【アンケ御礼小話】灼熱の業火に炙られたかのようなひりついた痛み



「おち、びちゃん……た、助け……て」

「キャ、キャサリン、ごめ、私も……ダメ」


 悲痛な声で助けを求めるキャサリンの声に、おちびはなんとか声を振り絞って答えた。

 その返答は現在のキャサリンを救う事は叶わないが、おちびが自分と同じ境遇である事を感じたキャサリンは少しだけ辛い気持ちが励まされる思いだった。


 ドア越しにおちびの痛みで呻く声が聞こえる。

 そのまま続けて憎しみの籠った低い声で「憎い。もう全てが、世界さえも憎い」と呪詛を吐き出した。

 そしてまた呻き声だけがキャサリンに届く。そのおちびの漏れ出たような苦悶の声に、キャサリンは泣きそうになりながらも謝罪の言葉をなんとか絞り出す。


「ごめ、んね、おちび……ちゃ、ん。キャ、サリンが誘、ったり、うぅ、したから……ッ!」

「ちがっ、キャサリンのせい、じゃない。決め、たのは、私、だもの」


 苦しみながらもドア越しに会話する二人。

 だが、その僅かな心の交流を、鋭い怒りを含んだ荒ぶった紅い声が一切の容赦なく切り裂く。


「あんたらトイレ入ってんなら静かにしなさいよっ!」


 至極真っ当な言葉であった。

 だが、その真っ当な言葉を吐き出したアンジェリカもまた、残念な事にトイレの住人である。


「ああ最悪よ、二度とあんたらから貰った物は食わねえ」

「口調、……荒れ、てるよ、アンジェ……リカ」

「誰のせいだと思ってんだよ!」

「そ、りゃ、食べた人、の」


 せい、とおちびが続けて言うと同時にアンジェリカが狭い個室の何処かを殴りつけたと思われる激しい打撃音が、トイレのある一角に響いた。


 そもそも事の起こりは休日である今日、食材の買い出しに出向いたキャサリンとおちびが買って来たお菓子だった。

 いつもの市場通りで必要な物を買い、帰りすがら新しい品が入ってないか散策している時に、キャサリンが初めて見る軽食ワゴンに気が付いたのが運の尽き。


 王都周辺では見かけない珍しいお菓子は一口サイズで、店主に勧められるまま試食してみれば独特の風味が癖になる味だった。皆も気に入りそうだと意見を一致させた二人は迷うことなくキロ買いした。その結果、まさかこんな結末になろうとは。


 お喋りを楽しみながらの帰り道、行儀が悪いと注意する人物も居ないのでついつい菓子を摘まむ手が止まらぬまま帰れば、ホームに着く頃には二人して抑えが効かない程の腹痛を抱えていた。

 駆け込む様に玄関に入り、キャサリンは荷物をそのまま玄関に降ろしトイレに。

 おちびは丁度二階から降りてきたアンジェリカにこれ幸いだと、嫌な汗を流しながらもキロ買いした菓子の大袋を「持ってて」と焦ったまま渡すと、キャサリンと同じくトイレに駆け込んだ。

 

 そんな事態に陥った二人の原因を有無も言わせず一方的に押しつけられたアンジェリカは、初めて見る菓子への好奇心と食欲をそそる独特の香りに、特に警戒することもなく腕の中にある大袋に手を伸ばした。


「そもそも渡す時に一言伝えるもんだろが」

「……ちょっと言う、の、遅れちゃ、った、だけ……じゃない」


 そう、おちびは遅れながらもきちんと注意発起していた。第一波を無事やり過ごした後の、か細く震える声を無理矢理張り上げて。

 それをトイレに二人揃って駆け込んだのを心配して様子を見に来ていたバーバラの耳に入り、無事アンジェリカへと伝えられた。

 結局数分後にトイレの住人の仲間入りを果たしたが、キャサリンやおちびより軽度なのはおちびのおかげではあるが、また食べる原因になったのもおちびなので難しい所である。


 実際は買った人の許可も無く食べたアンジェリカの自己責任なので完全に八つ当たりだ。

 おちびもそれは分かっているのだが、注意発起せずに菓子という名の危険物を渡してしまった罪悪感から強く言い返す事が出来ないでいると、アンジェリカを優しく諫める穏やかな声があがる。


「たまたま三人共に、不運が重なっただけですよ」


 ですから、まずは出せる物は全部出して下さい、と続けて言うバーバラにアンジェリカは反論しないものの小さく舌打ちを一つ、キャサリンとおちびは最初より幾分か元気になった声で返事を返した。


 尚、リビングで一部始終を見ていたマチルダはダイニングテーブルに突っ伏し、笑い過ぎて腹を抱えて震えている。

 カトリーナはそんなマチルダを呆れた目で眺めながらも、お腹に優しい香草茶を何時でも淹れられる準備を整えていた。









 余談ではあるがその後、無事トイレから這い出てこれた三人のお尻にバーバラは回復術を施し、腹痛の原因が気になったのか、なんの躊躇もなく元凶のお菓子を摘まむと自身の口に含んでキャサリンとおちびに悲鳴を上げさせたとか。

 










 原因はお菓子の独特な味と香りの元であるスパイス。

 南方の国ではポピュラーなスパイスだが王都周辺から北では馴染みがなく、身体が受け付けなかった。

 余ったお菓子は南方出身のカトリーナが美味しく頂きましたのでご安心下さい。

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逆ハーレムでは断じてない! 日暮 千疾 @koguretihaya

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