終編
終編 開幕
その日もいつもの日常、いつもの休日のはずだった。
初めての休暇が終わり、いつもの請負人としての日々に戻って数日後。
いつもの様に、仕事は休みだからといつまでも起きてこない私を見かねたキャサリンやカトリーナが来るまで存分に惰眠を貪る予定だった。それを狂わしたのは普段と変わりない朝食だろう時間に、滅多に起こしに来ないアンジェリカが私の部屋に来たことから始まった。
警戒を滲ませた眼差しと声色で何も知らず寝ている私の目覚めを促がす一言を告げる。
「おちび、アンタに客よ」
慌てて着替えだけ済まし寝癖の確認もせずに階段を一段下り階下に目を遣れば広い玄関ホールにバーバラとキャサリンが、開け放ったリビングへのドア枠に寄りかかってマチルダが立ち、その反対側にカトリーナ。アンジェリカは私の後ろにゆっくり続いている。皆の完全な警戒モードにこれは碌な客じゃないなと覚悟を決め、止めていた足を再び動かした。
ホールに降り立ち皆の顔を見渡し視線で朝の挨拶をして、皆が醸し出す張り詰めた空気の元凶と向き合う。
開け放たれた玄関の外に立つ、客人。その人物の纏っている官服は一目で分かる程の仕立ての良い品であり、階級の高さを表していた。すぐ後ろには従う様に略式ながら武装している騎士と目深にフードを被った魔術師もいる。
国からの使者だと嫌でも分かるその人物が人当たりの良い笑顔を浮かべて口を開き、私の《いつも》を壊す言葉を告げた。
「迷い人のちび殿に国から召集がかかっております」
それは強制と同じ意味。この王都に住む者ならば決して断る事は許されない。
終編 開幕
国からの役人が続けた固く形式ばった難しい言葉を読み解き、キャサリンナイズすればとっても簡単になる。
この前ね、キャサリン達に迷惑かけちゃった女の子は国が保護する事になったんだけどお、彼女が謝りたいっていうから会いに来てあげて。あ、来るのは明日でお願いね! 絶対絶ーっ対来てね、じゃないとメッ! しちゃうからあ!
要はこんな感じである。力が入り過ぎて痛い眉間を少しでも緩和させようと召集という名の命令をキャサリンナイズで誤魔化そうとしたが効果は余り実感できなかった。
「明日とかふざけんな」
ダイニングテーブルで頭を抱えながら怒りを漏らせば、丁度朝食を運んで来てくれたカトリーナが慰める様に頭を優しく撫でてくる。ありがとう、ちょっと癒された。
スープの具である大き目の野菜をフォークで乱暴に突き刺せばバーバラが「国を庇う訳ではありませんが」と一言置いて見解を述べる。
「ここ連日、討伐を請負っていたので使者の方と擦れ違っていた可能性が高いですね」
帰宅も遅かったですし、と続けバーバラはお茶に口を付けた。それは分かる。分かるが、なら猶予期間を延長してくれてもいいじゃないか。これだから役所仕事は融通が利かないと不貞腐れた顔を隠さずに野菜に八つ当たりするように咀嚼する。そんな私に呆れた溜息を吐きながらも今度はアンジェリカが口を開く。
「それで、会いにいく気?」
心底嫌そうに「行くしかないじゃん」と返事をして、私も溜息を吐き出した。
断るにしても、使者は帰ってしまった。断った所で国に大義名分を与えるだけで強制連行になる。それを拒否して実力行使に出たらお尋ね者一直線だ。私は気軽に国を出ていける身の上だからいいが皆は違う。迷惑は掛けれない。あ、キャサリンとカトリーナは他国出身だから一緒に来てくれるかもしれない。が、前衛二人の引き抜きはパーティ構成が一気に崩れるので結局迷惑行為にしかならない。
朝食を済まし自室で召集に応じなかったデメリットを考えながら久しく使ってなかった化粧道具を確認する。この世界のおしろいを手に持ち、これ最後に使ったのいつだっけと考えるが全く思い出せない。まあ二年以内だ。いけるか、いや、いけるだろう。大丈夫だ、いざとなったら私にはバーバラが付いている! そのまま日本で使ってた口紅や細々とした化粧品も確認し匂いや表面に異常がなければ同じ様に納得させた。
こちらに迷い込んでから化粧は殆どしていない。まず基本的に着飾る必要性がない上に、こちらの女性は薄化粧が主流というのもある。がっちりメイクしましたという化粧方法しか知らない、もといそうしないといけない顔の私は早々に諦めて眉毛オンリー。極たまに口紅。あ、なんか悲しくなってきた。憂鬱になった気持ちを引きずりながら、確認の終わった化粧品と引っぱり出した懐かしい服を手に持ち洗面所に向かった。
脱衣所にある誰のだが分からない化粧水やらをこっそり拝借し、久しくしなかった化粧を馴染ませる為に顔に化粧を施し、迷い込んだ時に着ていた会社帰りですと分かる服に腕を通す。靴も服もサイズは合ったままで喜ばしいのに、胸だけが心なしか、いや確実にゆとりが出来ていて泣きたくなった。ゆとりの理由はこの世界にはブラジャーがない事だ。ビスチェっぽい物が使われているがぶっちゃけ肉体労働とは相性が悪い。あとは分かるね?
心とは反対にそこまで高さの無いヒールが軽やかな音を立てながらリビングを抜け、呼ぶだけで心が甘くなる名を言葉にする。
「キャサリン。この服ってこっち的にはアウト?」
黒のパンツにヒールは大丈夫なのはいいが、カーディガンを羽織っているとはいえ中に着ている鎖骨がチラリズムするカットソーが心配だったのでキャサリンに聞いてみれば、まだリビングにいた皆の視線を独り占めした。やめて、お洒落番長達の視線が痛い。
「中の服はだめえ。それ以外は大丈夫だよお」
「やっぱり駄目かー」
キャサリンの案の定な判定にカットソーは諦めてこちらで買った合いそうなワイシャツを思い浮かべるが仕事用の物しかなかった。買いに行かなきゃならんか。
腕を組んで買い出しかあ、とげんなりして溢せばキャサリンが不思議そうな顔で「なんでその服なのお?」と尤もな疑問を口にした。
「どうやら国は迷い人の私をご希望みたいだからね」
上級請負人でもなく、言霊師でもない、ただの迷い人としての私を。
上等だ、なら私の世界での恰好で行ってやる。
「でも絶対碌でもない事だよなあ」
私にとっては。そう呟いてまた溜息を溢し、思い出したようにカトリーナに声をかける。
「カトリーナ、悪いんだけど裁縫道具貸して貰ってもいい?」
ん、どうした? と問われ、ここを直したいと辛うじて付いている状態のウエストのホックを見せればカトリーナは分かったと頷きゆっくり席を立った。私の後ろから覗きこむようにして見ていたキャサリンがあららと溢し続けて聞く。
「引っかけちゃった?」
「いや、このホック君は名誉の負傷なんだ。迷い込んだ時にホック君が時間を稼いでくれたからキャサリンにも会えたし」
ホック君は言わば私達のキューピットだね! と明るく答えたはいいがキャサリンは悲愴な顔をした。リビングから出ていく所だったカトリーナも歩みを止めて私を凝視している。あ、まずい。これは失敗した。慌てて悲しい顔をした二人に説明する。
迷い込んで直ぐに暗く細い隙間に連れ込まれ、男二人がかりで身動きを封じられた私に逃げ出すチャンスをくれたのは正真正銘ホック君だ。釦ではない彼のおかげで外し方が分からない足元にいた男が私のズボンを中々下ろせず、両手で力任せにホック君を外そうとしたその隙のお蔭で逃げ出せた。
だから私からしたらホック君は幸運のお守りなんだよ、そう言葉を締めて良い話で終わらせたのにキャサリンが怒った。カトリーナは近くまで戻ってきた。これはいけない。
「二人!? おちびちゃん二人に襲われたの!?」
追って来てた男一人だけじゃないの!? キャサリン聞いてないよお! と勢いよく肩まで掴まれて猛抗議される。え、そこ怒るとこなの? あと待って、キャサリン待って、そのまま揺さぶらないで。私だけ世界の法則が乱れてる。主に視界が。
揺さぶられ過ぎて気持ち悪くなっていた私に見かねたバーバラが仲裁をしてくれ、なんとか助った。男二人に拘束され連れ込まれた件はそういや伝えてなかったなと思い出しながら、落ち着いた今はカトリーナがホック君を労わる様に丁寧でいてしっかりと繕ってくれている。自分でやるって言ったのに。
キャサリンは衝撃が凄かったのか私を膝の上に乗せぬいぐるみよろしく抱きしめて離してくれない。わお、私ってば愛されてるう。
こうなっては身動きも取れず、大人しくキャサリンのぬいぐるみになっていれば真正面に座る微妙な顔をしたアンジェリカと目が合った。ついでに明日急遽仕事を休ませる事態になったことを謝る。
「それはいいけどアンタ、一人で行く気?」
「え、他にも誰か連れてって大丈夫だと思う?」
アンジェリカは「大丈夫じゃないの」と気軽に言うが、かわい子ちゃんの名目ではあるがその背後にはしっかりと国が付いている。難しい顔をして唸っている私にマチルダが助け舟を出してくれた。
「禁止事項なら伝える筈だから安心していい」
文句をつけられたらそこを指摘してやればいい、と強気な笑顔で続けて言うマチルダの後押しも受け、ならと付き添いをバーバラに頼む。すぐに「ご一緒しますね」と了承を貰えた。後はと少し悩んでからまだ本調子ではないだろう人物に声を掛ける。
「マチルダ、行けそう?」
同じ魔術師のアンジェリカでも沈黙拘束は出来るがいざという時、殺傷力が強すぎる。
キャサリンとカトリーナは最初から選択肢に入ってない。二人の得物は剣である為に室内では分が悪い。
今回ならば状態異常特化で小回りが利くマチルダが最善で、バーバラは言霊師の生命線だ。特にバーバラはどこか行く場合絶対に傍に居て欲しい人材なので外すと言う選択肢自体が存在していない。
初見の場で安全を最優先させるならこの二人がベストだ。ただこのかわい子ちゃんの一件から未だ続くマチルダの不調だけが気掛かりだった。生活や仕事には対して影響は出ていないが原因であるかわい子ちゃんに会って悪化しないかだけが心配だ。まだマーティンだし。
そんな心配を見透かしたように当のマチルダは私の確認の言葉に片眉だけ器用に上げると目を眇め、ゆっくりと私に流した目と一緒に挑発的に言葉を返す。
「勿論」
マチルダのその一言でもう心配は捨てる。マチルダが言うのなら大丈夫だ。
なら後は信じればいい。
「なら急で悪いけど二人共、明日は任せた」
マチルダとバーバラの目を見ながら伝えれば二人からそれぞれ短い了承の言葉が返ってくる。それを聞いて今まで詰めていた身体の力を抜き背凭れに体重を預ければ背中がやけに固いものに包まれた。
あ、キャサリンに座ってたんだっけ。現在進行形で拘束している太っい腕の存在を忘れる程、私にとってナチュラルな存在と化したキャサリンにシンクロ率100%と喜んでいいのか悩むところだ。いや、素晴らしいことだな。
とりあえず、明日着ていけるシャツを買いに行かないと。
キャサリン。離すか、私を服屋に連れて行くかどっちかにして。
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