第5話師匠って大抵面倒くさい


俺達は派手に鳴らしすぎたクラッカーの残骸を回収している。

どうやら、アイツらは後先を一切考えずクラッカー二千円分も発砲したらしい。おかげで床に散乱した紙吹雪を回収している最中だ。


「何か、いろいろありがとう」

「どうした?急に。礼を言うタイプには見えなかったが。頭でも打ったのか」

「失礼ね!」


真美は、初めて見るビニール袋に驚きながらもゴミを回収している。


「ところで、あの二人は大丈夫なの?ヴァルケンさんが叱ってるようだけど」

「自業自得だろ」


真美に促された方向を見ると、満面の笑みを浮かべたヴァルケンに叱られている二人の男。


一人は、立てば二メートルを超える長身を誇る赤髪の巨漢。今は見る影もないが、ヴァルケンと同じく異世界のラスボスだった日本の文化に馴染んだ鬼神。シャツには「大和魂」とプリントされ、プラスチックの模造刀を腰に差している。浅黒い肌をビクビクと震わせ、大量の冷や汗を濁流のように流している。厳つい顔が真っ青になっている。


もう一人は身長の低い銀髪の中性的な少年。赤いマントを肩にかけ、「働いたら負け」と書かれたシャツを着ている。右目に眼帯──本人曰く、死神の眼帯クリムゾン・エンペラー──を装着し、右手には百均でクラッカーと一緒に買ったであろうペンライト──光神の裁き《ジャッジメント》──を握りしめている。


「あの子、あれでちゃんと前が見えてるのか?右目には眼帯を付けて、左目は下ろした髪で隠れているが」

「テラのことか?気にするな、あれは厨二病と言う病気なんだよ。昨日はいきなり街中で左目に眼帯を付けて右目を押さえながら、封じられし我が魔眼が疼く!とか言ってたからな。派手に目立ちすぎて警察沙汰になった」

「ケイサツ?とは何か知らないが、あの子もいろいろと大変なのね」

「大変なのは、アイツの頭だけどな」


テラへ同情の視線を向ける真美に内心で、アイツの正体は死神ですよ!と言うことも考えたが、思いとどまった。いずれ教えてやればいい。


「こいつらがお前の同居人だ。仲良くしてくれると嬉しい」

「分かったわ!任せて!友達作りは上手いと思うの!」

「……そうか」


朱に染まれば赤くなると言うが、あまり染まってほしくはないな。

クラッカーの紙屑を拾い終え、ヴァルケンへ声をかける。


「ヴァルケン、そろそろいいか?」

「ええ、よろしいですよ」


ラースとテラを真美を紹介し、異世界の魔王らしいという事情も伝える。

ラースとテラは異世界の魔王を越えたラスボスだったこともあり、大して動じていなかったが、その代わり真美が動じていた。


「ねえ、あなた!この家の住人何?いろいろおかしいわよ!規格外すぎるわ!」

「何だ?あぁ、そんなことか。いきなり過去最大出力で騒ぎ出すから情緒不安定のヤバい奴かと思ったぞ」

「いちいち失礼ね。それにしても、どういうことか説明してくれないかしら」


俺は以前、異世界のゴタゴタに巻き込まれたことを掻い摘んで説明した。

それに対して真美は、呆れと驚愕の織り混ぜられた表情を向けてくる。


「あなたのその力と魔道具レリックでしったっけ?それらは、そのゴタゴタに巻き込まれたから得た物なの?」

「いや、力に関しては生まれつきだ。魔道具レリックは一時期、珍しい物や強力な物を収集していた時期があったんだよ。その時はかなり凝っててな。大金を払って買い込んだこともある」

「そうなのね。ならあなたのこと、少しは信用できるわね。後天的に偶然力を手に入れた相手は信用できないもの。自分の価値観や正義を無理にでも押し通す。それでもまだ、いい方なんだけどね」

「酷い場合は我欲のためだけに動く。それは、生まれつき何かしらの能力を持つ者も、有り得うる可能性だがな」


異世界の魔王もいろいろと苦労を背負っているのだろうことは分かる。だが、俺にできることはあまりにも少ない。

所詮は他人なのだからしょうがない。だが、それは言い訳だ。


「私わね…………やっぱりいいや。忘れて」

「分かった、忘れよう。それにしてもお前達、その視線は何だ?」


ニヤニヤとした笑いを帯びた視線を感じ、異世界のラスボス達に視線を送る。


「帝様にも、とうとう春がやって来たと思いまして」

「帝、お前も隅には置けねえな」

「ミカド、おめでとう。取り敢えず、昼食食べない?お腹空いたんだけど」


何故か龍神と鬼神と死神に祝福される俺。

誤解は広がるのは速いが、終息させるのは面倒だ。


「違うわよ!名誉毀損よ名誉毀損!私の名誉を著しく傷付けた!私の心はボロボロよ!」

「お前も大概だぞ。ちょっと誤解されただけでボロボロとか、どんだけ弱々しいガラスハートなんだよ。それにしてもお前、よく名誉毀損なんて言葉知ってるな」

「魔王である私なら当然よ!」


真美は両手を腰に当て胸を張る。

そして、ヴァルケンが話を続ける。


「帝様、今後はどういたします?」

「正直、面倒と言えば面倒だが、何かしらの手を模索する他ないな」

「……ごめんなさい」

「別にお前が謝ることではないと思うが」


魔王と勇者クラスメイトがトレードしたのは、俺を助けるためにアレが力ずくで介入したことが原因だろう。

問題は、どのように介入したかだ。自分だけを防ぐだけなら過去の経験を生かし、力を封じた状態の俺でも可能だろう。だが、彼女はそうしなかった。

現時点では、向こうからの一方的に干渉しかできない。故に、俺の意志の疎通が不可能。以前は互いに意志疎通が取れていたのだが、何故か取れなくなったのは聖王協会を抜けた頃とタイミングが被っている。

直接的な原因は未だに分からない。この件については完全に行き詰まりだ。

できることは、今後はどう立ち回るかを考えるかだけだ。


「ヴァルケン、お前ならこれからどうする?」

「私なら、聖王協会に彼女の庇護を求めます。ここは、国土異能力対策課のお膝元ですので、イレギュラーな事態に陥れば、今の帝様は容易く一矢を報いられる可能性もありましょう」

「言ってくれるな。まあ、あながち間違いじゃあないけどな。だが、上手くやるしかねえだろ」

「そうだな、帝の言う通りだ。だが、そんなことよりも腹が減ったぞ」

「そうそう、ボクは腹が減ったぞー。この封じられしイビルアイが怒り出す前に昼食を持ってこーい!」

「何とかなりそうだな」

「そう言ってもらえると助かるわ」


真美は照れたように微笑む。






お灸を据えられたラース達と昼食を囲みながらとりとめのない話に花を咲かせる。本来ならば卒業式から帰り、卒業祝いのご馳走だったのだが、ただの歓迎会になっている。


「それなら、あんたは今日卒業式だったの?」

「そうだな」

「それは悪いことをしたわね。せっかくの記念日なのに」


ローストチキンにかぶりつきながら真美は喋る。


「別に記念日でも何でもねえよ。学校に通うのが今日が初めてだったし」

「そうなの?」

「そうだな。俺にもいろいろと事情があったんだよ。自宅の平穏を守ったり」

「へぇ」


誤魔化しながら、できる限り美談へと持っていこうとする俺に面白がるような視線がいくつか飛んで来る。


「まあ、これからのこと…………嘘だよな?早すぎる」

「どうしたのよ、急に?」

「いらっしゃると伺ってませんが、やはり親心が働いたのでしょうね」

「絶対、親心っていうより状況確認じゃないのか?」

「ボクもラースに同意だね。まあ、多少の親心はあるかもしれないけど」


俺達は玄関へ視線を向け、動きを止める。

足音が家中に響く。獲物を追い詰めるかのようにゆっくりとゆっくりと近付いて来る。まるでホラーだ。


真美が両手にナイフとフォークを掴み、テラはテーブル上に置いてあるペンライト──ではなく、光神の裁きジャッジメントを構える。ラースは足を何度も軽く蹴り続ける。まるで、お前が行ってこい!とでも言いたそうな表情をしている。

ヴァルケンはいつも通り平然としている。その鋼のメンタルが羨ましい。


「やあ、久しぶりだね、帝。卒業おめでとうとは言えないけれどね」


姿を表したのは俺の育ての親。

世界最強の異能力組織を統べる長。

この世界において、最強の一角を占める師。

謎に満ちた恐怖の具現者。

多岐多彩な術を操る世界最高峰の異能力者。


ジーパンに黒のチェスターコートを着た金髪の青年が立っていた。


「ジョーカー、あんたわざわざロンドンから東京まで、急いで飛んで来たのか?」

「まあね。忘れたのかい?君に瞬間移動を教えたのは僕だよ」

「瞬間移動って言うより、空間同士の接続と屈折の合わせ技だけどな。それに、俺には魔道具レリックがあるし、絶賛能力封印中だから瞬間移動使えないし」


ジョーカーは軽く肩をすくめ話を繋げる。

そして、しれっと壁際に置かれてある椅子に座る。


「いろいろと聞きたいことに言いたいことがあるけれど、まずは昼食にしようか?」

「オイ!椅子に座ったのは黙認したが、昼食まで食べるのはダメだぞ!認めないぞ!何より、俺の分が減る!」

「あんた、結構ケチね」

「帝、そちらのお嬢さんにも言われちゃったよ。そういうとこがあるよね。あっ、僕のことはジョーカーって呼んでね。一応、この万年反抗期の師だよ。このパスタ美味しそう。いただきます」

「それ、俺の取り皿に乗ってるヤツな」

「これの師なのですか?」

「そうだよ」

「ジョーカーさんから見て、これはどうなのですか?」

「化物並みに強いよ。異名なんて数えたらキリがないくらいだし。全力で戦えば僕に勝ち目はないかも」

「抜かせ老人。あんたに勝てるビジョンが見えない」


本来、四人で使っているテーブルを六人で囲んでいるためかなり手狭に感じる。幸いなのは狭く感じるだけで、それなりに大きなテーブルであるため、実際にはそこまで狭くないことだ。


「ほうほう、大変だったねぇ。クーデターを起こされた挙げ句、この世界に跳ばされたなんて、酷い話じゃないか」

「いえ、私にも至らない点は多々ありましたから」

「自分を見つめ直すことができるのは素晴らしい利点だよ」


ジョーカーと真美が話し合っている最中、ラースとテラから攻撃的な視線が飛んで来る。おおよそ、早く帰らせろとか聖王協会本部に連れ帰れとでも言いたいのであろう。

俺からすればジョーカーには多少の苦手意識があるが、ラース達程ではないと思う。だが俺は嫌な物は嫌だと言える日本人だ。


「ところで、ジョーカー。今回の一件で、聖王協会はどういった対応を取るんだ?国土異能力対策課だけなら取引を行う手もあるが、善神騎士団が関わってくるとなっちゃあ面倒だぞ」

「そうだね。彼らの陰湿さと上昇志向といったら病的だからね。でも、善神騎士団は僕が黙らせておくよ」

「完全には無理だろうがな」

「ああ。大きな手柄を立てて、実家での自分の立場を確立させたいだろうし」


ジョーカーは、ヴァルケンの持ってきたデミカップを持ち、優雅に口へと運ぶ。


「いい豆だね。どこの銘柄?」

「コンビニで買ったやつじゃね?」

「コロンビアから取り寄せた物になります」

「それは凄い。美味しい訳だ。話を戻すけど、善神騎士団には気をつけるように。彼らは何でも実家の権力で揉み消しを行うらしいからね」

「表沙汰になったら困るからか。そいつら末期だな。人としてどうなんだよ。どう考えても揉み消すより再教育か処分した方が労力は低いだろ」


ジョーカーは何も答えない。だが、次に口を開いたのはジョーカーだった。


「この一件を一番しつこく嗅ぎ回ってくるのは、国土異能力対策課だと思うよ。彼らはここ最近、世界強制排除魔術陣について調べ回ってるし」

「何か聞かれたのか?」

「まあね。異界と地球の隔たりについては聖王協会が一番詳しいことは周知の事実だけど、全ての情報を見せろって言ってきた女の子がいてね」

「あんたがロリコンなのはどうでもいいとしても、見せてないだろ?」


ジョーカーは首を横に振り否定しながら、「僕はロリコンじゃないよ」とケラケラと笑う。

確かに人の趣味嗜好は好き勝手だが、一組織の首領たる人物がロリコンであるのならば世間体が悪い。


「まあ、他組織の敬遠はこっちでやっておくから、異界の方は好きに解決していいよ」

「丸投げとも言うな」

「けど、君が僕の言うことを一から十まで従順に聞いてくれるとは思えないし、このくらいいい加減で中身の詰まっていない指示の方がやり易いでしょ?」

「……そうだが、何故俺が解決するみたいになってる訳?俺は聖王協会から抜けた身だぞ。今更通達を受けても従うつもりはねえよ」

「そこを何とか。そう言えば、高校どこに行くか決まってないんでしょ?入学試験を受けてないとも聞いたけど」


ジョーカーの笑みが美しく歪む。いつもの悪巧みをしている顔だ。


そもそも、高校からちゃんと学校へ行くとは言っていたが、本当に通うつもりは毛頭なかった。正直に白状してしまえば、黙っておけば何とか誤魔化せると思っていた。


別に今までがニートだった訳ではない。

暇を持て余していた訳でもない。

やることは山ほどあっただけだ。


この国には国土異能力対策課や善神騎士団以外にも、強力な異能力組織や名家はいくつも存在する。そんな連中に正体を感づかれることなく生活するには、協力者達が必要となる。

彼らを纏め、関係を構築するにはそれ相応の時間がかかる。


「ジョーカー、どっかの高校に裏口入学させようってか?」

「裏口入学?ハハッ!まさか」

「じゃあ、この時期に裏口入学じゃなけりゃあ、どうやって高校に進学するんだよ?」

「そりゃあ、ねぇ」

「ねぇって言われても、非合法の手段しか思い付かないんだが」

「ヴァルケンくん、コーヒーのおかわり頼める?」

「かしこまりました」


キッチンへと下がるヴァルケンを尻目に、現状を脳内で改めて分析する。


クラスメイトと同様に行方不明になったのであれば、何も心配することなく裏でこそこそ動けばいい。だが、ジョーカーがこの家に来た以上、状況は大きく変わってくる。

異能力社会におけるビックネームが何らかの手段で国内に入って来れば、必ず監視をするなど注意を払う。例え、瞬間移動を用いたとしても。感知専用の魔道具レリック、もしくは感知特化の異能力者なら気がつく。勿論、俺達もジョーカーが国内に入ったことは念話で聞いていた。


「君が聖王協会を抜けて五年。その間に異能力社会は大きく変わった。君もある程度は耳にしていると思うけど、僕の口から伝えよう」

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