第61話影で動く者達


伊崎の尋問のおかげで、状況の確認はすぐに出来た。


「どうやら、もともと根付いていた思想が今になって芽吹いてきたって事か」


俺はこの国の異能力者の社会について疎い。

エリザベスからの情報である程度は知ってはいるが、それでも全体で見るとごく僅かだろう。対策課の切り札しかり耳にした事すらない情報もかなり多い。

個人の思想であればなおさらだ。


「さっきのあいつの話を纏めると、この騒動を指揮しているのは学生らしい」


天城が伊崎に投げ捨てられた生徒へ視線を向けながら確認する。


「ならば、何故なぜこんなに馬鹿げた行動を起こしているのかだが──」

「ただの反抗期だろ」


伊崎が口を挟んだ。

やっぱり、コイツらがつるむと話が進まない。


「帝!大丈夫か!?」

「死んでないから大丈夫だ」


伊織が翔とフェーンを引き連れて走ってきた。夜と真美は教室においてきたらしい。

正しい判断だ。


「どういう状況だ?これは」

「異能力者の地位の改善を求めているらしい」

「暴れてちゃ逆効果だろ。それで止めるのか?」

「それしかなさそうだな」


論戦を繰り広げる天城と伊崎を傍目にしながら、伊織達に状況の説明を行った。


「暴れているのは学生だけなのか?」

「連中は制服は着ているな」

「けれど、どう見ても学生じゃない者もいるようだな」


翔からの指摘は実際には気が付いていたが、騒動を止める──暴れている者を無力化にする──には、あまり関係の無い事だ。

だが、何故なぜこのような事態に陥ったかを知る上では話を聞く必要がある。俺の仕事ではないが、念のために確保しておくか。


「フェーン」

「……分かった」


一言で了承したフェーンは制服を着た男の背後に近寄り、首を掴みそのまま地面に叩きつけた。


「おう」


なかなかの威力に伊織が顔をしかめ、天城声を漏らしながらは顔を逸らす。


フェーンは意識を刈り取った男の首を持ち、引きずる。


周囲は異能力が飛び交っているのにも関わらず、フェーンに向かう物は何一つ無い。逆に適切な距離感を保っている。俺達の近くに伊崎が居るから、逃げるように少しずつ距離を取られているのと同じ理由だろう。戦ったら負けると本能が警鐘をならしている。きっとそんな感じなのだろう。


「フェーン、取り敢えずそいつを逃がすなよ」

「……うん」


フェーンの男の首を持つ腕に更なる力がこめられ、男の顔が赤から青に、青から白へと移っていく。


「待て待て、それは死ぬ。程よく加減してやれ」

「……難しい」


フェーンは不満気な視線を男に向ける。

どうして体がそんなに脆いのかと言いたいのだろうが、それは理不尽な気がしてならないな。

フェーンは特殊だからな。


目をつむる。

魔力を探る。

周囲から学内全てに範囲を広げる。

空間に関わる異能力を行使出来る全てではないが、殆どの異能力者の特権は並外れた空間把握の感覚。五感ではない全く別の何かが実体を持つ物、持たない物を捉える。


この騒動はただのおとりかと思ったが、本当に裏が無いらしい。少なくとも学内では。かといって、俺にヴァルケンやエリザベスから何の連絡も入っていない事から緊急の何かも起こっていない。

ただの生徒の実力把握が目的か。

それと、裏は無いが裏の目的と言うべきかは判断しかねるが、本命はあるようだ。

そこは俺が行くまでもない。会長と委員長達が向かっている。


「俺達は暴れている奴らを止めるぞ」

「敵の狙いを止める必要は無いのか?」

「そっちは会長達に任せる。直に解決してくれるだろう」


天城は一応は納得したのか、それ以上は何も言わなかった。


真っ先に飛び出した伊崎は、学生の頭を異能力を使わずに殴り次々と意識を途絶えさせる。

異能力者ではなくただのチンピラと成り果てた伊崎に呆れながらも、伊織と翔も生徒を無力化する。こっちは伊崎と違い、スマートに仕事をこなしている。


「天城、お前は行かないのか?」

「俺は伊崎達と違って喧嘩は強くないからな」


天城はそれに、と付け加える。


「俺の力は少し危険だ」

「さっきは使ってたのにか?今さらだと思うんだが」

「そうかもしれないな。逆に聞かせてもらうが、神月は暴れている生徒を止めないのか?空間干渉系の能力であれば、使い方によってはこの状況下で最も最適な能力になると思うんだが」

「あいにくと、俺は器用じゃないんでね」


どこから持ってきたのか、鉄パイプ片手に走ってくる生徒の腕を掴み、一度宙に持ち上げ地面に叩きつける。


「異能力を使わないのか?」

「あいつらが異能力を使ってないのに、俺だけが使えば恥ずかしいだろ」


天城は呆れて何も言わないが、少なくとも伊崎達は異能力を使っていない。


「帝、終わったぞ」


伊織が首に手を回しながら歩き寄る。


「伊崎は逃げた奴を追いかけてったぞ」

「見てたから知ってる」


逃げる側からすると悪夢だろうな。

伊崎がヤバい奴だと耳にした事があるだろうし、恐怖を感じたからこそ逃げたのだろうし。


フェーンが押さえたままにしている男の頭に触れ、記憶を読み取る。これは、残留思念サイコメトリーの応用技術。

読み取った情報から、この男はただの捨て駒らしい。偶然キーパーソンで、そのまま解決へ一直線とはいかないらしい。現実は、そう甘くないという事か。敵のアジトと構成人数と戦力を読み取るが、大した収穫とも言えないだろうな。アジトは既に破棄されているだろうし、人数と戦力は嘘偽りを教えられていると見るべきだ。


軽快な音を奏でるスマートフォンを取り出す。


「誰だ?」

『俺だ』

「その声は委員長か。ただのオレオレ詐欺かと思ったぞ。それで用件……は、この馬鹿騒ぎしかないな」

『そうだ。こっちは主犯の一人を捕まえた。残念ながら我が校の生徒だったがな。そっちはどうだ?』

「こっちははるばる学外からやって来た男を捕らえた。ただの迷子じゃあない。黒幕の手足の末端だろうけどな。それと、騒ぎはある程度終息させといた」

『そうか、上出来だ。我が愚弟も騒動解決に動いていたらしい。お前達とは別の場所に居るらしいが』


そういえば見てないな。

それと、精神干渉しとかないと。


「こっちで捕まえた男は対策課に引き渡すぞ。すぐに来るだろうしな」

『その方がいいだろう』

「話は以上か?切るぞ」

『ああ』


俺は通話を切り、スマートフォンをポケットに戻す。


「相手は委員長か?」

「そうだ」


翔の方を見ずに答える。

俺の視線は男へと注がれている。


「帝!大丈夫?」


走ってくる真美と夜の後ろには睦月弟がいた。

恐らく、Fクラスの生徒が避難している最中にBクラスと合流。そのまま、居残り組と事態の終息組に別れたのだろう。


「睦月弟、アホ二人が迷惑をかけたな」

「いや、良いって事さ」


睦月弟は前髪を掻き上げる。


コイツは扱いやすいな。単純な思考をしているとも言うが。少なくとも、この緊急事態に状況を掻き回すような事をしないみたいだ。夜と真美が止めただけかもしれないが。

それにしてもグッドタイミング。


「夜、ちょっといいか」

「どうなさいました?」


天城が睦月弟に状況を伝えている今、伝えておく。


「睦月弟が今後何もしでかさないように、精神干渉系の異能力をかけてほしい」

「お任せください」


夜は頼られて嬉しいのか、満面の笑みを浮かべているが、やる事は犯罪。

ヤバいな、今になって罪悪感が。

まあ、しゃあないな。それに、責任を取るのは俺だし大丈夫だ。


夜は両目をつむる。

決して悟られず、決して感づかれず。

類い稀なる才と血の滲むような努力が織り成す至高の技術。

この時、夜は無防備になる。外的要因を全て遮断する為、人影や気配が感知出来なくなる。


「待て、夜」

「ひゃうわっ!」


夜の手を掴み異能力の行使を強制停止させるが、何故なぜか変な悲鳴染みた声を上げられる。好意を向けられている事に気が付いていない訳ではないが、手が触れただけで悲鳴を上げられるのは流石にショックだ。


「どっ、どうなさったのですか?続きなら、今晩帝さまの寝室で」


顔を赤らめる夜から視線を移す。


「おいおい、まるで見計らったかのようなタイミングだな。対策課」


周囲を警戒しながらやって来たのは、千早ともう一人の男。

黒髪のこの男の動きには一切の無駄が無い。常日頃から戦闘を想定しているのか、完全にこちら側の人間か、もしくはその両方か。

黒い瞳は鋭く鋭利なナイフを思い起こさせ、美形とも言える顔立ちはたくましく、出来る男という印象を抱かせる。


間違いない。

この男は千早より、鞍手よりも強い。

そして、対策課の長官、六条院武蔵の言っていた切り札とやらはこの男だろう。


この男に夜が精神干渉を行っているいたところを気付かれれば厄介だ。

まだ、俺達には勝てないだろうがポテンシャルは底知れない。いずれ、俺を越える実力者になる可能性は相手が誰であれ否定は出来ないが、この男はもしかしたらと思ってしまう。

それほどだ。


「千早、コイツを連れてけ」


フェーンの押さえつけている男を親指で指す。


「あいよ。マジで連れてくぜ」


千早は男の襟を掴み、そのまま引きずっていった。

去り際に、もう一人の対策課の男と視線が交差する。

見とれていた訳ではないが、何故なぜか視線が引き寄せられた。これはただの勘なのだが、長い関係になりそうな予感がする。


「これで俺達はお役御免だな」


対策課の二人が離れたのを確認して、夜へと視線を送る。

夜は軽く頷いた。再び瞳を閉じる。


気まずい沈黙の広がりを感じたのか、天城は一言発しどこかへ歩いていった。

鈍いと言うべきかアホと言うべきかは定かではないが、ありがたい事に未だに無防備に突っ立ったままの睦月弟は何も気が付いていない。

それ以前に夜に見とれていた。そう言えば、ただの馬鹿だったな。


何を勘違いしたのか、自身を向いて瞳を閉じたままの夜に近付く。


「待て待て睦月。そういうんじゃないと思うぞ」


伊織が慌てて止めに入る。真美は汚物を見るような視線を睦月弟へと向けていた。


「翔、どういう事だ?」

「恐らく、接吻をしようとしたのであろうな」

「おぉ、自身への自信が凄いな」

「駄洒落にしてはいまいちだな」

「狙っていったんじゃねえよ。確か、ハーレム願望があるとか無いとか伊織が言ってたな」


翔は見る事さえ苦痛に感じたのか、空を見上げた。


常軌を逸した馬鹿は見飽きたが、連中とはまた違ったベクトルで狂ってるな。

そのせいで魔の海域に沈む監獄の最奥に放り込まれた訳だが。


「……終わりました」

「そうか、よくやった」

「はいっ!」


嬉しそうに、握りこぶしを胸の前に添えた夜から睦月弟へと視線を向ける。

睦月弟は一瞬だけ虚ろな瞳を浮かべたが、いつも通りの間抜け面──良くも悪くも清々しい程の純粋な表情に戻る。


「じゃあな、睦月弟」


それだけ言い残し、教室に戻る。

その途中で伊織が尋ねてきた。


「睦月相手に何をやったんだ?」

「少ぉし、頭の中を弄っただけだ」

「それ、大丈夫なのか?犯罪とかじゃないよな?」

「…………」

「おい、何とか言えよ」


伊織は、もはやいろいろと諦めた表情を俺に向ける。

誰にもバレなければいいんだよ。バレなければ。






日が沈み、月が夜空を照らす。


一人の青年が、気弱そうな少年を廃墟へと連れてきた。青年の手には拳銃が握られている。


その青年とは、同盟社最強の男──フィリップス。

少年の名は瀬良巧。伊崎晴也のクラスメイトにして友人の一人。


「昼間の襲撃は学生達の戦力把握が目的と思っていましたが、彼が本当の目的なのですか?」

「そうだ」


錆びた階段の手すりに触れながら降りてくる神無月琴音を見向きもせずに、フィリップスは奥へと進む。


「どうしてそのような事をなさったのですか?本来のプランには無かったはずですが?」


嫌みを一切感じさせずに淡々と告げる神無月を振り返る素振りも見せない。


「もしかして、神月帝が怖かったですか?終始押されてましたからね」

「全力を出してはいなかったが、あの少年も同じだろう。手はあるが、手段は可能な限り増やしておきたい」

「その為の彼ですか」


神無月はまるで檻に入れられた小鳥を眺めるような眼差しを瀬良に向けた。


「それで、彼をどうなさるのですか?」

「今さらながら心配か?お前らしくもない。まさか、この少年に対して情でも沸いたか?それとも愛か?」

「それこそまさかです。彼には情も愛もありませんよ。私が心から愛する殿方は一人だけです」

「神月帝とは言わないだろうな」


神無月は笑う。

妖艶に蠱惑的に人ならざる妖魔の如き美しさを醸しながら。

だが、フィリップスは一度目にするだけで見とれるような事はなかった。

代わりに尋ねる。


「どうしてそこまであの男にこだわる?あの晩、お前が言い出さなければ顔を合わせる事もなかったかもしれなかった。あの男はお前の何だ?」

「そうですね。まだ、顔見知りですね。ですが──」


神無月は両手を赤らむ頬に当てながら、恍惚とした表情を浮かべる。


「あの方であれば、きっと私の全てを理解してくださる。私をこの世の全てから守ってくださる。私を救ってくださる」

「その根拠はあるのか?」

「根拠はあの方の全てです」


フィリップスはそれは思う。

それは根拠ではない。ただの愚かなる盲信だと。

だが、それを口にしなかった。今の神無月の表情はまさしく恋する少女その物だったからだ。ただし、瞳に映るのは狂気的な光。


「神月帝を殺すなとは言わないのだな」

「あの方があなた程度の異能力者に負ける事はありませんよ」

「随分な言い様だ。確かに今のままでは勝つのは難しいかもしれないな」


その言葉に神無月は勝ち誇った表情を見せた。


「だからこその一手を打たねばならん。我々は時間がない。だからこそ打てる一手だ」

「私は乗りませんよ」

「当然だ。やるのは私と彼だ。だから捕らえた」

「それなら構いませんよ。ちなみに何をするのか伺っても?」

「先月、この国を騒がせた異能力者を操る魔道具レリックがあると聞いた」

「それを手に入れたと?」

「ああ、二つだがな。使いどころは見極めなければならない」

「そうですね。勝手にしてください」


神無月は興味を失ったのか、階段を上っていった。


「愛想の欠片も無い女だ」


呟くフィリップスの眼前には無数の鋼鉄の機体が並んでいる。


「そろそろ大詰めだ」

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