あいつは犠牲になったんだ、プンプンのな

 

 皆が私の味方だ。その事実が私にこの上ない安堵をもたらす。

 マチルダへの恐怖を完全に払拭した私の心は穏やかに凪いでいた。


 私の心がようやく落ち着いたのを見計らってキャサリンが朝食を用意してくれる。今日はかなり香草を効かせた大きい腸詰め肉、もといソーセージが入ったスープとパン。フォークを刺せば軽やかな音を立てるソーセージを口に運びながら、昨日心に決めた質問を思い出し「ねえ、キャサリン」とまずは一番相違が小さいと思う人物に投げかける。


「今更なんだけど、キャサリンって伴侶対象どっち?」


 絶対に男性だ。だってキャサリンは女性だもん!

 そうであるはず、てか違ったら私の二年間はなんだったのかと答えを見つける放浪の旅に出る所存。


 朝から単刀直入すぎるアレな質問にもキャサリンは嫌な顔せずに頬に人差し指をあてると首を傾げた。え、なんで悩むの。嘘だろ、キャサリン。


「う~んとねえ、前はキャサリンも素敵な男性がいいなって思ってたんだけどね」


 私は絶句し呆然とキャサリンの顔を見つめ、その男性を否定する言葉が続くのを待つ。あんまりな顔をしていたのか私に視線を寄越したキャサリンが困った様に笑い、私の顎に指を添えると咀嚼途中のソーセージが丸見えになっている開いた口を力技でそっと閉じた。おう、すまねえ。


「キャサリンのね、男性の理想ってとっても高いんだなって感じたの」


 寂しそうな、どこか諦めを含む笑みのままキャサリンは理想を語る。

 キャサリンより強くて大きくて、包容力があって、行動力があって、頭が良くて、優しくて、思いやりがあって、爽やかで、勿論カッコイイ人!

 そこまでキャサリンが言い終わる時には私の顔は真顔になっていた。


「キャサリン、それは高望みしすぎ」

「うん、キャサリンもやっとそう思えたの」


 キャサリンのその言葉は夢見る女の子が一つ現実を知って夢から覚めるのが近付く感覚に似ている。


「だから伴侶はもういいかなって」


 そうキャサリンが言った瞬間、私は口に入っている小さくなったソーセージが吹き飛ぶのも構わず叫んでいた。


「なんでそこで諦めちゃう方向にいっちゃうかな!? そこは少ーし理想のランクを下げて視野を広げてみるとかしない!?」 

「キャサリン、理想に妥協はしたくないの」


 言い募ってみてもキャサリンの手に入らないなら全て諦める、そんな0か1かの様なキッパリとした考えに私はもう引き止める言葉を持たない。


「んふふ、大丈夫。キャサリンね、伴侶は諦めたけど恋をしないって決めたわけじゃないもん」

「キャサリン……!」


 俯いた私の顔を上向かせる為にキャサリンの両手が頬に添えられる。合わさったキャサリンの髪色と同じ黄金色の瞳は悲壮感を感じさせなかった。なら私は、キャサリンが決めたその考えを全力で支持するよ!


 尚、このキャサリンと私の感動的な会話をアンジェリカはクソどうでもいいと書いてある顔と冷めた目で眺めていた。ええ、魔術師には理解できない感情でしょうね!!


 呪いじみた一目惚れ効果付きといえど伴侶一発判定の眼を少しだけ羨ましく思いながら、座っている膝の持ち主に振り返りながら今度はカトリーナにキャサリンと同じ質問をする。


「伴侶が欲しいとは思わない」


 短く、でもキャサリンと同じくキッパリとカトリーナが断言する。あ、うん。じゃなくて、対象者を知りたいんであって。その。

 あまりにもズッパリと質問を斬られて言い淀んでいればバーバラが助け舟を出してくれた。


「伴侶を娶る前提ならカトリーナは男女のどちらがいいですか?」


 さすがバーバラと言える尋ね方だ。そう問われたカトリーナは左右に首を捻りながら暫し熟考するとぽつりと零すように「女性、かな?」と疑問形で答えた。あ、これ、マジでそういう対象を考えた事ないって顔してる。しかも女性にした理由は服とか小物を可愛い物で揃えても文句言われなそうとか、そんな理由でしょカトリーナ。

 そうなんだ、とおざなりな返事をしてしまったがカトリーナの答えはなんともカトリーナらしいモノで、ここ二年の信じていた事と違かったのに特に衝撃はなかった。




「ちょっと気になったんだけどさ、キャサリン達やバーバラにも正装ってあるの?」


 いきなりすぎる話題の変更だが昨日の事を思い出すと、どうしても強烈なアレも一緒に脳裏に浮かぶ。

 魔術師の正装はドン引きだったが依頼仲介所には溢れている。でも前衛系は特に固定の装備は見ない上に、そもそも請負人をしている神聖術師をバーバラ以外に見たことがない。この国の依頼仲介所で超レアは間違いなくバーバラだと言える。


「神聖術師もありますよ。ただ神聖術師と治癒使いでまた別ですが」

「え、同じ扱いじゃないんだ」

 

 正確には違います、とバーバラが続けて説明してくれる。


 治癒使いは治癒にのみ特化した者の事を主に指します。神聖術師は祝福と祓いや加護等神聖術全般を使える者のことですね。勿論その中に治癒も入ってますし、治癒使いに後れを取るような事もありません。


「実はわたし、すごいんですよ?」


 茶目っ気混じりで得意気にそう言うバーバラについ小さく笑い声を漏らした。確かに説明を受ければバーバラが珍しい上級職なのが分かった。魔術師? この国には掃いて捨てる程いますし。興味ありません。

 一応キャサリンにも、と同じ様に正装の有無を聞いてみれば微妙な顔をされた。やっぱないのかなと思いながらスープを口に含む。


「正装かあ。一応、昔の取ってあるけどもう騎士じゃないしい?」


 含んだスープが勢いよく噴き出た。カトリーナが労わる様に背中を撫でてくれるが運よく気管に入らなかったので噎せるのは回避できた。が、お向かいの席に座るバーバラから非難混じりに名を呼ばれて謝る。アンジェリカの方にスープが行かなくて本当よかった。今日のアンジェリカのプンプン度でそれをやってたら死を覚悟する破目になる。当のアンジェリカは汚いわねえとお小言を言うだけで済ませた。


「キャサリン、騎士だったの?」

「あれえ? キャサリン言ってなかったっけ?」


 少し怒り混じりに聞いてないと言えばキャサリンは「ごめんねえ」と可愛く謝罪をして二個目の爆弾を落とす。


「でもカトリーナもキャサリンと一緒で元騎士だよお?」

「お前もかブルータス!!」


 ブルータス? と首を傾げるキャサリンは一時無視して後ろに振り向けば、涼しい顔をしたカトリーナが口を開く。


「自分も一応取ってある。何かに使うかもしれない」

「そうだけど、そうじゃないぃ!!」

 

 元騎士とか聞いてない事を責めたのにカトリーナは律儀に正装の有無を教えてくれた。この天然め、とカトリーナの分厚く固い胸板に頭突きをして溜息を思いっきり吐き出すと、ふふっとバーバラの楽し気な笑い声が耳に入る。本当、改めて聞いてみるべきだなと心底感じた。あと一人まだ確認してないがちょっと心の準備が出来てないので後回しにしよう。聞き方間違えたら殺されそうだし。


「あ、普通の服装でもこだわりっていうか制約みたいなのあるの?」


 バーバラの私服なんて布地が違うだけでほぼ討伐用の戦闘服と変わりがない。それを思い出して聞けばまずはカトリーナとキャサリンが教えてくれる。


「特にない。あえて言えば動きやすい服」

「キャサリンも一緒かなあ。あ、でもお家ではレースが使われたの!」


 そうだね、キャサリンはホームの中ではレースがふんだんに使われた服を着る事に命を懸けてるよね。今日のキャサリンは控えめなのかレースが主役なブラウスにスラックスという比較的ラフな格好だ。カトリーナはここ最近、超ラフな格好を好んでいる。可愛いのかの字も見当たらない。どうしたのかと聞いてみれば「もう自分で身に着けるのはいいかなって」と卒業宣言されてしまった。凄く寂しい。


「あ、バーバラはもう少し違う形の服を着た方がいいと思うよ」


 バーバラが口を開く前に私が先にそう言えばバーバラは苦笑して説明をした。


「神聖術師も魔術師ほどじゃないですが露出は控える傾向なんですよ」

「あー、そういやアンジェリカとマチルダはがっちり着込んでるよね」


 長袖長ズボン詰襟の絶対肌を出さないマン。肌を見せないとかお前らはやんごとない人種か。そうですか。あとバーバラ、露出を控えるにしても違う服という選択肢があるんだから面倒臭がらず服屋に行きましょう。今度カトリーナと強制的に連れて行こう。そうしよう。カトリーナは服装センスがいい。


 そのままバーバラの隣に座るやんごとなき人種の魔術師であるアンジェリカを見る。

 本日のプンプン度上限突破さんの服は黒の長袖詰襟のシャツに黒の長ズボン。おい、全身真っ黒じゃないかって? 安心して下さい、真っ黒の中、アクセントとして映えるのは自身の真紅の髪! キャーステキーデスネー。まあ黒コーディネートなのは偶々です。昨日は白シャツに青のカーディガンだった。意外とお洒落さん。特にこだわりとかなさそう。

 ついでにマチルダが美女の恰好してる時も例に漏れずがっつり着込んで露出はない。魔術師ブレないな。そんなに肌を見せたらいかんのか。


「あ! 魔術師の基礎知識で聞きそびれた事あった」

「なに」


 思い出したと口を開けばアンジェリカが直ぐに返してくれたのでそのまま本題に入る。


「ほら、一昨日来た子いるじゃない? アンジェリカが抱えて詰所連れてったって聞いて、何で触れたのかなって」


 小脇に抱えてでも立派に触れる行為だ。昨日の魔術師講座を受ければかわい子ちゃんと言えども拒絶反応が出るはず。しかもアンジェリカは女嫌いみたいだし。そんな私の疑問をアンジェリカは簡潔に解決する。


「子供じゃないアレ」


 子供。え、あ、うん、かわい子ちゃんはまだ子供だけど。でも幼児ではないし、幼女でもないし、どちらかと言うと女の子、いや、少女っていう表現が近いと思うんですがどうですかアンジェリカさん。


「子供なら女とか関係なく大丈夫な感じなの?」

「はあ? だって子供だろ」


 え? あ、あっ! あー、ダメ。これ以上の思考はダメよ私。確実に魔術師の深淵を覗く事になるわ。一人でそんな怖いことできない。これは後日ジョン君先生への持ち込み案件だ。至ってはいけない結論に達しそうになって慌てて思考をとめる。そのままそっと自分の奥に秘め、またジョン君先生に会う日まで封をする。これは魔術師にとって一大ショックになるかもしれない。


 ツンツンしてる年若い癒し枠であるジョン君を思い浮かべるも、もう逃げられない。

 その証拠にバーバラが楽し気にニコニコという効果音がしそうな笑顔で私を見ている。目なんか開いてないけど確実に見てる。勇気を出して私。あとはアンジェリカに確認するだけよ。それに最悪の結果になっても対マチルダ対策といえ魔術師用の防御は完璧じゃない。

 そう自分を鼓舞しお茶の入ったカップをソーサーに置くアンジェリカを見ながら、ゆっくりと吸い込んだ息を言葉にした。 


「アンジェリカ。……って、その、伴侶、対象は…………男性?」


 男性のだ、と発音した瞬間にアンジェリカの鮮やかな赤い目の中にある黒い瞳孔が一瞬にして小さくなった。はあああ、ヤバい、ヤバいぞ。


「なんで聞いた」


 感情が含まれない平坦な音の素声で即座に返されるアンジェリカの問いに「いや、色々魔術師のこと聞いてさ」と最早アンジェリカを直視できなくあっちこっちに泳ぎまくる視線のまま返事をする。だがアンジェリカは許してはくれなかった。デスヨネ。


「ならなんで聞いた」


 全くもってそうだ。魔術師の事を聞いたならこんな質問はしない筈だ。だからアンジェリカは私に聞いてる。


「その、だって」


 そう、アンジェリカは自分が同性愛という疑惑をかけられた理由を指摘してる。それを聞いてるのは分かってる。分かってるけど、ええい、どうにでもなれ!!


「アンジェリカは女嫌いって聞いたから!! っで、対象は男性なのかなって!!」


 自棄になってキレ気味に言えばアンジェリカの顔から表情が抜け落ちた。一緒に感情も抜けたのかマチルダと双璧を成す聞くだけで凍傷になりそうな凍える声が静まり返ったリビングに響く。


「誰だ」


 その短い一言だけで意味を理解した。

 だから浴室のある背後に向って指を差す。アンジェリカが二重確認する手間を省く様にバーバラは微笑のまま自主的に私と同じく浴室方面に手を向けている。


「マチルダァァァァァァ!!!!」


 アンジェリカの触れてはいけない情報をぽろっと漏らした犯人の名を咆哮のように叫びながら、座っていたイスを蹴りどかすように立ち上がったアンジェリカは飾りガラスの装飾がされたリビングドアを一切の手加減なく乱暴に蹴り開ける。確定された死によってリビングドアはガラスを粉々に撒き散らしながらお亡くなりになった。

 洗面所に向かう廊下に足を進めたアンジェリカは魔術陣を展開させながら歩く。一歩ごとに魔方陣が浮かんでは消えていく様はまるで魔界からの使者のようで本気で怖い。

 

 今日はマチルダにとって完全に厄日なんだろうな。アンジェリカがこの調子なら私達がマチルダ戦をする前にアンジェリカがとどめを刺すだろう。


 あ、洗面所のドアが破壊される音が聞こえた。キャサリンが「ドア買い替えだから今度はもっと可愛いのにしよっか」と提案してくる。カトリーナも「洗面所も飾りガラスのがいい」と吞気に二人で相談を始めた。ドア二枚の支払いはアンジェリカとマチルダどっち持ちなんだろうかと、どうでもいい事を考えながら私は残っている朝食を口に運ぶのを再開させた。


 日頃の行いって大事だなって思いました。合掌。


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