第60話面倒事っていつだって人に押し付けたくなる


午前の授業が終わるまで屋上で寝転がる。


太陽は雲に隠れているからか薄暗い。

陽の光はあらゆる生命の力の源、それが隠れているから俺もフケてもいいはずだ。


俺も太陽は嫌いではない、一般人よりも仲はいいと思う。知らないけど。


昼休みの訪れるを報せるチャイムを確認して教室へと戻る為に校内への扉をくぐる。

半ば急ぎ足で階段を降りるとその先に如月を見つけ、思わず立ち止まる。


「気を使う必要はございませんよ。私も気にしませんから」

「そうだな、その方が懸命だ」


小走りしながら織姫が姿を現す。


「二人ともどうしたの?」

「何でもないですよ、織姫。神月さん、それではまた」


如月は織姫を連れ、どこかへ向かっていった。恐らく食堂だろう。


教室に入ると、いつも通りの風景が広がっている。


俺は目的の人物を探す。


「真木、少し顔貸せ」

「……えっ?私?」


真木の顔が非常にこわばっている。人懐っこい笑みが普段よりも硬い。


「帝、その言い方は不良の挨拶だぞ」

「そうなのか」


伊織からの助言というより注意に近い言葉に少なからず納得する。


如月達との話し合いで決まった事を真木に伝え、クラスメイト達への注意勧告を押し付ける。


「うん、分かった。任せて」


真木はグッジョブと言わんばかりに親指を上に突き立てる。


よかった。これで楽出来る。


席に座り、ここ最近の昼食となっている夜の手作り弁当を取り出すが、新たな客が現れる。


「神月、少しいいかね」

「別に構わないが」


香川は遠慮無くと前置きをした上で話し出す。

今は、いつぞやと違い白衣を着ていない。どうやら、教室では着ないらしい。


「昨晩、またあの機体と戦ったと聞いたのだがね」

「本当に遠慮無いな」


一気に注目の的となった俺は、内心で視線にうんざりしながら話を促す事はせずに場所を変えるように視線で教室を出るように伝えた。

教室を出た俺は歩きながら話の続きを聞いた。


「機体は無傷なままが一番望ましいが、贅沢は言わない。パーツの一部でもいいのだがね」

「パーツの一部だけでいいって、それだけで何が分かるんだ?」

「馬鹿なのかね?」


香川は呆れたように大きなため息を吐き出し、やれやれと言うように首を横に振る。


「本当に分からないのかね?」

「パーツの一部だけでは、分かる事はゼロではないかもしれないが、かなり限られているように思えるんだが」

「そうでもないのだがね。その一部だけでも製作者の性格、知性、特性を知り得る事も可能。それに、私レベルになるとパーツ一つで大抵の事が分かるのだがね」

「そりゃ凄いな」


見栄を張っているようには見えないのだが、パーツ一つでそこまで分かるのか正直疑問だ。


「疑っているのかね?」

「まあ、包み隠さずに言うとな。俺は香川の実力を知らないからな」

「それもそうだ。ならば、まずは私の実力を見せよう。だが、あまり他人に能力を見られたくないのだがね」

「それなら、いい場所があるぞ」


今朝使ったばかりの進路指導室。

普通の高校であればそれなりに使われるのかもしれないが、この学校では一切使われない。その存在自体、俺も今日知ったばかりだ。あそこ程、最適な場所も無いだろう。


進路指導室に入る。


「それで、実力を見せると言ってもどうするんだ?高火力の攻撃性の異能力を使う訳でもないだろう?」

「私としてはそれでもいいが、君の望んでいる実力はそれではない事は承知なのだがね」


香川の靴から頭頂部まで見たが魔道具レリックを持っているようには見えない。

だが、隠し場所なら思い当たる。


「制服を魔道具レリックに変えたのか」

「それに気付く君も同じ事をやっているのだろう?」


俺は薄く微笑むだけで、肯定の言葉は吐かない。


「だが、どうやって誤魔化してんだ?制服の魔道具レリック化を防ぐ為にしょっちゅう検査はあるだろう?」

「私の場合は何もしない。何より、が異能力とは思われないのだがね」


香川の制服の背から、六本もの鋼鉄のアームが生える。

そして、すぐに引っ込めた。

胸ポケットから丸渕眼鏡を取り出し、かける。


「それも魔道具レリックか」

「ああ、分析に特化した物だがね」


俺は朝からポケットに入れたままだったキューブを、香川の差し出された手のひらに乗せる。


香川は顔を近付けキューブを見る。

俺には異様に執着した変人の図にしか見えないが、あの眼鏡はきっと凄いのだろう。俺の理解の範疇を越えるくらいに。


「なるほどなるほどなるほどなるほどなるほどなる──」

「なるほどはもういいから、それがなんなのか教えてくれないか?」

「それよりも前にこのキューブ、昨晩君が戦った機体のではないのだがね」


マジでか。


キューブを観察していたのは、僅か二十秒程度。その短時間でここまで分かるものなのか。

この男香川陵は、俺の想定を一つ二つ優に超えている。


「まあ、そんな事は今はどうでもいい。問題はこれを誰が作ったかなのだがね」

「どう作られたのかと構造は二の次か?」

「そうだ。そこまで難しい作りではない。異能力を使えば科学における大抵の不可能は可能へと変わる」


俺の記憶では、あの機体には異能力は発動していなかったし、発動されていなかった。


「納得していなさそうな顔をしているな。何か気にかかる事があるのかね?」

「まあな。あの機体には異能力の発動の兆候が皆無だった。それに──」

「この物質はバラジウム。異能力分解やら異能力無効化とは言われているが、正確に言えば魔力の分解。この性質を持つ物質で構成されている以上、異能力の行使は難しい。だが、抜け穴は何にだってあるものだがね」

「まさか、動力を魔力代わりにしたとは言わないよな。不可能だ」

「それを試した事があるのかね?」


香川はキューブを見ながら眼鏡を上げる仕草をする。


「俺はやった事はない。馬鹿馬鹿しすぎるからな。確かに、どちらもエネルギーではあるが不可能だ。電気自動車にガソリンぶちこむようなもんだぞ」

「試してみる価値はあるのだがね」

「……んっ?香川、さっき鉄のアーム出してたよな?」

「アームを出していた事は認めるが、決して鉄ではないのだがね」

「それは魔力で動いていたりするのか?」

「そうなのだがね」

「……そうか」


俺の知らないところで、新たなジャンルの異能力が生まれていたらしい。

そもそも、タブレット端末型の魔道具レリックは以前から存在していた。だが、それは最初から科学に頼らず、科学の及ぼす効果を魔術陣でなしていたにすぎない。つまりは、科学に対する経緯と悪ふざけの産物と言える。

だが、あの機体も香川のアームもそういった異能力で科学に似せた紛い物ではなかった。正真正銘の本物の科学。

もしかしたら、あの機体に対する最大の切り札は香川なのかもしれない。


「そのアームの動力源は魔力か?」

「残念ながら電動だ。魔術陣で電力供給を行っているが、この技術を会得出来れば世界が変わる」

「良くも悪くもな」

「分かっているのだがね」

「ならいい。情報は利用してこそ最大の価値を発揮するが、技術は独占してこそ最高の価値を有する」


香川は何も言わない。

そして、再びキューブの解析を始める。


それよりもお腹が減った。

朝から何も食べてないんだよな。弁当はまだ手をつけてないし。


近くの椅子に座り、スマートフォンをいじる。


「終わったか?」


キューブをテーブルに置いた香川に問いかける。


「うむ、終わった。これはしばらく借りるぞ。明日にでも家に来るといい。場所は教えているのだがね」

「そうだったな」


住所ではなく、座標だったけど。


「それなら、明日お邪魔させてもらう」

「私はもう少しこのキューブを観察してから教室に戻るから、先に戻ってよいのだがね」

「分かった。そうさせてもらうよ」


香川を置いて先に教室へと戻る。


ようやく昼飯にありつける。


「午前の授業はサボりか?」


伊織が顔だけを俺に向けて尋ねる。


「まさか。俺にはやるべき事が多いんだよ」

「伊崎は一限目の途中に戻ってきたらしいぜ。天城も如月も」

「俺はさぁ、ほら、任された仕事をどのようにこなすかを考える必要があったんだよ」

「任された仕事?何だそりゃ」

「いろいろだ、いろいろ」


夜へと視線を向ければ、背中を向けられていたにも関わらず、すぐに気付いた。


「どうしました?」

「後で話す」


可憐な笑みで振り返った夜はすぐさま歩み寄る。


「お話しがあるのであれば伺いますよ」

「ここじゃ出来ない内容だ」

「それでしたら──」


夜は防音結果を何重にも張り巡らせる。

結界内に居るのは俺と夜の二人きり。だが、澄みきった透明の障壁であるのは間違いないが、突然の異能力の発動に周囲の視線が押し寄せる。


「これで大丈夫ですよね?」

「どこがだ。かえって目立ってるじゃないか。それにいるとは思っていないが読唇術が使える奴がいたらどうする」

「それ程までの話なのですか?」

「やる事はいたって楽なんだが、問題行為だからな」

「構いませんよ。帝さまのご命令でしたら何だっていたします」

「拒否するか迷う素振りくらい見せろよ。ここまでくると、少し怖いぞ」


身を乗り出した夜を押し退け、結界を強引に破る。


「……結界ってそんなに簡単に破れるんだな。それもあれ程の強度の物を」

「帝さまですから当然です」


少し──かなり引いている伊織に、夜が胸を張りながら答える。


「話は後でだ。分かったな」

「かしこまりました」

「なんなら、私が手伝ってあげようか?」

「真美、お前じゃ無理だ」

「ちょっ、扱いが雑すぎない!?」

「気のせいだ、気のせい」


まだ何か言いたそうな真美から視線を逸らす。

逸らさずをえなかった。


響く悲鳴。

轟く爆発音。


「何だ?」


俺に尋ねるように顔を向けた伊織に何も言えない。

俺自身も何が起こったのかの全容は理解出来ない。


「少なくとも誰かが、それも複数人が異能力を発動させたらしい事しか分からないな」


それ以上の事は分からない。

是非ともこちらから教えてもらいたいくらいだ。


「神月!」

「天城か」


駆ける足音を引き連れて、天城が扉から姿を見せる。


「どうやら、一部の生徒が抗議活動を行ったらしい」

「説明どうも。それにしても、抗議にしては物騒すぎないか?そもそも、何の抗議だ?」

「今の現状の改善だけらしいぞ。詳しい事は何も言っていない。どうせ何も考えていないんだろうな」


姿を表した伊崎が俺へ近付きながら疑問に答えた。


「どうしてお前がそれを知ってるんだ?」

「聞いてないのか?教室に設置されてあるスピーカーで流れてたぞ。恐らく、教職員の動きを遅らせる為か廊下のスピーカーからは流れていなかった」

「伊崎、この教室では流れなかったぞ」


伊織が念を押し、1年Fクラスの教室のスピーカーでは流れなかった事を伝えた。

原因は香川が勝手に学校のシステムを使ってるとかそんな感じな気がするから、深くは考えない。


「取り敢えず様子を見に行くか。面白そうだし」

「待て神月、正気か?面白そうなんてふざけた理由で無法地帯に踏み込むつもりか?」

「冗談に決まってるだろ。相手が誰かは知らないが、流石に止めなきゃ不味いんじゃないか?」


反応から見て、天城はなるほどと納得したらしい。


窓を開け放ち、足をかける。


「正気か?帝、ここは四階だぞ」

「伊織、人間本気になれば、不可能を可能へと変える事が出来るんだよ」

「それはただの根性論じゃねえか!」

「取り敢えず先に行っとくぞ」

「おい、待て!」


別に異能力を使う必要はない。

自分の足でタイルを踏みしめる。

後を追うように伊崎と天城が降りてくる。


「天城、これでお前も不良生徒だ。よかったな」

「馬鹿言うな神月。状況を考えたが故だ」


状況を確認する。


抗議をしていると思われる生徒を見るが、精神に異常をきたしているようには見えない。つまりは、自主的な行動という事か。

元気だな。


「神月、押さえるたってどうするんだ?やり方によっては──って、伊崎ちょっと待て」


伊崎は高学年の男子生徒にドロップキックを顔面に命中させた。


何やってんの?馬鹿なの?いや、馬鹿だからやったんだろうな。馬鹿だから出来た事だろう。


伊崎へと細い幾閃もの雷が迫る。


「ちゃちいな。はえでもはたき落とすつもりかよ」


せせら笑い、光を自らの手の中に引き寄せ握り潰す。


やっぱり前から思っていたが、大雑把に見えて極めて繊細で丁寧に異能力を操っている。


雷を飛ばした生徒を空中に浮かせ、一切の動きをさせないように固定させ、サンドバッグのように上空から何度も殴り付けた。

相手からすれば、相当なトラウマだろう。


今も尚、先輩をサンドバッグにしている伊崎を眼前に転移させる。


「帝!何すんだよ。良いとこだったじゃねえか」

「何も良くねえよ、この気分屋が。適当に誰か引っ捕らえて目的を聞き出さなきゃ止めるにも止まらねえだろ」

「案外冷静なんだな」


天城からの漏れた称賛というよりも呆れに近い呟きを無視する。


暴れているのは学生だけ。外部の工作員でもいれば、死なないように加減するだけで済むが今回はそうもいかない。


「俺がやる」


走ってくる生徒を視界に入れた天城がゆっくりと歩き出す。


氷のつぶてが走る。

それに対し、天城は口笛で軽快な音色を奏でる。

氷は砕け、生徒は後方に地べたを転がりながら体勢を立て直すが、足元が震えたのか倒れた。


「衝撃波か」

「そうだ」


俺の独り言に伊崎が答えた。


あれが本来の使い方ではないように思えるが今はどうでもいい。


「おいお前」


伊崎が転がったままの生徒の胸ぐらを掴み、持ち上げる。


「テメェらの目的をさっさと吐けや」

「どっ、どうしてお前なんかに言わなくちゃいけないんだ!」


反抗するように、されど伊崎の悪評を耳にしているのか怯えるように抵抗する。


「しょうがねえな。言わねえってんならその口は要らないよな」

「伊崎、何をするつもりだ」

「止めるなよ、天城。俺は効率的な解決を選ぶだけだ」


伊崎と天城は水と油だ。天城個人は嫌いではないが、青臭い正義感が少々鼻につく。

俺のやり方はどちらかと言えばではなく、間違いなく伊崎に近い。


「先輩後輩は関係ねえ。言わないのなら、お前を文字通りに血肉を盛大に撒き散らしながら潰して、他の奴への見せしめにするだけだ。少なくともお前らは死にたくないもんな。生きてるからこんな馬鹿がやれるんだからなぁ」


伊崎の指が生徒にゆっくりと近付く。


「分かった!言う!正直に喋るからやめてくれ」


生徒は目をつぶり、震えながら声を出す。


「ほらな、天城。こうした方が早いんだよ」


伊崎は勝ち誇った表情で天城を見て、生徒へと視線を戻す。


「それで、お前達の目的は何だ?」

「俺達の目的は異能力者の地位の改善だ」


見事に革命家レジスタンスの影響が出てるらしい。

最悪だ。

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