騎士と少女の恋物語






 もうティリスはどうしたらいいか分からなかった。


 幼い頃に交わした伴侶の誓いに縋る惨めな女とトールは言った。煌びやかな騎士の正装を纏う男性達、トールの同僚だろう人達と交わすくだらない雑談の一つとして。


 聞きたくなかった。いや、聞けて良かった。相反する気持ちが同時に沸き上がるが、現実を受け入れたくないと心が悲鳴を上げるようにティリスの胸には鋭い痛みが走り続ける。まるで剣で裂かれるような痛みにただティリスは両手で胸を押さえて咄嗟に隠れた部屋の扉の前で蹲るしか出来なかった。


 馬鹿よ。私は大馬鹿よ。


 ティリスは自分自身を罵倒する。心を切り裂いた傷が余計ズキズキと痛みを伝え続ける。


 でも、その通りだわ。なんて惨めな女なの。


 卑下するような歪んだ笑みをティリスは浮かべるが、見ようによっては泣き出しそうな顔でもあった。

 本当ならティリスは今すぐにでも心の痛みのまま泣き喚きたかった。でもここは自室でもなければ自宅でもない。王城の足元にある騎士団の建物内だ。辺りかまわず泣き嘆く恥知らずな女にまではなりたくなかった。

 ただその一心でティリスはふらつく足に無理やり力を入れ、立ち上がる。よろけた拍子に扉近くの壁に縋る形になったが、こんな所で泣いてたまるか、本来の自分の居場所に早く帰らなくては、それだけを考えて縋る手に力を入れる。

 

 だがティリスの気持ちとは裏腹に、誰にも見られたくない醜態を晒すティリスに声をかける存在が居た。

 

「具合が悪いなら治癒術師を呼んでくるが」 

 

 自分以外に誰も居ないと思っていた小部屋に響く声。

 ティリスは弾かれるようにして顔だけ振り返り室内を見渡す。

 広くはない室内に置かれた無数の資料棚に溶け込むように声の持ち主は居た。


 顔も髪も分からない、全てを隠すような黒のローブを纏う男だった。



 


 ここで書かれた文字と頁が終わり、読んでいた人物は乱雑に本を閉じると目の前にある兄弟達の玩具が散らばるテーブルの空いた場所目掛けて力一杯投げぶつけた。


「なんっだこれ、ふざけんなよ!!」


 本とテーブルが上げるバシッっと大きな音と叫びが絵に描いたような一家団欒を楽しむリビングに響いた。

 

「おにいちゃん、どうしたの?」


 叫びを上げた人物のズボンの布を掴みながらまだ幼い女の子が不安げに声をかければ、兄であるまだどこか幼さが漂う少年はしまったと言うようにハッと我に返り、足元から心配気に見上げて来る妹に驚かせてごめんなと声をかけ安心させるように頭を撫でた。

 いつもの様子に戻っている兄に他の兄弟達も安心したのか次々に兄である少年の元に集まりだす。なんの本なの? にいちゃん読んで読んで、と無邪気に強請ってくる妹や弟に酷く慌てた。幼い兄弟達にとても読み聞かせられるような内容ではないと分かったからだ。

 

 何が騎士と少女の物語だ……っ!!


 少年は心中で吐き捨てる。


 正確に言えば間違ってないが、一般的にそう紹介されれば王道な恋物語かと思ってしまうのも仕方ない。

 少年自身あまり興味がなかったが世話になっている請負人仲間に勧められれば断り辛く、ならば妹達に読んでやるのもいいかと本を受け取った結果がこれである。下見を兼ねて先に読んで本当に良かったと少年は自分自身を褒め称えた。

 危うく、女の子の憧れナンバー1の騎士に夢も希望も感じられない恋愛観を幼い妹達に植え付けるところだったのだ。一歩間違えばトラウマものである。しかも最後の良い所では一目で魔術師と分かる登場人物まで出てきて同じ魔術師として非常に居た堪れない。やめてくれ。当て馬とかは本当やめてくれ。少年はそう切に願った。


 今度会ったら覚えてろよっ!


 苛立ちのまま勧めてきた二名の人物の顔を思い浮かべては口に出さず悪態をつく。しかも地味に気になるから尚の事、腹立たしい。目を通し始めれば最後まで読んでしまう、そんな読書家が多い魔術師の性なのか己の性なのか分からないが今はひたすらに恨めしいだけだった。


 憤りを盛大な溜息に変えて吐き出せば、相手をしてくれない兄に痺れを切らした妹と弟達が勝手に本を持って少年達の父親に標的を変えせがみ始めていた。

 それを見て慌てる少年を余所にのんびりとした声音で父親が「一巻はどこかな?」と上げた言葉に、大いに安堵した。一巻は少年の自室にある。


 勿論、渡すつもりは無い。









キャサリンから始まった負の連鎖がジョン君を襲う!

尚、ジョン君の兄弟達は魔の手を逃れたが、ご両親は餌食になった。南無。

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