第29話アホと馬鹿と自堕落が揃えば、流石にカオス
王宮で争っている者達は怯えた表情をしているが、誰も武器を捨てる事はない。
そう頼んだ訳でもないが、降参する時は武器を捨てるのはどの世界であっても共通と思っていた。単に、防衛本能が働いた故かもしれないが。
俺は再度、大声を出す。
「諸君!我々は金髪少女の願いにより、反乱軍を叩きのめします。まあ、そんな感じなんでよろしく」
「素晴らしい!」
ヴァルケンの拍手が王宮に響く。
我ながら酷い言い様だと思った。イエスマンもたまには羞恥心を助長させる。
周囲の注意はまだ俺達へと注がれているようで、誰もが武器を持ち、俺達を見ながらフリーズしたままだ。
「ほら、話は終わったぞ。戦え」
俺の言葉と共にたどたどしくぎこちない戦闘が再開される。
「金髪少女、お前の役目は終わったからもう下がってていぞ」
「えっ?ちょっとお待──」
俺は、魔術により金髪少女と愉快な仲間達を転送した。
悪いなレオウェイダ。悪いのは状況であって俺ではないんだ。
近くの魔術師へ光線銃を撃ち込み、ヴァルケンへと視線を向ける。
「ヴァルケン、白凰の所に行くぞ」
「フォッフォッフォ、それは無理じゃな」
立ち塞がったのは、床に付きそうな白い髭を垂らした白衣の老人。
「いかにも大賢者って感じだな。賢者を惑わすのが役目ってか?」
「惑わすとは失敬じゃ」
老人は笑顔のまま樹木の幹を捩じ絞ったような重厚感のある杖を振るう。
宮廷魔導師の周囲には十を優に越える氷柱が浮かんでいる。
「ラース達は?」
「上です」
ヴァルケンの言葉に上を見上げる。
確かに、急接近してくる気配をいくつも感じる。
「随分と余裕じゃの」
「雑魚に構う暇はない」
俺は体を
直後、ラース達が上空から墜落する。
本人達はそういうつもりはないのだろうが、端から見ればそのようにしか見えない。
それにしても、落ちてくるのがもう少し早ければ主人公っぽかったな。
「ラース達任せたぞ!それと遅い!」
「すまん!空が渋滞してた」
空が渋滞って飛行機かよ。
この世界に空飛ぶ魔法少女なんているはずがない。数ヵ月前くらいにニューヨークでピンクに煌めく魔法少女が出現したとは聞いたが。
宮廷魔導師をラース達に任せ、穴の空いた天井へと飛翔する。
俺の背中を襲うように無数の火の粉が迫るが、そのどれもが黒い雷に阻まれる。
「帝、俺に任せろ!」
「最初からそういう作戦だ!」
ラースの頬のつり上がった不敵な笑みを横目で確認し、白凰のいる場所へと向かう。
帝が天井に大きく空いた穴へ向かって行ったのを確認したラースは、黒い稲妻を太刀を右手で握りながら、峰を肩へ乗せる。
不敵な笑みは獲物を探す。
そして見つけた。眼前の
一見、老人のように見えるのだが、間違いなく姿は魔術か
「トラベラーっていったか?悪いなテラ、こいつは俺が貰うぜ」
「いいよ!他の
「ねえテラ、程々になさってください」
ラースがオリヴィアの声を聞き後ろを振り向けば、既にテラの能力により反乱軍の人間達が傀儡になっていた。
自称リーダーのラースはこれはマズイと思い、テラに止めるように口を開けるが、一足テラの方が早かった。
深淵から響くような絶叫が王宮内にこだまする。
テラの玩具と成り果てた反乱軍の一部は、自ら武器を首に突き刺す者、両目を抉り出す者、舌を噛み切る者、唐突に仲間へと攻撃を始める者、壁や床に砕けるまで頭を打ち続ける者など理解の範疇を越える奇行を行う光景が作られる。
ラースはこの異常状態を生み出した本人を見れば、憧れの異性を見るような恍惚とした表情をしているテラを見ながら冷や汗を濁流の如く流す。
今まで、呆れたような馬鹿にしたような視線を向ける帝に、リーダーである自分がどれ程まで優秀か結果を残そうとしていた。
だが、残念な事に纏め役を任されたのはオリヴィアだったりする。
「フォッフォッフォ、余所見か」
赤い雷が幾重にも枝分かれし、ラースを囲むがラースは避けなければ避ける事もない。その必要がないのだ。
赤雷はラースに触れる直前で勢いを失い消え失せる。
トラベラーは驚愕に顔を歪めるが、ラースも顔を歪めている。
今更だがラースは鬼神である。
鬼神の最大の強さは、圧倒的な怪力ではなく理不尽としか言い様のない防御性能。
物理攻撃に対しての防御力、魔術に限らず異能力全般に対しての無効と言っていい程の耐性、そしてこれらが無かろうがそれらを物ともしないタフネス。
全てが異常。ヴァルケンとテラはそれぞれ万能性と特殊性が目を引くが、ラースは純粋なパワーファイターだ。単純だからこそ対策が難しい。
「面白い能力を有しておるようじゃのお」
トラベラーは目を細めるが、まだ何かしらの手段があるのか焦りは見られない。
「トラベラー、お前をこの魔刀夜叉の錆びに変えてやるぜ!」
黒いスパークが耳障りな音を奏でるが、互いに緊張を解かない。
ラースが一歩踏み出す。
トラベラーは一歩後退する。
実力差は互いに相手を前にした瞬間に分かった。
ラースの方が圧倒的に強い。
本気を出されれば勝負にならない。手加減されても正直厳しい。油断されてもまだ厳しい。
「トラベラー、老人のふりを止めたらどうだ?」
「フォッフォッフォ、無駄じゃよ。お主らの狙いは分かっておる。お主が儂をトラベラーと言ったからのお」
ラースは内心で舌打ちをしながら、黒雷をトラベラーへと走らせる。
トラベラーは杖を一度床に叩き、魔術を発動させる。
その魔術は橙色のドーム状の防壁となり、黒雷を防ぐのでなく弾く。
弾かれた黒雷は迷う事なくテラへと進むが、黒い魔剣に呆気なく叩き伏せられる。
僅かにショックを受けたラースは雄叫びを上げながらトラベラーに肉薄し、片手で魔刀を振り下ろす。振り下ろされた魔刀は黒雷と共にトラベラーを襲う。
「無意味じゃ」
トラベラーは両手で杖を持ち、魔刀を受け止める。
そして、あろう事か魔刀を押し始めた。
「確かにさっきまでの儂では手も足もでまい。だが、これからはどうじゃろうな?」
ラースは驚いたが原因は分からない以上、考えるつもりなど微塵もないため、力押しで戦う方針を選んだ。
武技でも剣技でもない、豪快な剣閃。それを何度も繰り返す。
トラベラーはラースの力任せの攻撃を杖でいなすが、小さくヒビが入ってしまった事をトラベラーは気が付いた。
その事にトラベラーは眉をひそめるが、それ以上の反応はない。
「これでどうだ!」
ラースは魔刀を振りかぶると同時に、相対するようにトラベラーは杖を構える。だが、ラースが繰り出したのは魔刀ではなくただの蹴り。
それでも、鬼神の蹴りの威力は尋常ではない。トラベラーは戦場を一気に駆け抜けるように吹き飛ばされ、王宮中央に建立する王宮内にある柱の中でも一際大きな主柱に激突する。
柱に叩きつけられたトラベラーは吐血する。辛うじて手で押さえ込もうとするが、トラベラーの想定よりも吐血量が多く、指の隙間から、手のひらの下から漏れ出る。
杖は吹き飛ばされる最中に手放してしまったようで、トラベラーの手には収まっていない。
頭を打ったようで朦朧とする意識を保ちながら、横に転がる。トラベラーが先程までいた場所には、ラースの魔刀が突き刺さっている。
トラベラーが杖を失った今、ラースから武器を奪う事ができれば状況は一変する。だが、高位の
故に、トラベラーはこの魔刀は使えない。それは、トラベラーも重々承知しているからこそ逃げる。
脇目も振らず、みっともなく、情けなく。
老人が戦場で逃げる光景はとても滑稽な光景だろう。
それも、メソラリア王国最強と謳われた宮廷魔導師なのだから。
だが、周囲に広がっている戦場の視線が自らに集中している事に気が付いたトラベラーは不意に立ち止まり、盛大にため息を吐き出す。
「騎士は一人の少女に手足の腱を貫かれ、浮浪者は岩の化け物に潰され、魔術師は操り人形、挙げ句の果てに勇者は降参してるし。本当にこの世界、やになっちゃうなぁ。折角、優馬のためにここまで整えてやったのに誰かも知らない連中に止められるなんて……笑えないな」
老人が空を見上げる。
「人はいつだって醜い。人類はそれを知るべきだ」
老人は虚空から赤いハットを取り出し、本当に姿を晒す。
ありふれた黒髪の青年。それ以外の特徴はない。
容姿も身長も、至って平凡。それなのに、とんでもない何かを宿したような、とてつもない怪物と対峙しているかのような存在感がある。
「君達に僕を止める権利はあるだろう。この世界を壊そうとしているのだから。同じように君達もこの世界を壊す権利がある。エリルト公国のラードレインでこそこそしていたのも、クヌアル巨塔を襲撃したのも君達だろ?」
「クヌアル何とかは知らんが、ラードレインは俺達だな」
テラ達が間髪入れずに答えたラースへ、視線が殺到する。
誰もが、「それ、言っちゃって大丈夫?」とでも言いたげな表情をしており、視線に気が付いたラースが慌てたような調子で口を開く。
「やっぱり今のなしで」
「もう遅いよ」
トラベラーは苦笑しながら、痛ましげな苦痛を顔に浮かべる。
折れた肋骨が複雑に体内で傷を広げている。
しばしの沈黙の後、次に声を発したのはラースでもトラベラーでもなかった。
「少し聞いてもいいか」
「何だ?それ以前に名を名乗れ」
「それはそうだな、すまない。俺は──いや、私は──」
「素の口調でいいぞ」
「……それは助かる。俺は王国騎士団団長、クラウス・エドガーロッドだ」
金髪の男は剣を杖代わりにしてラースの方へとゆっくりではあるが、一歩ずつ近付く。
「今回のご助力は感謝する。だが、ラードレインの一件は耳にしている。恩人にこのような事を言うのは恩知らずで恥の上塗りである事は重々理解しているが、今すぐにこの国から出て行ってほしい」
クラウスの言葉に、ラースが殺気立つ。
「お前、自分の状況を理解した上で言ってるのか?」
ラースの威圧的な物言いにクラウスは動じない。
引く気がないのはお互い様と分かったのか、クラウスは足を止める。
「それならば、本件の恩に対し国王陛下へ何かしらの褒美を頂戴できるように私から申し伝えよう」
「国王なら、テラが──」
ラースの言葉をオリヴィアが遮り話を繋ぐ。
「ねえ騎士、褒美に関して要求は致しません。辞退させていただきます。こちらも仕事ですので」
「仕事とは?」
「ねえ騎士、私達は此度はこちらの世界へ連れていかれた者達の保護と黒幕の捕縛などを命じられていると聞いております」
「など?ならば、他の仕事をお教え願えないだろうか?」
オリヴィアは一呼吸置き、答える。
「ねえ騎士、私の口から申し上げできる事は非常に限られておりますが、一つ挙げるとすれば白凰優馬の抹殺です」
「まっ、待ってくれ!優馬は悪い奴ではない!」
「でも、どこぞの魔王みたくクーデター起こされてんじゃん」
クラウスはテラの言葉に、文字通りぐうの音も出ない。
正確に言ってしまえば、噛み殺すような呻き声しか出ていない。もしそれがぐうの音と呼ばれる物であったのならば、この表現その物が間違っているだろう。
「だが、きっと何かしらの原因はあるだろう。我々にもきっと問題があった」
「それは、他の勇者を見ても同じ事を言える?」
テラに促され他の勇者を見れば、自分達は悪くないと自己の行いを肯定する声がクラウスの耳に届く。
「どう?これを見ても同じ事を言えるかい?面白いよね、ボクはトラベラーのやった事には反対しないよ!」
「ならば、正しいと?」
「睨まないでよ、怖いなぁ。彼の行いに肯定はしないよ」
クラウスはテラが異常ではなく、少し変わった子だと思い安堵するがそれは裏切られた。
「彼のやり方は生温いよ。たかだかクーデターなんて面白みの欠片もないね」
笑顔のままクラウスの耳に口付けするのかと思われるくらい顔を近付け、恋人に囁くように呟いた。
右手に握られた漆黒の魔剣はいつしかあらゆる生を否定するような漆黒の大鎌へと変わり、 死角からクラウスの首へと迫る。
だが、──
「テラ、それまでだ」
「ラース、なんで止めるのさ」
テラはラースに首根っこを掴まれ、猫のようにジタバタともがきながら引きずられた。
「それ以上苛めてやるな」
「あの団長さんを気に入ったの?」
「そうかもな」
「ふうん、否定しないんだね。面白くないの」
テラは頬を膨らませる。
「今はこの男よりもトラベラーの対処が先決だ」
ラースはそう言いながらトラベラーを見る。
身体中に呪符が貼り付けられており、ミイラのような外見へとなっているだけでなく、周囲には呪術が展開されており空間干渉が非常に困難になっているため逃げる事はできない。
そのはずなのだが、トラベラーは未だに僅かに顔に苦痛を浮かべるだけで余裕の表情を崩さない。
「ねえ騎士、
「三十年以上は宮廷魔導師だったと記憶している」
クラウスはトラベラーから視線を逸らす事なく伝える。
「三十年以上はぁ?」
可愛らしく首を傾げるタマリに、クラウスは説明を付け加える。
「俺も人づてに聞いただけだ。前任の王国騎士団の団長だったから虚偽ではないはずだ」
テラは興味無さそうな雰囲気で、クラウスをまるでオブジェを眺めるような視線を向けるが、先程から気になっている事を口にする。
「君達勇者諸君は何をやってるのかな?特に槍を構えた君」
無表情のテラに魔槍を向けるのは、魔槍士の職業を得た勇者──大塚だ。
大塚は濁った笑顔で発狂したように叫ぶ。
「こりゃあ、ツキが回ってきたな!白凰は居ねえ、インディはこのザマだ!今、この場で俺が一番強い!」
「ラース、どうするの?潰しとく?」
「ねえテラ、止めてください。一応、保護対象です」
オリヴィアの言葉を聞いた大塚が更なる歓喜を表す。
「ハハハ!マジかよ!お前ら、俺を殺せないのか?サイッコーだな!」
「オリヴィア、殺さなくても手足は切り落としてもいいよね?」
「ねえテラ、それなら大丈夫かと」
余裕の態度で歩む大塚にテラは嘲笑を向ける。
大塚はそれが気に入らないようで魔槍をテラへ向けて投げるつもりなのか大きく振りかぶる。
振りかぶられた魔槍は自身の
雄叫びのような大塚の絶叫と歌うようなテラの笑い声が王宮に響く。
「アハハッ!本当に学習しないね、人間って。さっきも見せたよね?騎士達に使ったもん」
その後も悪魔のような笑い声が鳴り響いた。
抵抗を止めた大塚は、両手両足だけでなく、左目もくり貫かれていた。
「次はどうしよ──」
「タマリ!避けろ!」
ラースが叫ぶ。
テラの言葉を遮り、切羽詰まった様子で。
タマリはラースの言葉に反応して辛うじて右方へと飛びはねる。
遥か高い上空から黄金と白銀が混ざったような円柱状の一筋の光がトラベラーへ降り注ぐ。
光は妖術を打ち破り、呪符を溶かす。
そして、トラベラーをさらっていった。
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