリと飛び乗ると、すかさずエンジンキーを回した。
「お願い、掛かって!」
その願いとは裏腹に、エンジンからはキュティーンという頼りないレスポンスしか返ってこない。アル美の全身から冷たい汗が噴き出す。
そのころ、ブルバスターは完全に、巨大生物に押さえ込まれていた。いや、押さえ込まれていると言うより、押し潰されているという表現の方がしっくりくる。ブルバスターは、体勢を立て直すどころか、上半身を起こすことさえできそうにない。
機内では、沖野が、自身の設計した細密なスクリーンを恨んでいた。
巨大な生物が、牙を剥き出して目の前で口を広げている。そこから、よだれなのか何なのか、ネバネバとした液体がしたたり落ちている。スクリーン越しではあるが、沖野にはそれが、自分の顔や体にまで垂れてきているようなおぞましい感覚があった。
シミュレーションと実戦では、ここまで違うものなのか……!?
「クソッ!」と悪態をつく声にも力がこもっていない。
それでも、必死に頭をめぐらし、打開策をひねり出す。
ボディーそのものを動かすことはかなわない。肩口の機関砲も当たる角度にない。だとしたら……と、沖野は右手の操縦桿を横に引いた。
それに呼応したブルバスターが、倒れた体勢のまま、ライトアームを体の横に伸ばした。
かぎ爪のようになったアームの先端を、巨大生物の脇腹に突き刺そうというのだ。
可動域限界までアームを引き絞り、フックを打つように、素早く腕を振る沖野。その指示に忠実に従うブルバスター。
専用のパイロットスーツには、着用者の動作を数倍にまで拡張して機体に伝える機能も備わっている。ゆえに、生身とは比べものにならないパンチ力が生み出される。
その性能を最大限に活用し、鋭利な槍と化したアームが、巨大生物の体に深々と突き刺さった!
と思われたが、敵がその攻撃を察知する方が一瞬だけ早かった。器用に上半身を反らせると、寸前でアームの一撃をかわす。
ダメージは、薄皮一枚をめくった程度。むしろ新陳代謝を高めてやった……というくらいのかすり傷だ。
巨大生物は、再びブルバスターにのしかかると、〝危険な部位〟と判断した右アームを、本体から引きちぎりにかかった。その間、体重を掛けて、左アームも抑えにいっているところを見ると、巨獣にはそれなりの〝学習機能〟が備わっているらしい。
まずい、まずい、まずい、まずい!
万策尽きた沖野は、もはや恐慌状態に陥っている。
俺、機体から引っ張り出されて躍り食いされちゃうの? それとも、ブルバスター共々八つ裂きの刑!? 考えたくもない光景が脳裏に浮かぶ。
そのとき不意に、ドーン! という大音量が聞こえてきた。
沖野が反射的に音の出所に目を向けると、そこには太鼓を肩に担ぎ上げた武藤の姿があった。
えっ、何で?
沖野は、あまりにも場違いな姿に、あ然とした。が、すぐに武藤の意図を察した。巨大生物の気を引こうとしているのだ。現にのし掛かっている敵は、武藤がいる倉庫の方に目を向けている。
武藤もそれを確認し、ドーン、ドーンと、さらに太鼓を打ち鳴らした。小学校の体育祭や地域の祭りにでも使っていたものだろう。日本人の心に響く、なかなかの音色だ。
それに聞き惚れた……というわけではないだろうが、巨大生物は押さえ込んでいたブルバスターから手を離すと、その場で立ち上がり、倉庫に体を向けた。
完全にターゲットを切り替えたようだ。武藤めがけて猛然と突進する。
「来やがったか!」
巨大生物が向かってくるのを確認した武藤は、倉庫の中に逃げ込み、鉄製の扉を蹴りつけるように閉めた。
そのころ、ブルローバーのエンジンと格闘していたアル美にも動きがあった。
キュティーンという、甘えた小型犬のように情けない音しか発していなかったエンジンが、ブロロロンという力強い目覚めの声を上げたのだ。
アル美はすかさず、ブルローバーのボディーを旋回させ、機関砲の照準を巨大生物に合わせる。
間髪入れずに、発射!
シュパパパパッ! と弾が射出されていく。
命中箇所は、敵の首らしき部分。ローバーの機関砲では、致命傷を与えるのは無理かもしれない。そう判断したアル美は、目を狙うべく、巨大生物の首から顔に照準を上げていった。今度こそいける!
アル美が、そう確信した瞬間、急に周囲に静寂が戻った。
もしかして……!? 操縦桿の発射ボタンを、何度も押し込むアル美。
静寂の中で、カチッ、カチッという弱い音だけがむなしく聞こえる。
弾切れだ。
「くっ!」
アル美は、悔しそうに操作パネルに拳を打ちつけた。
それでも、機体さえ動けばできることはある。そう考えたアル美が、ローバーを前進させようと試みたが、ぬかるんだ地面にキャタピラが空回りして、動くことさえかなわない。
ブルローバーからの攻撃がやむと、巨大生物は改めて、狙いを定めた小動物の、すなわち武藤への攻撃に掛かった。
敵が〝押してだめなら引いて見ろ〟という言葉を知っているとは思えないが、倉庫の壁を押し潰すのは効率が悪いと学習したのか、小窓から手を突っ込み、手前に引っ張り始めた。壁を剥がそうというのだ。
その作戦はまんまとはまり、小窓のある壁が破損。その傷をきっかけに、ブロック造りの倉庫は、砂煙を上げて一気に崩壊してしまった。
倉庫が持たないことを察知した武藤は、間一髪のタイミングで正面の扉から脱出。這いつくばるようにして、その場から逃げ出した。
しかし、それを見逃すような敵ではない。倉庫を壊すことに執心しているように思えたが、武藤の姿が見えるや否や、猛然と追い掛けてきた。
「武藤さん!」
クールなアル美も、仲間の窮地に叫び声を上げる。
腰砕け状態になった武藤は、足がもつれて前進もままならない。尻餅をついた状態で、敵と正面から向き合うかたちになってしまった。その体勢で後ずさるが、もはや悪あがきにさえならない。
巨大生物は、武藤の頭部をかじり取ろうとでもいうのか、立ち上がると、大口を開けて迫っていった。
もうだめか!? と思われた瞬間、再び機関砲の発射音が聞こえる。
シュパパパパッ!
弾は巨大生物の後頭部に着弾。ヌメっとした液体が、傷口からあふれ出す。
狙撃手は、ブルバスターだ。先ほど組み伏せられていた位置で、仁王立ちになっている。
背後からの不意打ちに、いななく巨大生物。ダメージのほどは分からないが、無視できるほど傷は浅くないようで、怨嗟に満ちた目で振り返った。
口を大きく開けたまま、今度はブルバスターに向かっていく。
沖野は、逃げ出したい衝動に駆られたが、その恐怖心を振り払うかのように、余裕ぶった声をあげた。
「敵がデカいと、的が大きいから有利なのはコッチ! 食らえ!」
左側の操縦桿から飛び出た、青いボタンを押し込む沖野。
それは、スタンショットの発射ボタン。
機関砲の真横、肩口に装備された発射口から、充電済みのミサイルが飛び出していく。
シュパン!
空気を切り裂くような射出音が聞こえたときには、ミサイルは開けっ放しになっていた巨大生物の口に飛び込んでいた。
武藤に襲いかかっていた時点でお食事モードになっていたのか、本能的にそれを飲み込んでしまう巨大生物。その途端に仰け反った。
ギュヴォォォ~~ン!!
巨体を揺らして、のたうち回る。その声は、悲鳴であり、断末魔なのだろう。
やがて痙攣を起こし、体を硬直させたまま、その場に崩れ落ちた。
高圧電流を帯びたスタンショットに内部から焼かれたせいか、体のあちこちから、煙が吹き出している。
もはや生きていないのは明らかだった。
ハッチを開けて、コックピットから姿を見せる沖野。
絶命している巨大生物を肉眼で確認すると、よしっ! とばかりに拳を握った。
戦闘が終わってもアドレナリンは出まくっているようで、鼻息は荒く、大きく胸で呼吸している。
何かいけないお薬でもキメたかのようなスーパーハイ状態のまま、アル美と武藤に手を振った。
ただ、そうやって明るくふるまっているのは、いましがたまで恐怖で縮み上がっていた本当の姿を隠そうとしているからなのかもしれない。
「よっしゃ~! やってやりましたよ!」
声には震えが混じっていたが、本人に気にしている様子はない。
ブルバスターにハコ乗り状態のまま、スタックした軽トラとブルローバーに目を向けた沖野は、調子に乗って軽口をたたいた。
「二足歩行のメリットは、機動性と足場の環境に左右されないってところです」
得意気な様子は鼻持ちならなかったが、あいさつと礼は欠かさないというのが武藤のポリシー。複雑な思いはあったものの、「助かったぜ」と声を絞り出した。
そんな武藤のもとに、ブルローバーから降りたアル美が、駈け寄ってきた。
「怪我は?」
相変わらずぶっきらぼうだったが、本気で心配していることは伝わってくる。
「ああ、大丈夫だ」
武藤はそう答えると、何かに気づき、周囲の地面を見回し始めた。軽トラがスタックした際に外れてしまった、ヘッドセットを探しているようだ。
程なくして、問題の装備は、軽トラから少し離れた地面に転がっているのが見つかった。武藤は、無線装置に不具合がないことを確認すると、マイクに声を吹き込んだ。
「こちら龍眼島、武藤。午前十一時三十六分、駆除を完了した」
ブルバスターを降りてきた沖野も、アル美と武藤に合流する。
沖野は、かたわらに転がっている巨大生物の死骸を指さし、二人に問い掛けた。
「いや~、ビックリしましたよ。コイツ、何なんですか?」
武藤は、死骸に目を向け、眉根を寄せた厳しい表情で答えた。
「俺らは巨獣と呼んでいる」
「……巨獣!?」
武藤が続けて答える。
「正体は分からねぇ。だから、みんな困っているんだ」
沖野は、自分の敵が、単なる害獣ではなく、「巨獣」と呼ばれる得体の知れない存在であることを知り、身震いしながら言う。
「何なんだよ、この生き物」
一歩離れた場所で、それを聞いていたアル美が、誰にともなくつぶやいた。
「……化け物よ」
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