戦闘力5のゴミは私です

 勢いよくホームから飛び出して、まず思ったこと。



 そうだ、酒を飲もう。だった。



 駄目な大人と言われてもいい、飲ませてくれ。

 完全に逃げる形になったのは自分自身が一番よくわかっている。分かっているからこそ飲まなきゃやってられるか!


 感情の荒ぶりを表すような音を立てる足は飛び出した勢いのまま大通りに迷わず進路をとる。

 キャサリンをあんなに傷付けた罪悪感に後ろ髪を引かれるが、お互いに冷静じゃない今の状況で戻っても何も好転する気がしない。少しだけ足を止めホームに向けていた視線を前に戻した瞬間、目の前に重量のある物体が着地する音と共にマチルダが降ってきた。


 繰り返す、マチルダが降ってきた。ちょっと意味が分からない。お前は一体何なんだ。あ、魔術師だった。もう魔術師って意味分からんね。


「ちびちゃん、ちょっと付き合って」

「お断りします」


 マチルダが着地の為に屈めていた体勢を戻し、衝撃で服についた土埃を叩きながら発した誘いを即拒否する。

 今の状態では人に合わすことも出来ないどころか真面な態度も取れないだろう。自分でもそれを分かってるから即座に断ったのに、そこはマチルダだった。


「まあまあ、そんなつれないこと言わないの」


 惚れ惚れとするような完璧に綺麗な笑顔を浮かべたマチルダがそう言うや否や私の腰を掴んで自分の肩の上に担ぐという、優美な笑顔とは真逆な乱雑な行為に出た。

 慈愛の見本ともいえる神聖術師が、言っても無駄だと諦めの境地になるキャサリンと双璧をなす存在、それがマチルダである。


 結果、押し通される。

 私の意思など関係ないとばかりに押し通すなら、伺いなど無意味じゃないかとマチルダの背中で揺れる緩い三つ編みを抗議を込めて引っ張りながら文句を言えば、そこは様式美だそうだ。こんな強引な様式美廃れてしまえ。


 悪足掻きと理解しながらも降ろせと三つ編みを背中や頭に叩きつけたりして暴れてみるがマチルダは気にも留めず「しっかり掴まってなさいよ」と一方的に言うと私の膝裏に回している腕に力を入れた。

 その行動の意図を察して慌てて私が「どこに掴まれっての!?」と言う叫びに「どっか適当に」と軽く答えたマチルダは塀を蹴って飛び上がる。それと同時に足元から私達を持ち上げる様にとんでもない勢いの風が吹き荒れ、見る見るうちに上空へと導く。

 だが優雅に空中散歩とはいかなく、ずっと飛んでいられないのか途中途中よそ様のお家の屋根を蹴りながら移動するマチルダは私の目的地である酒場がある大通り付近を通り過ぎ、普段行くことのない北区の広場へと足を向けていた。




 閑散とした、はっきり言えば寂れたという感じの広場には真ん中に大きな噴水があり、涼やかな心地良い水音を辺り一面に響かせている。

 その近くには市場でよく見かける小さなワゴン的なコンパクトに畳める移動式のカフェがひっそりと営業しているだけ。簡易なテーブルとイスが二セット出ているがお客はなし。そもそもざっと見て広場には二人位しか居ない。

 広場で寛ぐ貴重な利用者達は空から降ってきたマチルダに相当吃驚していたのだが、当の本人は特に気に留めず閑古鳥が鳴いてそうなワゴンカフェのテーブル席に私を降ろした。一方、降ろされた私は重力に逆らう力もなくテーブルに突っ伏す。何故かって?


 私の腹は死にました。


 主に原因はマチルダの鍛えられた筋肉が主張した肩による打ち付けである。そういえば同じ仕打ちをそんな遠くない過去にキャサリンから受けたな。おい、お前らいい加減にしろ。あとバーバラちょっと助けに来て。


 流石にあんなジェットコースター並みの速度とアップダウンをもろに食らったら内臓破裂という結果になるところだったが、マチルダの肩や背中に腕を立てて衝撃を受けないようなんとか凌いだ。私は頑張った。超頑張った。でも何度か上手く衝撃を逃し切れなくて被弾してこのザマである。


 マチルダは私をイスに置くと一人ワゴンカフェ的な、てかもうワゴンでいいや、そこに向かった。

 「ちびちゃん何飲むー?」と聞いてくる声に「酒」と投げやりに返事をすれば、少し離れたところから喉で笑う音が噴水の水音と混じって響いた。


 しばらく噴水が奏でる音を聞きながら腹部の回復に努めていれば、突っ伏したままの頭近くにカップとソーサーが立てる音が、続いて木で作られたイスが重みで軋む音と衣擦れで、マチルダが座ったことを知らせる。

 

「今なんも話したくない」

「ふぅん」


 説教はごめんだと先手を打てば、どうでもいいとばかりに気のない返事が返ってきた。そのままマチルダは優雅にカップに口をつけ、ソーサーに置き、開いた口から楽し気な声で言葉を紡ぐ。


「ああ、そうそう。あたしはどっちかの肩を持つ気はないの」


 それは今回の件についてキャサリン、私のどっちかに肩入れする気はないという意思表示だった。いや、ちょっと待て。


「え、なんで連れてきた、てか何で来たの?」


 お前、なんでここに居るんだ。意味が分からん、と咄嗟に顔を持ち上げてマチルダを見ればニッコリ笑顔を返された。益々わかんね。そもそも今、そんな余裕ないのにマチルダの意図を酌む気も起きない。


「なら普通、慰めるとかしない?」

「おや、慰めをお望みかい?」


 薄情な奴めと目で訴えながら言えば質の悪い笑みのマーティンで返される。

 もうチェンジだ、チェンジ。いっそアンジェリカの正論責めな説教の方がまだマシだ。


「なんか元気付ける魔術とかないの?」

「それは神聖術師の管轄だな」


 自棄くそに会話を続ければ真面な言葉が返ってくる。

 いや、それ絶対、精神安定とかこう医療的なものじゃ。本格的なもんじゃなくていいです。ちょこっと癒される、ささやかな感じで。


「こう、花火とかなんか綺麗な魔術ないの?」

「ねえ、あたしの特化属性知ってて言ってる?」


 途端に不機嫌そうな声音になったマチルダの属性を改めて思い出す。バランス型と見せかけての状態異常特化というエグイやつでしたね、すみません。でもマチルダは器用だから出来そうな気もするけど。逆にアンジェリカはささやかどころか爆発みたいな派手な花火が炸裂しそう。


「なら、……なんか魔術陣作って」

「どんな魔方陣をお望みかしら?」

「綺麗だったらなんでもいいや。……あと無理してマチルダ口調しなくていいよ」


 続けて「まだ本調子じゃないんでしょ?」と言えばマチルダは虚を突かれたようにきょとん、と珍しく隙をみせた。

 本当はマチルダ指数かなり低いだろ。さっきから口調がごっちゃになってるじゃん。それに気付かないほど無理して繕ってるってことでしょ?


「マーティンにも少ーーーし、慣れてきたし」


 渋々、不貞腐れた様な声ながらもそういえばマチルダは嬉しそうに見惚れる顔で笑う。だがその綺麗な笑みは一瞬で意地の悪い笑みに変わった。


「嘘偽りなく正直に言うと、ほぼ俺だな」

「はあああ!? マーティン100%とか誰得だよ!」

「酷いな。慣れてきたと俺を受け入れる言葉を今さっき言ってくれたじゃないか」

「マチルダ成分の無いマチルダなんか只の美形じゃねえか! 許さん、許さんぞ!!」


 いや、ただのマーティンなだけだ。とカップに口をつけながら冷静にしれっとそうマチルダは言うが、その事実を認めたくない私は吠えるのを止められない、止まらない。


「うるさいよ! ただでさえ最近みんな着飾らないのに! 唯一マチルダだけなんだよ! 私から美女を奪わないで!!」


 あ、キャサリンは可愛い枠だから! ついでのような形になってしまったがそれを主張する事だけは忘れない。


「もうガチで着飾るのマチルダだけなんだよお」


 あまりの絶望にまたテーブルに突っ伏す。もう泣きそう。心なしか声が濡れてしまったのはしょうがない。マチルダの若干引いたような、それでいて呆れも混じった「そこまでかい」という呟きが聞こえた。ああ、そこまで求めているんだ、私は美女力をな。だって自分にはない物だから。あ、泣けてくる。


 卒業宣言しているカトリーナと現役なキャサリンを抜かして、バーバラも何だかんだ着飾らなくなった。前衛は筋肉の主張が激しいので似合うか似合わないかを問われたら私は沈黙を選ぶが。いや、三人とも顔はいいんだよ、顔は。ただ色々ゴッツいだけ。

 あとアンジェリカは爪紅こそしてるものの化粧なんかご無沙汰である。キツめの美女になって結構好きなのに。とても残念だ。

 

 希望を見出すように少しだけ顔を上げ、ジッとマチルダをみる。

 王城に着ていった服装を正装マントからジャケットにしただけで男性の恰好ながらも顔は美女顔である。美人はすっぴんも綺麗とかぐうの音も出ない。本当、見れば見るほど綺麗な顔してるなとしみじみ思う。


「ケッ、美形が!」

「何を今さら。魔術師は大体こんな面構えだろうに」


 吐き捨てる様に怨嗟の声で賛辞を述べればマチルダは完全に呆れた顔をしながら聞き捨てならない事を言ってのける。


「ぱーどん?」


 何それ、初耳なんですけど。そう顔に思いっきり出ていたのか、宙に向かって人差し指をゆっくり回しているマチルダが視線だけ寄越し「知らないのかい?」と逆に問う。

 

「ついこの前まで魔術師基本知識さえ知らなかった私が知ってるとお思いか?」

「いや、これは魔術師はあまり関係ない知識だが?」


 上に向けた掌を私に差し出して「見えるかい?」と多分そこにあるだろう魔方陣を視認出来ているか確認してきたマチルダに見えないと首を振って答え、そのまま顎で話しを促す。

 私のそんな態度を咎めるどころか別段気分を害した風もなくマチルダは魔術陣ごと掌を握りしめる。途端に儚く響く砂が零れる独特な音が、魔術陣を破棄した事を私に知らせた。


「簡単に言えば強い人間であるほど比例して面構えも良くなる」

「え?」


 単純だろ? とまた指クルクルをしながらマチルダは言うが、待ってくれ。え、それって。

 この世界の理の中でも知りたくない部類の物に触れる、その予感を察知して本能的に慄く私に構わずマチルダの口は言葉を続ける。


「魔力は力だ。なら魔力が多いほど、強い。だから魔術師は誰だろうと大体美形と言われる顔だ。次点では騎士だな。一般人より魔力が多い上に物理的な力が強い。治癒使いは魔術師より魔力が少なく騎士より多い。両者共に個人でバラつきはあるが良い男が多い傾向だ。まあ、バーバラやキャサリン達を見れば分かるだろうが、一般人より顔はいいな」


 俺ほどではないが、と言外に伝わってくる言い方にイラッてくるがマチルダが美形なのは変えようのない事実で辛い。新たに明かされたこの世界の無慈悲な事実も辛い。顔面偏差値まで弱肉強食脳筋仕様かよ。辛い。だからたまには泣き言をいっても許してくれ。


「もうやだ日本に帰るぅ」


 顔を両手で覆ってテーブルに沈む。今度こそ完全なる沈没だ。もう浮上出来る気がしない。

 圧倒的平凡かつのっぺりした顔の我が故郷に一刻も早く帰りたい。


 言霊師として私の戦力は皆と遜色ないのは理解しているけど、それを知らない普通の人が皆と私が一緒に歩いてるのを見てどう思うかって?

 私の顔面レベルじゃ戦闘力たったの5か、ゴミめ……状態じゃないですかヤダーー!



 この世界の顔面偏差値の理は私には辛烈すぎる。




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