魔術師って視線を集めるよね

 傍から見た私が完全に皆の引っ付き虫という他者からの厳しい認識に絶望してるのに、マチルダは構わずまた掌を差し出してくる。

 少し放って置いてくれと敢えて無視すれば、空いた片手で額ら辺を下から持ち上げられ強制的に確認させられた。マチルダ、君には優しさが足りないと思う。


「……頑張れば薄ぼんやりと、見える、かな」


 多分、丸っこい何か、赤系統っぽい色が見える……かも、程度である。

 残念すぎる私の魔力適正の結果を伝えれば流石のマチルダも溜息をついた。おう、すまねえな。あとですね、私を慰めて癒すための行為なはずなのに最早手段が目的化していませんか?


 申し訳なさと面倒臭さが勝って「見えないからもういい」と言えばアンジェリカ程とは言えないがマチルダのそれなりな繊細でいて無駄に高い魔術師のプライドを刺激してしまったのか不機嫌そうに鼻を鳴らすと苛立たしそうに前髪を掻き上げ、それを合図にするように大きな魔方陣を発動させた。 


 マチルダを象徴する鮮やかでいて強く濃い紫を発した光が筋となり発動者であるマチルダを起点に広場に敷き詰められている石畳の上を縦横無尽に且つ規則性を伴って駆け広がっていく。

 紫に発光した稲妻のように走る筋が私達の座ってるテーブルを超え、ワゴン近くまで展開し定着するのを魅入った私の目は今度こそはっきりと認識する。

 光の筋が文様を完全に描き終わると一瞬の静寂のあと、地面に描かれた紫がゆっくりと優雅に舞い上がり文様同士で踊り競うように次々と立体的に動き出し始めた。

 どんな効果がある魔術なんだろうと弾んだ心を楽しみで膨らませていれば、魔方陣は術の完成を知らせるように文様が一際高く舞い上がって強く発光し淡く解けると、紫色の雪みたいな魔力の光が灯りながら地上に降り注ぐ。


 そして、辺り一面に現れる。



「……草、すごいよ」

「そう、……だな。草、……生えてるな」


 紛うことなき草である。

 魔力を素にした半透明な草がぼうぼうに生えている。

 魔方陣が定着した範囲一面、これでもかとびっしりと生い茂っている。


 なんで草なんだ。もしかして失敗したのかとこっそりマチルダを窺えば目を見開き愕然とした表情をして足元の草を凝視している。これは失敗くさいな。草刈りをすすめようとしたが、やめる。魔術師は繊細なプライドの持ち主ですからね。

 それにこれ、よく見れば花の葉っぱっぽい気がする。すごく小さいけど、多分これが蕾になるんじゃと思わせる丸い膨らみと思わしきものがあるし。


「次はちゃんと花が咲いてるといいね」


 お互い視線は足元に生えまくる草に向けたまま、どんまいの気持ちを込め私が励ますようにそう言えば「……みたいのかい?」と呟くような小ささで聞いてくるマチルダに、予想以上に精神的ショックが強かったのかと少し余裕が出来た私はあえて軽口を返した。

 元はといえば私の発言が発端なこともありこれでも少しは責任を感じているんだよ。


「花も愛でれない奴とでも思ってんの?」


 喧嘩売ってる? そういつもの調子で言いマチルダに目を向ければ、瞳の紫が隠れるように眼を細めた綺麗な笑顔を私に向け「ではご期待に沿えるべく精進するとしよう」とマチルダも軽口を返してきた。


 流石マチルダ。ショックから立ち直るのも早いなと感心と安堵を覚えると、私のお腹が盛大に鳴った。

 それもそうだ。王城から直帰しお昼も食べずに飛び出して来た。一度認識してしまえば途端に強烈な空腹感が襲ってくる。マチルダも同じなのか私を揶揄うこともせず「食事に行くか」とサラッと口にした。その言葉に吃驚する。


「え、お昼一緒に行くの?」


 聞き様によっては嫌がっているような言葉だが、ついそう聞いてしまった私は悪くない。だってマチルダ、てかうちの魔術師二人って基本外食嫌いでしょうよ。

 私の大丈夫なのかという意味をちゃんと理解したのかマチルダはイスから立ち上がると、仕方ないと言いたげに両の掌を上に向け「偶にはいいさ」と肩を竦めた。


 いや別に付き合ってくれなくてもいいよ。寧ろ一人で行きたいんだけど。


 そう私が考えているのが分かったのか、マチルダは今の私には抗いがたい誘惑の言葉を囁く。


「勿論、俺の奢りさ」


 そのままマチルダは「好きに飲めばいい」と見透かす言葉を形のいい唇で吐き、私は抗うことを諦めた。

 いうなれば高いも安いも関係なくお酒飲み放題という魅力的すぎる言葉に私は敗北したのだ。悔いはない。人の金で飲む酒は全くもって旨い。

 

「なんか肉が食べたい」


 そう言いながら私もイスから腰を上げる。

 こう、がっつり食べられるやつ。と手で掴んで口元に運ぶ仕草をして足を一歩踏み出す。地面に生えたままの半透明の草に足が触れると、そこだけ光の粒になって舞い上がりながら消えていく。

 その幻想的な光景に足を止め、再び目を奪われて見入っていれば隣に並んだマチルダが手で軽く払うと魔方陣ごと一瞬で光の粒子に変わった。

 宙に消えていく紫をうっとりと息を吐きつつ眺めていれば隣から揶揄うような声がかかる。


「慰めになったかい?」


 確実に得意げな顔をしているだろうマチルダに敢えて視線は向けず、でもとても癒されたのは事実なので素直に「うん」と認めた。ついでに「ありがとう。綺麗だった」と感謝と賛辞を贈ればマチルダも今度は揶揄うことはせず、満足げに「そうか」と言うと、二人で止めていた足を動かす。


 現在進行形でワゴンカフェの店主と広場にいる二名、計三人の驚きの籠った視線を浴びながら、わざと気付いていない振りしているのは精神衛生上の理由からです。


 驚かせてごめんなさい。魔術師だから仕方ないでなんとか見逃して下さいお願いします。


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