第24話勇者の話を聞けばフラグのような気がする


「帝様はぁ、いつだって誰よりも考えて行動してますよぉ」


タマリが優しげな瞳で、寄り添うように肩にもたれかかり、甘えるように顔をすり寄せる。


「それで?」

「今回は気分転換なのかなって思いましてぇ。お疲れなら私が癒して差し上げますぅ」

「話が変な方向に向かいすぎだろ。何を言うかと思えばそんな事かよ」

「今晩は私がぁ……」

「もう帰れ」


俺は顔を真っ赤に染めたタマリを外へと摘まみ出す。

そして、俺はベットに横たわり思考を開始する。


今日、好き勝手に暴れたが誰も俺達に干渉してこなかった。まだ、観察中という事も考えられるが、それならとうに気付いているだろう。

ジョーカーが警戒する程の相手だ。その相手は確かに強く、頭のキレる相手かもしれない。だが、その手足達はそうだとも限らない。

その手足の働き蟻は俺達がこの世界に来ている事さえもまだ気が付いていないかもしれない。

情報が少ない分、こちらは勘と予測で補わなければならため、非常にやりづらい。


そして、両手をポケットへ突っ込むと見知らぬペンダントが入っていた。

それは、チェーンの先に水色の宝石の付いたロケットだった。ロケットを開くと、何の写真も入っていない。

恐らくは、自分で好きな写真を入れてくださいという事なのだろう。

あくまでも、プレゼントであったらの話だが。






翌朝、目を覚ますと案の定タマリが隣で熟睡していた。もう反対側にはオリヴィアが寝転びながらレイピアの手入れをしている。

タマリは流石に羞恥心があったのか、桃色の可愛らしい熊のフードが付いた寝巻きを着ている。


「オリヴィア、何でお前達がここにいるんだ?」

「ねえ帝、タマリが行こうと言っておりまして、良からぬ事をせぬように見張っておりました」


つまりは、そういう事らしい。


「お前も大変だな」


目のしたにはうっすらとクマが出来ており、うとうとした表情で俺へと視線を向けている。


「オリヴィア、しばらく寝てろ」


それだけを言い残し、俺はリビングへと向かう。

リビングにはニヤニヤとし嫌らしい笑みを浮かべたラースがフランスパンにかじっている。


「何だ?その笑顔は。キモいぞ」

「そんな言い方はねえだろ。それにしてもどうだった?大人の階段を上がった気分は?これでヴァルケンも浮かばれるな。帝の跡継ぎ云々で悩んでいたからな」

「残念ながら大人の階段は上ってねえよ」

「それはあり得ないだろ。年頃の男女が一晩中部屋にこもってやる事は古今東西見て回っても一つだろうが」


ラースは俺の主張を信じていないようで、俺にニヤついた笑みを向けたままだ。


「タマリ達を俺の部屋に送り込んだのはお前の仕業か?」

「どうだろうな?」

「じゃあ、お前が犯人でいいや」


俺はテーブルの上のクロワッサンを口に運ぶ。


「帝、今日はどうするんだ?流石に洞窟で時間を潰す訳にもいかないだろ?」


俺はラースの言葉に頷き、クロワッサンを飲み込む。


「今日こそは首都に向かうさ。虎穴に入らずんば何とやらだ。それに、このまま居ても情報がこれ以上手に入ると思えないしな」

「情報を集めていたのか?」

「ああ。イザベラから影魔シャドーを借りて、各国の王宮と都市で情報を集めさせていたが、警備が厳重な場所には潜入できずに消滅した。恐らくは倒されたんだろうな」


当然の結界なのだろうが、全ての王宮には潜入できなかった。そして、エリルト公国の首都も同様だ。

だが、エリルト公国の首都は情報が手に入っている。


「エリルト公国の首都には、勇者がいるらしい。それも、この世界で生まれ、この世界で育った勇者が。それに影魔シャドーの一体が倒された」

「そうか。一般人よりは強いみたいだな」

「勇者だからな。逆に、一般人よりも勇者が弱ければ勇者である意味はないだろ」

「そうかもな。それにしても、影魔シャドーが倒されたのに、よく勇者だと分かったな」

「自分で言ってた。俺はこの世界で生まれた勇者だとな。煌々と輝く聖剣を掲げながら宣言していたらしい。他の影魔シャドーからの報告だ」

「要は、雑魚を一体撃破して気分が良くなって周囲の警戒を怠り、自分の存在を言い放ったって事か?」

「そういう事になるな」


俺は呆れた表情のラースにコーヒーを入れるように視線で促す。


「コーヒーの入れ方は知らねえぞ」

「なら、自分で入れる」

「俺の分も頼むぜ」


ラースは、視線だけを俺の方に向けながらフランスパンをかぶり付く。


コーヒーを入れたデミカップをテーブルに置き、椅子に座る。


「帝、話は戻るが、その勇者に関わるのか?」

「彼については利用価値があるかもしれないな。誰か、別の勇者に対抗心を燃やしているようだからな」

「そうだが、ああいうタイプの自尊心の高い人間は操り易いが、ちょっとした弾みで全くの別方向に暴走するだろ?洗脳すれば話は別だが」

「そうだな。だから利用しやすいんだよ。混乱をもたらすなら」


あの勇者君は尊大な態度と口調が特徴的だったと聞いた。それは他の誰かが相手でも同じ事だろう。

つまりは、良くも悪くも影響が大きい。場所が王宮もある首都である事からも王族とも何かしらのパイプがあるのかもしれない。勇者君が強ければ、王族の誰かとの婚姻の話も水面下で進んでいる可能性もある。

地球でも、親の異能力は子に大きく遺伝する事は知られている事からも、この世界でも同様の事が知られているのだろう。


「全員が朝食を食べ終えてから行くか」

「今日から潜入するのは難しいとかそんな事を言ってなかったか?」

「それについては問題ない。傭兵や騎士が集まると言ってただろ?なら、傭兵か騎士として入ればいい。一般人からも戦力を求めるようだからな」

「そして、情報を集め終えたら撤収か?」

「その通りだ。語彙力はなくても頭は回るんだな」

「ほっとけ」


ラースはそれだけ言うと、そっぽを向いた。


タマリ達を叩き起こし、朝食をしっかりと食べさせ、この世界で目立たない服装に着替えるように促した俺は、全員が降りてくるのをリビングで待つ。

アレ?俺ってお母さんだっけ?と思ってしまったが取り敢えず待つ。


ラースはかなりゴツい鎧を身に纏って降りてきた。黒く、重厚で禍々しさと恐ろしさが同時に襲いかかってくるような甲冑だ。

形としては、西洋の甲冑に近いが、あらゆる部位がラースらしく怒れる鬼を表したような紋様が彫られており、非常に荒々しくも感じられる。

まるで甲冑その物が怒気を放っているようだ。

俺でさえこんなに感じるのに、首都に行って大丈夫なのだろうか?

なるようになるさ。


タマリとオリヴィアは時間がかかったが、結局迷った挙げ句いつもと同じ格好にしたらしい。

目立つ目立たないは、ラースがいる時点でどうでもよくなった。

俺は、ダイヤモンドを取り付けられた金の指輪、聖騎士王の光輪ホーリー・ナイツに触れ、白銀に輝く神々しい鎧を纏う。


俺達は家屋をスマートフォンに戻し、首都付近へと転移した。

周囲には誰も居ない事は影魔シャドーが確認している。 ただの整備されていない草原が広がっているだけだ。

俺達が転移した先は、首都を囲う城壁のふもと。首都に入るための門からは、数キロ程度離れている。

空を見れば、太陽が煌々と輝いている。まだ九時を過ぎていないためか、涼しさよりも寒さを感じる。


門まで歩いているが、近くなればそれだけ多くの人を目にできる。

西洋の甲冑の甲冑を装着している者が非常に多く、日光の反射が眩しい。そして、基本的に一人で来ている者は少ないようで、幾名かでグループを構成していた。

その中には、タマリのように獣の耳や尾の生えた人物もいる事からも、タマリの存在はそこまで珍しく見られる事はないだろう。


門に到着すると、やはりと言うべきか一般入り口とエリルト公国の首都に集まった傭兵や騎士達専用の入り口に分かれていた。


「帝、どっちから入るんだ?」

「俺達は田舎からやって来た傭兵って設定でいくか。まあ、何とかなんだろ」

「ねえ帝、投げ遣りすぎはしませんか?」

「オリちゃんに同意見ですぅ」

「何かあれば、ちょちょいと頭を弄れば万事解決だ」

「まるで悪役のセリフですねぇ」

「主人公もラスボスも見方を変えれば、逆の立場になるだろ?良かれと思っててもそうじゃない事もあるんだよ。つまり──」

「つまりぃ?」

「アレだな、うん。何でもない」


適当に話しすぎてたせいか、話のオチを一切考えていなかった。


俺達は傭兵や騎士達の列に並ぶが互いに睨みを効かせてはいるが、ちょっかいをかけたりかけられる事はないようだ。

野蛮そうな顔に見えて、しっかりとマナーを守れるらしい。ラースにビビってる可能性も否めないが。

少しずつ列が捌かれ、遂には俺達の番がやって来た。


「次は四人か。ところで坊主、お嬢さん達は強そうだが、お前は戦えるのか?今ここで家に引き返すのも一つの手だぞ?」

「大丈夫だ」


俺に話しかけてきた門番は三十代の男。

無精髭を生やし、最近買い換えたのか新品の鎧が光沢を帯びている。頼れる兄貴と言われればしっくりくる風貌に、金色の髪はよく似合っている。腰には、鞘に納まったロングソードが携えられいる。


「そうか、それならいいが……何かあれば逃げるんだぞ」

「そんな事はあるとは思えないが」


門番は豪快に笑いながら俺の頭を撫でる。

ここが日本で、俺が女子だったならセクハラだな。


「入っていいか?」

「ああ!ようこそ、エリルト公国の首都、ラードレインへ!俺の名前はマレージだ。困った事があれば頼ってくれ!」

「そうするよ」


俺はマレージが差し出してきた紙を受け取る。

その紙を見れば、ラードレインの地図だった。非常に鮮明で明瞭に記されている。


そうして俺達はエリルト公国の首都、ラードレインへ足を踏み入れた。


「案外、簡単に入れたな」

「入るだけならな」


俺はラースを見ながら言う。


「そうですねぇ、嫌らしい視線を感じますぅ」


タマリの言う通り、舐めるようなねっとりとした粘着質な視線を感じるが、視線に晒されているのは、俺よりもタマリとオリヴィア。


「ねえ帝、これも勇者の仕業なのでしょうか?」

「だろうな。隠密性能の高い影魔シャドーもこれで見つかったんだろう。思ってたよりも、この国での勇者の権力は大きそうだな。多分、今日か明日にはやって来るだろうな」


俺はマレージから貰った地図を見ながら、目的地を探す。


「帝、何を探しているんだ?」

「冒険者組合かギルドって名前の記された施設だよ」

「また、ライトノベル云々って言うつもりじゃないだろうな?」

「どうだろうな。半分正解である事は認めるけどな」

「つまり、もう半分は間違いなのか?」

「そうだな。人間性はどうあれ、人が集まればそれだけ情報も集まる」


納得したのか、ラースはそれ以上は聞かなかった。


情報を聞き出す際に一悶着はあるかもしれないが、もう目をつけられてる以上、そこまで徹底して大人しくしている必要もない。

どうせ、どんな形であれ勇者君とは一悶着はあるだろうから。


「帝様ぁ」

「タマリどうした?」


タマリが指差した地図上の地点を見れば、冒険者組合ラードレイン支部と書かれている。

それも右端の下方に。


「ここか。結構遠いな」

「ねえ帝、今から行くのですか?」

「そうだな、今から行くのですよ」


俺達は地図を頼りにラードレイン支部へと向かう。

今朝から、魔道具レリックであるコンタクトレンズを付けているため、看板の文字が理解できる。

魚屋に肉屋など、日本でもありふれた店や、武器屋など異界ならではの露店もちらほらと見受けられる。


そして、ようやく終わった。


「ラース終わったぞ」

「なら、今から行くか?」

「止めておこう」

「何がですかぁ?」


俺とラースの会話にタマリが不思議そうな表情で尋ねる。

俺はタマリに何も言わないが、代わりに笑みを向ける。


「やらしい視線の逆探知だ。バレていいならすぐに終わるが、バレずに逆探知して、更に感付かれずに魔術の書き換えまでやったからな。思いの外、時間がかかった」

「ねえ帝、それでもこの都市に来てから三十分も経ってませんよ?」

「それは単に、あちらさんの実力が低いだけだ」

「それでも勇者の魔術を理解していないと不可能な芸当ですよねぇ?」

「それについては簡単な話だ。勇者君の魔術が単純だったんだよ」


それにしても、大した事はなかったな。魔力量も聖剣の格も所持している魔道具レリックも、全てにおいて三流だ。

それに、俺なら監視用の魔術を作るのならば、こんなに中途半端な物にしない。

あまりにも無駄が多すぎる。ただのゴミだな。だから、二体目の影魔シャドーにも気が付かなかった。


「帝、理解したなら逆に使ったりしないのか?」

「俺は使わないな。デメリットが大きすぎる。今回みたいに、気付かれずに魔術の書き換えをされれば、やる事なす事、全てが筒抜けだからな」


とは言え魔道具レリックや魔術陣、魔術技マジック・スペルを使えば話は別だろうが、地球では使用を禁じられている。まあ、地球で主だった異能力組織である聖王協会とトワイライトに国土異能力対策課が使用を禁じ、他の異能力者はそれに従っているだけなのだが。


「見えてきたな」

「そうですねぇ」


俺達の視線の先には、木造の五階建ての建築物。周囲の建物は二階建てが多いため、やけに目立つ。

テンプレであれば、ここに入ればチンピラに絡まれるのだろうな。


「中に入るぞ」

「そうか、行くか」


俺は期待を胸に秘め、突如先頭に立ったラースについていく。左右にはタマリとオリヴィアが引っ付き、まさしく両手に花の状態だ。


「アレ?テンプレは?」


建物に入っても誰も居ない。

俺の声が虚しく響くだけだ。


「どうなってるんだ?外は賑やかだったのにな」

「帝、これを見てみろ」


ラースが受付の台に置かれていた紙を俺へと突き付ける。


「えーっと、緊急クエスト。魔龍の巣窟の魔龍及び、龍の魔王"バーヴァリアン"の消滅を確認したため、調査せよだって」

「それってぇ、私達が倒したあの蜥蜴さんじゃないですかぁ?」

「私達じゃなくてオリヴィアだろ。あの蜥蜴の頭を叩ききったの」


当のオリヴィアは、鳴っていない口笛を吹きながら他所を見ている。

どうせこの仕草も海外ドラマの影響だろうな。俺は詳しくは知らないけど。


「帝、どうするんだ?」

「黙っとくに決まってんだろ。問題は提起されなければ、ただの偶然で終わるんだよ」

「そう上手くいくか?」

「いかないだろ。龍の魔王とか肩書きからヤバそうだもんな。誰が殺したのか、何故死んだのかを当然調べるだろう。だが、原因が判明しなければどうしようもない。何かいい加減な理由をこじつけて一先ずは沈静化する」

「勇者とかか?」

「それが妥当な線だろうな」

「ねえ帝、でもその勇者は明日までにはやって来るのですよね?」

「その通り。だが、そうはならない」


俺は、壁に貼り付けられた一枚の紙を剥ぎ取る。


「これとか良いんじゃないか?」

「何だ?それは」

「魔獣の魔王らしいよ。そして、唯一人間と友好的な魔王が魔人の魔王みたいだな」

「真美の事か?」


俺はラースへと視線を向けながら頷く。


「今の魔人の魔王は、トゥールっていう悪魔らしい。エンツォからも名前だけは聞いているが、この世界でもしっかりと認知されているらしい」


手元の紙によれば、魔獣の魔王は魔獣の樹海にいるらしい。早速、使い魔の一体を魔獣の魔王の元へと向かわせる。

勇者君が今日中に俺達と接触しようとしなければ、明日は来ないだろう。来る程の余裕はないと言った方が正確なのだが。


「帝、勇者は今日、来ると思うか?」

「さあな。勇者君はどうやら魔龍の巣窟で冒険者達の指揮を執っているらしい。大変な事だ」

「傭兵と冒険者と騎士ですかぁ。いろいろといるみたいですね」

「どれもそれぞれ制約があり、国や組織に申請するだけで自由に名乗る事ができるらしい」


俺は近くに倒れている椅子に座る。


「ならば、今すぐに冒険者にでもなるか?」

「なるならお前だけにしとけよ、ラース。俺達の目的は情報収集だけだぞ。地球からやって来た勇者達の情報が手に入ればここには用はない。その一環でこの都市の勇者の実力が分かれば目安程度にはなるだろう。今日は都市をブラブラ歩いて時間を潰すか」


そして、俺達は冒険者組合を後にした。

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