第28話人任せって人任せにする奴程、口にしない


メソラリア王国に召喚された勇者達は、今日もガザリア迷宮の探索を命じられていた。


王命であるため逆らう事もできず、最近王宮では不気味な影が出没するという気味の悪い噂までが流れている。勇者達の中には実際に目にした者もおり、白凰は一体撃破していた。

それも、右目を代償として。今は、その右目には宮廷魔導師であるインディの特注である義眼が取り付けられている。義眼には便利な能力がいくつも付与されている上によく馴染んだ。

故に右目の縦に切り裂かれたような傷が残っているが、白凰は満足していた。


騎士達に周囲を守るように囲まれている勇者達の前方には、数体の魔物がのそのそと向かって来ている。

その魔物は、蜥蜴を象った二メートル程の大きさの岩石。瞳の部分には赤い宝石が輝き、岩を砕く突風を吐き出す口の奥には、翡翠のような宝石が取り付けられている。


白凰が先陣に立ち、蜥蜴を撃破していく。

その手には、賢者であるはずにも関わらず、白銀の光を帯びた聖剣が握られている。


「優馬!一旦、引くぞ!」

「いえ、クラウスさん。まだいけます!」


王国騎士団団長である金髪の男が白凰へ撤退するように呼び掛けるが、白凰は聞く耳を持たない。

自分は大丈夫。まだいける、といった感情が戦いぶりから見てとれる。


「優馬、周りを見ろ!」


白凰が後ろの仲間を見れば、全員が息を切らしており、中には倒れている者も少なからずいる。

内心で舌打ちをしながら、笑顔を顔に張り付け白凰は宣言する。


「皆、引こう」


クラウスを始めとした騎士達が殿を勤めながら勇者達は撤退を開始する。

その先頭には白凰優馬が聖剣を掲げながら、勇者達を鼓舞しながら進む。その後ろには、面白くなさそうに白凰を睨む大塚が続く。


巨石の蜥蜴達の移動速度はかなり遅いため、少し離れる程度で十分なのだが、クラウスが口から吐き出す突風を警戒したためガザリア迷宮の入り口まで戻っていった。






「案外、使えるな」


俺は撤退した勇者達を見ながら呟く。右手には、草原で拾った琥珀のような石。膨大な魔力を宿しているが、岩の蜥蜴達を創造したのは石の魔力ではないらしい。周囲の魔力を吸収し、利用しているようだ。俺の魔力が少々減った事がその証拠だろう。

てっきり消耗品だと思ってた。


白凰もいろいろと裏で動いてるようだし、敢えて状況を混乱させるのも一つの手だな。


「帝様、なかなか面白い代物ですね」

「どうだろうな。この琥珀擬きの中に俺の魔力が入った。変な事にならなければいいが」

「変な事、と言うと?」

「それが分かれば苦労はしねえよ」


ヴァルケンは「確かにおっしゃる通りです」と告げ、一礼する。


影魔公ドゥーク・シャドーを監視に付けたし、次は王宮だな。なあ、ラースとテラで大丈夫なのか?最早、心配しかないんだが」

「大丈夫でしょう。根拠はありませんが」

「根拠はねえのかよ。……オリヴィアもいるし、陽動だけだから大丈夫とは思うが」


一抹の不安を抱えながら、この作戦についての概要を思い出す。


今回の作戦は俺達が俺とヴァルケンがガザリア迷宮内において白凰優馬率いる勇者一向を混乱に陥れ、その直後に軽い陽動としてメソラリア王国の王宮に襲撃をかまし、それと同時にタマリが妖術によってトラベラーの異界への移動を阻害。

簡単に纏めすぎたが、ざっとこんな感じだ。


白凰が襲撃されれば、トラベラーは勿論警戒する。そして、白凰を口止めとして始末しに来るのならガザリア迷宮で捕縛し、とんずらするのであれば、そうされる前にタマリの妖術によりこの世界からの脱出をさせずに、ラースとテラがトラベラーを対処させる。

我ながら、馬鹿にでも分かる単純明快にして完璧な計画。惚れ惚れする。

そう言えば、ミラ少女からのご要望によりこの世界を滅亡させなきゃいけなかったな。どうしよう。

大魔王様でも出てこないかな。


「ヴァルケン、この世界にはお前達みたいなラスボスポジションの奴っているのか?」

「いますね。私達と同じような波動を放つ邪悪な存在が一つ」

「じゃあ、邪悪なヴァルケン君はその邪悪な波動を放つ存在がどこにいるのかは分かるか?」

「メソラリア王国の王宮の中央部ですね。レオウェイダを向かわせますか?」

「レオウェイダは、ラードレインで真美とミラ少女の護衛だ。無理だな。真美は勇者の居場所を察知できるらしいから上手く逃げてくれるだろうが念には念を、だ」

「そうでございますね」


勇者一向を見張らせていた影魔公ドゥーク・シャドーから連絡が入る。


「もう少しで勇者と騎士の連中が外に出るらしい。ここから王宮までは徒歩で二時間程度、王宮には辿りつけない。ところで一つ気になったんだが賢者って聖剣使うのか?」

「そういった話を耳にした事はありませんね」

「だよな、いろいろ詰め込み過ぎだな。勇者に聖剣に賢者に」

「異界召喚による能力付与の重ね掛けと見て間違いないでしょうね」

「それしか考えられんな」


それ以降の影魔公ドゥーク・シャドーからの連絡を待つが、一向にくる気配はない。

倒されたのであれば気付くはずなので、ただ何も起こっていないのだろう。


暇すぎる俺は、ヴァルケンから気になる事を聞き出す。


「ミラ少女を助け出す際の話をまだ聞いてないが、教えてくれ」

「そうですねえ、特筆してまで申し伝える事はございません」

「ございませんか、なるほど」

「帝様、何かお気になさる事でも?」

「何、ミラ少女の俺への怯え様が尋常じゃなかったからな、それを助長させるような派手で無慈悲な大虐殺を行ったんじゃないかと思ったんだよ」


ヴァルケンは無言のまま微笑を浮かべている。


こりゃ殺ってるな、大虐殺。それも年端もいかない少女の前で。


「まあいい、既に起きた事には目を瞑る」

「帝様の寛大な処置に深く感謝いたします」

「オウ、感謝しまく──ん?これは予想外」

「どうなさいました?」

「分かってんだろ?白凰は捨て駒かと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい」

「そのようですね」


そして、遅れて影魔公ドゥーク・シャドーの完全な消滅を確認した。


あの魔力は宮廷魔導師のインディとか呼ばれていた奴か?


その魔力の主は、勇者と騎士を纏めて王宮へと転移させた。

俺の鍵と違い、目的地へのゲートを開くのではなく、対象と行き先の座標にある物を入れ換えると言った方が分かりやすいだろう。

魔術としての難易度は高くはないがタメが大きいため、地球では魔術の書き換えがよく行われていた。違う世界だが、同一の魔術もあるらしい。


「不味いな」

「念話でラース達に伝えました。今すぐにでも突入が可能なようですが、あちらも一つ手を打っているようです」

「何だ?メソラリア王国でもクーデターとか言うなよ」

「残念ながら」


多少混乱させるつもりだったが、あちらは盛大に状況を掻き乱して盤上ごとひっくり返すつもりらしい。


「あちらが一つ上手だったようですね」


俺は悔しさを微塵も感じさせない表情のヴァルケンの顔を見る。


「そうでもないさ。こっちにも手はある」


まだ手はある。

俺は琥珀色の石を見つめながら思考を加速させる。






メソラリア王国の王宮付近の建物の一室にラース達はいた。


「帝、ことごとくお前の作戦が外れてるな」

「うるせえよ。誰が、白凰優馬にべったりの護衛がいると思うよ。ジョーカー、アイツいい加減な情報を寄越しやがって。完全に使い捨て扱いだと思ってたし」

「ボクはどうでもいいけど、ここまできたら腕力で捩じ伏せるしかないんじゃない?」

「テラ、それは悪手ですよ」


ぼろぼろのベットに寝転がったテラをヴァルケンが窘める口調で話す。

対し、テラは反省するように座り直す。


妙に物分かりがいいヴァルケンを一瞥したが、優先事項はそこじゃない。


「白凰の処理は俺がやる、ヴァルケンは俺と来い。ラース達は本来の作戦通りだ。だが、狙いはトラベラーだけに絞れ。他はどうでもいい」

「かしこまりました。我々にお任せを」


ヴァルケン達はこうべを垂れ、跪く。

恭しく、洗練され、そして一切の叛意もない。

まさしく、王への揺るぎない忠義。悪くない。


手鏡をポケットから取り出す。


「帝様、我々はどのタイミングで動き出すのでしょうか?」

「白凰がクーデターを起こしてからだ」

「このタイミングでクーデターを起こすとも思えませんが」

「相手は所詮、お子様だ。感情的で独尊的。一つでも要因を作ってやればいいだけだ」

「既に手を打っておられるのですか?」


俺は、尋ねるヴァルケンに曖昧な返答をした。

手と言えるような物ではない。王宮に潜ませた影魔シャドーを騎士の一人に憑依している。その騎士に国王へ内部告発という形で教えてやればいい。

そうなれば、嫌でもクーデターを起こさざるをえない。

この時の最大の難関は宮廷魔導師のジジイだ。国王からの信頼が厚いようで、ジジイが否定すれば一発でおじゃんになる可能性も否めない。

タイミングとしては、俺達が動くのはクーデターが起きてからにした方が好ましい。

よって取るべき手段は──


「暗殺か信頼の失墜か身動きが取れない状況にするか……。いや、内部告発にこだわる必要はない。あんまりやりたくはなかったがやるか」

「帝、何をするんだ?」


俺はどうでもよさそうな口調のラースに告げる。


「国王の誘拐」


ラース達は納得したような表情で相づちを打つように頷く。


正直やりたくはない。

一国の王を攫うとかビジュアル的に……ねえ。生粋の悪役と美姫ならばまだ絵になるが、俺は絶対にやらない。と言うかやりたくない。


「誰がやる?」


俺の言葉に一斉に視線を逸らすヴァルケン達。


「よし、テラ」

「ボクはパス!」

「テラが直接誘拐する必要はないだろ。お前の眷族にちょちょいと国王拉致っちまえば終わるだろ?」

「その手がある!ボク天才!」


顔に自信をみなぎらせたテラは早速眷族を王宮へと向かわせた。


俺も欲しいな、眷族。


「捕まえた王はどこに連れて行ったらいい?」

「レオウェイダの所にでもやっとけ」

「帝様、私がレオウェイダへ一報を入れておきます」

「任せたヴァルケン」


ヴァルケンは一度頷き、レオウェイダへと念話を送った。


テラは無事に国王を拉致した。王妃というおまけ付きで。

無事に拉致?……まあ、国王は五体満足だし間違ってはない……かな?


手鏡で王宮を見る限り、白凰はしっかりとクーデターを起こしているらしい。

一般の騎士達や盗賊のような浮浪者達を指揮しながら、赤い紋様の入った鎧を着ている王国騎士団達と戦っている。

それにしても、反乱軍は装備が充実してるな。千を越える浮浪者の装備を一人一人きっちりと揃えれば、かなりの金銭と材料が必要になると思うが、宮廷魔導師が工面したのだろう。


白凰にそこまで肩入れする程の価値があるとは思えない。

……まさかな。だが、これしか考えられない。


勇者一向は白凰へ同調しており、まさしくカオスだ。誰が敵で味方かの判別ができているのか怪しい。

白凰は王子と思われる金髪の少年と一騎討ちを行っている最中だ。宮廷魔導師は王国騎士団の団長さんと戦っている。こちらは宮廷魔導師がかなり押しているようだ。

両手剣を振り回すだけのオッサンが、遠方からの高火力の魔術を連発されればそうなるな。


他には、頭にティアラを乗せた少女とメイド達は地下通路から逃げているようだ。こっちに関しては心配いらないな。


もう一つ幸いな事は戦場が王宮だけにとどまっている事くらいか。変に広がる可能性はないから最大の利点とも言える。


「それにしても第三者が支援している割りに、凄く中途半端なクーデターだな」

「そうですね。私も同様の事を思っておりました」


ヴァルケンが嬉しそうに俺を見る。


「宮廷魔導師のジジイが思ったより強いし、更にカオスにするか」

「帝、そこは助けに行くか、だろ」


ラースの発言を無視し、俺はゲートを開く。

ゲートの先には先程手鏡で見た少女達。


「ハロー、大変そうだな。助けてやろうか?」


少女達はいきなり現れた俺に警戒しており、メイド達は手にしている武器を俺へと向ける。

勇ましいな。


俺の後ろから現れたのはヴァルケンただ一人。

ラース達には、他の手段で王宮へと侵入してもらう。


「……貴方達がどなたか分からない以上、取引を行うつもりはありません。取引を行いたいのでしたら、貴方達がどちら様なのかをお教えください」


金髪の少女は気丈に話す。


「白凰優馬っているだろ?そいつと同じ世界の出身でな、ちょっとした任務を押し付けられてな」

「白凰様を知っておられるのですか?」


桃色の髪をしている幼い少女が金髪少女の前に踏み出す。


「知ってるさ、よく知っている」

「白凰様は決して悪い方ではございません!ですから──」


それ以上の発言は金髪少女に遮られた。


「私の名はナターシャと申します。この子は妹のライアです。どうか手をお貸しください」

「こっちは最初からそのつもりだ」


最終的な原因を作ったのは俺だしな。

だから、その英雄を見るような視線を止めてもらいたい。金髪少女よ。


「俺は帝だ。こっちはヴァルケン」


互いに簡単な紹介を済まし、金髪少女についていく。

なのだが、何故かメイド達までついてくる。まあ、王女の護衛も仕事なのかもしれないがここまで多いと普通に邪魔。桃髪少女は、何しに来てるの?と問いたい。

だが、メイド達の視線は研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、時々挨拶を交わすような口調で「勇者め、ちょん切ってやる」とかおっしゃっておられる。顔は美麗だが、内面はかなりのバトルジャンキーらしい。

対し桃髪少女は、恐らく白凰に惚れているのだろう。それでも俺は白凰を殺すだろう。

恨まれるだろうな。


地上からも騒がしい音が漏れ聞こえる。


「帝さん、もう少しです」


金髪少女が前方を指差しながら走るその光景が、いかにも俺達の戦いはこれからだエンドのようで一瞬だけ立ち止まる。


「帝様、どうなさいました?」

「何でもない。気にするな」


金髪少女達と共に地上へと上がる。

差し込む夕日が非常に眩しい。

だが、場はかなりの混迷を極めている。

王国騎士団に宮廷魔導師率いる魔術師達に勇者一向などの反乱軍。

そして、大小大きさは様々な岩の異形の化け物。あれは、別手段で王宮へと入り込んだラース達が琥珀色の石を用い作ったものだ。


俺はヴァルケンへと視線を向ける。

その視線を感じ取ったヴァルケンは一度頷く。

きっとラース達へと念話を送っているだろう。


「ヴァルケン、白凰の場所は分かるか?」

「前方に三十メートル進み、二フロア分天井を突き破ればよろしいかと」


俺はヴァルケンの言葉通りに、前方三十メートル前方の二フロア上へ向けて、懐から取り出した光線銃を発砲した。


光線銃から解き放たれた白銀の閃光と轟く銃声。

騒がしかった戦場は一瞬で静寂へと生まれ変わり、全ての視線は俺へと集中する。


「もしもーし、反乱軍を一人残らず血祭りに上げに来ました。そうされたくなけりゃ、武器を捨てずにそのまま心臓に突き刺せ。三秒だけ待ってやる」


俺の親切丁寧の極みを尽くした対応に、何故か怒号を上げながら走ってくる巨漢。振り上げた両手には人間の背丈よりも大きな剣が握られている。


だが、その剣は振るわれる事はない。


「まさしく飛んで火に入る夏の虫ですね」


愉悦のこもった嘲笑を浮かべたヴァルケンが巨漢の頭蓋骨を握り潰し、焼却した。それも一瞬で。

焼け焦げた匂いが鼻腔を通る。


「次、誰行く?」


俺は満面の笑みを浮かべる。


いやぁ、人任せって楽でいいわ。

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