第25話勇者って個人差あるよな


冒険者組合の建物を出て、ラードレインの街並みを眺めながら目的もなく歩き続ける。

勿論、この世界で利用されている金銭を持っていないため、何かを買う訳でもない。


「帝、今晩はどこに泊まるんだ?あの巣窟はもう使えないだろ?」

「そうだな、どうしよう。まずは金を稼がないといけないが、龍の死骸を売る訳にもいかないからな。状況が悪い、目立ちすぎる」


昨今のライトノベルの主人公であれば、手持ちの龍の死体を全て売り、一躍有名人になり、高ランク冒険者になり、そして美女や美少女とキャッキャウフフな展開に進むのかもしれない。

だが実際問題、よく分からない世界で腕の立つ実力者として目立つ事はデメリットの方が大きい。正直、成り行きや、やむなくならばしょうがないとも言えなくもないが、自ら有名になろうとする事は愚の骨頂でしかない。

とは言え、地球へと帰る手段を持っている以上、逃げる事もできるためそこまで気にする必要もない事もまた事実である事には変わりないのだが。


「勇者君は俺達を見失ったと思っているだろうし、転移は好きに使える」

「だったら、どこかに魔物なりを倒してくるか?」

「それは、魔物が売れる事が前提だけどな。少なくとも冒険者組合にはなかったな。上のフロアにはあったかもしれないが」

「ねえ帝、地図で買い取り専門の店を探してみてはいかがでしょう?」

「それもいいかもな。どうせ暇だし」


俺は地図から魔物の素材専門の買い取り店を探したが、結局は見付からなかった。

魔物の買い取りについては、冒険者組合でやってるらしい事を地図の裏面に丁寧に綴られていた。


「冒険者組合だったらしいな。魔物を売るのは」

「それで、これからどうするんですぅ?」

「どこかにお手頃な魔物でもいねえかな。今からでも絶滅させるのに」

「帝、物騒だな」


ラースの言葉に反応せず街の人達の会話に耳を傾ければ、多くの話が伺える。


「ラース、今通り過ぎたご老人の話、聞いてたか?」

「ああ、勇者の悪口だったな。力はあるが、所構わず暴れて被害が大きいとな」

「そして、水面下で王族との婚姻の話も進んでるんだと。これは知っていたけどな。世も末とは、正にこの事だよな」

「どうするんだ?勇者とぶつかれば、間違いなく殺しにかかってくるんじゃないか?」

「ラース、お前に任せた。今の俺は加減が難しい。それと勇者のハーレムはタマリとオリヴィアが殲滅すればいい」

「帝はどうするんだ?」

「俺は優雅に高みの見物と洒落こむさ」


ラースは「分かった」と呟く。


「勇者君は多分、最初の接触は今日行うと思うぞ」

「そうか。その言い方だと、今日は戦わないって聞こえるな」

「戦わない、予定を変える。勇者君は意外と早く魔龍の巣窟を切り上げたようだし」

「あの広さの巣窟をですかぁ?」

「そうだ」

「ねえ帝、あの規模の巣窟の調査は最短でも数日は有すると思いますが……」

「勇者君が面倒になって終わらせたんじゃないか?絶対、魔龍の魔王を倒したのは俺だとか言ってるよ。オリヴィアなのにな」

「言葉の途中に、一太刀で頭を真っ二つでしたねぇ」

「可哀想だったよな。俺なら最後まで言わせてあげるのに」


オリヴィアを見れば、羞恥からか体をプルプル震わせていた。


「冗談はここまでにして、これからどうするかだが……」

「帝、どうした?……いや、聞くまでもないな。視線が増えた」

「そうですねぇ。嫌らしい魔術の他に数種類の視線がありますねぇ」

「ねえ帝、まさか私達の正体がバレたのでしょうか?」

「それはない」


新たに増えた視線は三種類。

一つは事務的な物。

二つ目はタマリとオリヴィアに向けられている隠しきれない情欲を感じる物。

三つ目はただ観察している物。

合計、十三人。

ラースと俺の甲冑は目立ちすぎるからしょうがないと言ってしまえばそれまでだが、勇者ではない他の物が釣れたらしい。

勇者君よりも美しく洗練された鎧を身に纏えば、自尊心を刺激できると思ったが、必要以上に人の目に触れすぎたな。勇者君の耳に入りさえすればそれでよかったのだら目的は達成するだろう。


「よかったな、六つの財布が手に入るぞ」

「どう対処する?俺が行こうか?」


ラースの言葉と共に、オリヴィアがレイピアを抜こうと、柄に手を添える。


「落ち着け。俺達が直接手をくだせば、他の視線を向けている連中に何をされるか分からん。俺の影に食べさせる。ちょうど、人肉を食べたがってたしな」

「それなら、気付いていないと装って観光するのか?」

「それでいい」


直ぐに六名分の視線は消えた。

同時に六つの古びた巾着が俺の影に入った事を確認した。中身はそれなりに入ってるらしい。


残り七名。

だが、視線の主がどこの誰かが分からない以上、そう易々と消す訳にもいかない。相手によっては、メッセンジャーとして使えるかもしれないからだ。


俺達は目的地など無いため、ラードレイン中央に佇む王城へと進む。






「近くで見ると、やっぱり高いな」


俺は無意識に呟く。

某二匹のネズミがチャーミングな笑顔を振り撒く夢の国の城に似ている。

敷地が広い訳でもなく、城が大きい訳でもなく、ただ上に向かって延びていると行った方が分かりやすいだろう。


城門には、衛兵が二人立っている。ラードレインの門のマレージと違い、親しみ易さは感じられず警戒するように鋭い視線を周囲に向けている。

職業柄仕方がないだろうが、あの二人は絶対に友人はいないと思う。


「帝、もう行こうぜ」


興味なさそうなラースの声が響く。


だが、ここに居る事に意味がある。


「書き換えた魔術によれば、勇者君はもう少しでこの城に到着するみたいだ。ここで待ってみないか?」

「それもいいかもな」


ラースが猛獣のような獰猛な笑みを浮かべたような気がしたが、兜のせいで見えない。


「何かあれば、ラードレインを滅ぼして他の都市に行けばいいしな」

「そうですねぇ、この都市には飽きてきましたしぃ」

「ねえ帝、次はどこに向かうのか目星をつけておられるのですか?」

「気が早いだろ、どんだけ嫌いなんだよ。しかもこんな短時間で」


俺は上空を見上げるが、まだ何も見当たらない。

せいぜい、ギラついた目障りな太陽と自由気ままに漂う無垢な羊雲が見える程度。

だが、数分も経過すれば分かるだろう。


「俺達は少し離れた場所にでも待機しておこう」

「だが帝、今日中に何かしらの接触を行うなら目立つ場所に居た方がよくないか?」

「いや、その必要はない。勇者君はきっと見付けてくれるさ。あそこまで下心丸出しだったんだからな」

「ダシに使われるのは嫌ですぅ」

「ねえ帝、見てください、この鳥肌を。もう、鳥類を通り越して爬虫類まで退化しそうです」

「うん、そんな例え初めて聞いたな」


確かに、オリヴィアの差し出した左腕の鳥肌は、爬虫類くらいまで退化してそうだな。


「まあ頑張れ、健闘を祈る。戦闘になったら、勇者君のハーレム要員、好きなだけぶった切っていいから」

「ねえ帝、それで手を打たせてもらいます」


俺のジョークを素で返すか。

あの瞳を見れば分かる。アレは絶対にる気だ。る気満々だ。

ヤベー奴に火を付けたかもしれん。


勇者君が来ると聞かされた民衆が王城の前に群がる。

人々の顔には、期待と羨望の表情が浮かんでいる。どうやら、この都市の中だけでも勇者君の評価は二分されているようだ。

そんな彼等彼女等の頭上に影が堕ちる。

上方を見れば、龍に乗った少年がウインクしながら下降してくる。それに続くのは、同じく龍に乗った三人の少女達。一人一体とはいい御身分だ。

アレって巣窟に生かしておいたドラゴンだろう。それを全て連れてくるとは考え無しにも度が過ぎている。大量殺戮を行った俺が言える事でもないだろうが。


その勇者君の着ている黄金の鎧は、所々が凹み、煤けている事からかなりの激闘(笑)があった事が伺える。

例え殺さないにしても、あの程度の龍に手こずるとは異常な弱さだ。

そして、勇者君は王城前の広場に降り立ち宣言した。


みなの者!聞いてほしい!」


勇者君は一拍の間を開け、再度宣言する。


「魔龍の魔王はこの星の勇者、リュードが討ち取った!」


宣言に呼応するかのように沸き上がる歓声。


マジでか。人の功績を取っちゃうのか。別に構わないけど。

俺は思わず空を見上げる。


「帝、こっちに向かってきているぞ」

「わあ、ホント」


勇者君は金髪をたなびかせながら優雅に歩く。

だが、その視線は俺とラースへは向いていない。


「やあ、そこの美しいお嬢さん方。僕と一緒に来ませんか?」


爽やかな笑みを浮かべながら、タマリとオリヴィアへ向かって右手を差し出す。

なのだが、声をかけられたタマリとオリヴィアは興味がなさそうに王城を観察している。


「タマリ、オリヴィア、お客だぞ」


俺がタマリとオリヴィアに呼び掛けたのが気に入らないのか、高みから見下した嘲る視線を向けられるが、俺が纏っている白銀の鎧を目にした途端、面白くなさそうに舌打ちをした。


「分不相応な美人に分不相応な装備。彼女達にその鎧が可哀想だ」

「そうだな、それ以上にお前の鎧が可哀想だけどな。馬子にも衣装とは言うが、詐欺ペテン師にも甲冑を着せればしっかりと勇者に見えるな」


嘲るような口調の勇者君に、俺は眼中に無さそうに答える。

勇者君は怒りに顔を歪めるが、直ぐに顔を微笑へと戻した。


「その言葉、今撤回しなければ後悔する事になるよ」

「それは、脅しととってもいいか?」

「さあね」


勇者君は惚けたように首を傾げる。


「少なくとも、お前よりも弱いとは思えないな。故に、恐れる必要性を感じない」

「大した自信だね。君が僕よりも強いとでも?勘違いは、直ぐにでも正してほしいね」


怒りのままに一歩踏み出す勇者君をラースの左腕が力ずくで制止させる。


「僕は勇者だ。君程度には負けはしない」

「そうか、勇ましいな」

「勇者だからね」


そう言い残し、勇者君は彼のヒロイン達の元に戻る途中で一度振り替える。


「君達、僕の元においでよ。いつでも歓迎する」


そして、今度こそ少女と龍を引き連れて王城に入っていった。


「ラース、どう思う?」


ラースは間髪入れずに答える。


「実力は大した事はない。巣窟の龍は倒すだけなら難なく実行できるだろうな。だが、人間性に関しては、顕示欲と承認欲求の塊だな」

「非常に的確だな。生まれ持った性格でもなく、変質した物でもなく、演技だな。アレは」

「それについては同意ですぅ」


オリヴィアは何も言わないが肯定するように頷いている。


「その身に染み付いた癖が直らないって感じだな」


それにやたら勇者である事を強調してた。まるでコンプレックスを隠していた反動のように。


「ラース、次の一手を打つぞ。俺達は言葉通り高みの見物といくか」

「そうだな」






俺達が勇者君と接触してから、五時間が経過した。

橙色の夕焼けがラードレインに斜めから降り注ぎ、王城は純白から琥珀色へと彩りを変える。


そんな都市に向かう軍勢。

だが、軍勢と言うにはあまりにも荒々しく、軍勢と呼ぶにはあまりにも隊列が整っていない。


それもそのはず。

何故なら、この軍勢は魔獣だけで構成されているからだ。動物に類似した体躯を持ち、更に大きく戦闘に特化した魔獣の身体能力は人間を遥かに凌駕し、強力な個体は龍さえも補食するだろう。

だが、その暴力の嵐はまるで何かから逃げるように、生存本能だけで進んでいる。手負いの獣は手強いと聞くがその通りだ。

俺は、ラードレインの展望台から手鏡の魔道具レリックで魔獣の軍勢を眺めながらそう思う。


ラードレインの人々は未だに魔獣がすぐそこまで迫っている事には気が付いていない。門番にもタマリの呪術で眠ってもらい、門も完全に閉鎖させている。


「魔獣の数は総数三万。勇者君はどうするだろうな」

「それにしてもよく間に合ったな」

「バラモントには頑張ってもらったからな。それに、転移を使ってここから数キロの地点まで運んだからな。魔術とは便利な代物だよ。その分、戒めが必要だろうけどな」


俺の言葉に反応はない。

ラースは何も言わず、タマリとオリヴィアは、回収した財布の中身で飲食物を買ってきているからだ。俺は、映画の最中にポップコーンを食べる派だから買いに行かせているが、このままいけば魔獣が先にラードレインに突入しそうだ。


先頭が三キロの近さまで進んでいるが、誰も来ない。

平和だな。

こんなに野性的な殺気を向けられているのに、誰も気が付いていないとは非常に呑気だ。


ラードレインまでニキロメートル。


後、一キロ。


そして、──


魔獣の猛攻が始まった。


「買ってきましたよぉ」

「ナイスタイミング!」


展望台を駆け足で駆け上がって来たタマリとオリヴィアの両腕には数多の戦利品が抱えられている。


「ねえ帝、この軍勢は先程伺いましたが、魔獣の魔王の部下で間違いないでしょうか?」

「そうだ。魔獣の魔王はバラモントに倒されて、既に俺の影の中だけどな」

「そうなんですねぇ。仕事が早いですねぇ」

「ねえ帝、流石は帝様の使い魔と言ったところでしょうか」

「そんなに誉めるなよ。アイツは直ぐに調子に乗る」


俺は、ガラス製のテーブルを取り寄せアポートし、タマリ達に飲食物を置くように勧める。

そうして、串焼きのようなタレの付いた肉にかぶり付く。外はカリカリ、中はジューシー。非常に美味だ。

この都市が滅びるのは勿体ないな。頑張ってくれ勇者君。

そうしないと、滅んじゃうよ。エリルト公国。


魔獣の攻撃により、ラードレインの壁の一部が崩れる。

そこから次々と魔獣が都市へと入ってきているが、急遽駆け付けた騎士達に撃破されている。

壁を通ってきた魔獣一体に対し、騎士が五名で囲んでいる。良い戦い方だ。

自らよりも強い相手には複数で叩く。聖王協会では当たり前の常識だったが、実戦で実行できる者は非常に少なかった。

それは、互いの異能力が違いすぎてタイミングが合わなかったり、異能力を相殺したりが日常茶飯事だったからだ。単に練度が低いとも言う。


それでも、時が経てば騎士も疲労が蓄積する。

対し、魔獣の数はお世辞にも多くを削れたと言えはしない。

騎士が一人また一人と魔獣の一撃で吹き飛ばされる。


「帝、勇者はまだ王城で呑気に寛いでるみたいだぜ」

「そうらしいな、気配で分かる」


だが、王城へ目を向けると機会を伺っているのか、龍を待機させている。

どうせ、ピンチの時にやって来てヒーロー気取りで先陣を切るつもりなのだろう。

そんな間にも騎士達が死んでいく。


「龍が飛び立ちましたよぉ」


タマリの言う通り龍は空高く天を駆ける。

そして、一気に急降下しながら騎士達の元へと向かっていった。


これでようやく、勇者君の力を確認できる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る