第62話二度目の襲撃
「何だか嫌な予感がするんだよな」
私室での独り言を呟く。
部屋のテレビ画面を寝転がりながらボケッと見ている。
洗濯された制服を持ってきたヴァルケンが、微笑ましく俺を見るが何も言わない。
まさしく無言の圧力。つべこべ言わずに学校に行けと思っているのは分かっている。
「ヴァルケン」
「いかがなさいましたか?先に言っておきますが、学校には行ってくださいね」
「分かってる。晴華を呼び戻しておけ」
「かしこまりました。ですが、理由を伺っても?」
ベットの上で寝返りを打ちながら胸の内に
「嫌な予感がする。昨日の騒動、学生の実力の把握が目的だと思っていたけどどこか妙なんだよな」
「どこか、とは?」
「あれは表向きの目的で、本当の目的の足掛かりの一つって思えてならないんだよな。対策課も何も教えてくれなかったからな」
「エリザベスさまから聞きましたが、彼らも大変みたいですよ。政府の機関ですので、政治家から圧力をかけられ、公安に侮られ、官僚に軽視されているらしいですからね。動きたくとも、自由に動けないようですよ」
「国の役人の一人である以上、免れられない定めってやつか。中間管理職も大変みたいだな」
これが三大異能力組織の一つとは嘆かわしいな。
優秀な異能力者は居ない訳ではないのだからいっそ独立すればいいのに。
「独立はしないでしょうね」
「勝手に心を読むなよ」
「心は読んでませんよ。顔に書いてありました」
顔に手を触れ確認する。
「そんなに顔に出るか?」
「ええ、私だから分かるのかもしれませんね」
「キメェ。話を戻すが、一応対策課は公務員って扱いになるのか?」
「その通りです。彼らは国家の機関を辞めない理由は国家への不信が最たる理由でしょうね」
ヴァルケンが差し出したコーヒーを口に運ぶ。
「国に全幅の信頼をおいている奴なんているのか?」
「救いの無いか弱き者は信じるしかないでしょうね」
「その状況を作り出しているのは一概にそうだとは言えないが、最たる理由は国だろ?そもそも、国なんて限られた領域を効率的に回す為の装置だろ。その中枢部を人間が担ってる時点で腐敗するのも必然だろうな。全員とは言わないが」
テレビに映った情報番組にはニュースキャスターが新たに史上最年少、そして政治家になって最も短期間で官房長官に就任した男が映っている。
若々しいエネルギッシュな姿は三十代にも見える。
その背後には、護衛と思われる長身の男が油断無い視線を張り巡らす。
「ヴァルケン、コイツをどう思うよ」
「とても優秀な政治家のようですね」
「らしいな。野党の論客のことごとくを返り討ちにして総理大臣からの信も厚いのだとさ。それで、あの官房長官様はどのような男だと思う?」
「少なくとも、清く正しい真っ当な人間ではないでしょうね」
「そうだな。ヴァルケン、よく見ておけ。これがこの世界の正義だ。権力、財力、暴力、何でもいいが、力を持つ者が全て正しく許される。対策課では荷が重すぎるかもな」
「叩き潰すのですか?」
「俺の仕事じゃないな。だが、正義のヒーローを倒すのは悪党だって相場が決まってるんだよ。どうせ、直に政治生命も寿命が来るんじゃないか?パッと出てくる奴はサッと消えてくんだよ」
ヴァルケンは、飲み終えたコーヒーカップを俺の手から回収する。
「まあ、気にするべきは政治家じゃなくてテロリスト共だ。
「ええ、昨晩届けさせ、常時監視を続けています」
「そうか。香川陵に期待しようと思うんだよ」
「帝さまのご決断であれば、喜んで従います」
「全てを肯定するイエスマンはつまらんぞ。言いたい事があるのなら、言っていいんだからな。でも、文句は無しな」
「次からはそうさせていただきます」
ヴァルケンは一礼し、部屋から出ていった。
昨日の今日で襲撃は無いと思うのだが、確実に無いとも言いきれない。何より、昨日のあの騒動が中途半端すぎる。正直、あれで学生の実力把握が出来たとは言えないだろう。ならば、他に何かしらの目的があったのか?
その仮定が正しかったとしたら、考えられる可能性は誘拐と何かの奪取か。注目を他所に逸らして目的をなす。
委員長から聞いたのだが、今日の放課後に昨日の一件の説明が対策課が行うらしい。
あっちこっち大変だな。
体を起こし、ヴァルケンが持ってきた制服に着替える。
授業は何事も無く終わり、放課後が訪れる。
「説明会まで後、三十分か」
伊織が時計を見ながら呟く。
どうやら、今日の説明会は全員参加とまでいかないが、それなりの数の生徒が出るらしい。
そんな事より、いつの間にか俺の周りには五十嵐と香川というはぐれ者が集まっている。極めて異質な者というか変人が集まっている。
他のクラスメイト達はいたって平凡な俗世間的な人間性を有しているからか、俺達から──主に俺を始めとした男性陣──距離をおいている。夜と真美は、その美しい容姿が相まってか、男女問わず人間関係の構築を行えているらしい。
正直、俺から離れた方が人間らしい生活が出来るんじゃないかと思わなくもない。
「帝はあの説明会に行くのか?」
「どうしようかね。行かなくてもいいような気がするんだよな。後から話を聞かせてもらえればいいだけだし」
「それなら自分が代わりに行くッス」
「よしっ!任せた五十嵐」
「自分で行けよ」
伊織が注意するように言うが、説明会なんて面倒だ。
そもそも、俺は行かなくたって後から幾らでも情報を集めればいいだけだし。結果的にはそっちの方が効率的だし。
昔から嫌だったんだよな。大抵、話が終わる頃には序盤の話なんて記憶の片隅にも残ってないし、次の日になれば全て綺麗さっぱり忘れているし。
「行くのならそろそろ行った方がよくないか?俺は最前列は嫌だぞ」
「子供かお前」
「未成年は子供だろ」
「そりゃそうだが……まあいいや。行くか」
伊織が席を立つ。
「俺はちょっと別件があるから後で行くわ」
「逃げるな帝。別件って言ったがどうせ暇だろ?」
「お花を詰みに行ってくるんだよ。どデカイお花が俺に便所に行けって言ってうるさいんだよ」
「そうか、行ってこい」
伊織に捕まれた襟は解放される。
俺は便所へと向かわずに適当に校内を散策する。
だって、説明会とか夜に任せときゃ大丈夫だし。そもそも、開示される情報が本物なのかも疑わしい。それに、国土異能力対策課の異能力者ではなく、その下部組織の異能力者が説明会を行う事はなんとなく察しがつく。
噴水を眺めながら呆ける。
「暇だな」
「そう言ってられるのは今のうちだぜ、帝」
耳からはずっと聞きたくなかった声、振り返れば見たくなかった顔がそこにはあった。
世界を焼き滅ぼすような憎悪の化身。
黒い髪に紫の瞳、赤と黒の着物をその身に纏っている。
背には刃物が突き付けられているのか、硬質な感触がある。
「ご無沙汰だな、
「随分と他人行儀な呼び方じゃねえの」
「あの頃のお前であれば、こうも簡単に背後は取れなかっただろう。お前、平和ボケしたか?」
「俺は平和主義者だからな」
「抜かせ。お前は誰よりも冷酷で苛烈で残虐で無慈悲な男だったはずだぜ?それが今となってはこんな雑魚が集まる学舎に通っているとはな。……馬鹿にしているのか?」
「お前はこの世界を
「それは
「哀れだな。いや、惨めと言った方がいいのか。目的を失い、地位を失い、師を失い、全てを失ったお前には何も出来ない。あの頃の衝動を解き放て。今のお前は無力な子犬のようだ。檻に入れられ、餌を与えられ、環境に結果を委ねるだけの弱者だ」
「お互い様だ。……それで、復讐の一環として
「どうだろうな。それで、お前は俺を止めるつもりか?世界の為にか?人類の為に?それとも平和の為か?まさかとは思うが正義の為か?」
「どうして俺がそんな物の為に戦わなきゃいけないんだよ。俺はお前が嫌いだ。お前を止める理由はそれだけじゃ不足か?」
「いや、十分だとも。むしろお前らしくて安心したぜ」
俺はその剣を空間に固定させるが、すぐさま魔術ごと切り払われた。
その僅かなタイムラグで背を反転させ、剣をかわす。
「それは
エネルギー体を切りながら
「……そうか。科学の魔術の真似事なら耳にした事はあるがその逆とはなっ!」
「んっ!」
眼前に迫った
踏ん張る足がコンクリートの地面を容易く砕く。
「魔力による身体強化もしてないただの一撃がそんなに重いか?弱くなったな帝」
直後、蹴りが俺の腹を穿った。
噴水の中央部の像を壊し、更に地を転がる。
体勢を立て直し、
再び振るわれる剣を
「こんな玩具で何が出来る。何が守れる。何を救える。俺はこの世界を否定する」
「変わってしまったんだな」
「変わっちゃいねえよ、帝。テメェも分かってんだろ」
「……そうだな」
「お前の死を
「俺が弱いのは認めるが、お前も大概馬鹿だぞ」
「はぁ?」
「神を地獄に落とす?勝手にしやがれ、クソ野郎。じゃあな」
「ちょっとま──」
場所はロンドン、聖王協会のお膝元。しばらくは、姿を見る事もないだろう。
最悪だ。噴水のせいでびしょ濡れだ。
こんな事の為に魔力を消費したくはないが、寒いな。
スマートフォンを取り出して見れば、見事に故障している。防水仕様だって聞いたのに。単純に、転がった時の衝撃で壊れたのかもしれないけど。
今朝の予感が的中した。
よりにもよってあいつに会うとはな。あばらを数本折りやがって。
あばら骨は自然に治癒されたようでもう痛みは感じられない。
結局、制服は乾かした。
熱風を巻き起こし、数分かけてゆっくりと乾かしていった。
「いやいや、ちんたらしている場合じゃないな。さっきから妙に殺気立ってるし、騒音が響いてるし」
複数の気配が近付いてくる。
「お前、学生だな」
「見りゃ分かるだろ。そして俺は今、虫の居所が悪いんだ。見れば分かるよな」
数は七。そのうち、一人は女子学生。
どうやら捕まったらしいな。男達は黒い作業服を身に纏い、さまざまな銃を俺に向けている。
「お前の事情など知った事か」
「そうかよ、テロリスト」
男達は引き金を引けない。
口を開けなくなる。
影が男達を丸呑みした。
「実戦にお前を呼んだのは久しぶりだな。そこの女子、もう逃げていいぞ」
「逃げていいってどこにですか!?」
その水色の髪をした女子は、緊張のせいで挙動不審な様子を隠しもせずに怒鳴る。
「助けてあげたのにそこまでキレなくても……」
「すいません」
「こちらこそ」
何で俺まで謝ってるんだろう。
「そこの女子、状況を簡単に教えてくれないか?」
「状況……見たままですね」
「そうか」
周囲には誰も居ないが、学内では既に乱戦が始まっているのだろう。
「神月くん、これからどうするんですか?」
「どうするってそりゃ、止めるべきだろうな。と言うか、
「えっ?だって同じクラスじゃないですか」
「そうか。それは知らなかった」
クラスメイトの名前も顔も殆ど覚えてないからと言ってしまえば言い訳にしかならないが、やってしまった感が半端ない。
「まあ、安全な場所まで連れてくから黙っとけ」
女子の襟を掴み、上空へと跳躍した。
「あわわわっ!」
「黙っとけって言ったろ」
「はいぃ!」
手足をじたばたさせるのを止めた女子には、それ以上は何も言わずに状況の把握を行う。
面倒なのは、シルバーメタリックの機体が数機──正確に言えば五機──暴れている事だ。適度に距離を取っているからか、死傷者は未だ出ていないらしい。フィリップスも神無月も確認出来ない。
「おい、学外に出してやるからしばらくは離れてろよ」
「それっていった──」
少女を最寄りの駅へと転移させる。
普通に邪魔だ。今さらながら、力をあまり見られたくはない。勘違いさせる分には構わないが、至近距離で見られる事は避けたい。
「やるべき事は──」
地上に舞い降りながら、
「帝さま!」
「帝!」
「夜は避難誘導を行え。真美はついてこい」
「帝さまはどうなさるのですか?」
「別に。ちょっとばかし遊んでやるだけだ」
「お気をつけて」
「分かったわ」
振り返りもせずに、次の敵を峰で叩く。
一度薙げば、数人の命が散らせる事も可能だが学内では不味い。
背中を向ける男の肩に飛び乗り、そのまま頭部へと
気分が悪いな。
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