第23話異世界チョロいと思えば、いずれしっぺ返しをくらいそうな気がしなくもないが、結局しない


「帝、もういいだろ!これで三百体は倒したぞ!」


ラースが暇そうに寝転びながら叫ぶ。


確かにその通りだ。

目の前の赤い飛竜の首を死の武器商アンダー・コレクターの手によって強化された黒刃こくじんで断つ。


今、俺達は山脈の近くの大きな洞窟でドラゴン狩りを行っていた。

それも生態系の破壊を考えずに。


「ラース、もうちょい進めばきっと裏ボスみたいな奴が出てくると思うぞ。きっと強いから、首輪を嵌めて飼ってみるのもいいかもしれないな」

「あまり強いとも思えないぞ」


俺は「そんな事ない!」と言いながら首を断たれたドラゴンを影に呑み込ませる。


「タマリとオリヴィア!そっちはどんな感じだ!?」

「私達は二百体は倒しましたよぉ。それにしても弱いですねぇ。この蜥蜴さん達ぃ」

「ねえ帝、こんなに倒しても裏ボスという物は出てきませんけど、いるのでしょうか?」


洞窟の奥から歩いて来たタマリとオリヴィアは返り血を浴びる事なく悠々としている。


俺達がいる場所は洞窟内でも、確認した中では最大の広さを誇る空間であり、ドラゴン達の巣窟になっていた。

ついさっき全滅したが。


「タマリ、奥はまだ続いていたか?」

「続いていましたよぉ」


タマリの声が洞窟に響く。


山脈のふもとに来てから何だか嫌な予感がする。

それは、俺達に悪意の牙が迫っているような、獰猛で凶悪な殺意。

恐らくは、山脈のふもとは、その悪意のテリトリーだったのだろう。それに何らかの形で気付いた悪意は、俺達へ本来なら感じれない程の薄い殺意を持ったのかもしれない。

だが、そもそも俺達は首都に向かおうとしている地龍を止めようとしただけだし反省はしていない。

だって俺、悪くないもん。


「先に行くぞ!」

「分かりましたぁ」

「ねえ帝、お供します」

「帝、俺はここで待ってるぞ!疲れた!」

「ああ、変や輩が来たら止めておいてくれ」

「応よ!」


俺はタマリとオリヴィアを引き連れながら洞窟を進む。途中でタマリ達が倒したと思われるドラゴンの死体を回収しながら進む。

ここまで来れば流石に罪悪感を覚えたので、気配を消しながら奥へと進む。

つがいが一組あれば何とかなるさ。

そんな俺達の前にあまりにも大きく、重厚で、威圧的で禍々しい両開きの扉が立ち塞がっている。この奥に魔王が居てもおかしくはなさそうだ。

洞窟内であることもあり、この扉はどう見ても場違いだ。


「ねえ帝、上方に文字が書かれてますよ。それも日本語で」

「うわぁ、凄い便利ぃ」

「帝様ぁ、恥ずかしいから私の真似しないでくださいぃ」

「ソーリーソーリー悪かった。それで、この試練に挑戦したければ、世界に散らばる証を五つかざせ……だってよ。オリヴィア、面倒だからこの扉、切り飛ばして」


オリヴィアは一度頷くと、レイピアを何度も振るう。それだけで扉に切れ目が入り、崩れるようにして扉としての体をなさなくなる。


「こんにちわー!誰かいますか!?」


扉の奥からは反応はない。

だが、奥に広がる暗闇の先にはとてつもなく大きな気配が一つ。


タマリが炎を出現させ、部屋中を照らしたのを確認して扉の先へと足を踏み出す。

だが、部屋に入れば天井に取り付けられた大きな硝子のシャンデリアのような彫刻から、明かりがついた。


部屋は黒い絵の具をぶちまけた大理石のような石材で敷き詰められており、鈍い光沢を放っているが、正直美しさや芸術性は感じられない。


「それにしても、裏ボスにしてはきったねえ部屋だな。ただの序盤の踏み台モンスターだったかもな」

「そうですねぇ。姿を隠してますしぃ、小心者の恥ずかしがり屋さんみたいですねぇ」

「ねえ帝、奥に居るのは確かですから気をつけて下さい」

「分かってる」


俺は懐から光線銃を取り出し銃口を気配のありかへ向けて引き金を引く。

銃口から放たれたのは一閃の白銀の瞬きと大気を叩き付けるかのような衝撃波。

その瞬きは、壁にぶつかったかのように何かに遮られ、大きな悲鳴が上がる。


「うおっ!ビックリした。聞いてたよりも威力が大きいな。何が軍用車両は撃ち抜けるだ。余波だけで吹き飛ばせるだろ」

「ねえ帝、何かに当たったようですけど──」

「あれが裏ボスですねぇ」

「そうそう。さっさと姿を現さないとミンチにしてやろうかな」


俺の言葉が聞こえたのか、部屋の最奥に龍の姿が現れる。


黒曜石のような黒い鱗を纏った巨龍。

今まで見たドラゴンとは比較にならない程の圧倒的な存在感は、まさしく暴虐の化身と言ったところか。刀のようの鋭い爪も、殺意をこもった瞳も全てが黒く、深淵からやって来た夜の支配者のようだ。


「我は、バーヴァリアン!貴様か、我が領域へ足を踏み込んだ愚か──」


巨龍の発言の途中で空気を読まずのオリヴィアが頭を真っ二つに叩き切る。


「最後まで言わせてやれよ。呆気なかったが可哀想に」


俺は両手を合わせる。


「弱かったですねぇ」

「ねえ帝、これでよろしいのですか?」

「いいんじゃね?そんな事よりも、俺の読んだライトノベルの情報が正しければ、クリア報酬が手に入るはずだ」


俺は血眼になって周囲を見渡す。巨龍の死体を回収する事も忘れない。

人に限らず死体は大いに役立つ。


「帝様ぁ、アレですかぁ?」


タマリの指差した方向を見れば、二つの代物。

人の体躯程の大きさを誇る巨大な剣と金でオリーブの蔓と葉を象った装飾品の付いた漆黒の水晶玉。


「用途が分からない以上、ただのゴミだな。大抵の主人公はいい加減な理由で解析的な能力を持ってるのにな」

「ねえ帝、あなたも同じような能力を持っていませんでしたか?」

「俺の場合は能力じゃなくて技術な。それに、違う世界のそれも魔術的な構造がさっぱり分からない物体にはお手上げだよ。不便だ、ご都合主義で超進化でもしないかな」

「帝様ぁ、それ以上強くなって大魔王にでもなるつもりですかぁ?」


タマリがその辺で拾ったのか古びた書物を渡してくる。


「やだよ。勇者っていう噛ませ犬の相手したくないし。そもそも、世界の支配とか面倒だろ。問題は支配するよりも、した後だな」

「支配自体は難しくないとも聞こえますよぉ」

「この世界の世界征服は実際に簡単そうだな」


だってあの裏ボスっぽい巨龍、一周回って驚かない程に雑魚だったし。


俺はタマリから手渡された書物を開き目を通す。


「さっぱり分からん。通訳が必要だな」

「ねえ帝、先に宣言しておきますが、私では不可能です」

「激しく同意ですぅ」

「そりゃそうだな。少なくとも地球には無い言語だ。それなら扉に彫られていたのは何だったんだって話になるが」

「以前に日本人がやって来たんじゃないですかぁ?」

「そうだろうな。他に可能性は考えられないし」


俺はそう納得しながら、三つの戦利品を影に落とす。

墨汁のような水滴が跳ねる。


「第一異界人でも見つけて協力者に仕立てあげるか」

「そしてぇ、面倒事が起これば丸々押し付けるつもりですかぁ?」

「ねえ帝、何事も有効活用が重要という事ですね」

「お前らは俺を何だと思ってるのか、一度聞いてもいいか?」


タマリとオリヴィアは揃って視線を逸らす。






俺達はラースが寝転んでいる地点まで戻り、奥で怒った事のあれこれを伝えたが興味はなさそうにあくびしていた。

ラスボスの一人としては、あの程度の愉快な空飛ぶ蜥蜴には眼中にないのだろう。今思えば、ヴァルケンの劣化を三桁単位で行ったような奴だったし。

アレ?俺は何であんなモブを倒すために来たんだろう?……まあ、いずれ何かしらの形で関わっただろうし、懸念材料を早い段階で塵紙で包んでゴミ箱にポイしただけだ。

お巡りさんに睨まれるような悪い事は何もしていないはずだ。正当防衛だ正当防衛。話を最後まで聞いてないけど、と言うか話の途中で息の根を止めたけど。


「帝、どうした?急に黙って」

「何でもない、気にするな。そろそろ、何とか公国の首都に行くか。国名忘れた」

「エリルト公国ですよぉ」

「そう!エリルト公国だ」

「ねえ帝、どうやって行くのですか?」


俺は凛々しい顔を可愛らしく傾げたオリヴィアに、内心で自慢気に言い放つ。


「俺の情報源によれば、門番にステータスプレートを渡すか水晶玉に触れなければならない。……これを一体どうするか、諸君に何か良い案はあるか?」


だが、俺に向けられるのは何とも言えない微妙な表情。


「帝、どうせ情報源ってライトノベルだろ?もう飽きたぜ。普通に強行突破しようぜ?チマチマすんのはしょうに合わないからな」

「ねえ帝、私もラース様の意見に賛成です」

「私もぉ、策を拵えても上手くいかない事を考えたらぁ、力でそのまま白凰優馬を処理した方が楽だと思いますぅ」


俺だってそうした方が楽だと思いますぅ。

けどな、そうしたくてもなかなかできないのが人間のさがなんだよ。

暴力も権力も数の力には逆らえない。例え何れほど圧倒的であっても、他に幾つかの要因が無ければ容易に淘汰される。暴力には恐怖、権力には金銭というように。

だからこそ、基本的に空気を読まない自由人な俺でさえ、数の力には警戒を払っている。


「明日、隠れて潜入するぞ。それとラース、服は着替えろよ。それは目立ちすぎる」

「分かったぜ。明日着替える」

「それならぁ、今晩はここで休息を取るのですかぁ?」


タマリは俺にしなだれかかる。


「そうだな。結界を張って、建物なり何なりを召喚すれば事足りる」

「ねえ帝、地球の異能力とは非常に便利なのですね」

「そうかもしれないな」


俺は数種の結界を張りながら、この空間の正確な広さを確認する。半径三十メートル程のドーム型であり、休む分には不足はない広さだ。

俺はスマートフォンを取り出し、可愛らしい家のアイコンをタップする。

すると、アイコンとは全く外見が違う三階建ての家屋が現れる。黒く、所々に棘やら鎖やら厨二病アイテムがひしめいている。

別の俺の趣味ではない。貰った時からこうだった。


「凄いですねぇ、人類の進歩は」

「人類の進歩と言っても、異能力者の一部が持ってるくらいだがな。それに、ラース達の世界に行った時にスマートフォンが使えなくて不便だったからな。いろいろと改造しようとした」

「しようとした?つまり、できなかったのか?」


俺はラースを見る。


「その通りだ。結局、理想のスマートフォンが作れずに聖王協会の上層部から貰ったんだよ。日本には無いからな」


ラース達は納得したように頷く。


「ねえ帝、異能力で能力を付与しなかったのですか?」

「考えてない事もないが、既にあったからな。そこまで魅力を感じなかったな」


俺はスマートフォンを見せながら言う。


「だから別の方法でアプローチしたかった。例えば、魔術陣を組み込むとかな」

「それだけ聞けば簡単そうにも聞こえますけどぉ?」

「俺もそう思っていたさ。最初だけだがな。問題は魔術陣が重なりすぎて全く別の魔術陣になったんだよ。それでいろいろ嫌になって諦めた」

「それだけでか?」


ラースは、「この根性なし!」とでも言いたげな瞳をしている。


「そんな視線を向けるなよ。誰だって三週間かけた傑作が、あんな使えない鉄屑になるとは思わないだろ?俺なら思わない」

「だから、そんな結果になったんだろうに」


ラースからめずらしく放たれた正論に思わず、言葉が詰まる。


「ラースのくせにまともな事を言うなんてな。明日、この世界が滅びてもおかしくないな。どうでもいいけど」


俺の言葉にタマリとオリヴィアも肯定的な表情をする。


「そんな事よりも、早く家に入って寝ようぜ」


逃げるように早足で家屋に入るラースの後に付いて行きながら思い出す。


「今日中に首都に到着しないと不味かったな」

「どうしてですかぁ?」

「エリルト公国が真美の国に軍勢を送るらしくてな。騎士が集まっているから都市部に紛れ込む事が面倒になるんだよ」

「ねえ帝、都市の入り口と都市中に監視の目が行き届くという事ですか?」

「そういう事」

「それならぁ、潜入するのが今日だろうが明日以降だろうが変わらないんじゃないですかぁ?」

「それがそうじゃないんだな」


疑問に眉をひそめるタマリとオリヴィアに、行けば分かると伝えながら家屋に入る。


家屋の中に入れば、地球の我が家と大して変わらない。全く同じと言ってもいい。

これは俺がこの家において、最もこだわったポイントだ。どこに居ても変わらない生活がコンセプトのこの家は、俺の魔力によって構成されているため、かなり頑丈であり出し入れが容易だ。


「そうじゃないってぇ、どういう事ですかぁ?

「エリルト公国出身の勇者がいろいろと作り出したらしい。厄介なシステムをな。どのみち、俺達の敵ではないけど」


俺はそれだけを言い残し、自室へと戻る。


椅子に座り、部屋の外には誰もいない事を入念に確認して、俺はアレを頭に思い浮かべる。

そう、ステータスだ。あらゆる能力を数値化し、スキルなるものを記した数多のテンプレイベントを発生させる優れ物だ。


俺は雄叫びを上げながら身体中に力を込めるが、魔力を活性化させるが何も起こらない。

次第に体がポカポカと温まり、軽く感じられる。

ヤバい、超進化しそう。


「帝、どうした?急激に魔力が高まっているみたいだが」


ラースがノックもなく部屋に入ってくる。


「今、ステータスの確認作業を行ってるんだが何らかの原因で分からなくてな」

「普通にステータスが存在しないとかじゃないのか?俺は疲れたから寝るぞ」

「そうか、お休み」


ラースは手を軽く振りながら部屋を後にした。

そして、扉が閉まり終えるよりも先に再び扉は開かれる。


「タマリか?」

「そうですぅ」

「不純な考えで来たなら帰れよ」

「帝様は本当に男ですかぁ?」

「どういう意味だ?それは。まあいいけどな。ところで話は何だ?」

「この世界での帝様の脇道に逸れたような行動の数々に疑問を覚えましてぇ」


タマリはいつにも増して、心配そうな表情を向けている。


「どうしてだ?」

「だって帝様ぁ、無意味をしてるようでしないじゃないですかぁ」

「そうか?」


タマリは頷く。


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