第4話魔王って言葉は、そこまで強そうに感じない


「貴様は何者だ!」


目の前には、ショートボブの銀髪の美少女。肌は陶器のように美しく、同い年に見える容姿は非常に麗しい。

つり目気味の黒い瞳は油断なく俺を睨み付け、同時に周囲を警戒している。

レースが幾重にも重ねられた紫の薄い布地に白銀に輝くドレスアーマーを見に纏い、両手には薔薇が装飾された赤紫色の籠手をつけ、名匠が作ったであろうレイピアを俺の首筋に添えている。黒のハイヒールを履いており、薄いレースから透けて見える染み一つない足と、抜群のプロポーションが艶かしい。


そんなことまで観察できるのだから、俺は随分と余裕らしい。

単に変態スキルが高いはずではないと信じよう。


「もしかして聞こえてないのか?困ったな。もう少し、大きな声でしゃべる必要があるな」


銀髪の少女が首を傾げながら一歩前に進もうと足を踏み出すが、コメディアンのように大きな動作をしながらこける。どうやら、ハイヒールを履き慣れていないらしい。

レイピアは、右手人差し指で掴んだからよかったものの、争いを知らぬ一般人なら出血沙汰だっただろう。


「大丈夫か?」

「あっ、あぁ、大丈夫だ。すまない、そして心配してくれてありがとう。……もしかしてお前、私の声が聞こえてたのか?反応しないからてっきり聞こえていないのかと思っていたが」

「普通に聞こえるけど」

「なら、ちゃんと返事しなさいよ!」


銀髪の少女が俺の肩を叩く。なかなか痛い。叩かれて少し時間が経ってから痛くなる。


「えーっと、お前は何者だ、だったっけ?」

「そうだ、何者なんだ?」


少女はしれっと指に挟まれたレイピアを抜き取り、再び首筋へと向ける。


「何者も何も、神月帝、15歳、血液型はO、誕生日は八月三日、好きな食べ物はシャトーブリアンのステーキ、嫌いな食べ物はトマト、将来の夢は世界征服、趣味は破壊工作、最近のマイブームは子犬の動画を見ること、今年の目標は千葉にある某夢の国へ行くこと──」

「もういい、もういい。そこまでは聞いてない!と言うかあなた、おっかない一面暴露していたぞ!」

「人間、大抵こんなもんだ。お前は──貴様は何者だ!」

「真似するな!恥ずかしいだろ!結構似ているし!」


少女はレイピアを腰の鞘に戻し、一度咳払いをする。

右手を豊満な胸元へ当て、凛々しい声を発する。俺は席に座ったままなので、自然と見下された体勢になる。


「私は魔国の女帝、ミシシッピ・アイオワ・テキサス・ノースカロライナだ!私がいた世界では魔王と呼ばれていた!……何故目を逸らす。恥ずかしいでしょ」

「いや、特に何も」


狂気染みてアメリカ愛が強い名前は放っておくとして、自称魔王の厨二病少女にかける言葉が見当たらない俺は、窓越しに空を見る。


「今日も空は綺麗だ」

「見渡す限りの曇天じゃない」


少女は曇り空を見上げ、急に何かに気が付いたのか続けざまに口を開く。


「あなたは勇者ね!」

「勇者?俺が?何故?」

「魔王は勇者の存在を感知できるのよ!」

「面倒だから帰っていいか?」

「帰る?嘘でしょ?私には帰る場所はないのよ!何とかしなさいよ!」


図々しい頼みごとをする少女に過度のストレスが溜まるが、鋼の精神で耐える。


「何とかって例えば?」

「あなたの家を寄越しなさい!私は魔王よ!」


組んだ腕の唯我独尊ぶりが、更に俺の平常心を削ぎ落とす。

思わずため息が出るが、暴言を吐かないだけ我慢した方だろう。


「寝室のあまりならあるし、我が家に居候するか?」

「居候?何よそれ?」


この魔王様は一般常識を持ち合わせていないらしい。これは好都合。うまい具合に言いくるめれる。


「居候というのはな、複数の人間と暮らすことで己の真価、無限の可能性、未知なる領域を開拓することなんだよ。凄いだろ」

「そうなの!凄いわね!私の真価!私の可能性!いいわね!クーデターを起こしたアイツらにギャフンと言わせてやるわ!」


クーデター?とんでもない地雷を開拓した気がするが、これ以上は触れないように心に刻む。


「まあ、そうだな。人生はいろいろあるけれどな、世界は待ってくれねえんだよ。苦しい時程苦しんどけ。それがきっとお前の糧となるはずだ」

「……あなたも大変だったのね。私、頑張るわ!」


気まぐれで書店で買った、人生論についての書籍の一節を丸々引用し、さも自分の言葉であるかのように哀愁こもった表情で口にする。

少女は両方の拳を力強く握り、胸の前に上げる。


「その意気だ。止まるんじゃねえぞ」

「ええ!分かったわ!」


チョロいな、コイツ。


「まあ、お互いの事情は大体分かったし、場所を変えるか。他の教室の連中は意識を失ってるだろうしな」

「どうして?」

「そりゃあ、一般人がデカイ魔力を浴びれば気を失うのが道理だからだ。迎えを呼ぶから少し待ってろ」

「分かったわ」


ポケットからスマートフォンを取り出し、ヴァルケンへ今の状況と迎えに来るように要望する。

ヴァルケンからの返事は非常に速い。今から迎えに来るようだ。


「ねえ勇者。思ったのだけど、あなたは勇者なんだし何か能力は使えないの?」

「無理だな。そんな大層な力、持ってねえよ」

「ふぅん」


少女は疑わしげな視線を向けるが嘘ではない。彼女には、勇者の力に目覚めたばかりだから能力は使えないと勘違いしてほしいのだが、そもそも俺は勇者の力は得ていない。恐らく、魔術陣上に居たため、因子が引っ付いているのだろう。

そして、この教室内に限らず校内は莫大な魔力の余波が漂っている。その余波があらゆる異能力の発動を阻害している。対策や対抗策は勿論存在する。だが、下手に行動を起こして国土異能力対策課に目を付けられても面倒だ。俺は平穏を愛する平和主義者なのだから。


「一応、嘘は吐いていないようね。この上なくグレーでしょうけど」

「真偽を確認する能力でも持ってるのか?」

「ええ、その通りよ」


少女は胸を張りながら答える。


別にそのくらい、教育を受ければ異能力に頼らずとも誰だって可能だということは黙っていよう。


「そこのふんぞり返ったアメリカンな彼女」

「何よ、アメリカンって。それに私はふんぞり返ってないし?」

「最後、疑問系だったな」

「べっ、別に!」


この子、凄く面白い。目が泳ぐのを現実に初めて見た。


「お前、どんな世界から来たんだ?」

「んー、どんなって聞かれても難しいわね」


少女は人差し指を蠱惑的な唇に当て、首を捻る。


確かに質問が悪かった。

他の世界を知らないのであれば、比較のしようがない。よって答えることができないだろう。


「質問を変えよう。その世界には何がある」

「人に魔獣がうじゃうじゃといるわね」

「そうか」

「一つ言っておくが、この世界において、人の命は地球より重いという言葉がある。この言葉を胸に刻めよ」

「……分かったわよ」

「ならいい」


少女は不承不承といった表情をしているが、一応は納得したらしい。


「それと、魔王なんだろ?」

「そうよ!馬鹿にしてるの?」

「そんな不貞腐れた顔するなよ。魔王であるのなら、それ相応の力を持っているはずだろ?」

「そうよ。それが?」

「滅多なことでは使うなよ」

「何故よ?」


少女は疑問を素直に口に出す。


「それが特殊な力を持つ人間がこの世界で生きる術だからだ。それに、善意であれ悪意であれ力は所詮力だ。力で解決しようとしても、ろくなことにはならねえよ」

「……例え、誰かが困っていたとしても?」

「魔王らしくない発言だな。だが、答えはノーだ」

「あなた、やっぱり最初から能力を持っていたのね?」

「根拠は……さっきの発言をしっかりと聞いておけば気付くか」


少女は俺から視線を外さないまま、椅子を横に半分回し、そのまま座る。

そして、少女は不意に微笑む。


「あなた、急激に老けたように見えるわよ」

「お前は、魔王を名乗るわりに優しすぎる」


互いに苦笑し合い、何故か妙なシンパシーを感じる。お互い、若いくせにいろいろと苦労をしてきたからか。


「本当に面白い人ね。いい加減に見えるのに、一緒に居るとどこか安心する。もしかして、私に兄がいればあなたのような人だったのかも」

「何故兄なんだ?」

「……私、一人っ子なのよ」


僅かな空白には何も指摘しない。

あり得ない可能性に思わず笑いが込み上げるが、廊下に足音が響く。よく知っている気配だ。


「随分と早かったな、ヴァルケン」

「近くで待機しておりましたので。それと、国土異能力対策課所属と思われる異能力者がちらほら見受けられます」

「気付かれてはいないよな」

「ええ、勿論でございます」


目の前の少女は、教室へと入ってきたヴァルケンに視線を向けず、指を指す。


「あの人って、あなたの知り合い?かなり、強そうなんだけど。多分、私よりも」

「私は、帝様の忠実なしがない執事でございます。何卒、お見知りおきを」

「私は、ミシシッピ・アイオ──」

「──逢坂真美さんだ。仲良くしてくれると助かる。一応、魔王らしい」

「何よ!そのヘンテコな名前!」

「ヘンテコ言うなよ。今のお前の名前は目立ちすぎる。ありきたりな名前の方がいいんだよ。その方が何かと都合がいい」


少女──もとい、逢坂真美は否定的な表情隠しはしないが何も口には出さない。

名前には多少の誇りや執着があるのかもしれないが、ここは我慢してもらう。


「帝、これからどうやって帰るの?外にコクドイノウ何とかって人達がいるんでしょ?」

「幻術をかければいいだろう」

「それだけでいいの?今まで何もしなかったのだから、随分と警戒していたんでしょ?」

「確かに国土異能力対策課の上位陣は厄介だ。だが、外にいるのは──」

「──異能力対策課ではなく、善神騎士団ですね。気付かれていたのですね」


ヴァルケンが俺の話を繋げる。

それに、真美が視線で説明を求める。


「善神騎士団ってのは、異能力世界において日本の名家の落ちこぼれ子息達のための組織だ。一種の救済措置だな。自尊心とプライドが常軌を逸して高いくせに、実力が一切伴っていない」

「嫌な連中ね。でも、名家の子息だけって組織として成り立つの?数が足りないように思うけど」

「組織を回せるだけは所属しているぞ。そもそも、異能力者の異能力は遺伝する。これはこの世界における一般的なセオリーだ。だからこそ、家の敷居高ければ高い程、側室や愛人を囲ってるらしい」

「らしいって、知らないの?」


真美は謎と謎が折り重なり、摩訶不思議な心情を表情で表している。


「俺は元々、他国の異能力組織にいたからこの国の詳細は事情はあまり詳しくないんだよ」

「ふぅん、そうなのね」


魔王系少女は納得したような表情だ。いろいろと腑に落ちたらしい。

全てが腑に落ちた訳ではないだろうが。


「ヴァルケン、あれを持って来てるか?」

「はい、こちらを」


ヴァルケンが虚空から出現させたのは、金に輝く一本の鍵。

だが、形と大きさは極めて異質。

直径一メートル程の長さを誇り、先端は鋭い。形状はありきたりなのだが、柄は刃物のようになっているため、変わった日本刀のようにも感じられる。持ち手には、本来ならば取っ手の円の中心に、柄から延びるように付いている。


「認識阻害をかけられたままですが、大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。上手くやるさ」


ヴァルケンの心配に軽く首を横に振りながら答える。

今の俺は、ヴァルケンの言う通り認識阻害をかけているが、通常のそれとは少し違うものだ。俺の場合は、所持魔力が多いため、神月帝という存在の認識を阻害したところで、魔力感知が鋭いものには意味をなさない。そこで、一時的に所持魔力と異能力の大半を犠牲にして、ありふれた日本人としか認識できない。


「何なの、それ?」

「俺の所有する魔道具レリックの一つだ」

「凄いの?」

「見てりゃあ分かる」


前屈みになり、まじまじと金の鍵を見つめる真美に思わず苦笑しながら、何もない空中へと突き刺すように押し出し、錠を開けるかのように回転させる。

直後、周囲の魔力が一点に集まり空中に亀裂が入る。


「一体、何が起こってるの?」

「あらゆる空間、あらゆる次元、あらゆる世界を接続しているんだよ。それがこの鍵、覇王の王鍵ドミネートキーの能力だ。凄いだろ?」

「そうね、凄いわね。名前と見た目がダサいけど。でも、それ以上にその自慢気な顔がかなりウザイわ」


異性からの口撃は、かなりキツイ。今度、鍵の形を変えよう。


できる男はすかさず、フォローを入れる。


「能力を聞いてはいましたが、実際に目の当たりにすると素晴らしいですね。それにしても、周りの魔力を流用しているようですね」

「ああ、魔力操作は超能力者の得意分野だからな」


亀裂が徐々に広がり、向こう側に見えるのは我が家のリビング。

亀裂を踏み越え振り返ると、おどおどとした様子の真美。後ろのヴァルケンが困ったような表情をしている。


「魔王がこれくらいのことでビビるなよ」

「ビビってないわよ!って、ちょっと!」


いつまでも黙って見ているつもりもないので、真美の腕を掴み、強引に引っ張る。

最後にヴァルケンが続く。


自然と俺の胸に抱かれる体勢になっている真美は右手に魔力を集中させ振りかぶる。

だが、当然当たる俺ではない。


「ホイッ!」

「キャア!何で押すのよ!」

「そりゃあ、ビンタされそうになったら避けるのが自然の摂理だ馬鹿野郎」

「男なら黙って張り手の一発ぐらい受ける覚悟と甲斐性くらい持ちなさいよ!」

「覚悟?甲斐性?何だよ、それ。俺とは縁も所縁ゆかりもない未知なる言語じゃねえか」


両手をアメリカのコメディアンのように上げながら答える。


「納得してないようだが取り敢えず、我が家へようこそ。歓迎しよう」

「どっ、どうも。ご丁寧に」


その言葉に応えるかのように、クラッカーの乾いた音が響く。

真美は嬉しいやら恥ずかしいやらで、もじもじとしながら視線をさ迷わせている。


「本来であれば、帝様の卒業記念で卒業式の最中に鳴らす予定でしたが、やむなく状況が変わり、ここで使わせていただきました」

「その方がいいな。卒業式でクラッカー鳴らすアホとか後世にまで残る大偉業じゃねえか。とんだ負の遺産残すんじゃねえよ」

「存じております」


ヴァルケンの声がリビングに響く。

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