肉と酒とマチルダに!

 がっつりした肉料理と昼間からお酒が飲める、そんな場所はどこだろう。



 特に昼間から開いている酒場はベッドタウンである東街には本当少ない。

 その中で唯一、私一人で行けそうな雰囲気の酒場があったのだが以前ベロベロに酔って迷惑をかけたせいでほぼ出禁のようになってしまった。尚、その時のことは記憶にない。

 後日詫びも兼ねて行けば帰れと入店を断られる事はないが非常に迷惑そうに嫌々と対応され、店側のその態度に心がぽっきりと折れた。もう行かない。行けない。酔って管を巻きまくったという私が全面的に悪く、自業自得なのは重々承知している。でも辛い。一体何について管を巻いたんだ、私。怖いから記憶はそのまま抹消されてて。


 どこか良い場所はないかと考えながら、腹の虫が盛大に鳴るのをやり過ごしつつ足は大門から続く大通りを歩む。が、結局大門近くの酒場は全滅だった。


 いや、正確に言えば数か所営業している酒場もあるにはあったのだ。

 ただ通りから店を覗いた瞬間、横から「なし」と即却下された。言わずもがなマチルダである。

 何でと不満を込めて横を向けば、マチルダは店内の一角を指差して理由を示す。その先には旅行者と思わしき男性と伴侶だろう女性。

 諦めきれずに、離れた位置に座れば大丈夫じゃないの? と妥協案を引き出そうとしてみたが、結局マチルダは首を縦に振ることはなかった。


 その後も開いている店を見つけては同じような理由だったり客層が悪そうだったりで、今日は運が向いてないのかマチルダが納得してくれる所は見つからない。


 空腹も腹の虫も限界を迎え苛々がピークに達する私に、同じくお腹を鳴らすマチルダがため息交じりに「もう諦めて行くぞ」と私の腕を引いて、足早に歩きなれた西区方面に向かった。そう、行きつく先は一つしかない。





 はい、来ました。依頼仲介所です!


 ここならお酒は勿論のこと、請負人向けのがっつり肉料理も置いてあるから安心だね!

 それになんといっても今日のスポンサーであるマチルダの意見を優先させないとですよ!

 魔術師は太っ腹だね! 知ってる魔術師二人とも腹筋割れてるけど!


 正直に言えばもうお腹が空き過ぎて限界だったんだ。何でもいい、胃に食べ物をぶち込みたい。只ひたすらにそのことしか考えられない状態にまでなっていたんです。空腹は思考を奪う恐ろしいものである。


 二人して物凄い勢いで見慣れた依頼仲介所の扉を押し開く。昼のピークもとっくに過ぎた頃合いだからか他の同業者はほぼ居ない。ガラガラで好都合の中、迷わず一直線に前回と同じぼっちカウンターに腰を下ろして私は鼻息荒く「一番がっつりした肉料理」と店員さん任せの無茶振り注文をする。文句はつけないから安心して肉をくれ。

 マチルダもマチルダで「シャーパンと適当に肴を数品頼む」と店員泣かせの注文をした。あ、私もシャーパン頂戴!


 取りあえずの注文を終え、少し精神的にも余裕が出来たのでお酒が来るまでの空いた時間に大門近くで感じた疑問を聞いてみる。

 

「なんでさっき、女性がいる店に入るの嫌がったの?」


 ただ女性がそこに居る、それだけの事ならマチルダは平気だと思っていたが違うのだろうか。首を傾けながら聞けば、マチルダはいつもの様にカウンターに肘をついた手の甲に顎を乗せた顔を私に向け「あのご婦人が観光客だからさ」と、どこか楽し気に答える。


「王都の住人なら魔術師への心得が備わってるが、そうもいかないのが観光に来ている旅行者だ」


 流石に声を掛けてくる事はないが視線が不躾すぎてうっかり魔力が暴走してしまいそうでね、良い笑顔でそうマチルダは続けるが一つ言わせてくれ。それ故意的にする気満々ですよね?


「明らかな嘘をつくのはやめろや」

「嘘じゃないさ。特に南街は酷い。あれは見世物になりに行くようなものだ。余程の理由がない限り絶対に行かない街だな」


 如何にも心外だ、という顔をしてマチルダは言うが私は忘れてないぞ、視線に慣れてるんじゃなかったのか。あと南街は王都の玄関口だからね、仕方ないよ。

 それと今度から一人になりたい時は南街に行こうって決めました。マチルダが嫌がるって事はアンジェリカとも共通する認識だろうと踏んでだ。南街なら人が多いからキャサリン達にも見つかりづらい上に魔術師は来ない。なんて素晴らしい!


「お待たせ致しました」


 大収穫だと有益な情報に内心で大喜びしていれば店員さんがフラットな声で頼んだ酒と肴をカウンターへと並べていき、マチルダと私は迷わずシャーパンに手を伸ばした。完全な空きっ腹だがそれがどうした。酔って困ることはない。寧ろ早く酔いたい!


「よっし、マチルダに!」

「ああ、遠慮なくやってくれ」


 マチルダに掲げたグラスを以前とまるで同じように勢いよく飲み干す。が、今日に限ってシャーパンの弾ける軽さと上品な果実の甘さが爽やかすぎる。

 空のグラスを置き、今度は赤の果実酒を店員さんに頼む。一番高いやつで! という一言も忘れずに。高い物に外れはないのです。

 私から少し遅れてシャーパンを飲み干したマチルダは上機嫌におかわりを伝えた。


 空腹を誤魔化そうと先に来たマチルダのつまみに手を伸ばせば「これ、美味いぞ」とサイコロの形をした大きめの揚げ物を勧められた。熱々のそれを口に放り込み、軽く歯を立てただけで衣が崩れチーズ独特の香りと癖が口の中に一瞬で広がった。あ、これ、文句なく美味いわ。このチーズがまたシャーパンの甘さと酸味がマッチして相性抜群だろう。店員さん、やるね。


 おつまみチョイスを心で称賛していれば、食欲をそそる肉とスパイスの独特の香りと鉄板の上で油を跳ねさせる音が近付てくる。

 やっとお目当ての肉料理がきた。少し癖のある肉っぽいが一緒にきた赤い果実酒とどのくらい合うか楽しみだ。早速と、スペアリブの様に付いている骨を掴もうとしたら横から掻っ攫われた。オーケー、大丈夫だ問題ない。まだ肉は何個もある。


 だが一番いい肉付きの物を持ってかれたのが悔しく、犯人であるマチルダを恨みがましく睨めば「いけるぞ」と感想を寄越してきた。そうか、よかったね。


「それ以上食べるなら自分で頼みなよ」


 手に持った肉をあっという間に完食し、またこっち手を伸ばそうとするマチルダに釘をさせば、気に入ったのか素直に店員さんを呼んだ。

 それを横目で確認して私もさあ、食べるぞと大口を開けて肉にかぶりついた。



 あっ、ああっ、あああっ、ぅうーーまぁーーいーーぞぉぉおおおおお!!!



 あ、だめ、これ本当旨いわ。肉だけでも美味いのに赤ワインを合わせて飲めば最高に美味いとか、ナニコレ美味過ぎじゃない?? だめ、ワインが止まらないいいいい!


「ヤバいよ、マチルダ。これ赤に最高に合うわ」


 興奮をそのままに鼻息荒くマチルダにも伝える。その勢いで「ヘイ! 店員さん!!」と呼び、ワインと肉のチョイスの絶妙具合を褒め称えた。言わずにはいられない。

 そんな私をマチルダは呆れた目で見ていたがお前もこの組み合わせを試せば分かると頷きながら、もう残り少ない赤ワインを差し出せば「油浮いてて飲みたくないんだが」と汚い物を見る目で言われた。反論できねえ。


 私は無言で残っているワインを呷り、静かにおかわりと伝えれば、店員さんが冷静に頷いた。

 

 


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