第30話急展開とか言っておけば、大抵なんとかなる


俺はヴァルケンを伴い、白凰くらいにいる場所へと向かう。

俺の予測が当たっていれば、トラベラーを捕まえる事ができたとしても、結果的には逃げられる。


光線銃により開けられた穴を辿るように、体を念動力サイコキネシスで浮かせる。

向かった先には、白凰は黄金の鎧を纏った金髪の少年と一騎討ちをしていた。


「どうしてこのような事をした!」

「これは、復讐だよ」


心の底からの無念を吐露するような少年に対し、白凰はヘラヘラと笑いながら白銀の聖剣を振るう。

金髪少年は、自らの黄金の聖剣で白凰の攻撃を防ぐが聖剣の出力が違うのか押されている。


二人とも自分達の世界に浸っているのか、どちらも俺達に気が付いていない。


「ヴァルケン、俺達もう帰っていいんじゃないか?」

「私が何とか致しましょう」


ヴァルケンが不吉な笑みを浮かべながら提案するが、俺は首を横に振る。


「俺がやる。ヴァルケンは下がってろ」

「かしこまりました」


俺は、金髪少年の鎧を念動力サイコキネシスで宙に浮かせ、空間に固定する。


「なっ、何者だ!」


鎧の中でジタバタしているのか、金属音が聞こえる。

金髪少年の方を見る事なく口を開く。


「俺は白凰に用があって来た。手を貸してやるから、力の限り俺に感謝しろ」


白凰は驚愕のあまり、体を硬直させている。顔は強ばり、聖剣を握る指は小刻みに震えている。


「……どうして君が」


力なく呟くような声音の白凰に俺は淡々と告げる。


「お前を始末しに来た。だが、大人しくするのなら命は取らねえよ」

「どうしてここに?皆は君の事をどうして忘れているんだ?君は一体何者なんだ?君は僕の敵なのか?君は──」

「待て待て待て待て待て待て、質問多い。普通、質問は一個ずつだろうが。だが、少なくとも俺はお前の味方ではないな」

「……だろうね」


白凰は白銀に煌めく聖剣を上段に構える。

俺は黒刃を取り寄せアポートさせ、一瞬で展開させる。


「君はやはり普通の一般人じゃなかったみたいだね。僕と同じくこっち側だ」

「こっち側?それは俺に対する侮辱か?俺はお前みたく、異界に召喚されて得た三流にもなれない五流能力なんて持ってねえぞ」

「神月くん、君は超能力や魔術が現実にあると思っているのかい?」

「あるんだな、それが」


この話は平行線を辿るだけで無意味だろうな。


「何故、こんな事をしたのか教えてくれないか?」

「決まってるだろ!復讐だよ」

「それは聞いた。お前が木原颯汰だった時に、一体何があった?」

「それも知っているんだね」

「ああ、三十年前に幼馴染四人と仲良く行方不明になったそうだな。だが、地球へ戻ってきたのはお前一人だ」


この事実に白凰の復讐というフレーズから導き出される答えは一つ。


「幼馴染達に裏切られたのか?」


俺の言葉に白凰は何も言わないが、悔しげに歯を噛み締める。


「……君に何が分かる。ずっと一緒だった。一緒に苦楽を共にした幼馴染達が僕に牙を向いた。僕が真の勇者に選ばれて全てが変わった。裏切ったんだよ!ずっと一緒だったのに!一緒だったのに笑いながら僕を殺した!」


絞り出すような口調に俺は何も思えなかった。

同情も哀れみも何も感じない。

どうやら俺は人として大切な何かを無くしてしまったらしい。


「それで?」

「はっ?」


話を促す俺に白凰は憤怒の形相で俺を睨む。


「……君なら分かってくれると思ってた。シンパシーを感じていたのに、勘違いだったのかもしれないね」

「悪いが俺はシンパシーを感じなかったな。薄汚れた欲の塊にしか見えなかった。悪いが俺はお前の思っている程、優れた何かではない。だが、気持ちは分かる。裏切りは随分と前から知っている。お前よりも深く広く」


白凰は固唾を呑むように喉まででかかった何かを押さえ込むような表情で意外そうに俺を見る。

本当にちぐはぐな表情だ。


「まあ、俺の事はどうでもいいな。問題はお前だよ、白凰」

「話の腰を折るようで悪いが、そろそろ下ろしてもらえないだろうか?」


懇願するような声の聞こえる方へ視線を向けると、金髪少年が宙に磔にされている。

そういえば、これをやったのは俺だったな。


金髪少年の鎧にかけた念動力サイコキネシスを解除した。金髪少年は三メートル程の高さから床に落ちる。

受け身は取れていたが骨が折れたようで、左腕を抱き抱えるようにしている。


「可哀想に。腕折れちゃった?」


金髪少年の突き刺すような鋭い視線に、無言で目を逸らす。


「それで、……どこまで話したっけ?」

「帝様、白凰様にどのようにクーデターを起こしたかを尋ねる所からです」

「そうだな。どうやって、クーデター起こしたんだ?」

「君ならもう分かってるんじゃないか?」

「まあ、そうだな。協力者達に手を貸してもらった。そんだけだな俺が分かってるのは」

「それが全てだよ神月くん」

「そうかよ」


白凰は聖剣を振り下ろす。

聖剣の白銀の輝きは俺へと直進する。

その閃光を魔力を流した黒刃こくじんで受け流す。刃に深紅の光が帯びた黒刃は、紅蓮のスパークが流れている。

白銀の衝撃の奥から白凰が接近し、聖剣を両手で突き刺すように放つ。

俺は聖剣の刃をかわし、柄を掴む。そして、黒刃《こくじん》を白凰の腹部に刺す。


「……容赦ないね。そして呆気ない」

「敵だからな」


白凰は口から血を流しながら小さな呻き声を上げる。

苦痛を必死に圧し殺しているのか、身体中を震わせながら出血を止めようと傷口に手を当てる。

俺は黒刃こくじんを引き抜き、突き放すように白凰を押し飛ばす。白凰は体に力が入らないのか抵抗なく、床に叩き付けられた。


「最後に言い残した事はあるか?聞くだけ聞いてやる」

「……じゃあ、一つだけ」


白凰は弱々しく息を吸いながら、掠れた声で話を続ける。


「……どうして君は僕に何も言わないんだ?小言の一つや二つするもんだろ?人間なんだから」

「悪いが俺は人様に偉そうに説教できる程できた人間じゃねえよ。さよ──」

「それともう一つ」


懐に手を突っ込んだまま、俺は白凰を見る。


「一つだけって言ってただろ。まあいいけど」

「……君はどうしてそこまで強い?僕と君は一体何が違った?何を間違えた?どうしたら君を倒せた?どうすれば君を越える事ができた?」


めっちゃ質問してくんじゃん。


負けたからこそ知りたい事が積み上がっているのだろう。失敗した時に疑問点が次々と沸き上がるのと同じだろう。


「さあな。経験の差じゃないか?そんな事、俺も知りてえよ」


白凰は降参したように両手を広げ、あきらめたように笑う。


「君は理不尽だ」

「世の中なんてそんなもんだ。それに、理不尽ってヤツはお前の意識が作るもんなんだよ。恨むならお前の脆弱さを恨め」


俺から見れば、お前達も随分と理不尽だよ。

何もかも壊れてしまえばいいのに。


俺は光線銃を白凰に向けて照準を合わせる。


「今度こそさよならだ」

「待ってくれ!」

「今度はなんだ」


思わず漏れた舌打ちを誤魔化さず、俺は突如会話に入ってきた金髪少年へ視線を向ける。


「待ってほしい」

「えっ?嫌だけど」

「俺は白凰から詳しい話が聞きたい!」

「俺は興味はない。……やっぱり話だけならいいだろう」


白凰がどこまで話すかによるが。






白凰優馬。


この少年は三十年前、彼の本名は木原颯汰であり非常に裕福な家庭で恵まれた環境の中で育った。

人を信じるのは善、人を助けるのは正義。幼少期から子守唄のように耳にし、高校生だったにも関わらずとても純粋な少年だった。危険すぎる程に。


そんな木原には四人の幼馴染がいた。

琴引祐也ことぶきゆうや九重一ここのえはじめ門松弘樹かどまつひろき近衛蓮このえれん

誰もが、大事な親友であり家族だった。幼い頃から共に遊び、共に学び、共に叱られた。

同じ高校に通い、学校でもいつも一緒につるんでいた。

そんな木原達が異界へと召喚されたのは、下校の最中だった。階段をいつも通り五人で降りていると、前触れもなく階段の踊り場に円状の幾何学的な光が瞬き、目を開けばそこはコロッセオのような闘技場。周囲には数多の人々が期待の眼差しを自分達へ向けていた。

状況は分からない、帰る方法も分からない。だが、自分達は何かを期待されていると感じた木原は、話をよく聞く事もなく人々の願いを了承した。

頼れる幼馴染達も自分についてきてくれると誓った。何故なら、他の人々よりも優れた能力を有していたからだ。要は、誰もが後先を考えずに有頂天になっていたのだ。


異界へと召喚されて数ヶ月が経過した。

木原達も召喚された世界の事をだいぶん理解してきた。自分達はそこまでではないが優れていると。

気が大きくなった木原以外は好みの異性を侍らせるようになり、顔も気品も兼ね備えた勇者として大変な人気を博した。


そこまでは上手くいっていた。

木原達を取り巻く状況が劇的な変化をもたらしたのは、たった一つの予言だった。


予言者は言った。


「一人の真の勇者が世界を救う」


予言者はそう言ったのだ。

召喚された勇者は五人。そうなれば、一体誰が真の勇者を決めるのは必然。魔王達が、人類を滅ぼそうと軍を率いていた事が更に拍車をかけていた。

勇者達は様々な試練を与えられたが、結果的に真の勇者だったのは木原颯汰だった。唯一

欲に溺れず真摯に人類を救うために戦ったのだから妥当だと言えるが、他の四人は当然面白くない。


だからこそ木原颯汰を殺した。

綿密な計画を立てて。


魔王との一騎討ちに命からがら無事に勝利を果たした木原に、幼馴染は笑顔で囲む。

肩を叩き、軽口を言いながら四本の剣で木原の体を突き刺し、嘲笑った。

十年以上の友情は藻屑の如く虚構の残骸へと成り果て、木原は全てを呪いながら死に行くはずだった。


目を覚ますとそこは全く知らない別世界だった。知らない訳ではない。見覚えのないだけで懐かしの故郷へと帰還した事は感覚で悟った。


質素な部屋に黒いアンティーク調の机越しから木原へ声がかかる。


「気分はどうだい?」


木原の気分はいいはずがない。最悪だ。

だが、朦朧とする意識はその気分を言葉への変換を妨げる。


「……あなたは?」


木原は声の主に尋ねる。

五感全てが上手く機能していないのか、顔までは認識できない。だが、頭に鳴り響くように感じる声から男だと言う事だけは分かる。


「僕は……トラベラー」


一瞬の間が気になったが、少なくとも木原の恩人である事には変わりないため、声にしない。

木原は何も尋ねられていないにも関わらず、自らに何が起こったのか、何をされたのかをボヤける意識の中でたどたどしく伝えた。恩人は、同情するような口調で確かに言った。


「僕に全てを任せるといい」


恩人の言った通りに、木原は何もしなくとも望んだ通りに全てが整った。

戸籍も能力の使い方も異界へと召喚されるための魔術陣も何もかも。体が若干幼くなったが、復讐がかなうのであれば些細な事だった。

そして、当初の予定通り異界へと召喚された。






「そこからは、デリック王子も知っている通りだ」

「図書室にこもっていたのは……」

「この世界の歴史を知るためだった。どうやら、僕が最初に召喚された時から三百年も経過していたようだけどね。殺してやりたかったな、アイツら。折角、義眼まで用意したのに」


何も言えずにいる金髪少年へ白凰は更に告げる。


「四大国、それは僕の幼馴染達が作った穢れ国だ」

「……つまり、四英雄の伝説は……」


金髪少年の顔は青ざめたが、俺は状況が一切掴めていない。

だって、白凰の話長いもん。

幼馴染達と帰ってる途中に異界へと召喚された所までは聞いた。そこからあやふやだ。


「その四英雄?そいつらがクズだって事だろ?もういいじゃねえか。終わろうぜ?つうか、しぶといんだよな、白凰。てっきり、話の途中で出血多量で死ぬかと思ってた」

「酷い言い草だね」

「まあな。それよりも、何故お前はピンピンしてんだ?出血は止まってねえだろ。……白凰、お前体に何か入れてるのか?」


これで入れてなかったら人間じゃないな。俺の目には白凰は人間に見える。


「僕は知らない」


だろうな。

これでトラベラーが白凰にべったりな理由は、そういう事か。


「ヴァルケン」

「はっ!」


ヴァルケンは、一瞬で白凰に近付き心臓部へと貫手を繰り出し、即座に引き抜く。

その手には青のキューブが握られている。


「またこれかよ」

「これはっ!」


驚愕の声を上げる金髪少年に視線で話を促す。


「これは邪神の欠片だ。それもこの世界に残った最後の一つ」

「質問よろしいでしょうか?」


金髪少年はヴァルケンに萎縮したように、小さくどうぞ、とだけ言う。


「この世界に残ったという事は、他の世界に行ってしまったのですか?」

「はい、二つですが行方が未だ掴めずどうなったかさえ分からないまま」


それなら絶対アレだな。俺が退治したスライム擬きとラースが破壊した鉱物。

片方は未だに封印したまま、我が家に置いてある。


ヴァルケンが視線で金髪少年達へ伝えるかを問うが、俺は無言で首を横に振る。知らないふりをしていた方がいい事も世の中にはある。


「ヴァルケン、そのキューブを封印するぞ」

「はっ!かしこまりました」


俺は碧箱へきそう取り寄せアポートし、ヴァルケンの握るキューブへと近付ける。

封印する直前に制止の声がかけられる。


「待ってくれないか?」

「白凰どうした?分かってると思うがこのキューブはやらねえぞ」


白凰は俺の言葉が理解できていないのか、瞳に新たな希望が沸いたような狂喜の光が灯っている。


「警告だ、一歩でも近付けば足を撃ち抜く」


俺は光線銃を白凰の足元へ向ける。


どうやら白凰は、復讐を完全には諦めていなかったらしい。いや、この場合は諦めようとしていたが、煮え切らない精神状態の中で一気に状態を変える事ができるかもしれない代物が眼前にある事を知った。ただそれだけだ。

目の前に餌を垂らされた飢えた猛獣のように、ギラついた眼光をしている。

白凰はもう、損得を考えれる程の理性は残っていないだろう。


俺は心中で叫ぶ。

面倒な事態を引き起こしやがって、邪神のクソヤロー!


「って言うか邪神ってなんだよ」

「恐らくは、我々と類似した存在でしょう」

「なるほど、ラスボスね」

「正確に言えば、世界のバランスを図るためのシステムですね」


俺はいろいろと納得はできないが、一先ずは理解したように頷く。


「んっ?」


遥か高くから、膨大なエネルギーの奔流を感じる。

それはヴァルケンも同じだったようで、手にしていたキューブを白凰とは別方向へと放る。


直後、天井から光が突き刺す。

それは、金と銀の光を放つ水を垂れ流したかのような神秘的な光景だった。まるで、天界からの救済のようだ。

そして、その光は白凰を助けなかった。全くの別地点に降ったからだ。白凰を口を大きく開けながら光を見ており一切動いていないが、動いたのはキューブだった。

あるべき場所に帰るように、キューブは白凰の額に突き刺さり、埋まった。


額に埋め込まれたキューブは気化し、青い煙となり白凰の体を包み始める。


「いかにもラスボスっぽいな」


青い煙は次第に身体を拡大させながら、白凰を化け物へと変えていく。

正直、白凰を救えなかった事への罪悪感はない。

どのみち、白凰優馬は何かしらの形で始末するつもりだった。それが、このような形になった。

ただそれだけだ。


「金髪少年、逃げるなら今のうちだぞ」

「俺は逃げない」


金髪少年は決意をこもったような表情で俺を見ている。

邪魔だな。中途半端に覚悟を持った奴って面倒だ。急用で帰ってくれないだろうか。

それでもやるしかない。

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